GOOD BYE APRIL 『I MISS YOU SO LONG』 インタビュー

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  • 2019.11.20

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    GOOD BYE APRILが10月9日に新しいミニアルバム『I MISS YOU SO LONG』を全国リリースした。この作品はヴォーカルの倉品翔がソングライターとしての自分に深く向き合って制作したもので、彼の人生観や恋愛観、センチメンタリズムといったものが強く反映された曲ばかりを収録。「バンドが最も有機的に機能した作品」と倉品が言うカラフルな2ndフルアルバム『他人旅行』とは対照的とも言える作りで、繊細ながらも優しさがジワっと広がっていく作品だ。

    GOOD BYE APRILは、そして倉品翔は、どうしていまこのようなミニアルバムを作らなくてはならなかったのか。その理由と、ここに収録された全曲について、倉品とベースの延本文音のふたりに話を聞いた。

    昨年クラウドファンディングを活用して自主レーベルのHELLO MAY RECORDSからリリースした『他人旅行』が、ちょうど9月に全国発売されたので、まずはそのアルバムを振り返るところから話を始めよう。


    『他人旅行』はメンバー全員のアイデアの集合体


    ――2018年11月にライブ会場、通販、配信にて発表した2ndアルバム『他人旅行』が9月にめでたく全国リリースされたので、まずは『他人旅行』の話から。1年ちょっと経って、広がり方に関してはどんな実感を持てていますか?

    延本文音: レトロをテーマにした曲とかもあったので、上の世代のひとたちからの「懐かしい」という声が多いだろうと予測していたんですけど、意外と10代や20代前半の若い子たちに広がったんですよ。

    ――若い子たちからすると、かえってその懐かしい風合いが新鮮だったのかな。

    延本: だと思うんです。ここ最近はシティ・ポップが流行ったりといった流れもあったので、“懐かしい感じが新しい”みたいな耳に若い子たちがなっているのかなって。

    ――特にリード曲「リップのせいにして」のMVや歌詞や曲調が、若い子たちのそういう感覚にフィットした。



    倉品翔: そうみたいなんです。Official髭男dismが好きな10代の子たちからコメントをもらうことも多いんですけど、「リップのせいにして」のMVを観て髭男の音楽とリンクするものを感じてくれているみたいで。若い層にもこんなふうにアピールできる部分があったというのは、自分たちでもちょっと意外だったんですけど。

    ――それを狙って作ったわけではなかったんだよね。

    倉品: 「リップのせいにして」は本当に何も狙ってなかったですね。あれはみんなで遊んでいる感覚で作ったものだったので。ただ、ほかの曲のアレンジで少しだけ時代的なところを意識していた曲もあるにはあります。「真夜中のトビウオ」がそうで、あれは自分たちのやってきたなかで一番、時代のタイミングとクロスしていると思っていて。

    ――『他人旅行』のなかで僕の一押しの曲。あのサウンドはこれまでのAPRILになかったもので、すごく耳に残った。

    倉品: 内本さん、ずっと言ってましたもんね(笑)

    ――いま、改めて『他人旅行』とはどういうアルバムだったと思いますか?

    倉品: まず、これは延本主導のアルバムで、延本のやりたいことを尊重して作ったもので。

    ――えんちゃんのなかでは、作る前から明確なコンセプトがあったの?

    延本: 最早あんまり覚えてないんですけど(笑)、まずタイトルを決めるところから始まったんですよ。クラウドファンディングで作るからには、アルバム・タイトルが未定だとみなさんがワクワクした気持ちで支援できないだろうし、ってこともあって。

    ――『他人旅行』というタイトルはどこから?

    延本: 旅行をすると自分の価値観が変わったりするじゃないですか。オーストラリアとかドイツに行ったことがあるんですけど、信じられない文化に遇うわけですよ。オーストラリアではワニを食べる、とか。でも向こうのひとにとっては、それは普通なわけで。そうやって自分のなかのありえないものと他人のなかのありえないもの、自分のなかの好きなものと他人のなかの好きなものとで文化交流が行われる。そうすると、“そのひとを旅行している”みたいな気分になるというか。

    ――“ひとを旅行する”。

    延本: そう。私はいろんな職業のひとの話を聞くのが好きで。例えばヘアメイクさんになんでその仕事をしようと思ったのかと訊いたら、「小さい頃から髪をいじるのが好きだった」って言ってて、ああそうなんだって思ったり。あと、テレビを見ていてよく思うのは、私は人生で一度もフィギュアスケートの選手になる道を想像したことがなかったなって。あのひとたちはどうやってそれに出会ったんだろうって考えちゃったりするんです。そこでどうしてそれと出会ったのかを想像したり、実際に話を聞けたりしたら、自分の行けなかった場所、住めなかった国を旅行しているような気持ちになる。そういうのがひとと交流することのいいところだなと思って。

    ――なるほど。

    延本: そんなタイミングで「口笛」と、あと「明日へ帰ろう」のAメロの歌詞が書けて、それを気に入っていたんですよ。いまの自分が出したい曲って、こういうものだなって思ったというか。

    倉品: アルバム1枚がそういう“ひとの人生観”みたいなものでまとまっていくとステキだし、それをこの年齢の自分たちがやってみたいってところで、僕は『他人旅行』というタイトルが腑に落ちまして。

    ――イメージの広がるタイトルだよね。そのタイトルを決めたあとで、それに合う曲をストックのなかから選んでいったの?

    延本: そうです。「この曲はひととの関りが描かれていないから今回は見送ろう」とか。

    ――えんちゃんから出てきたそういうテーマ的なものを、バンド内で共有し合って作っていった。

    倉品: はい。『他人旅行』というタイトルであったりとか、ベースになるものは延本から出てきた部分が多いんですけど、メンバーそれぞれのアイデアもすごく生きているし、このアルバム自体、バンドがすごく有機的に機能しているものだと思うんですよ。僕自身、『他人旅行』では、自分のなかでこれはあり、これはなしといったふうに初めから決めたりしないで、いろんな曲をやってみたいと思っていたし。

    ――それは曲調に関して?

    倉品: 曲調もサウンドもですね。例えば「君は僕のマゼンタ」はいままでの自分の引き出しにあるものから作っても面白くないと思ったので、あんなふうに仕上がった。サンバとかラテンとかって僕の引き出しにはなかったけど、ほかの曲たちがバラエティに富んでいたので、この曲はサンバというキーワードから作っていったんです。

    延本: 「マツケンサンバ」をどっかの帰り道に聴いて、「なんて楽しい曲なんだろ。サンバやりたいなー。やってみない?」って言ったら、そのときは私以外ノリ気じゃなかったんですけど、とりあえずつのけんに叩いてもらって、らっしー(倉品)の作ったメロディを乗せたら、それがよくって。

    ――「マツケンサンバ」きっかけだったんだ?!(笑)

    倉品: そう。一周まわって、いま一番好きなんですよ、この曲が。




    ――つのけんや吉田くんのアイデアも『他人旅行』にはたくさん入っている?

    倉品: 『他人旅行』は全員のアイデアの集合体なんですよ。フレーズのひとつひとつもそうだし。それまでもそういうやり方をしてきたけど、その集大成があのアルバムだったんです。これまでで一番有機的にバンドが機能したという実感がありましたね。

    延本: けっこう、はしゃいで、楽しんで作ったアルバムだったよね。計算してどうのとかじゃなくて、「わあ、いいじゃん!   それやろう!」みたいなノリで。



    倉品: うん。偶然の産物が多かったですね。バンドの風通しがよかったんです。だから新しいこともいろいろやれたし。例えば1曲目の「ソリスト」はUKロックっぽいことを初めてバンドでやれた気がしたし。「君は僕のマゼンタ」はさっき言ったように初めてサンバを取り込んだし。4曲目「さよならDESPAIR」と5曲目「真夜中のトビウオ」は僕のなかでこのバンドの最新系だなと、できたときに思ったし。大人になった上での表現ができるようになったという手応えが、あの2曲にはありましたね。

    延本: 私は「君は僕のマゼンタ」と、あと「「大好き」」が好きですね。

    倉品: 「「大好き」」もバンドとして新しいタイプの曲だった。歌詞のSF感というか、ここまで延本ワールドが全開になった曲はしばらくなかったので。

    延本: そうだね。メッセージとして伝えたいことがあるものより、聞いてほしいお話があるみたいな感じで作ったもののほうが私は好きで。描いた絵を見せるだけ、みたいな。そういう曲を書いているのが一番楽しい。

    ――えんちゃんは絵描き型なんだろうね。メッセージを伝えたいから音楽をやっているのではなく、こんな絵を描いたから見てほしいとか、こんな夢を見たから聞いてほしいとか、そういう欲求が音楽表現に結びついているという。

    延本: 本当にそう。「面白いことがあったんだよね」って言いたいだけというか。それに対して別に笑わなくてもいいし、泣かなくてもいいし。

    ――『他人旅行』はまさにそういうアルバムと思う。いろんな景色や場面を切り取って、そこからひととひととの関係性が浮かび上がってくる作りになっているというか。

    倉品: そう思いますね。僕のなかでもあまり考えこまずに、パレットの上のいろんな色をバーっと塗りたくった感覚があるんですよ。だからすごいカラフルだと思います。

    ――全国流通にあたって、改めてこういうふうに聴いてもらいたいとかって、ありますか?

    倉品: 新作の『I MISS YOU SO LONG』と両方一緒に楽しんでもらえたら、それぞれ全然違うところに感動ポイントがあると思うんですよ。で、両方聴いたら、立体的にこのバンドが見えてくるんじゃないかなと。なので、この機会に両方聴いてもらいたいですね。





    自分たちにしかできないことをやっていかないと意味がない


    ――では、ここから新しいミニアルバム『I MISS YOU SO LONG』の話を。まず『他人旅行』はジャケットの色合いも含めて女性的なアルバムだったというのが僕の考えなんだけど、それに対して『I MISS YOU SO LONG』は男の子の葛藤やら決意が入っている作品だなと。

    延本: 確かに。

    ――で、『他人旅行』がえんちゃん主導のアルバムならば、今回は倉品くん主導の作品で。

    倉品: 完全にそうですね。がっつりそうです。反動なんでしょうね。いままでもバンドを進めていくなかで、反動によって新しいところに行けることはよくあって。『ニューフォークロア』というアルバムをけっこう僕のやりたい放題に作ったら、今度はバンドにゆだねてバンドとしての面白さを追求したくなったので『他人旅行』を作り、そうしたらまた今度は僕の好きなようにやってみたくなって。そのふり幅のなかであっち行ったりこっち行ったりしている感じなんですよ。だからさっき言ったように『他人旅行』がバンドとしてどれだけ有機的に機能できるかってことのひとつの果てだったとしたら、今回はその真逆のアプローチから始めたというか。

    ――『他人旅行』での倉品くんは、ある程度俯瞰でバンドを見ながら現場監督的な役割も担っていた。今回はその逆で、まず自分の色を明確に出すことというのがテーマでもあったわけだよね。

    倉品: そうですね。『他人旅行』のときは、自分のなかの新しい試みとして、いままでやったことのない曲の作り方をしていたし、それを楽しめた。じゃあ、次は自分にとって何が一番新しいことなのかと考えたときに、9年間のバンド活動のなかで自分の濃いところだけを濃縮還元したものっていうのはまだやってなかったなと思いあたったんです。で、それをいま、どうしてもやっておかなきゃいけないという気持ちにすごくなって。

    ――どうしてそういう気持ちになったんだろう。

    倉品: 『他人旅行』を聴いていいと思ってくれたひとに、あのアルバムにはないけどバンドが武器としてもっているものを見せたかった。実は自分が一番鋭い刃として持っていたいものが、『他人旅行』には入っていなかったし、それは意図的に入れなかったんですけど、今度はそれだけを出すという。それをすることが自分のなかで新しかったんですよ。やるしかない! って気持ちだった。そこに3人も乗ってくれたので。

    延本: ミニアルバムを作るってなって、いつもならそこでみんなで曲を選ぶわけじゃないですか。でもそれだといつも通りのものにしかならないんじゃないかという違和感のようなものがバンドのなかにあったんですよ。しかもミニアルバムだと曲数も少ないので、みんなで決めるとなると、よっぽど強い曲ばかりが揃わない限りはどうしたってフルアルバムに負けてしまう。だから「今回は、らっしー主導のアルバムがいいんじゃないか」っていうのはみんなが思ったことで。

    倉品: 同じやり方はしたくないというか。絶対そのほうが新しいものになるという確信があったんです。

    ――そういうことは暗黙の了解とかじゃなくて、4人でしっかり話をするの?

    延本: 今回はガッツリ話したよね。

    倉品: うん。今年はしっかり話し合う機会がいっぱいあったので。そのなかで、とにかく僕はいままで出していなかった自分の一番濃いところを出さずにはこの先に進めないんだという気持ちを話して。いまそれをやらなかったら一生後悔するだろうなって思ったので。

    延本: アルバム作りって、そのとき一番燃えているひとが先陣を切ってやっていくべきだと思っていて。私は『他人旅行』でそれをやりきった感があって、正直ちょっと疲れた部分もあったので、ここでまた無理やり自分のなかの創作エネルギーを燃やすよりも誰かのエネルギーを後ろから燃やすしかない気がしていたんですよ。

    ――じゃあ、「今回は、らっしー頼むよ」と。「しっかりやりたまえ」と。

    延本: やりたまえと(笑)

    ――倉品くんとしては、この制作期間はがっつり自分自身に向き合った時間だった?

    倉品: 自分に向き合うというか、自分のソングライティングに本気で向き合った時間でした。全部自分が決めるということを、バンドを始めてから実はやっていなかったので、そこがとにかく苦しくて。このバンドを始めてからは延本にジャッジをゆだねていたところがいっぱいあったから。

    ――詞曲に関して?

    倉品: その時点でもそうだし、アレンジとか曲の構成とか全体的なところに関しても。あと、曲順もですね。自分のなかでは、ああでもいいしこうでもいいなって、選択肢がいくつもあるほうなんですよ。そういうときに、どっちがいい?って訊いてきてたんですけど。

    ――今回はそれをしないようにした。

    倉品: はい。自分のなかでの最良を選択することの特訓だったというか。9年目ですけど、今回はそれをしっかりやることが、この先もバンドを続けていくうえで大事なんだという気がしたんです。特に歌詞に関しては、『他人旅行』で僕はほぼ書いていなかったので、こんなに書くってことを久しぶりにやったし。もちろんそれは自分でやりたいからやったわけですけど、いざやってみるとなかなか苦しかったですね。

    ――生みの苦しみということ?

    倉品: いや、書いているときは楽しいんですけど、これでOK!という正解みたいなものがなかなか見つけられなくて。20代前半くらいまでは盲目だった分、ズバっと決められていたところがあったんですけど、その頃といまとでは自分の感覚が違っていて、ひとつひとつの言葉を選んで決定していくことの難しさを実感しました。

    ――若い頃は勢いで「こうだ!」と言えた。

    倉品: 若い頃は過信していたんですよ。そういう過信もある意味では必要なんですけど、これだけ長くやっていると自分に足りないものも見えているし、逆に“いいな”というものも圧倒的に増えているので、決定が難しい。自分のなかの“好き”が増えた分、迷うようになりました。よくも悪くも慎重になったというか。

    ――今回はアレンジに関しても、『他人旅行』のようにみんなでアイデアを出し合って決めていくというよりは……。

    倉品: 僕がアレンジ含めてがっつりデモを作って、それをみんなが肉体化していくというやり方ですね。もちろんそれぞれの手癖とかノリはありますけど、ドラムのハイハットが8なのか16なのかっていうところまで僕が決めて、“こういうふうに叩いてほしい”と言って。たかしのギターのフレーズも、僕がデモで弾いていたものをそのまま弾いてもらっているのが多いです。例えば「LANDMARK」のイントロも最初にあったものをたかしに弾いてもらっているし。もちろん細かいフレーズはそのままではないですけど。

    ――そういう作り方をしてみて、えんちゃんはどうだった?

    延本: いままでの作品のなかでダントツ疲れた(苦笑)。いままでの作品は楽しくワイワイ作っていたんですけど、今回は全員がシビアになっていた印象ですね。レコーディング期間が『他人旅行』の半分しかないわりに疲れたというか、異常に密度が濃かった感じ。

    ――それぐらい向き合った。

    延本: シビアにならなきゃいけないタイミングだったんでしょうね。いままでこだわりきれてなかった部分とかにも、今回はこだわりきらないとダメだったというか。今回の作品は全曲すごくシンプルに立ち返っているところがあるんですけど、そこがしんどかったんだと思うんですよ。勢いだけでは最後までいけないというか。純粋な基礎能力というものがすごく問われた。

    ――シンプルなだけに、そこが問われる。

    延本: そう。繊細な曲ばかりだったので。『他人旅行』の曲もサンバとかあったりするので演奏は難しいんですけど、あれは勢いで乗り越えられるものだったから。

    ――「私たち、サンバの演奏家じゃないし」みたいな(笑)

    延本: そうそう、なんちゃってサンバだから楽しいっていうノリで乗り越えられていたんですけど、今回の曲は純粋だからこそ難しいというか。ちょっと気持ちがブレたり、ちょっと力が入りすぎただけで、グルーブが出なくなっちゃう曲ばかりだったので。それは、つのけんも言ってましたね。『他人旅行』の曲はメロディからしてカラフルなので、音をあてはめていきやすかったんですよ。でも今回は、絶妙なお洒落さもあるけど、実体はシンプルで、そのバランスをちょっとでも間違うと安っぽくなりかねなかった。「無印良品」のよさに似ているというか。

    ――シンプルで尚且つ良質という、そこを突き詰めるのは容易いことではないからね。飾りをつけることのほうが簡単だったりするから。

    延本: そうなんです。だから、かなり練習が必要でしたね。

    ――倉品くんのなかでは、初めから飾りのないシンプルなものをと決めていたの?

    倉品: シンプルというか、“いい曲”と“切ない曲”だけに絞ろうと思ったんです。曲のストックは山ほどあって、これまではミニアルバムであっても曲がバラエティに富んでいるということを重視していたんですよ。でも今回はその考えを捨てようと。バラエティというところを意識するといままでと変わらない作品になることがわかっていたので、そこを変えたかった。それで聴き飽きないようにするには、本当に全曲が“いい曲”じゃないとダメだと思ったので、とにかく自分がいいメロディだと思えるものだけを選んだんです。それはいままでの自分のバランス感とは違うので、勇気がいりましたけどね。

    ――“いい曲”にもいろいろあるわけだけど、要するに自分らしいメロディで、尚且つ心の琴線に触れるメロディということ?

    倉品: そうです。倉品印のメロディというか。自分にしか書くことのできないメロディを書くということですね。そうじゃないと意味がないってことを、ここにきてすごく思っていて。バンドもそうで、結局は自分たちにしかできないことをやっていかないと意味がない。いままでは考えすぎてしまったり、ひとの目を気にしすぎるところもあったんですけど、そうやって当たり障りのないものを作っていてもしょうがないだろっていうマインドですね。

    ――そういうマインドで自分のソングライティングに本気で向き合ったことによって、わかったこと、見つけられたことはあった?

    倉品: いっぱいありますね。一言で言うと、最後の過信が剥がれ落ちた感じがします。

    ――最後の過信?

    倉品: いまの自分が持っている100%の力を出してできるのはこれなんだなというのが明確に見えたというか。自分の力でバンドを動かすということをいまやったら、できるのはここまでだなっていう。

    ――「ここまでやれた」という自信じゃなくて?

    倉品: 「ここまでやれた」であり、「ここまでしかいかないことが見えた」ということでもあり。両方です。過信が剥がれたってことですね。いまの自分の力では、これ以上はできなかった。でもとにかくここまではやれたという。

    ――それを知るためにも今回は自分主導で作りたかったわけだから、結果としてそれはよかったことだよね。

    倉品: そうですね。それがわからないと、どうしても次には進めなかったので。




    水が高いところから低いところに流れていくように生きていたい


    ーーでは、アルバム・タイトルについての説明を。

    倉品: はい。僕はソングライターとしての自分の真骨頂がどこにあるかと言ったら、やっぱり切ないメロディを作るというところにあると思っていて。じゃあ、自分のなかで何が切ないのかと言ったら、いまここにないものを思う気持ちをメロディにすることだというところに行きついたんですね。そういう括りで曲を並べてみたところ、前から好きだった“I MISS YOU”という言葉がすごくしっくりきた。ここでこの言葉を使うしかないなって思って。そこにちょっとロマンティックさを足したかったので、“SO LONG”を付けたんです。

    ――6曲揃ってからそのタイトルを付けた。

    倉品: そうです。

    ――えんちゃんが別のアイデアを出したりは?

    延本: いやもう、今回はらっしーに任せていたので。『ぽんぽこ太郎』とか付けない限りは従おうと思っていたので(笑)

    ――はははは。では、1曲ずつ聞いていきますね。まず「LANDMARK」。“まだ不似合いな東京”で暮らしている自分のことを歌っているけど、倉品くんが上京してきたのが……。

    倉品: 19のときなので、きっちりではないですけど、ほぼ10年ですね。ちょうど「僕らのランドマーク」という曲を作ったのが10年前だったので、「LANDMARK」はそこからの10年という感じなんです。

    ――10年経って、“いまの自分のランドマークとは?”と問いかけてみた。

    倉品: そうですね。それこそ臨海都市というか、お台場のほうから橋を越えて夕陽に向かって車を走らせているときに、“こんな自分が当たり前に東京で生活してるんだな”ってふと思って。もう東京に来て10年経つのかっていうのが、なんともいえない感慨だったんですよ。“こんなに当たり前に東京で暮らせるものなんだな。きっとそれだけ音楽に夢中になって生きてきたんだな”って思って。10年経って変わったこともいろいろあるけど、自分のなかの芯の部分さえ変わらなければ、こうやって東京で生きていけるんだなと。その実感がポロっと曲になったのがこれなんです。

    ――いまでも“不似合いな東京”という感覚はあるの?

    倉品: 東京が似合う人間だとは1ミリも思えないですね、いつまで経っても。

    ――えんちゃんは?

    延本: 私の故郷は大阪なので、都会が特別ってわけではないんですけど、ときどき“ああ、本当に東京に住んでるんだ”って思うことはありますね。

    ――この曲ではそんな“不似合いな東京”にいながら、“ただひとつそびえ立つ不格好な塔を 目指すよ今でも 目指し続けたいよ”と歌っている。つまりこれは、現在の自分としての決意表明だよね。

    倉品: はい。これは「僕らのランドマーク」のアンサーソングでもあるんですよ。10年前に書いたあの曲では、僕は目指すものはなんでもいいからそれを大事に進んでいくということを歌っていた。ひとに惑わされずに自分の信じたものを信じて生きていこうと。で、「LANDMARK」はそこから月日が経っているけど、未だに僕自身のなかでは当時描いていたものを変わらないひとつの塔として見ながら歩いているということで。

    延本: あの頃は押されたり引っ張られたりして東京にいたけど、いまは自分の気持ちで東京にいる。自分で選んで東京にいる。そんな違いを私は感じますね。

    ――そういう決意感のある曲って、やっぱり強く響いてくるものがある。訴えかけてくる力が違うんだよね。

    倉品: そうですね。最近僕たちはそういう曲をやっていなかった。しかもメロディからして、lightship(*倉品がGOOD BYE APRIL結成前に組んでいたバンド)時代の曲に似ているんですよ。たまたまなんですけど。それもあって自然と自分の心境がこの曲にリンクして。

    ――あの頃の自分がいて、いまの自分がいる。それがメロディにも歌詞にも表れているわけだね。

    倉品: 偶発的でしたけど、そういう曲になりましたね。

    ――そういう曲であるだけに、僕はもっとエモーショナルな歌い方をしてもよかったんじゃないかと思ったんだけど。

    倉品: ああ、確かにエモさのある曲ですからね。でも感情を爆発されるような歌い方は違うと思っていて。意識したのは内なる熱みたいなところですね。内なる熱量をサビに乗せるというか。

    ――なるほど。続いて2曲目の「まぼろし」。これも「LANDMARK」に続いて気持ちを明確に伝えている曲で。「君が信じた僕を信じて」というふうに、ハッキリと“君”に向けて歌っている。この“君”というのは、誰のこと?

    倉品: ライブを観に来てくれるお客さんのことを考えていました。お客さんに対して歌っている曲ですね。ついてきてくれるひとたち。恥ずかしいからいままでそういうことを歌ったことがなかったんですけど、いまなら歌えると思って。

    ――きっとそうなんだろうなと思いながら聴いていたんだけど、ただ「連れて行くよ 約束する あの日見つけたまぼろし」と歌っているでしょ。「確かな場所」に連れていくとは言わずに「まぼろし」と歌っている。

    倉品: そこが自分のなかでは肝ですね。そもそもこの曲は言葉とメロディが一緒にくっついて出てきた曲で、“まぼ~ろし~”というのはその段階で出てきていたんです。じゃあ、自分にとっての“まぼろし”ってなんだろうって考えながら歌詞を書いていった。何かこう、自分の信じていたものが叶う予感がすることってあるじゃないですか。“オレは絶対にこれを叶えられる!”って思って、ひとりで盛り上がったりして。それって、目に見えるわけではないんだけど、そこにある確かさみたいなものをこの歳になっても感じるんです。それを“まぼろし”って言葉で表現するのが自分にはすごくしっくりきて。

    ――それを「確かな予感」とか「確かな場所」とは歌わずに、「まぼろし」と歌うのが倉品くんらしいところだなとすごく思う。でも一方で、ここはやっぱり「確かな場所」とかっていうふうに明確な何かを示す強い言葉で歌いきってほしかったという気持ちも僕のなかにはあって。

    倉品: ああ……。そうかぁ。でも遠慮がちに“まぼろし”という言葉を使っているわけではまったくないんですよ。

    ――照れ臭いとか、そういうことではなく。

    倉品: ないですね。なんというか、自分の実感としてやっぱり「確かな場所」っていうふうにはならない。それだったらわざわざ歌で言う必要はないんですよ。僕に見えているのは儚いものだし、誰にも見えてないんだけど、でもそこに連れて行きたいんだっていう気持ちが唯一、自分のなかでは歌にできることだったんです。



    ――なるほど。納得です。では3曲目「長い夜」の話を。

    倉品: これも僕が実感したことをただ書いただけなんですけど。なんにでも意味がなくてもいいんじゃないかと思うことが僕は多いんですよ。この歌詞じゃないけど、それこそ「風がそこに吹くように」「夜がやがて明けるように」自分は生きていたいし、水が高いところから低いところに流れていくように生きていたいと思うんですね。だから、この曲のなかでは「冷たい雨」という表現をしていますけど、そういう苦しいところに自ら行って傷ついているひとを見たときに、“そんなに意味を求めすぎなくてもいいんじゃない?”って僕が導いてあげたいというか。そういう気持ちを歌った曲で。

    ――冷たい雨のなかで傷ついた君を迎えに行って「もう大丈夫だよ、俺が傍にいるから」って抱きしめるみたいな歌は過去の日本のポップスにもたくさんあったと思うんですよ。でもここでは「遅かった僕を許して」と歌い、「傍にいさせて」と歌っている。そこが倉品くんらしさなのかなと思ったりもするんだけど。

    倉品: ああ、そうなんですかね。僕はたぶん、メンタル的にいうと男性的じゃないというか。僕のなかで、これは永遠の愛を誓っている歌でもあるんですよ。だから夫婦の歌と捉えてもらってもいい。ただ、目線としては女性的なのかもしれないですね。僕は自分が尽くしたいタイプなので、「俺の傍にいてくれ」って思うことがないんですよ。それは自分のなかの捻れなのかもしれないけど。

    ――「俺の傍にいてくれ」「君を守るから」というような昔ながらの男らしさとは違う価値観だということはよくわかるんだけど……。

    倉品: でもどっちつかずに思えるってことですか?  うーん。僕にとってはこれがめちゃめちゃリアルなんですけどね。僕としては、性別関係なく共感してくれるひとがいたらいいなって思いですけど。

    ――まあ正解はないと思うし、それこそ「答えなんていらない」とも歌っているので、この話の続きはまた飲みながらするとしましょうか(笑)。因みにこの曲は温かみのある曲でありながら、シンセがいい効果を出しているよね。

    倉品: これはかなりシンセで作り込んでいて。いい違和感を作れるようなアレンジにしたかったんです。ピアノのリバースをサビ前に大きめに置いたりとかして、ひっかかりのあるアレンジを心掛けましたね。




    作ったことで視界が晴れた。次は自由になれそうな気がする


    ――続いて4曲目「KING」。

    倉品: 実はこの曲だけ、だいぶ昔に書いた曲なんです。4~5年前かな。『英国王のスピーチ』という映画を観て作った曲で。あの英国王を主人公に書いてみようと思って書いて、ずっとデモ・ボックスに忍ばせていたんですけど、ここで日の目を見ることになったという。

    ――初めての英語詞だけど、そうした理由は?

    倉品: 英語で書くことは意外とあるんですよ。これまで世に出ていなかっただけで。やっぱり英語でしか表現できないことっていっぱいあるなと思っていて。

    ――「全ての混沌よ、さらば」って日本語にすると、確かにこのメロディには乗らない。

    倉品: うん。このテーマを日本語で歌うというのは考えられなかったですね。

    ――実は僕、今作のなかでこの曲が一番好きだったりするんだけど。

    延本: やっぱり!  そうだと思った。内本さんが好きそうなタイプ。

    ――多数派じゃないので(笑)

    倉品: でも、(the sea falls asleepの)クドウくんにも言われました。この曲がすごい好きだって。

    延本: 実は私もずっとこの曲が好きだったんです。だから、絶対ここに入れるべきじゃないかって思って。

    倉品: 唯一、この曲をここに入れるってことは延本のアイデアだったんです。

    延本: 先にこの曲以外の5曲が決まっていたんですけど、もう1曲ってなったときに「長い夜」と「スプートニクの恋人」の間に別の3~4分の曲を入れるのは違うと思っていて。インストゥルメンタルじゃなくてもいいけど、「長い夜」の余韻のあとにもうひとつ何か寂しい感じがほしい。でも落ちる感じにはしたくなくて、なんかこう、カーテンが揺れるような、木漏れ日のような曲がここにあったらいいんじゃないかと。だったらこの曲しかないと思ったんですよ。

    ――インストゥルメンタルではなく歌詞ありの独立した曲ではあるんだけど、主張しすぎない曲ということだね。

    延本: そう。幽霊みたいな曲というか。それを入れたいなと。

    ――歌うにあたっては、どんなことを意識したの?

    倉品: これはピアノもヴォーカルもデモのときのものをそのまま採用していて。気を遣ったのはマイクとの距離感ですね。少し離れたところで歌って、ほどよい距離感をもたせたかった。英語で歌っていることにも繋がるんですけど、あまり歌に主体性を持たせたくなかったんです。

    ――では5曲目「スプートニクの恋人」。歌詞はふたりで書いている。

    倉品: この曲の歌詞は最初からこういうテーマでスケッチをしていたんですけど、“スプートニク”というワードが延本から出てきて、僕のスケッチをもとに延本が書いてくれました。

    ――「いつから僕はこんなにも 自分勝手になれないんだろう」と歌っていて、それもすごく倉品くんらしい思い方だなぁと。

    倉品: そこも実は延本が書いたんですけど。

    延本: でもこれは、らっしーが歌うことを前提にして。らっしーはこういうひとだなってことで書きました。私は誰かの幸せを願える僕でありたいとか思わないんですけど、らっしーは思っていると思うんです。

    倉品: まじで思ってる。

    ――「行かないでって言えない そんな僕だから」とも歌っているけど、「君をさらっていくよ」みたいにはやっぱりどうしても言えないの?

    倉品: 言えないっすね。でも僕は自分が汚れたくないからそう言えないわけではないんですよ。単純にひとの気持ちを自分の気持ちでひっくり返すことができないというだけなんで。

    ――恋愛論みたいになっちゃうけど、ときにはひっくり返そうと頑張ってるところに女性は惹かれたりもするもんですよ。

    倉品: そうですよねえ。

    延本: ただ、この歌では諦めを書きたかったんですよ。自分の無償の愛なんてものは、女性にとっては見慣れた景色なんだってことが、この“僕”にはわかっているという。

    倉品: 僕自身、けっこう引き留めようとする言葉を呑み込んで生きてきているほうで。さっきの「長い夜」の話じゃないけど、僕は高いところから低いところに流れている水でありたいという気持ちがすごく強いんですよ。そういう自分の素がこの曲にも出てますね。共感されるかどうかはわからないけど。

    ――6曲目「yell」。2月の東京キネマ倶楽部公演でいち早く披露された曲だけど、メロディと曲展開がすごくいい。

    倉品: これは「まぼろし」と同時期に書いた曲で。はぐれ者をこっそり応援したい気持ちで書きました。

    ――はぐれ者は男性? 女性?

    倉品: みんなです。生き辛さを感じているひと、みんな。こんな僕に似ているひと、みんな。器用に生きれないひと、みんなです。そういうひとを見ると、僕はこういう気持ちになるんですよね。

    ――「PLEASE STAND UP」と言ってあげたい気持ちになる。自分自身にそう言って鼓舞してる感じもあるのかな。

    倉品: 結果的にはそうかもしれないですけど、どっちかというと慈悲みたいな気持ちに近いのかな。僕も同じだからって言いたいんですよ。僕も本当にちっちゃいことを気にして生きてるほうなんですけど、でも年々、どうでもいいことだったなって思えるようにもなってはきているんで。思い出に変えられることはたくさんあると思うので、そうなったときに笑い話にできるといいねって。そんな歌ですね。特定の誰かというより、不特定のひとに対して、自分が近くにいる気持ちでいたかった。それは自分のなかに、かなりリアルな感覚としてあることなんです。

    ――そんな6曲(+ボーナストラック)ですけど、作り終えてどうですか?  作る前の自分と変わったなと思えるところもある?

    倉品: これを作ったことで視界が晴れたなとは思いますね。さっき言ったように過信が剥がれ落ちたというか、いまの自分の限界値を知ることができたというか。発見がたくさんあったし、バンドとしてもいままでとまったく違うやり方で作っているので、これを経たことでバンドとしてやれることも増えていると思う。なので、次はすごく自由になれそうな気がします。

    ――えんちゃんは?

    延本: このアルバムまでと、ここからでは、まったく変わると思う。できることとできないこと、向いていることと向いてないことがハッキリわかったアルバム作りでもあったので。

    倉品: それは確かにそう。バンドとしてもそうだし、僕にとっては間違いなく自分にしか表現できない曲だけを集めたアルバムなので。だから、こう言うと誤解を招きそうですけど、少しでも多くのひとに広く届けたいという気持ちとはちょっと違うんですよ。ただ、切ない気持ちだとか、いまここにないものを思う気持ちというのは、人間のなかで根源的にあるものだと思うので、ここに入っている曲たちが誰かの人生のある瞬間にリンクすることはきっとあると思うんです。そうなったときに、そのひとにとって大切な歌になれる気がするし、そうなるといいなと思っていて。うん。そんな気持ちですね。

    ――わかりました。最後にこのCDジャケットのアートワークについて聞きたいんだけど。これまでの作品同様、アートディレンクションを井上絢名さんが手掛けて、えんちゃんがイラストを担当しているけど、今回のこれはどういうコンセプトで?

    延本: 自分のなかで今回は線画のイメージのアルバムだったんですね。で、方眼紙というテーマがひとつあって。心電図とかグラフとか、わりと数学的なイメージ。なので色も一色。でも白黒にはしたくなかったので、青と赤の間の色にして。赤い感情と青い感情の混ざったものだけど、どちらかというと青のほうが強いかなと。理由があって大泣きしているというよりは、寂しくてちょっとだけ泣いちゃうみたいな感情を表わした色ですね。で、この騙し絵的な図案は絢名の提案で生まれたもので。『I MISS YOU SO LONG』というタイトルから連想して、“近くにいるのに交わらない”ひとたち、何かを探している4人を描きました。

    ――なるほど。なんかこう特定の時間感覚がないようなのが面白い。

    延本: 最初はもっと夜っぽいイメージだったんですけどね。「スプートニクの恋人」も夜の歌だし。ひとの気持ちの動き方が夜っぽいというか。静かな時間。

    ――確かに。

    延本: 淡々としている。いままでのようなポカポカ感じゃなくて。

    倉品: 僕の心情に近い感覚がすごくありますね。自分はそういう人間なので。




    インタビュー・テキスト: 内本順一
    写真提供:上野留加
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