やけのはらMIX CD「step on the HEARTBEAT」リリース記念・インタビュー

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2012.02.03

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これまでも自主で発表した『SUMMER GIFT FOR YOU』や『BRILLIANT EMPTY HOURS』、LAの優良ヒップホップ・レーベルのオフィシャル・ミックス盤など、名ミックス作を残してきたDJ/ラッパー、やけのはらが新作ミックスをリリースした。『step on the HEARTBEAT』と銘打たれた本作は、午後の麗らかな日差しが似合う爽やかなハウス(+α)ミックスに仕上がっている。本稿では本ミックスの制作過程を訊くとともに、やけのはらのDJ哲学を紐解く“DJ大喜利”なる企画も敢行。ミックスCDやクラブだけでは窺い知れない、彼の裏の裏に迫った。 
 
取材・文・構成/高橋圭太 
企画立案/やけのはら 
 
やけのはら
 
■今回はやけさんのDJとしての側面を掘り下げるという意味で“DJ大喜利”という企画も用意しているんですが、まずは今回のミックスCDに関する話から訊いていきましょう。そもそもミックスCDリリースの話はいつごろからあったんですか?

「えーと、夏くらいですね。イベントでディスクユニオンの人にたまたま会って“何かやりましょう”と企画を投げてもらって、そこから話が進んでいった感じです。当初は9月に“12月のボーナス商戦に間に合わせましょう!”ってガッチリ握手を交わしたんですけど、秋ごろは忙しくて思ったより進まなくって。で、もうボーナスの時期になってヒーヒー言いながら作ったっていう」

■ハハハ。内容に関してはどんなものを想定していたんでしょう。

「前々から考えてた案というのがいくつかあって、今回はそのひとつですね。常に3つくらいはストックしてるんですよ、ミックスのアイデアは。それは普段、家で音楽を聴いてて思いつくものから、クラブで“この時間の、この雰囲気を切り取ったらおもしろいな”というものまで、いろんなパターンがあるんだけど。今回のミックスに関しては踊れるけど、家でも聴けるって感じのものを作りたくて。以前リリースした『BRILLIANT EMPTY HOURS』は10人くらいが踊ってる朝7時くらいのクラブを想定して作っていて、今回はその延長線上……といっても、昼の2時くらいに部屋で聴いてる感じですかね。だから曲調もそうだけど、歌詞に関しても夜っぽい雰囲気のものは意識的に省いていて」

■現場でのDJでも歌詞は尊重するタイプですか?

「そうですね。そりゃあ“Friday Night”って歌詞が入ってる曲は金曜日の夜にかけたいし、政治的なメッセージを歌っている曲で、それが自分の気持ちにそぐわない場合は曲が好きでもかけない。まぁ、英詞の場合はわかる範囲で、という感じですけどね。それでも自分は歌モノも多くかけてるし、ある程度、歌詞に関しては考慮しています。それに自分がかけるディスコやハウスって、ジャマイカとか英語圏外の言語より歌詞の意味がわかりやすいというのもありますからね」

■ミックスの作業工程に関しても訊きたいんですが。

「さっき言った通り『BRILLIANT~』の内容を踏襲した、遅くも早くもない4つ打ち、かつ歌モノ中心で、っていうコンセプトで基本は進めて。それに今回は“サニー”な感じ、陽の射した雰囲気というのも大きなテーマになっていて。で、選曲が進むにつれて、これは(DAWソフトなどを使わず)手でミックスして、ズレた味を出していきたいなぁと。なので、ユニオン経由でパイオニアの機材をお借りして実作業を進めていったという感じです。とはいっても、納得いくテイクがなかなか録れなくってですね……。クラブだと多少のミックスのズレも逆に盛り上がったりして味が出るんですけど、家でやってると細かい部分も気になっちゃうんですよ。だから気になる箇所はDAWソフトでツギハギを重ねて、という感じですね。テイク自体は……100回以上は録ってるんじゃないかなぁ。しかも真夜中に延々と」

■ハハハ! 昼の2時を想定したミックスだというのに!

「そう。だれが踊ってるわけでもないのにエフェクトかけてみたり……。だから完全にヴァーチャルなサニー感ですよ、ミックスで聴けるのは」

■ちなみに使用した機材は?

「パイオニアからお借りしたCDJ-800とDJM-900ですね。これまでもパイオニア製品をよく使ってたのでやりやすかったです。DJM-900はクラブでも置いてあるところが多いし、エフェクターのかかりもいいので不満はなかったですねぇ」

■普段、自宅に置いてあるDJセットって……。

「あ、DJ機材は自宅にないんですよ。前にヤフオクで一式揃えたんだけど、1台ずつ壊れていっちゃって。だから自宅ではミックスを録れないし、練習もできないんですよね」

■ところで、やけさんのなかでリファレンスにしているミックス作品ってありますか?

「うーん、特に参照しているようなものはないけど、いま、パッと思いついたもので言うなら、ハウスのミックスCDでいちばん好きなのがDJ SPINNAが
からリリースしたミックス(『Raiding The Crates』)。黒すぎず、どこか都会っぽい感覚もありつつ、という感じのミックスで。あとはDerrick Mayのミックスも好きです。どちらもエフェクトを多用して、かつ、ズレのグルーヴがあるタイプのDJですよね。このミックスでも、ズレたところは妙味としてあえて残すみたいな手作り感は目指していて。それは最後の手段っていう3人組にお願いしたアートワークにも反映されてると思います」

■最後の手段がアートワークに参加した経緯は?

「最後の手段はVJをやったり、映像作ったりしている3人組なんだけど、前にWOMBでDJをしたときに映像をやってくれて。そのときにもらったDVDがよかったんです。人柄も良かったし、なにか秘めたアイデアがありそうな予感もしたのでジャケットを頼んでみました。事前にミックスのコンセプト……基本は部屋で鳴ってて気持ちいい感じで、天気がいい日に掃除でもしながら聴いてもらいたい、というテイストを伝えて作ってもらいました。何度も直してもらったりで迷惑をかけたのですが、相談しながら頑張って作りました」 
 
やけのはら
 
■さて、ミックスの話もいろいろ伺えたところで、そろそろ用意してきた特別企画に移りたいと思います。題して“DJ大喜利”! 筆者が独断で選曲した楽曲を、やけさんだったらDJでどうプレイするのか訊いていこう、というDJとしての振れ幅、スキルを試す絶好の企画となっております。ちなみに“この曲は無理!”っていうつまらない返答はなしでお願いしますね。海賊に家族を人質に捕られていて、できなかったら1人ずつ殺される、という想定でよろしくお願いします。

「そんな無茶な! ……まぁ、よろしくお願いします……」

■では、さっそく1曲目いきましょう! 
 
●ORM & KAMELIE / Vikend Zacina
 


「うわぁ、最初からすごいなぁ……。これジャンル的にはどこらへんに分類されるの?」

■ニューウェーヴ、シンセ・ポップとかですかねぇ。ORM & Kamelieというチェコのバンドで1983年の楽曲です。ちなみにアルバムに収録されてるほかの曲は、やけさんのブログに以前貼ってあったりして。

「あぁ、聞き覚えがあるなぁ。でも……むずかしいよ、これは。クラブではかけづらいもん。少なくとも大きいクラブでは絶対かけないでしょ! 1000人規模のパーティーでこの曲かける勇気はないなぁ。規模でいったら32016(渋谷駅のほど近くにあるDJバー。通称、梅バー)とかOATH(青山にあるDJバー)の朝方にプレイする感じだね。あと歌もかなり素っ頓狂だから、前に似たようなポコポコしたリズムのニューウェーブ・ディスコを餌として撒いておきたいかな、中和のために」

■あと、この曲は4分弱の短い曲なんですが、そういった短い曲をプレイするときの対策は?

「ソウルとかレゲエの曲だったら最後までかけちゃうけど、こういった曲はCDJでイントロとかアウトロをループさせちゃいますね。それはクラブでもよくやるかな。短い曲以外でも、よくプレイする曲なんかはイントロをループさせて、あえて崩してかけたりもします」

■なるほど。では次の曲、お願いします。 
 
●CUSCO / My Balls My World



「いいじゃないですか。カッコいい。これはチルアウトとかメロウの解釈でプレイしますね。前後にかける曲は雰囲気があるものだったら大丈夫な感じだし。BPMというより響きとかコード感でミックスするかな。BPMが合わなくてもディレイで飛ばして、レゲエやラヴァーズ、クラブジャズなんかともミックスできそうですね」

■実はこれはCUSCOっていうアーティストで、以前、GROOVE誌に彼らのLPを持ってるやけさんの写真があったので選んでみました。そのときに持っていたLPは80年代の作品なんですが、この曲は2009年の比較的新しいEPからの曲です。

「ええっ? マジで? まだやってるんだ! CUSCOって80年代のへっぽこフュージョン・バンドってイメージがあるけど……。この曲だって最近のバルカン・ビートみたいな響きだったから、てっきりその方面のアーティストだと思ってた……。うわぁ……」

■ハハハ。自分もビックリしましたよ。80年代はトロピカルなアルバムをたくさん出してたバンドが、現在も活動を続けていて、こんな感じにガラパゴス的な進化を遂げていたなんて……。過去の作品は100円レコードとして叩き売りされてますもんね。

「これはヤバいよ! 普通にほしいもん。(ユニオンの担当者に)ぜひ過去の作品もCDで再発お願いしますよ。バレアリックとして解釈すればウケるんじゃないかなぁ」

■こういった珍盤みたいなものって、いまも買ったりしますか?

「あぁ、もともとヘンテコなレコードを探すのも好きだから、いまだに買いますよ。逆にCUSCOみたいなアーティストってCD化されてるものも少ないから、買わないと聴けないじゃないですか。もちろん動画サイトにもアップされてないしね。いやぁ、でも彼らが現役とはビックリした……。これを機にCUSCO再評価の波を起こしましょう!」

■需要あるかな……。さぁ、気を取り直して次の曲です。 
 
●NIGHTMARES ON WAX / Aftermath
 


これはNightmares On Waxだよね? この曲はクラブにいつも持っていってるな。2年に1回くらいはプレイしますよ。自分がクラブミュージックと触れ合ったきっかけは、90年代初期のハウス、テクノ、ヒップホップが最初なんだけど、当時のUK産のダンスミュージックで黒人音楽感があるものからの影響はかなりベースにあって。だからクラブでも自己満足ではあるけど、初期の
とかはいまだにプレイしてますね。当時のUKダンス音楽の無邪気な感じとか、ダンスミュージックって枠でいろいろなものがゴチャっと入ってる感じ、エネルギーが内ではなく外に向いている雰囲気とかはずっと好きで。それこそ90年代初期のテクノとかハウスだけでDJしろって言われれば、結構できる分量は持っていってますね。でも、この曲とかは新譜とかと混ぜてもかけられる感じじゃないかな」

■たしかに。この当時の楽曲でほかにお気に入りのものはありますか?

「LL COOL Jを勝手にサンプリングしたシカゴ・ハウスでHouse Gang“Cool J Trax”って曲とか、Tyreeの“Video Crash”なんかはよくプレイしますよ」

■いまのところ、家族は全員無事ですよ。さて、次。 
 
●CLAPZ II DOGZ / Between The Edit(Original Mix)
 


「これ、“Between The Sheets”ネタですね。ピッチもムードも普段かける感じではないけど、これを上手く挟み込んだらおもしろいかもなぁ。気持ちいいんだけど、どこか不穏なテンションっていう……。Isley Brothersの原曲から浮かぶ図って、高層ビルの40階とかで、ベッド際で男女がシャンパン飲みながら、みたいな風景じゃん。でも、この曲にはそのベッドの下から血まみれの手が……みたいなホラー感があるよね」

■それ、メチャメチャ怖いですよ……。この曲はお察しの通り、Isley Brothersの“Between The Sheets”のリエディット楽曲で、作者はSoul ClapとCatz N Dogzの共同名義になってます。
 
「かけるとしたら12時半くらいの、まだフロアにまばらにひとがいるくらいの時間帯ですかねぇ」

■この曲なんかはネタが大ネタだったりしますけど、原曲からネタ使いの楽曲、もしくはその逆みたいな展開は?

「うーん、そういうかけ方をするときもあるけど、今はどちらかというとトラックの質感でミックスしていくほうがおもしろいかなと。ネタでつなぐと、どうしても意味性が強くなってきちゃうというか。歌が中心になりすぎるのもよくないしね。個人的には、フィジカルな面と、意味で聴かすという面のどっちにも振り切りたくなくって。自分としてはもうすこし大枠の……ダンスミュージックのDJという自認があるから。それはオールミックスのDJともニュアンスが違うんだけど……」

■もはやオールミックスもひとつのジャンルになってますからね。

「自分の場合、ジャンルっていう引き出しで選曲してるわけじゃないんだよね。自分の基準で雰囲気とか質感、音の効能的にまとめた引き出しっていうのがカテゴリーごとにあって、いわゆる世間一般で言われているようなジャンル分けとはまた違うというか。たとえばオールミックスのDJにとってはジャンルを横断するスリルみたいなものが醍醐味なわけじゃない? その感覚よりも、全体のムードとかグルーヴを持続しながら、いろいろな世界に動いていくっていうか。それは今回のミックスにも通じることなんだけど」

■では、やけさんのDJに求められてることはどんなことだと捉えてます?

「うーん、言語化は難しいけど、外へのエネルギーを求められてるんじゃないかなとは思いますね。小難しいことだったり、ドープに振り切った方向性でないことはたしかだと思うんだけど。だから自分としても元の性格もあるし、特定の文脈を踏まえたひとにしかわからないDJというのは避けたいなぁと。まぁ、こういう話をするとボンヤリとしてしまうんだけど、そもそもDJをはじめたときから“こんなDJになりたい!”みたいな理想像とかがなかったんですよね。好きな人とか影響を受けている人は沢山いるけど、むしろ、そのどれとも距離を置きたいって意識だったので」

■それはそのままやけさんの性格だったり、人間性に由来したものかもしれませんね。では、別の曲を聴いてみましょう。 
 
●KENNY THOMAS & GAP BAND / Outstanding(Frankie Goes Deep Re-Visit)
 


■聴いてもわかる通り、原曲はGap Bandのクラシック“Outstanding”なんですが、やけさんはDJの際にこういった大ネタをどのようにプレイするか興味があります。

「なるほど。でも、自分は好きだったらかけちゃいますけどね。“有名曲だから避けようかなぁ”っていうよりは“良い曲だな”と思えたら大丈夫というか。バランスは考えるかもしれませんけどね。DJを聴いたひとの印象がそこだけに持ってかれちゃうことのほうが怖いから。あとは自分がDJしてるクラブで、こういった古典曲がどこまで認知されているのかって部分も怪しいでしょ。だから、クラシックもかかったりしないと、後世まで伝わっていかないんじゃないかな。自分自身も若いころにクラブで聴いて知ることのできた名曲ってたくさんあるし。あ、そういう意味で言えば、いまプレイしたい大ネタっていくつかあるんですよ。去年、たまたま行ったカレー屋でABBAのDVDが延々流れてて。実はあんまりABBAのPVとか見たことないでしょ?」

■言われてみれば、たしかに……。

「あれはヤバいですよ! 多幸感と開放感がすごくって。それからずっと“Dancing Queen”をDJでかけたいなぁとは思ってますけど」

■いつ現場に投入されるか楽しみにしておきましょう。では、これが“DJ大喜利”、最後の曲です。 
 
●FISHMANS / Baby Blue



「FISHMANSは高校生のころに聴いてハマりましたねぇ。音楽葬も行ったし。『空中キャンプ』はいつもアルバムごと持っていってます。歌詞も素晴らしいけど、音もクラブミュージックの耳で聴いても十分耐用性がありますよね。ただ、日本語詞だから然るべきシチュエーションでかけないと危ないとは思いますけど。さっきも言ったけど、DJの印象がそこだけに持ってかれる怖さもあるし。とはいえ、日本語の曲を避けるDJも多いなか、自分はわりとプレイするほうじゃないかなぁ。山下達郎さんの曲もよくかけてます。それもいわゆる和モノって括りでかけてなくって。達郎さんでいえば、どちらかっていうとディスコとしてかけている感覚のほうが強いし、和モノを続けて3曲プレイする、みたいなことはあまりないかな」

■なるほど。それでは、そろそろ原稿の締めに向かっていくような質問を。やけさんが理想とするDJのムードは?

「うーん、唐突かつ難しい質問……。いまは、ザックリ言うとすごく普通なことを目指しているんじゃないかなぁ。3.11以降の世界なわけだし、いまの気分としては困難を投げかけるよりは共有できるものを、という意識。ひねりとか多面性、面白さというのは大事だけど、最終的には単純に心に残って、前向きなエネルギーを持ち帰ってもらえればなぁと。“前向き”って字面にするとかなりダサい感じですけどね」

■ハハハ!

「こんな感じで、海賊に捕らわれたウチの家族は助かったんでしょうか?」

■……全員、無事です! いやぁ、“DJ大喜利”大成功です!

「やったー」

■もっと気持ちを込めてください……。ともあれ、お付き合いありがとうございました!