レコード店におけるジャケ買いの心理と検証 レコードがある暮らしVOL.5

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2019.09.04

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「ジャケ買い」。その魅惑のフレーズ。音楽ファンなら、一度とならず“やってしまった”ことがあるだろう。
レコードショップで、知らない音楽に出会うセレンディピティ。ことアナログの場合、大判のジャケットは見た目に美しく、絵画を購入する贅沢にも似て、所有の喜びを満たしてくれる。購入して、針を落として、「気に入った!」あるいは「なんじゃこりゃ!?」となる、それはそれでまた一興。

いまや多くの音楽はデジタルで販売され、消費される。ストリーミングサービスやYouTubeなどを通じて、知らない音楽に触れる機会は圧倒的に多くなった。逆に、イマドキの大学生には、もはや「ジャケ買い」の喜びなど、そもそもピンとこないのかもしれない……などと考えた日本大学の山下雄司准教授は、学生たちとこんなプロジェクトを計画した。


「レコード屋に行ってジャケ買いをやってみよう!」

単に趣味でジャケ買いをしたくて、学生たちを巻き込んだだけなのかもしれないけれど。山下准教授の専門はイギリスと日本の精密機器産業の形成過程だが、その流れで「オーディオ機器の歴史と発展」にも関心を広げ、さまざまな研究を行っている。
 山下ゼミの大きな特徴は、課外活動として様々な「大人の社会科見学」を実践していること。その一環として、この「ジャケ買い」企画が持ち上がったのだ。この趣旨に共感したオーディオ輸入商社勤務の佐藤智将氏のコーディネートによって、ディスクユニオンとコラボした課外授業が実現する運びになった。

集まったのは現役大学2年生、3年生を中心とした12名。ほとんどが、「レコードを触るのは初めて」という若者ばかりだ。
今回のレギュレーションは以下の通り。東京・神田お茶の水にあるディスクユニオンJazzTOKYOと、ロック・ポップスを中心に品揃えを誇るお茶の水駅前店をハシゴして、それぞれ2枚ずつ、「ジャケ買い」アイテムを選定。そのあと日大の教室に移動し、高級オーディオシステムでレコードを聴いて、実際に気に入ったものを購入しよう! というものだ。

レコードの解説員として参加したのは、オーディオライターの田中伊佐資さんとディスクユニオンJazzTokyo店長の生島昇さん、そして特別ゲストに歌手の井筒香奈江さん。


現役大学2 年生、3 年生。ほとんどが、「レコードを触るのは初めて」という若者ばかり。


学生たちは楽しげに箱に手を入れて、ビビっとくる盤を探していく。


手触りを感じながら盤に出会うライヴ感こそ、ジャケ買いの真髄。

男女でレコード屋にやってきて、あーでもないこーでもないと言いながらレコードをディグるなんて、マジで爆発しろとしか言いようがないシチュエーションですが、そんな大人たちの思いを知ってか知らずか、学生たちは楽しげに箱に手を入れて、ビビっとくる盤を探していく。
2店舗でそれぞれ「ジャケ買い」アイテムを選んだら、日本大学の校舎へ(実はこの時点では購入せず、お店から盤をお借りすることに)。用意したオーディオテクニカのアナログプレーヤーとGrahamのスピーカーで、その音を実際に試聴してみた。


選んだ4枚を並べてみると、それぞれの「個性」がよく見えてくる。印象派風の柔らかなイラストを選択する人もいれば、幾何学模様をモチーフにしたものを多く選ぶ人、独特のタイポグラフィーがインパクトを与えるものを選ぶ人。
「 こうやって4つ並べてみると、皆さんの好みというか、統一したセンス感が見えてくるよね」と田中伊佐資氏。なぜそのジャケットを選んだのか?を尋ねつつ、試聴するレコードを選んでゆく。 しょっぱなから皆が度肝を抜かれたのは、優しげな風合いのラベンダーのレコードジャケット。「イラストが素敵だな、と思って選びました」とセレクターの女性は語るが、ジャケット通りの優しげな音楽が出てくるのかと思いきや、独特の世界観を持ったセリフの朗読に、一同大爆笑。


「ジャケットからはまったく想像できない音楽ですね。自主制作盤みたいな感じなのかな? 僕もこれは知らないわ」と生島氏も驚きを隠せない。
林田戦太郎というマンドリン奏者のアルバムらしい、ということはあとから検索して分かること。けれどもそういった「ネットの情報」ではなく、手触りを感じながら盤に出会うライヴ感こそ、ジャケ買いの真髄。いきなりの“想定外”に、「私のレコードも早く聴きたい!」と皆のテンションが上っていく。


「 こうやって4つ並べてみると、皆さんの好みというか、統一したセンス感が見えてくるよね」と田中伊佐資氏(左)。


アナログプレーヤーに触れてみて、今まで知らなかった音楽との出会いを楽しむ学生たち


「ジャケットからはまったく想像できない音楽ですね。」と生島氏も驚きを隠せない。

他の参加者が選んだレコードも一緒に聴いていくので、知らなかったジャンルの音楽が「結構イケる」ことに気づくことも。「初めて聴いたジャンルだけど、ソウルがすごく好きだって気がつきました。もっといろんなアルバム、探したくなりました」なんてことにも。初めて見るカラーヴァイナルには「すごい!」の声も上がる。

「ジャケットやレーベルも、ひとつのアーティストの表現なんです」と訴えるのは歌手の井筒香奈江さん。実際にアナログレコードもリリースしている彼女も、レコードならではの手触り、表現の豊かさを誰よりも理解している。
カラフルな羽を持ったハチのイラストからは、ソウルフルな女性ヴォーカルが、不気味なパンダ風のジャケットからおどろおどろしいノイズ系ロックが再生される。「レコードジャケットと内容がすごく近いものもあれば、まったく似ても似つかないものもあるんですね」とジャケ買いの面白さに目覚めた参加者たち。最後は、自分たちでもアナログプレーヤーに触れてみて、今まで知らなかった音楽との出会いを楽しんでいた。


「ジャケットやレーベルも、ひとつのアーティストの表現なんです」と訴えるのは歌手の井筒香奈江さん。

最後にどれか1枚を必ず自腹で購入する約束になっているので、選び方もみな真剣そのもの。「気に入った音楽のものと、ジャケットが気に入ったもの、どっちにしよう?」と友達どうしで相談し合う

。「実家にレコードプレーヤーがあるのは知っているので、今度帰省したときは、家族と一緒に聴いてみたいですね」。ジャケ買いは、世代を超えて家族の絆を確認する場になるのかもしれない。

 


【監修】山下雄司准教授(日本大学)
【講師】田中伊佐資(オーディオライター) 生島昇(レコ暮ら編集長)
【ゲスト】井筒香奈江(歌手)



「レコードがある暮らし」