「神の左手、無意識の右手/ポール・マッカートニーの作り方 No.17」 宮崎貴士

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2020.07.29

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【番外編コラム - 03:時代によって私たちの耳も変わっていくのである Vol.2】


前回 No.16 コチラ https://diskunion.net/diw/ct/news/article/1/90045

 

さて前回から引き続き1965年12月に発売されたザ・ビートルズのアルバム『ラバー・ソウル』より、その3曲目に収録されているオリジナル・バージョンの「You Won't See Me」(Remastered 2009)

https://youtu.be/OsjTO0yZQjk


曲の構造は「Aメロ×2~Bメロ、Aメロ~Bメロ~Aメロ~フェードアウト」という作りでございます。Aメロのコード進行は【I~II7~V~I】、この進行は「Eight Days A Week」のAメロと同じ進行ですね。ポールが好きな進行ではないか、と推測します(このコード進行の特徴に触れると話が長くなるので割愛、簡単に書くとポップさと緊張感が適度に混じった進行かと)。変拍子や劇的な転調があるわけでもなく、オーソドックスな魅力溢れる曲だからこそ、編曲は難しかったのだと思います。メロディもコードに忠実、テンポもミディアム、『ラバー・ソウル』の特徴ある他の曲と比較して「ポールらしいポップス」という以外にあまり個性がない曲(ビートルズが演奏している時点で個性があるのですが)とも言えるでしょう。そしてこの曲、実は楽曲そのもの、というよりも当時の録音事情が仕上がりに影響していると理解しているのです。


「You Won't~」が録音されたのは11月11日、レコーディング・セッションの締め切りであるデッドライン、最終日の作業でした。漫画業界的に“修羅場”という奴ですね、「編集さんが待ってる!印刷所が待ってる!もう3日も寝てません!美内先生!15分だけ寝ていいですか?!机の上で!」みたいな追い詰められた状況。ビートルズのレコーディング作業を詳細に記した名著『ビートルズ・レコーディングセッション』(全てのビートルズ関連書籍でこの本を最も愛読しております)によると、この日は休憩もほぼ入れずに13時間の連続セッションが行われています。この時間内でまっさらの状態から2曲を編曲、演奏して録音、そしていくつかの曲のダビング録音をしております。アルバムの発売は12月3日、実は1か月もなかったのです。怖ろしい、今では考えられないスケジュールです。


ちなみに録音したもう一曲の新曲はジョン・レノン作の「Girl」、スローテンポのバラードで曲の方向性もはっきりとしており、ジョンが弾くアコースティックギターがテンポを作っています。オーソドックスなアレンジの2ビートで、この曲ならば疲れている状態でも(気怠さが曲調として問題がなく)相応の演奏が出来たのだと思います。で、やはり難しいのは「You Won't~」。シビアな時間的制約による状況が、やはりこの曲の微妙なテンポ感につながっていると思うのです。


実際、曲の頭から指などでテンポをとりながら聴いてみて頂きたいと思います。出だしのテンポはだいたいBPM=120くらいでしょうか、曲がはじまって1:00辺り、Aメロの繰り返しの中にテンポがBPMでおおよそマイナス5くらいはすでに落ちています。Bメロで多少持ち直し、そのまま進みますが、2:00頃、またAメロの途中でかなりテンポが落ちます。で、そのまま全体的に少しずつテンポが落ちていき、曲の最後には開始時点からはマイナス10くらいはテンポが落ちているのではないか、と思います(計測してません、体感として)。リンクの音源で、曲の開始時点と終了地点の同じメロディの箇所を戻って再生すると、そのテンポ感の違いがより伝わるかと思います。


うーむ。私自身も80年以後、シーケンサーの時代、CDの時代になって初めて違和感を覚えたのですが、ビートルズ自身もこのテイクを後日聞き直すことがあればリテイクの対象になっていた気がするのです。このテイクの良さもあるので結果としては問題がないと思いますが、締め切りがない状態でしたら(ジョージ・マーティンの意見も含めて)おそらくリテイク対象であったと想像します。ツアーも持続していた激務の時期、特殊な現場だったとはいえ、そんな曲は他にはほぼ見当たりませんので。


そして『ラバー・ソウル』発売からほぼ40年後、2004年にポールがコンサートで演奏した「You Won't See Me」

https://youtu.be/0fcgJs5SDxY


お聴きの通り、テンポの妙な落ち方もなく素晴らしいグルーヴで演奏され、この曲の本来の良さを初めて聴けたような気もいたします。


そして、上記からまた12年後の2016年に演奏された同曲

https://youtu.be/CCHK12HIOVo


ポールは過去の曲をリアレンジせず、キイも下げることなく演奏するのが常なのですが、珍しくリアレンジして、キイを2度下げて演奏しています。興味深いですね。ここからは推量なんですが、ポールも締め切りに追われて作った「You Won't See Me」については色々と思うことがあったのかもしれません。そんな想像をして楽しむ番外編。実はこちらも締め切りが過ぎているのでここで終わります。

 


P.S.おまけとしてBPM120で私がシーケンサーでチャッチャと作ってみた途中までの「You Won't See Me」を貼っておきます。参考例としてのジャストテンポ・バージョンです。

https://soundcloud.com/miyazaki-takashi-1/youwant
 

[宮崎貴士]1965年、東京生まれ。 作、編曲家。ソロ名義で2枚(Out One Discより)、2つのバンド「図書館」「グレンスミス」(ともにdiskunion/MY BEST!RECORDSより)で共にアルバム2枚リリース。 他、岸野雄一氏のバンド「ワッツタワーズ」にも在籍中。 2015年、第19回文化庁メディア芸術祭エンターティメント部門大賞受賞作(岸野雄一氏)「正しい数の数え方」作曲。曲提供、編曲、など多数。ライター活動としては「レコード・コレクターズ」(ミュージック・マガジン社)を中心に執筆。2017年6月号のレコード・コレクターズ「サージェント・ペパーズ~特集号」アルバム全曲解説。同誌2018年12月号「ホワイト・アルバム特集号」エンジニアに聞くホワイト・アルバム録音事情、取材、執筆、他。 
"Paul and Stella"  Illustrated Miyazaki Takashi