「神の左手、無意識の右手/ポール・マッカートニーの作り方 No.7」 宮崎貴士

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2020.05.15

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【番外編コラム−01:あなたの人生の物語/映画『イエスタデイ』について】

第0回 https://diskunion.net/diw/ct/news/article/1/87737
第1回 https://diskunion.net/diw/ct/news/article/1/87852
第2回 https://diskunion.net/diw/ct/news/article/0/87995
第3回 https://diskunion.net/diw/ct/news/article/1/88161
第4回 https://diskunion.net/diw/ct/news/article/1/88302
第5回 https://diskunion.net/diw/ct/news/article/1/88422
第6回 https://diskunion.net/diw/ct/news/article/1/88506

章立てで続けているこの連載、今後も皆さまが嫌になるほどに果てしなく続ける予定ではございますが、その中から漏れてしまう、そして原稿依頼される機会もなかったけれど「書きたい事があるのだ!」みたいな、厄介な話をコラムとして時々挟み込んでいきたいと思っております。(ちなみに次章は「サウンドに刻印されたマッカートニー流の現在」、そんな内容になる予定!) 
 
 
さて、昨年公開された映画『イエスタデイ』(※1)、日本でもそれなりにヒットした作品ですので、ビートルズ・ファンならば当然ご覧になっていると思います。評価としては音楽ファン、そして映画ファンの間でも賛否があって、例えばシミュレーション的解釈として「ビートルズが存在しなかった音楽界の変貌への考察が甘い!」との指摘、確かに頷きながらも、あえて自分が感動した理由を書いてみます。 
 
 
それは〝スタンダードソング〟が初めて人前で演奏され、ビートルズソングを最初に聴く人たちの姿が観られたこと。これに尽きます。 
65年生まれの自分は、多くのビートルズソングを〝新曲〟として聴く体験がありませんでした、彼らの有名な曲を初めて聴いた感想が「このメロディ、聴いたことある!」という状態だったのです(初めて聴いたときの体験、それが曖昧な曲の判断は難しく、だからこそ比較的に馴染みがないアルバム収録曲への愛着がより強くなる、それが後追い世代の特徴になるのかなと)。メロディだけがBGMとして使用されていたり、テレビでテーマソングとして流されていたり…そんな〝スタンダードソングの定義〟を自分なりに考えてみると「大衆が無意識に、その曲を記憶している」状態だと思います。 
 
 
〝スタンダード=標準〟という意味ですから、「その曲から喚起される感情値が(ある程度)標準化されている」状態とも言えるかと。スタンダード化される要因はさまざまです、例えばエレキギターにおける『スモーク・オン・ザ・ウォーター』のリフのようにテクニカルなものもありますよね。 
そのスタンダード化について、〝オリジナル音源での認知〟が進んでいるのが近年の特徴かと思います。ネット環境の進化によって原曲音源へのアクセスが容易になり、エモーショナルなアレンジを施した音源(例えば、過度なストリングス・アレンジで聴く『レット・イット・ビー』のカヴァーなど)よりも、グルーヴ感、演奏も含めた原曲版が、多くの人々の感情を喚起している状態になっている、と。ポールが歌う『レット・イット・ビー』がスタンダードとして響いている状況は素晴らしい、そう思っています。 
 
話を映画『イエスタデイ』に戻します。主人公が「ビートルズが存在しない世界線上にいる」と自覚するのは、アコースティックギターの弾き語りで『イエスタデイ』を恋人や友人に聴かせるときです。やはりこのシーンに最も心動かされました。〝スタンダードソング〟が生まれる瞬間がリアルに可視化されていたからです。主人公は何気なく、手慣らしのようにアコギで『イエスタデイ』を弾き語り、それを聴かされた人たちは「素晴らしい!誰の曲?」と反応します。 劇中では他の曲も色々なスタイルで演奏されるのですが、このシーンが最も印象的に思えた理由は、本家ポール・マッカートニーと同じく、シンプルな演奏で披露されているからだと思います。 
そして、映画を観た方は気づいていると思いますが、主人公が歌う『イエスタデイ』を聴いている相手、友人は「三人」なんですね。 
 
 
そして、この映画内のシーンと同じく、ポールが夢の中で思いついた曲をビートルズのメンバー相手に披露するまで『イエスタデイ』はこの世に存在していなかったのだ、と気付かされます。後にスタンダードとなる曲を初めて聴いている、ジョン、ジョージ、リンゴの三人。その時、彼らはどんな感情を抱き、どんな表情をしていたのでしょう? 
スタンダードソングは誰かに聴かれることで生まれるのです。 
その瞬間――今まで(私的に)ピンと来ていなかった曲『イエスタデイ』が生まれ、スタンダードソングになる瞬間を疑似体験出来て、とても幸福な時間でした。 
 
 
 ※1)https://yesterdaymovie.jp/ 
映画『イエスタデイ』公式サイト。今年4月にソフト化、配信が開始。未見の方は是非に。 
[宮崎貴士]1965年、東京生まれ。 作、編曲家。ソロ名義で2枚(Out One Discより)、2つのバンド「図書館」「グレンスミス」(ともにdiskunion/MY BEST!RECORDSより)で共にアルバム2枚リリース。 他、岸野雄一氏のバンド「ワッツタワーズ」にも在籍中。 2015年、第19回文化庁メディア芸術祭エンターティメント部門大賞受賞作(岸野雄一氏)「正しい数の数え方」作曲。曲提供、編曲、など多数。ライター活動としては「レコード・コレクターズ」(ミュージック・マガジン社)を中心に執筆。2017年6月号のレコード・コレクターズ「サージェント・ペパーズ~特集号」アルバム全曲解説。同誌2018年12月号「ホワイト・アルバム特集号」エンジニアに聞くホワイト・アルバム録音事情、取材、執筆、他。 
"Paul and Stella"  Illustrated Miyazaki Takashi