【神の左手、無意識の右手/ポール・マッカートニーの作り方】 宮崎貴士

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2020.07.08

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【第3章:ロストハウス/音像に刻印される〝マッカートニー流〟サウンドの現在性 Vol.7】


前回(No.13)コチラ→https://diskunion.net/diw/ct/news/article/0/89500


コロナ禍の影響がなければ現時点でもコンサートツアーの最中であったはずのポール・マッカートニー。今年6月18日には78歳の誕生日を迎えたポール、62年ビートルズでのデビューから半世紀以上に及ぶミュージシャンとしての唯一無二のキャリア、その高い評価についての異論はすでにないと思います。ビートルズ時代は当然ながら、以後のウイングスやソロも含め、彼の作った多数の楽曲は現在もラジオや街中で流れ続け、世界中の音楽家に創作の動機を与えており、その存在感が今後薄れてしまう状況は少なくとも現状では想像出来ません。しかし、80年代(特に半ばから後半にかけて)のポールへの評価は「かつて素晴らしかった音楽家」でしかなかったのです。


《音楽の才能》とはなんだろう、80年代のポールのキャリアを振り返ると、そんな本質的な疑問について考えてしまいます。70年代から続くポールの姿を記憶している身としては「才能が枯れてしまったポールは今後素晴らしい音楽を作ることはないだろう」とまで考えていました。もしもポールが80年代のキャリアしかないソロ・アーティストとするならば「特別な才能がある、世界で最も成功した作曲家」と評するには無理があるのです。パフォーマーとしての能力は当時でも十分に優秀ではあり続けていましたし(ヴォーカリストとしての非凡な才能は健在でした)、優秀な楽曲も少ならからず作ってはいたのですが、90年代以後から現在にかけて発表した楽曲や彼の存在感と比較すれば、やはり80年代のポールの楽曲には〝特別な才能〟が感じられないのです。


「スランプ」という言葉があります。創作心理に悩みが生じるなど、何らかの理由で想定していたクオリティを発揮出来ない状態、それを脱出した後に、過渡期の区切りとして把握される状態。80年代のポールの印象は当時でも(そして今でも)「スランプ」というより、「彼自身の音楽的能力の特殊さが、時代によって浮き彫りになってしまった」からゆえの不調と思えるのです。彼の資質と時代の趨勢がマッチせず機能不全を起こしてしまった状態だったと言えるでしょう。


以前書いたように、ポール・マッカートニーは自身の音楽的能力を他者によって発見され、それを身につけてきた経緯があります。アカデミックな背景によって評価された経験がなく、ただただギターを弾くのが好きだった14歳の頃、偶然ジョン・レノンという天才に出会い(天才とは絶対的な存在のことで、そのジョンが選んだ自分というセルフイメージは何ものにも代え難いポールの自尊心になっています)、ビートルズ加入後は、その存在が運命だったようなマネージャーに見出され、そのバンドは圧倒的なセールス、という事実によって「世界中で」認知されます。また理解のある優秀なプロデューサーの言葉によって、その〝音楽の才能〟を担保されてきました。後付けとしての圧倒的な事実によって、ポールは「自分には特別な才能がある」と自覚していたのです。


音盤のセールスが全盛期と比較にならないほど低下し、かつバンドを失い、ライブも出来なかったゆえ目の前の観客からの支持も失い、また絶対的な存在だったジョンも失ってしまった80年代。その後期では、名プロデューサーとして知られるフィル・ラモーン(70年代のビリー・ジョエルを支えたプロデューサーとして有名、バークリー音楽大学の名誉学位も取得)とのアルバム制作作業も頓挫してしまい、信頼できる他者の視線を共有する機会さえも失う、という事態に至ります。


「才能とは自分に何かが出来ると信じることである」… ジョンの言葉をこの連載の序章の冒頭で引用しました。一方、「自分に何が出来るのかが信じられなくなった」のが当時のポールの実情だったのではないでしょうか。元来、オールマイティな音楽的才能をもっていたはずの彼でも、それを証明する〝現場〟― 必要とされる状況や認めてくれる他者を喪失しまったときに、その才能を発揮する事が出来なくなってしまう。能力はそれを生かせる状況があってこそ、なんですね。さまざまな喪失やそれに伴う問題が複雑に絡み合った80年代のポール・マッカートニーの迷走状態は、(その非凡さを差し置いても)多くの創作者にとって示唆に富むものがある、と逆説的に理解しています。


そして現在では類比なき実績がある音楽家として、名実ともに揺るぎない立場を獲得したポール。不変的な〝才能〟と、それが〝評価される状況〟― その関係を考える対象として圧倒的に興味深い理由は、己の能力に対する自覚が「常に揺れ動いていたから」に他ならないからだと思います。あのポール・マッカートニーが自信を喪失し、またその状況を受け入れるしかないと思っていた唯一の時代、それが80年代だったのです。
 

[宮崎貴士]1965年、東京生まれ。 作、編曲家。ソロ名義で2枚(Out One Discより)、2つのバンド「図書館」「グレンスミス」(ともにdiskunion/MY BEST!RECORDSより)で共にアルバム2枚リリース。 他、岸野雄一氏のバンド「ワッツタワーズ」にも在籍中。 2015年、第19回文化庁メディア芸術祭エンターティメント部門大賞受賞作(岸野雄一氏)「正しい数の数え方」作曲。曲提供、編曲、など多数。ライター活動としては「レコード・コレクターズ」(ミュージック・マガジン社)を中心に執筆。2017年6月号のレコード・コレクターズ「サージェント・ペパーズ~特集号」アルバム全曲解説。同誌2018年12月号「ホワイト・アルバム特集号」エンジニアに聞くホワイト・アルバム録音事情、取材、執筆、他。 
"Paul and Stella"  Illustrated Miyazaki Takashi

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