「神の左手、無意識の右手/ポール・マッカートニーの作り方 No.15」 宮崎貴士

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2020.07.12

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【第3章:ロストハウス/音像に刻印される〝マッカートニー流〟サウンドの現在性 Vol.8】


前回(No.14)コチラ→ https://diskunion.net/diw/ct/news/article/1/89716


ポール・マッカートニーの80年代について、駆け足気味ですが、まだまだ話は続きます。ミュージック・ビデオが音楽産業にとって必要不可欠な存在となった時代(その流れは現在のYouTubeカルチャーに繋がります)、R&Bシンガーの楽曲がチャートを占めていく時代。また、ザ・ビートルズが60年代に拡散させたロック・バンドという概念が、主流を占めるというよりも一つのジャンルとして定着したのも80年代でした。アナログレコードからコンパクト・ディスクに変わっていくメディアの転換期、そして《制作現場のデジタル化》という大きな〝変革〟- 今回は主にそのハード面、デジタル化した現場とポールの関係について書いてみます。


ビートルズ時代から評価が高かったポールのベースプレイ。60年代は主にレコーディング現場、70年代はライブ演奏でその評価を不動のものにしました。多様なフレージング、そして圧倒的なグルーヴ。従来、バンドのレコーディング手順といえば「ドラムとベースを最初に録音する」のが定型で、その曲の土台となるテンポやグルーヴは「ドラム」と「ベース」のリズム隊により決定されます。ポールはベーシストとして天性のリズム感を自在に、そして自覚的に使い、バンドのグルーヴ感を中心でコントロールしてきました。


その前提自体が再定義されていく状況が80年代の音楽制作現場に訪れます。(極端に書いてしまうと)リズムマシーンやシンセサイザーがそれまでのドラムとベースの代わりとして使用される状況になるのです。 そして『Musical Instrument Digital Interface』…〝MIDI規格〟の統一で音楽の情報は数値化され、デスク・トップ・ミュージック(DTM)へ、その進化は決定的なものになります。(この時代のハードとソフトの日々更新されていた進化について、詳細をここで記すのは困難かつ専門外なので、話を先に進めます。)
    

ポールも80年にソロアルバム『マッカートニーII』で、シンセサイザーを使った音楽を(デモの延長のような流れで)発表します。数値化されたテンポ・マップ上で展開される制作状況により、ポールはそれまでのグルーヴ感を更新しなければならない状態に追い込まれます。この時期のポピュラー音楽家はほぼ全員、その洗礼を受けたと言っても過言ではないと思いますが、デジタル化による、揺れのないジャスト・テンポで展開する音楽への対応を余儀なくされるのです。
   

それまでロック・バンドの録音現場で生まれていた共有するノリ、そのグルーヴ感。ドラムとベースを主体に作っていたその感覚はこの時代、リスナーの耳の進化とともに刷新されてしまうのです。 70年代に巨大化したロック・バンドの80年代での失速には様々な理由がありますが、バンドが生み出すグルーヴ感とデジタル化されたテンポ感の乖離も大きな要因だと理解しています。

 
例えば、ビートルズ時代のリンゴ・スターのドラムデータを一定のテンポ・マップ上で展開すれば、数値としてかなりの〝ずれ〟が生じてしまいます。奏者が聴覚的には自覚出来ないリズム感も、デジタル化された情報ではすべてが可視化されてしまうのです。 バンドのグルーヴとはその〝ずれ〟をメンバー内で快感に変換する固有のリズムです。シーケンス上にテンポ・マップをプログラミング、その上に他の楽器をダビングしていく作業、80年代以後は数値化された音楽制作環境が状況によって前提となっていきます。


80年代のポールの楽曲の多くは、己のリズム感の再設定、悪戦苦闘の過程だったと言っても過言ではないと思います。60年代から70年代に最上級の評価を受けたベーシスト、そのリズム感。その土台となるリズムがドラマーによってではなく、一定のテンポを刻むクリック音に置き換えられてしまうことで、ポールは自身のミュージシャンとしての優位性さえ見失ってしまったのです。
 

私自身の記憶として、65年にリリースされたビートルズの『ラバーソウル』を初めてCDで聴いたとき(※)に、『Michelle』や『You Won't See Me』のテンポが曲中で劇的に変化したことが、大きな違和感として響いたことを覚えています。以前はあまり気にならなかったことを顧みると、やはりテンポのついての感覚が〝時代の音〟によって矯正されてしまっていたのでしょう。
    

音楽の土台でもある〝テンポ感〟その〝聴こえ方〟まで変容してしまった80年代。リズムだけの話ではなく、音響もデジタル化によって刷新されてしまいます。数値化されたその過激さは、自身の音楽作りを勘だけで押し通してきたポールにとって、パンクなどの概念的なプロテストよりも強烈であった、と想像されます。その80年代をポールがどう乗り切って先に進んだのか、そして時代はまた揺り戻します。   

 


※)ビートルズのアルバムが初めてCD化しリリースされたのは1987年。ちなみに彼らの曲、全てに違和感をもった訳ではありません。
 

[宮崎貴士]1965年、東京生まれ。 作、編曲家。ソロ名義で2枚(Out One Discより)、2つのバンド「図書館」「グレンスミス」(ともにdiskunion/MY BEST!RECORDSより)で共にアルバム2枚リリース。 他、岸野雄一氏のバンド「ワッツタワーズ」にも在籍中。 2015年、第19回文化庁メディア芸術祭エンターティメント部門大賞受賞作(岸野雄一氏)「正しい数の数え方」作曲。曲提供、編曲、など多数。ライター活動としては「レコード・コレクターズ」(ミュージック・マガジン社)を中心に執筆。2017年6月号のレコード・コレクターズ「サージェント・ペパーズ~特集号」アルバム全曲解説。同誌2018年12月号「ホワイト・アルバム特集号」エンジニアに聞くホワイト・アルバム録音事情、取材、執筆、他。 
"Paul and Stella"  Illustrated Miyazaki Takashi
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