「神の左手、無意識の右手/ポール・マッカートニーの作り方 No.12」 宮崎貴士

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2020.06.20

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【第3章:ロストハウス/音像に刻印される〝マッカートニー流〟サウンドの現在性 Vol.5】

前回No.11コチラ https://diskunion.net/diw/ct/news/article/0/89248

70年代後半、それまでに築き上げられたロックの存在はパンクの登場によって相対化されてしまう。確かにその姿勢はロックの原初的な精神の揺り戻しと当時の英国の若者が抱えた諸問題へのプロテストであり、その動機と背景があるがゆえ、構造的に受け入れざるを得ない流れであった。


79年6月にリリースされたウイングスの最後のアルバム『バック・トゥ・ジ・エッグ』でポールが共同プロデューサーに迎えたのは、セックス・ピストルズのデビューアルバムを77年にプロデュースしたクリス・トーマスだった。クリスのキャリアがビートルズの現場で始まったという過去の経緯があるとしても、彼を起用したポールの意図がポスト・パンク時代への目配せであったのは間違いがない。ポールは自分もかつては彼らのようだった、と減量し、短髪にもした。しかし、30代も半ばをすぎた彼がパンクの存在にシンパシーを抱こうが、〝巨大化したロック・バンド産業〟を牽引していたポールの立場は、パンクロッカーにとってはプロテストの対象、そのものでしかなかったのである。


シンプルなロック・サウンド「だけ」に戻るには、すでにポールは才能もキャリアもセールスへの期待もありすぎた。時代にあわせた表層的意識―ポスト・パンク仕様だけでアルバムを作るのは無理筋と気づいたのであろう、すでに大御所となったロックミュージシャンたちを集結させた「ロケストラ」という企画を彼はアルバムの目玉にしたのだ。自身による70年代の総括、そんな意図も含まれると推測されるが、ウサギやヤギ、羊と一緒に遊べるような小規模のふれあい動物園を作るつもりが、客足が気になって、象やキリンやライオンまで集めてしまったような話である。


〝音楽に向かう個人の動機〟そのものが問われたパンクの登場に対し、〝時代や状況に対応しながらアルバムを作る〟というこれまでバンドとともに培ってきた方法論ゆえに、ポールは迷走を避けられなかった。(※)


そして『バック・トゥ・ジ・エッグ』はセールス的にも微妙な結果を残してしまう。録音現場ではデジタル化がはじまり、時代はニュー・ウェイヴに差し掛かっていた。YMOがワールドツアーを英国から始めたのが79年10月、その時代の変化は速すぎて、二重三重に時代とずれていたのだ。


アルバムがリリースされたことで、従来どおりウイングスはコンサート・ツアーを開始する。英国からはじまったツアーは東京・大阪・名古屋での公演も予定され、80年1月、ポールはビートルズでの来日以来14年ぶり、ついに日本の地を踏む。それまでは過去の逮捕歴が理由となり、75年の来日コンサートも中止になっていたのだ。ところがポールは成田空港の入国審査で大麻不法所持により逮捕されてしまう、意図的と思われても誤魔化しようがない大量の大麻をスーツケースに入れていたのである。コンサートは全て中止、ポールは強制帰国扱いとなる。以後の予定はすべて白紙になり、この流れで71年から続いたバンド『ウイングス』は解散してしまうのだ。


ポールは後に、あの時は無意識にバンドを止めたかったのかもしれない、と語っている。全てをまた繰り返すために続けるのか、一度は頂点に立ったことを、と。そして同年12月、ポールのオブセッションであり続けたジョン・レノンを現実的に失ってしまう。1年間で起きたこの二つの出来事の影響でポールの不振が決定的になったのは確かだが、やはりその前から予兆はあった、その心理的不安を苛烈な現実として突き付けられたのが1980年という年だったのだ。ビートルズ解散後、ちょうど10年目の事である。

 

 

※)参考動画
77年、シングルでリリースされた『Mull of Kintyre』(邦題『夢の旅人』) https://youtu.be/OrbuDWit1Co
パンクロックの吹き荒れる英国で、まさかのスコッティシュ・ワルツ。時勢に逆行するような曲はなんとウイングスのキャリア最大のヒットになる。実のところ、この時期(本文と相反するようだが)即時性のあるシングルには佳曲が多い。


本文で紹介した『ロケストラのテーマ』 https://youtu.be/zeeTlfbsKL8
そうそうたる面子が参加した「ロック版オーケストラ」、79年カンボジア難民救済コンサートでも披露された。


この2曲は、前回紹介した74年のデモ作品集「The Piano Tape」にすでに収録されている。過去のデモから拾い上げた1曲は期せずして大ヒット(ここが、いかにも彼らしい)、もう1曲はアルバムの迷いそのものを表現してしまう結果になる。この状況から「どうしたらいいのか分からないから、ストックからネタを探してみた」気配が濃厚に感じられるかと。


 

[宮崎貴士]1965年、東京生まれ。 作、編曲家。ソロ名義で2枚(Out One Discより)、2つのバンド「図書館」「グレンスミス」(ともにdiskunion/MY BEST!RECORDSより)で共にアルバム2枚リリース。 他、岸野雄一氏のバンド「ワッツタワーズ」にも在籍中。 2015年、第19回文化庁メディア芸術祭エンターティメント部門大賞受賞作(岸野雄一氏)「正しい数の数え方」作曲。曲提供、編曲、など多数。ライター活動としては「レコード・コレクターズ」(ミュージック・マガジン社)を中心に執筆。2017年6月号のレコード・コレクターズ「サージェント・ペパーズ~特集号」アルバム全曲解説。同誌2018年12月号「ホワイト・アルバム特集号」エンジニアに聞くホワイト・アルバム録音事情、取材、執筆、他。 
"Paul and Stella"  Illustrated Miyazaki Takashi
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