2025.11.05
Kito Jempere
ロシア出身のプロデューサー兼ミュージシャンであるKito Jempere。現在はアラブ首長国連邦のドバイ、ロシアのサンクトペテルブルク、そしてモスクワを中心に活動を続けている。
日本のレーベルMULEMUSIQからのリリースを機に東京と大阪でツアーもこなした彼に自身の活動や日本への思い、そして音楽生活にまつわる話をしてもらった。
Interview by Norihiko Kawai
Photo credits: Sergey Goorin, Kito Jempere

1:簡単に自己紹介をお願いします。アーティスト名の由来、どのような活動をなさっているのでしょうか。
Kito Jempere (以下K):
こんにちは、私はKito Jempereです。
Kito Jempereという名前が生まれたのは、Freerange RecordsのボスであるJimpsterに、以前のアーティスト名を変えたほうがいいと助言されたことがきっかけでした。
それまでのプロジェクト名は、Saint Petersburg Disco Spin Club(SPDSC)でした。
Kito Jempereという名前は、私が愛してやまない日本文化とフィンランド文化を、ロシア人である私が自分なりに組み合わせて作ったものです。
「Kito」は、フィンランド語で「ありがとう」を意味するKiitosと、長年訪れることを夢見ていて、2025年にようやく行くことができた都市Kyotoを掛け合わせています。
「Jempere」は、子どものころの記憶に由来しています。母が妊娠中に読んだ本に「日本の天皇は、黒い犬・木曜日・そして雨、この三つの徴のもとに生まれる」と書かれていたそうです。
それが本当かどうかは分かりません…日本文化にそんな言い伝えがあるのか?
ただ、その話がずっと心に残っていて、やがて「Japan Emperor」という言葉が頭の中で変化して「Jempere」になりました。最後の「e」は、フィンランド語の発音を意識して加えたものです。
2:あなたの音楽経歴からは、ジャンルにこだわらない多彩な一面が見えると思います。現在までに影響をうけたアーティストや作品があれば共有してください。
K: まったくその通りです。ときどき自分にこう言いたくなるんです。
「おい、もう少しひとつのことに集中したら? そうすれば人はお前やお前の音楽をもっと理解してくれるかもしれないぞ」って(こうやって自分に話しかけるのが、わりと好きなんです)。
結局のところ、すべてが混ざり合っているんですよ。90年代のMTV時代のサウンドが頭の中でクラシック・ジャズと混ざり、Ninja TuneやWarpの世界がパンクロックやハードコアと並び、実験的ノイズが80年代のハウスやテクノと共存している…そんな感じです。
朝はWeezerの「Pinkerton」を聴き、夜にはMadonnaやMahavishnu Orchestraをかけているかもしれません。そうしたものがすべて自分の中で混ざり合い、音楽をリリースするときに形となって現れるのです。
もし影響を受けたアーティストを挙げるなら、まずAphex Twinが最も衝撃的な体験を与えてくれました。彼が、私に電子音楽とアートの世界へ足を踏み入れるきっかけだったんです。
R.E.M.のMichael StipeとPulpのJarvis Cockerからは歌詞の書き方を、WeezerのRivers Cuomoからはメロディーの作り方を学びました。
最終的に、それらすべてを取り込み、自分なりの「sick(イカれた)」やり方で再構築しました。
とはいえ、「sick」といっても完全に常軌を逸しているという意味ではなく、何か特定の型に基づいていないというだけです。こうした発想が自分の中にどうやって生まれ、なぜ今も続けているのか?その間には、太くて細い、不思議な一本の線があるように感じています。
3:私たちの生活の中にはさまざまな音や歌、リズムがあふれています。こうした生活の中で生まれる音の中で、特に心を動かされた音楽体験はありますか。
K: 私は昔から、物事が複雑であることに魅力を感じてきました。おそらくその感覚は、1990年代初期に「アルバムは最初から最後まで通して聴くべきだ」と信じていた父から受け継いだものだと思います。
アルバムという概念は、当然ながらジャケットのアートワークや内袋、そしてそれらに付随するすべての要素があってこそ成立するものです。その体験を通して、私は音楽という世界がひとつの完結した、相互に結びついたものだと感じるようになりました。
すべての要素が噛み合って初めて、それは私にとって“完成された作品”になるのです。もっとも、その“完成”へのこだわりが、時には行き過ぎることもありますが…。
日常の中のあらゆる音は、何か特別なものへと溶け合うこともあれば、そうならないこともあります。それらが形になるのは、私の中に明確なコンセプトを感じたときだけです。
ですから、ご質問への答えとして言うなら、日常のすべてが、私を音楽づくりへと駆り立てているのです。
それは音そのものとは限りません。たとえば冷蔵庫を開けて、棚の真ん中に皮をむかずに置かれた半分のオレンジがあるのを見たとします。その瞬間、私はこう考えるんです。「もしこの光景を80年代の フジフイルムのカメラで直射フラッシュ撮影して、それを30曲入りの2枚組アルバムのジャケットにしたら、どんな“音”になるだろう?」って。ハハハ、そんなことが頭の中で起きるんです。そして、思いついたら実際に作ってしまうんですよ。
4:ご自身のスタジオはお持ちですか?
K: 友人たちがスタジオを持っています。ずっとそういう形なんです。自宅ではシーケンス作業しか行いませんが、シンセサイザーや生楽器、ボーカルの録音、ジャム・セッション、ミックス、マスタリングといった作業は、すべて友人のスタジオで行っています。
私のシンセのほとんどと、ギターやペダル、マイクなどのコレクションは、すべて音楽プロデューサーのLovvlovverのサンクトペテルブルクのスタジオに置いてあります。
私はよく郊外へ出かけて、即興的に音を作ったり、あるいは具体的な素材を仕上げて、Lovvlovverに託したりします。ちょうど今、Matt(Lovvlovver)が街の方へ引っ越してくるところなので、これからは一緒に音楽に費やす時間が倍増しそうです。
もうひとつ重要なのは、ミキシング・スタジオと、最終的なサウンドの判断を任せているサウンド・エンジニア兼共同プロデューサーのRoman Urazovです。
SPDSC時代から彼と一緒に仕事をしていて、2021年に制作したEPのひとつを除けば、Kito Jempere名義の全作品のミックスを手がけてくれています。彼のスタジオThe MixRoomは、私の自宅のすぐ近くにあります。歩いて5分ほどの距離にあるので、「このサンプルは音程を外したままにするか」「キーボードの音量はもう少し抑えたほうがいいか」など、すぐに相談しに行けるんです。


5:音楽を録音したり演奏したりする際に、特に好きな場所はどこですか。
K: 実を言うと、自宅です。妻のNastyaがソファに座り、私がレコードをかけている時間。彼女はいつだって私にとって一番の観客であり、何よりも最初に聴かせたい相手です。
2番目は、バンドとのライブ演奏です。ステージ上で分かち合う感情、それを観客に伝え、また彼らからエネルギーとして返ってくる。あの感覚は何ものにも代えがたいものです。
3番目は、どんな場所であれレコードをプレイすること。もちろん、設備が良ければ良いほど体験も素晴らしいものになります。たとえばドバイのHoneycomb Hi-Fi。そこに設置された特注のOjasサウンドシステムでプレイするのは、いつも最高の気分です。
東京で出演したVENTとMitsukiの2つの会場は、これまで演奏した中でも最高のクラブのひとつです。
地元では、System108のパーティーでよくプレイしています。ステージデザインがとても独特で、毎回特別な雰囲気があります。
かつてモスクワにはSolyanka(2015年閉店)、サンクトペテルブルクにはDom Beat(同じく2015年閉店)という場所がありました。どちらも、私が演奏した中で最高のクラブのひとつです。
そしてモスクワのDenis Simachev Bar。ここは新しい音楽を試すのにうってつけの場所でした。これまで耳にしてきた中でも屈指の良質なサウンドシステムがあり、ダンスフロアはわずか40人規模。小さな空間ながら、まさに“音楽が生きている”と感じられる場所でした。
6:日本のレーベルMule Musiqからリリースしたあなたの作品『Infinite Azure』を聴きました。グルーヴも素晴らしく、フロア使用な作品だと思いました。どのようなコンセプトで制作されたのでしょうか。
K: 温かいメッセージをありがとう。Mule MusiqからのこのEPは、私にとってクラブシーンとの“最新のラブストーリー”なんです。
2023年の『Green Monster』、そして2024年の『Part Time Chaos Part Time Calmness』。この2枚の少し風変わりなアルバムは、パーティーにはまったく向かないようなドラムパターンやグルーヴを使い、家で静かに聴くための音楽を作っていました。それがいつの間にか、またダンスフロアに恋をしていたんです。
2024年の終わりに制作したEPの『New Life』で、そのエネルギーが戻ってくるのを感じました。
『Infinite Azure』は、そのダンスフロアへの愛が頂点に達した瞬間を象徴する曲です。心と意識を旅に出し、海辺のサンセットパーティーや小さな地下クラブなど、人々が踊り、つながり合うあらゆる場所を思い浮かべながら作りました。
サンクトペテルブルク出身の友人で、才能豊かなピアニストのIlya Shchekleinを招き、メロディーを加えてもらいました。彼のおかげでこの作品はまったく新しいレベルに到達しました。長年のコラボレーターであるLovvlovverは、美しいアナログシンセの質感を加えてくれ、マンチェスターのSINDYSMANが「The Anthem」のワイルドなイントロを制作しました。この曲は今では、まさに自分のモットーのような存在です。40代の自分がどう生き、どう外の世界と関わっていくかを示すものなんです。

7:この作品がリリースされた経緯を教えてください。
K: 『Infinite Azure』は、「Teaser」という曲から始まりました。最初は2つのバージョンを作ったんです。約135BPMのUK Garageスタイルのものと、125BPMのゆったりとした「Teaser (Sunrise Melter)」。
この2曲をMule MusiqとStudio Muleを主宰するToshiya Kawasakiさんに聴かせたところ、彼は長いほうのバージョンをとても気に入ってくれました。そして「もっと曲を送ってくれたら、4曲入りのEPとして仕上げられるかもしれないね」と言われたんです。
最終的に20〜25曲ほど送ったと思います。そこから3曲を選び、EPとして完成させました。EPのA面1曲目に収録された「The Anthem」は、実は最後に作った曲です。Lovvlovverと短時間で、ほとんどジャム・セッションのように仕上げました。しかし、結果的にこの作品の中で最も重要な1曲になりました。
そして、Laurent Garnierから、このEPのフィードバックとして、「The Anthem for sure <3.」というメールをもらったときは、本当にうれしかったです。

8:リリースに伴わせて、日本で公演を行いましたが、どのような機会だったのでしょうか。
K: 今回の日本滞在では、プライベートとアーティスト活動の両方をうまく融合させることを意識しました。
Toshiya Kawasakiさんから、東京のMitsukiで行われる彼のレーベル・ナイトに出演しないかと誘われたんです。さらに、Yes, Chef! パーティーを主宰するJoe Oとも良い関係があり、彼のラジオ番組「Rat Tracks(Room 303 Radio)」に出演する機会をもらいました。そのつながりで、素晴らしいアナログ専門店Ella Recordsを紹介してもらい、店内での映像収録も行いました。これまで経験した中でも屈指のインストア・セッションだったと思います。
大阪では、Arma17クルーを通じた縁があり、地元のコミュニティと一緒にパフォーマンスすることができました。
この旅を通して、日本をもっと頻繁に自分のDJマップに加えるべきだと強く感じました。
9:今回、大阪と東京という日本の二大都市で公演を行った訳ですが、地域の違いが感じられたと思いますが、いかがでしたか。
K: 今回、東京でいま最も注目を集めている重要な会場のひとつ“Mitsuki”でプレイすることができて、本当に幸運でした。出演が決まったとき、誰に話しても「すごいね、いま東京で一番ホットな場所だよ」と言われました。素晴らしいミキサーと優れたサウンドシステム、最高のチーム、そして熱のこもったオーディエンスという環境でプレイできて、心からうれしかったです。
その瞬間、「ああ、こここそが自分の音楽が本当にふさわしい場所なんだ」と感じました。
もちろん、いつも自分が本当に愛する音楽だけをプレイしていますが、同時にサウンドシステムや空間、客層といったさまざまな要素と向き合う必要があります。Mitsukiでは、それらすべてが理想的にかみ合っていました。ジャズのディープで少しマニアックな方向に踏み込めば踏み込むほど、フロアの反応がよくなっていきました。さらに、自分の楽曲も多くかけました。どれも簡単にフロアを盛り上げられるタイプの曲ではないので、ああした特別な雰囲気があってこそ成立するものなんです。
大阪も同様に、地元チームと一緒にAbsinthe Undergroundでプレイしました。短い時間でしたが、Bar Incに立ち寄り、Sound Metaphorsがレコードを回しているのを少しだけ見ることができました。とても良い雰囲気の会場で、次回はぜひそこでプレイしてみたいと思っています。
今回の滞在を通して感じたのは、東京の方がより幅広く、自由で少しクレイジーな音楽にもオープンで、意外性を楽しむ文化があるということです。
一方、大阪は(聞いた話ではありますが)もう少し焦点が定まっていて、芯のあるシーンだと感じました。
どちらの都市のオーディエンスも、とにかくスタイリッシュで、本当に刺激を受けました。

10:日本でレコード屋さんには行きましたか?お気に入りになったお店があったら教えてください。
K: もちろん、自分のリストは少し定番だと思いますが、今回訪れたレコードショップは、東京ではDisk Union、Ella Records、Jazzy Sport、京都ではJet Set、そして大阪ではNewtone Records、Especial Records、Rare Grooveです。
そのほか、名前を思い出せないような小さな店でも何枚か買いました。京都の山の方にあるお店で、なんと「Plastic Love」のオリジナル12インチを見つけたのは本当に驚きでした。
できるだけ多くの日本のレコードを探そうとしましたが、滞在期間が限られていたため“クイックディギング”(短時間掘り)中心でした。ただ、お店のスタッフたちから素晴らしいおすすめをたくさんもらいました。
自分の作品がこれらの店でも販売されていることもあり、私の音楽スタイルを知ってくれている人も多く、とても的確なコメントをくれました。今回の旅で持ち帰ったレコードは、全部で40枚以上だったと思います。
また、Studio Mule BarではToshiya Kawasakiさん本人から直接、井上陽水「夢寝心地」 の7インチを購入しました。Ella Recordsでのセットでは、この曲をラストにかけました。
11:あなたは自身のレーベル“Kito Jempere Recordings“を運営されていますが、このレーベルはどのような経緯で始まり、どのようなコンセプトで行っているのでしょうか。
K: Kito Jempere Recordingsは偶然のきっかけで始まりました。実はこれが二つ目のレーベルなんです。過去に私はYury RozenmanとともにシカゴのGlenview Records Inc.で、Head of A&R(アーティスト&レパートリー責任者)を務めていました。彼から共同運営の誘いを受け、レーベルとしてGlenn Undergroundなどのアーティストをリリースしました。そして、LipelisやSimple Symmetryの初期作品のいくつかを私たちがプレスしたことを、とても誇らしく思っています。
SPDSCからKito Jempereへ自分の名義を変えたのは、JimpsterのFreerange Recordsからデビューした直後のことでした。そのとき、私はアルバム『Objects』を制作し、自分のスタイルでリリースしたいと考えました。そこでYuryと一緒に、このアルバムとそのリミックスのためだけのレーベルを立ち上げたのです。それが自身最初のレーベルで、名前はFata Morgana。
このレーベルで『Objects』のアナログとCDをリリースし、さらにHNNY、Jacques Renault、Ruf Dugなどを迎えた2枚のリミックスEPも制作しました。このプロジェクトに関しては、現在でも誇りに思っています。
その後、このレーベルはコンセプトが完結したと感じたため、一度活動を休止し、他のレーベルから作品をリリースしていました。
2018年には、Kito Jempere Bandを結成して3年が経っていました。バンドでは多くのライブを行い、Jimi Tenor、Mujuice、Lipelisらを含む総勢26名で、New Holland Islandで4000人規模のソロコンサートを行ったこともあります。
そして2018年、「そのライブ音源をまとめた小さなコンピレーションを作りたい」と思ったんです。
中でも、Dream2Scienceの名曲をカバーした際のJimi Tenorのフルート・ソロは圧巻で、あの瞬間を会場にいなかった人にも聴いてもらいたかった。そこで、EPMに勤めるDirt Crew Recordsの友人Peterに連絡を取り、新しいレーベルを始めることになりました。
もともと自分のバンド作品をリリースするためのレーベルだったので、名前はシンプルにKito Jempere Recordingsにしました。特別なコンセプトもなく、ただ自分の名前を冠しただけです。
基本的には、他のレーベルでは出しにくい作品や、自分のコンセプトを完全にコントロールしたい作品、あるいはとにかく早く出したい作品をリリースする場所です。そのうち友人たちからも「曲を出したい」と声がかかるようになり、自分の音楽と、親しい仲間たちの音楽を中心に展開しています。
たとえば、このレーベルでは伝説的バンドMumiy Trollの作品もリリースしました。バンドのドラマーGadzhiのトラックも出していますが、これはDJたちに非常に好評でした。また、ボーカリストのNotelessのアルバム『Videatape』とソロ作 『Work-out』もリリースしました。
最近では、私が特に敬意を抱いているアーティストSaya Siiangのシングル「Rose Water」を発表しました。とても繊細で美しく作り込まれた作品です。ぜひ聴いてみてください。
12:自身のレーベルにあなた以外のアーティストは所属していますか?
K: ええ、先ほど挙げた人たちですね。ただ、もしこれまでKito Jempere Recordingsの作品でリミックスやコラボレーションをしてくれたアーティストをすべて挙げると、本当に豪華な顔ぶれになります。
Ewan Pearson、Eden Burns、Samo DJ、New Composers、Jimi Tenor、Ruf Dug、Hard Ton、Cable Toy、Lipelis、Hrdvsion、Maajo、Red SnapperのRich Thair、Boys’ Shorts、Andras、Remotif、Max Essa、Longhair、Hiro Ama、ALF CHAMPION、そしてほかにも多くのアーティストが、これまでに私のレーベルから作品をリリースしています。
13:自身のレーベルからリリースを行う際に総合的な観点からリリースに至るのでしょうか?もしくは音楽のみに重きを置き、リリースが決まるのでしょうか。
K: 私は選ぶとき、感情だけを基準にしています。ときにはビジュアルのコンセプトやタイミング、音楽の要素が混ざることもありますし、ときには単純に音楽そのもの、またはその人、信頼できて大切に思う相手だけが理由になることもあります。
レーベルは“ファミリー”のような存在でありたいと思っています。一番大切なのは、私たちの小さなコミュニティです。もしアーティストから音源を受け取って、お互いの感覚が合えば、たとえこれまでのレーベルの方向性とは少し違っても、リリースすることがあります。
たとえば、友人の子どもたちの音楽をリリースするためにKito Kidsというサブレーベルを立ち上げたこともあります。
14:自身のトラックをリミックス版として、他のアーティストにリミックスしてもらうことがあると思いますが、何を基準にリミキサーを選ぶのでしょうか。
K: 普段は、とにかく曲で“踊れる”ようにしたいと思っています。自分の曲を、純粋にダンスフロアを知り尽くした人たちによってリサンプリングされ、再構築されることを望んでいます。それが自分の中で最も大切な基準です。
Eden Burnsにはこれまでたくさんリミックスを手がけてもらいましたが、彼は本当に才能にあふれています。彼のトラックはシンプルなのに、感情とフィーリングに満ちていて、フロアで抜群に機能するんです。そしてEwan Pearsonが僕のアルバム『Green Monster』に収録されている「Kabwato」で見せたアプローチも、特別なものだと思っています。

15:レーベル運営をしていて、良い点と悪い点を挙げるとしたらどのようなことがありますか。
K: 自分のレーベルを、あまり堅苦しく運営しているとは思っていません。どちらかといえば、自分の音楽をリリースしたり、友人たちの作品を発表するためのプラットフォームのような存在だと考えています。
とはいえ、2028年にはKito Jempere Recordingsが10周年を迎えます。そのタイミングで、これまでのベストワークを集めた本格的な2枚組アナログコンピレーションをリリースする予定です。それまでは、新しい音楽を探し続け、作り続けるつもりです。いつか一緒にレーベルを運営し、さらに上のステージへ導いてくれるパートナーと出会えたらいいなと思っています。
16:あなたは自身のバンドであるKito Jempere Bandも主宰していますが、この活動について教えてください。
K: それを語り出したら、別のインタビューが必要なくらいですね。私は2005年から2010年まで、Uniquetunesという実験的なジャズ、エレクトロニック、パンクロックのコレクティブを率いていました。当時、私は完全にバンド活動にのめり込んでいて、それが自分の人生の中心でした。
その後、SPDSC名義でDJ活動やプロデュースを始めたとき、「もうバンドはやらない」と決めていました。ところが2012年、SPDSCはソロDJプロジェクトからライブバンドへと進化します。
メンバーはLipelis、Simple SymmetryのSergey Lipsky、Anton Lymarev(Black Lenin)、Poko Cox、PoimaのLes、Yana、Grisha、そして私。そのメンバーで数年間ツアーを行い、その後、よりハウス寄りのソロ名義としてKito Jempereを始動させました。この時点で「もう十分にバンドはやった」と思っていたんです。
ところが2015年、Kito Jempere Bandとして一度きりの公開リハーサルを依頼されました。いつものように友人たちを集めて演奏したのですが、それがきっかけで今もバンドは続いています。最初のメンバーは、私、Lipelis、Gadzhi、Lovvlovver、Roman Urazov、Notelessでした。
年月を重ねるうちに、バンドはさらに広がり、いまではKito Jempere Orchestraのような形になっています。新たにSaya Siiang、Alina Royz、Andrey Fahriev、Evgeniy Esikov、Ilya Shcheklein、Dima Semenovが加わり、最近では映像演出を担当するLeonid Tyaptinも参加しています。
バンドとして最も印象的だったのは、東京のVENTでのライブです。また必ず日本に戻ってプレイしたいと思っています。自分たちの音楽は本当に日本という場所にしっくりくる感覚があるんです。
だからこのプロジェクトを再び日本で実現させるつもりです。
17:レーベルやあなたのアーティスト活動としての終着点は、どこになるのでしょうか?そのような目標があれば教えてください。
K: 最終的な目標は幸福です。毎日、そのことを意識しています。それは自分だけでなく、周りの人たちにとっても同じです。それは自分や周りの人たちの幸せだけでなく、自分が自然で意味のあるものを生み出すことによって感じる幸福も含まれています。
いま、私は高速列車の中にいます。外はすでに暗く、窓の外には何も見えません。このインタビューの質問に答えながら、「これこそ今の自分にとってぴったりの瞬間だ」と感じています。自分がいるべき場所にいて、やるべきことをやり、自分の人生をしっかりと受け止められている。言い換えれば、それは感謝に満ちた幸福です。これが私の目標です。
私の人生のすべては、音楽と、それに関わる活動、つまりアーティストとしてやっていることやレーベルの運営とつながっています。チームの仲間を幸せにできたなら、それが目標です。聴いてくれる人たちを幸せにできたなら、それも目標です。そして自分自身が幸せを感じられたとき、それがまさに最終的な目標です。
18:音楽以外でエネルギーを注いでいることは何ですか。 そして、創作の壁にぶつかったとき、どのようにリラックスしたり気分をリセットしたりしますか。
K: 家族、妻、子ども、犬、自宅、郊外の家など、基本的なことです。地に足のついた、日常的なものです。それからテニス、サイクリング、フットボール、そして時間があれば水泳もします(とはいえ、そんなに頻繁ではありません)。
ただ、リラックスがうまくできないのが自分の課題だと感じています。というのも、私はサンクトペテルブルク、モスクワ、ドバイで昼間の仕事プロジェクトを抱えているため、常に集中していなければならないからです。自分自身「すばやく動くこと」、「常にオンラインにいること」、「すぐに対応できるようにしておくこと」を徹底的に叩き込みました。この姿勢でキャリアを築いてきましたが、それでも誠実さとアーティストとしての感性は失わないようにしています。
とはいえ、最近は、家族との生活、昼の仕事、夜の仕事、DJ活動、音楽制作、ライブ、メディア関連、飲食業のプロジェクト、フェスティバル、イベント……そうしたすべてが重なり合い、正直なところ、もう少しで限界だと感じるほどです。
だからこそ、本当にリラックスできる方法を見つけなければと思っています。ここで言う「リラックス」は、単に新しい場所に旅をして音楽のインスピレーションを得るようなものではなく、心身を本当に休ませるという意味です。
これまで、自分は関わるすべてのことに全力で取り組んできたと感じています。だから今は、その努力がもっと長く続く形で自分に返ってくるようなものを求めています。いまの自分の焦点はそこにあります。激しいスケジュールを維持しながらも、しっかり休み、エネルギーを取り戻す方法、その“リラックスの鍵”を見つけたいと思っています。

19:今後の活動やリリースの予定、最近行った活動でぜひ読者に知っていただきたいことがあれば教えてください。
K: 自分の計画について話すのはあまり好きではありません。まず行動してから話す方が性に合っています。何かを完成させるまでは自分の中に留めておき、準備が整ったときに初めてみんなと共有したいんです。
ただ、いくつか話せることがあります。次にリリースするシングルは、Kito Jempere Recordingsから自分で出す作品で、Aphex Twinへのオマージュになっています。タイトルは「Listens to Selected Ambient Works Once」。この曲には本当に惚れ込んでいます。すでにRoom 303 Radioで、他の未発表曲とともにデモを披露しました。正式リリースは11月を予定しています。みんなに聴いてもらうのが待ちきれません。
また、日本のエレクトロニカ・アンビエント系アーティストのHybrid Leisureland (aka Hidetoshi Koizumi)のリミックスも依頼されていますので、こちらも楽しみにしてほしいです。
20:最後に日本の読者に向けてお願いします。
K: 日本の友人たちへ、そして日本の皆さんへ。私は皆さんのファンです。自分の音楽は日本にこそふさわしいと感じています。
メッセージをひとつ。
もっとつながりましょう、一緒に何かをしましょう。遠慮せずに、ぜひ気軽に連絡をください。
日本でもっと頻繁にプレイしたいです。バンドをもう一度日本に連れてきたい。そして日本のシンガー、ミュージシャン、アーティストの皆さんとコラボレーションしたいと思っています。
もし少しでも共鳴してくれたなら、一緒に何かをやってみましょう。皆さんのことを心から愛しています。そして、また日本に戻れる日が待ちきれません。
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