2020.05.01
「ビートルズは特別な技術を持ったミュージシャンではなかったが、相手の出した音にすぐに反応して最高の演奏をするという意味では全員が優れたミュージシャンだった」~ジョン・レノン
ついにEMIとレコーディング契約を交わしたザ・ビートルズ。優れたヴォーカリスト、ジョンとポールの二人がいたといえ(ジョージ・ハリスンも加えれば実質3名)、61年6月のテストセッション時でのジョージ(以下、G)・マーティンの認識は「大きく期待をかける」と言うより「まあ、失うものは何もない」程度のものであった。そして「自分から直接メンバー交代を指示したことはない」と後に語ってはいるが、彼はピート・ベストのリズムに難色を示したのだ。
ヴォーカリストが相応に優秀であろうとプロフェッショナルな視点からみて「あのドラムはさすがになかった」。その意識はピート以外のメンバーに言外に伝わったのだろう。「ヤバい!上手いドラマーにしないと!」、残りの三人は焦って“リヴァプールで最高のドラマー”(だと彼らが思っていた)リンゴ・スターをメンバーに迎え、テストから3ケ月後、9月に行われた本番レコーディングに挑むことになる。(※1)
リンゴの加入、デビュー直前のドラマーの交代劇で「バンド」に何が起きたのか? それは《グルーヴ》の獲得、に他ならない。
これこそが今に通じる普遍的な“ザ・ビートルズの大きな魅力”の一つであり、またポールにとっては“ベーシストとしてのリズム感の獲得”につながる大きな判断だったのである。
《グルーヴ》とは?――その概念を数値化、定型化するのは無理がある。常にそれは組み合わせの結果でしかないからだ。リンゴ、ポール、ジョン、ジョージの4人の意識が同調したとき(だけ)に生まれる独特な唯一のリズム。例えば個人の歩くスピード、心臓の鼓動のリズム。個人が持って生まれた身体性、その集合値のようなものである。
一人でもメンバーが変わればグルーヴは変化する。本人が持っている「無意識のリズム感」、そしてジョンが語る「相手のそれに瞬時にして反応する意識」、それらが重なり、その時、その場所で相互的に生みだされる連続性のあるリズムの流れ、それがグルーヴである。その唯一さ、代替不可能な魅力は、(ビートルズに限らず)どの現場でも組み合わせでも、グルーヴに対する意識さえあれば生まれるモノなのだ。
そして、ポール。後に特別な評価を受ける彼のベースプレイ。繰り返す事になるがデビューのチャンス、その時のG・マーティンによる判断がなければ、ドラムはリンゴ・スターではなかった。それは彼らがリズムの弱点を自ら理解して主体的に選んだ結果ではなかったのである。
残された音源で分かるよう、ピート・ベスト時代のポールは素晴らしいベーシストに“まだ、なっていなかった”のである。そこに隠された実力があっても、顕在化させる方法をその時までポールは意識出来なかったのだ。
「ドラムのリズム感でベースプレイもバンドのグルーヴも大きく変えられる」… それに「気づく」ことになった《他者》、G・マーティンによる視線。彼との具体的な作業を重ねる事で、比類なきミュージシャン“ポール・マッカートニー”の姿が少しずつ視えてくる。他者との関係性によって彼の才能は開花していくのである。
※1)レコーディング初日、G・マーティンは彼らの判断を信用せず、セッション・ドラマーを雇って「ラヴ・ミー・ドゥ」を録音させている。「いざ!デビュー!」と、意気込んでみたものの、スタジオでいきなり役目を外されたリンゴの落胆ぶり(マラカスを振っていたらしい)は後々まで語られている、当然であろう。
参考音源 1)
【Money That's What I Want - Decca Tapes, the Beatles】
1962年1月1日、デッカレコードでのオーディション音源(デモ録音)、ドラムはピート・ベスト。この演奏力が当時の彼らの限界値である。
参考音源 2)
【Money That's What I Want】
1963年7月18日レコーディング。G・マーティンの演奏によるピアノを加えた編曲。1年半で「バンド」はここまで変わる。優れた他者によって具体化する音楽の可能性、その方法論をポールは獲得していく事になる。
2017年06月07日 / LP(レコード) / JPN
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2014年08月20日 / CD / JPN
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