【連載】 原田和典のJAZZ徒然草 第91回

  • JAZZ
  • JAZZ徒然草

2014.06.02

  • LINE

  • メール

もしビリー・ホリデイが生き返って日本語で歌い、しゃべったら。「ソロミュージカル レディ・デイ」でビリーに扮する安蘭けいさんに意気込みをうかがってきたぜ

この連載史上、初めて女優をゲストにお迎えする。元宝塚歌劇団のトップ・スターにして、2009年の退団後も第一回岩谷時子奨励賞、第38回菊田一夫演劇賞受賞など数々の栄誉に輝く安蘭けいさんにご登場いただいた。
6月12日から29日まで、DDD青山クロスシアター(東京都渋谷区渋谷1-3-3 SIA 青山ビルディング B1F)で「ソロミュージカル レディ・デイ」が上演される。原作はレニー・ロバートソン(Lanie Robertson)、伝説の歌手“レディ・デイ”ことビリー・ホリデイにスポットを当てた物語だ。ニューヨークでは1986年に初上演され(原題は「Musical Lady Day ~LADY DAY AT EMERSON'S BAR AND GRILL~」)、現在はマンハッタンの50丁目にある劇場「Circle in the Square Theatre」でロングラン中。日本では89年に、ちあきなおみの主演で絶賛を博した。四半世紀ぶりの再演となる今回は、安蘭けいがビリーに扮する。
舞台は、1959年3月のフィラデルフィア「エマーソンズ・バー・アンド・グリル」。ここを訪れたビリーは、ピアノだけの伴奏で、十八番や敬愛するベッシー・スミスゆかりのナンバーを歌い、間に自らの半生を観客に語りかけた。原作のレニー・ロバートソンは、最晩年のビリーのライヴを体験した彼氏の話を元に、この物語を書き上げた。
訳・演出は、89年版と同じく栗山民也さんが担当。芸術選奨文部大臣新人賞、第30回紀伊國屋演劇賞、第3回読売演劇大賞最優秀演出家賞、毎日芸術賞第1回千田是也賞、第6回読売演劇大賞最優秀演出家賞、第1回朝日舞台芸術賞に加え、2013年には紫綬褒章も受章している。ぼくは事前に台本を見たが、「これは相当、緻密に作りこまれた話だ」、さらに「実に心のこもった翻訳だ」と思った。そしてこの文字が安蘭けいに音読されるとき、きっと、ぞくぞくするような、真新しいビリー・ホリデイの世界が広がるのは間違いないと確信させられた。


安蘭けい

 
--- 「ソロミュージカル レディ・デイ」主演のオファーは栗山さんから来たのですか?

安蘭けい そうです。最初は信じられなかったですね。「私がビリー・ホリデイ!? 私のこと、かいかぶりすぎなんじゃないか」って思いました(笑)。栗山さんの舞台は何度も拝見していたし、いつか出演させて頂きたいと思っていたんですよ。私が想像していたのは、たとえば「こまつ座」などで行なわれる芝居の、その他大勢の中のひとりで出るというもの。でも、栗山さんからいただいた今回のオファーは、私ひとりで演じなければいけない(笑)。「あの栗山さんとマンツーマンで舞台をつくっていくのか」と、それはもうひるみましたけど、これは本当に貴重な機会だし、こんなありがたい依頼を断る理由はない。もちろん栗山さんの要求するレベルに達しなければいけないし、ハードルはかなり高いけど、やってみたい、やらなきゃいけないと思ってお受けしました。

--- ビリー・ホリデイは、もう55年も前に亡くなった伝説のひとです。来日したこともないし、日本で彼女の実物を見た方は恐らくいないはずです。架空の人物ならまだしも、確かに実在していた“遠い”人物を演じるのは本当に大変なことだと思います。

安蘭 もちろん私もビリー・ホリデイはナマで見たことがないし、同じ時代を生きていないので映像を見たりCDを聴いたりして想像するしかなかったのですが、先日ニューヨークで「Musical Lady Day ~LADY DAY AT EMERSON'S BAR AND GRILL~」を見て、「ひょっとしたらビリーってこういう人だったのかな」というイメージはできるようになりましたね。生身の人間としてのビリー・ホリデイに触れることができたというか、本当に見に行ってよかったなと、すごく感じました。主演のオードラ・マクドナルドさんの歌声もすごくビリーに似ていたと思います。彼女はクラシックの声楽出身の方なんですが、ビリーを演じるために、歌い方もすべて変えたらしいんです。彼女の舞台に対する真摯な姿勢、ビリーに対する思いが素晴らしかったですね。

--- オードラ・マクドナルドさんの舞台は、ぼくも「ポーギーとベス」をブロードウェイで見たことがあります。(http://diskunion.net/jazz/ct/news/article/6/31443)。あと2013年から14年頭にかけては、ディー・ディー・ブリッジウォーターもミュージカルでビリー・ホリデイ役を演じていました。

安蘭 この前ディー・ディーが来日したとき(2014年5月「ブルーノート東京」)、挨拶に行ったんです。「あなたがビリーを演じるの?」って驚いていましたけど(笑)。彼女もいろんな本を読んだりレコードを聴いたりしてビリーを研究したそうです。「ビリーが黒人であったことを忘れないで」と強く言われましたね。あとは、「ビリーには首をかしげる癖がある」と。歌ったり、話すときに、よく首をかしげるところまで、研究したそうです。

--- ビリーの歌は、リズムの上を漂うような感じで、あのフィーリングは決して譜面に表わせないと思うんです。おそらく宝塚の歌唱法とも正反対のはずで・・・

安蘭 そうですね。スウィング感というのかな、これが本当に難しいんですよ。小林さん(今回の舞台でピアニストを務める小林創)に教えてもらいながら練習しています。宝塚ではちゃんと譜面を見ながら、音符どおりに歌うように学んできたので。自由に体を動かして歌うというのも(宝塚の)公演ではなかったんです。ではどこで自分の個性を出すのかというと、それは表情とか声の抑揚なんです。歌唱全体から自分の個性を出すのは、初めての体験かもしれません。


アメリカ版は、ブロードウェイ・ミュージカルの情報誌「Playbill」でも特集された


--- ビリーの歌で最も印象に残っているナンバーは?

安蘭 やはり「ストレンジ・フルーツ」ですね。魂の歌というか・・・歌詞にもドラマがあるし、ビリーの声にもドラマがある。その場の情景、悲しみがすごい伝わってくる。決して力いっぱい歌っているわけじゃないけど、すごい表現力です。

--- ビリーはどんな題材の歌を歌っても、いわゆるシャウトはしませんでした。

安蘭 過剰じゃないからこそ、説得力があるんでしょう。音楽の神様にすごく愛された人なんだなって思います。


strange fruit

lady in satin

lady day


--- 安蘭さんはビリーのほかにもエディット・ピアフや、「サンセット大通り」の主役である老女優ノーマ・デズモンドなど、ひとくせもふたくせもある女性を演じていらっしゃいます。「どうしてわざわざ、こんなに大変なキャラクターに取り組むのだろう」 と思ってしまうのですが・・・

安蘭 「普通の人」が演じられないんです(笑)。去年、テレビドラマで田舎の酒蔵の若おかみの役を演じたんですけど、難しくて。もちろんピアフやビリー・ホリデイ役の方が体力も使うし精神的にも負担が大きいですけど、役者としてはこういう役の方もやりがいがありますし、面白いんです。「ああ、こういう生き方をしてきたからこういう歌が歌えるんだ」とも思うし、そうした役をやることで逆に自分自身が見えてくるんですね。ピアフにしてもビリーにしても人生を賭けて歌っていて、その歌に対する姿勢はすごく憧れます。だからといって私にあんな激しい人生が送れるかというと難しいですが。

--- 「ソロミュージカル レディ・デイ」で初めて舞台を体験するジャズ・ファンも多いかもしれません。

安蘭 約200席の小さな劇場で行なわれるので、ライヴを見に来ている感覚で楽しめると思います。「セリフを突然歌いだす」という場面もないし(笑)、ビリーのステージを再現しているので、ジャズ・ファンの方にもとても近づきやすい、かしこまらずに見られる舞台になっています。ぜひ気楽に来てください。


舞台セット模型

舞台セットを稽古場でもほぼ完璧に再現


--- ビリーが大の犬好きだったことを踏まえて、舞台には犬も登場するとうかがいました。安蘭さんは動物はお好きですか?

安蘭 大好きですね。昔は実家で犬をたくさん飼っていて、それもドーベルマンとかシェパードとか大型犬を何匹も。一人暮らしを始めてからは猫を一匹飼っています。名前は「ローズ」で、『ベルサイユのばら』からと『タイタニック』のヒロインからと、二重にかけてるんです。

--- ジャズ好きにも犬好きにもたまらないステージになること間違いなしですね。公演、楽しみにしています!


愛犬ペピ役のクリちゃんと代役のぬいぐるみペピ(笑)



 

愛犬ペピ役のクリちゃん

安蘭けいさんと愛犬ペピ役のクリちゃん


「ソロミュージカル レディ・デイ」

<東京公演> DDD青山クロスシアター
2014年6月12日(木)-6月29日(日)
<兵庫公演> 宝塚バウホール
2014年7月5日(土)-7月6日(日)
上演時間 90分予定
チケット購入、アクセス、開演時間、休演日等の詳細はウェブサイト(http://hpot.jp/stage/ld2014)にて
取材協力=ホリプロ