「神の左手、無意識の右手/ポール・マッカートニーの作り方 No.27」 宮崎貴士

  • DIW PRODUCTS GROUP
  • ニュース

2020.10.07

  • LINE

  • メール


 

【第4章: 流れよ和音、とメロディは言った / ポール流作曲法 vol.4 ピアノの森】

 

前回含め、5回にわたり動画も使って進めてきました《ポール・マッカートニー流の作曲法》、「和音が目の前で可視化出来る」鍵盤楽器〝ピアノ〟を使った作曲について、話は続きます。


欧米、そして日本でも66年に発売されたビートルズ通算7枚目のアルバム『リボルバー』、ポールがレコーディングの場で自らピアノを弾き始めたのは(細かい例外はありますが)この時期であり、収録された全14曲中の6曲を彼が歌っています(ちなみにリンゴ・スターが歌う『イエロー・サブマリン』もポール作です)。


ビートルズは基本「楽曲を思いついたメンバーが歌う」スタイル、ポールが歌うのは『エリナー・リグビー』『ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア』『グッド・デイ・サンシャイン』『フォー・ノー・ワン』『ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ』。この6曲がそれ以前の楽曲と大きく異なるのは「ピアノによって作られた曲が半数を占める」ということ。『エリナー~』『グッド・デイ~』『フォー・ノー~』の3曲がピアノによる作曲であり、以前、この連載(No23)で書いたように『ヒア・ゼア~』もコード展開を探る段階でピアノを使っていると推測されます。


「ポールの作曲の才能が開花したアルバム」と評される『リボルバー』、『エリナー~』のように編曲段階でストリングスによるバッキングを施した曲も含め、作曲段階で鍵盤楽器である〝ピアノ〟を積極的に使い始めたのが背景にあったからこそ、ポールの多彩な作曲モードがここで発展したのだと思います。


「ビートルズの初期はジョン・レノンの楽曲が中心のバンド、中期以後はポールの楽曲がそれに代わっていった」という通説。確かに初期の段階では質、量ともにソングライターとしてジョンがポールより優位であった、それは初期段階でポールの才能が未開発であった、とも言い換えられます。〝Three-minute pop song〟のヒットを連発していた初期のジョン、その才能の爆発ぶりを横目で、いや、真隣りで見ていたポールは、ソングライターとして、アイデンティティの危機を相当感じていた、と想像されます。


『リボルバー』の前作となるアルバム『ラバー・ソウル』に収録されたポール主導の書き下ろし曲は『ドライヴ・マイ・カー』『ユー・ウォント・シー・ミー』『君はいずこへ』の3曲です(ちなみに『ミッシェル』の原型はデビュー前のレパートリーです)。単純に曲数の比較だけで判断するのも安易ですが、『リボルバー』以前のポールは、歴史に名を残す〝唯一無比の偉大なポピュラー作曲家〟になり得ていなかった、(ジョンの共作者、ヴォーカリスト、ベーシストとしてバンドに多大な貢献をしていたとはいえ)現在の確固たる地位は築けていなかった、と考えられるでしょう。


以前から多少なりとも鍵盤に向かっていた(デビュー前からステージでも余興レベルで弾いていた)ポール。その演奏力の向上とともに作曲段階でピアノに向き合ったとき、ギターでは視えていなかった、鳴っていなかった〝和音(コード)とメロディの関係〟に気づき、自身の作曲家としてのネクストステージを見出だしたのではないでしょうか。


ピアノをはじめ『リボルバー』で聴かれる鍵盤楽器は、ほぼポールによって演奏されており、そして彼の作曲スキルは〝ピアノ〟という楽器をパートナーとして、その後、格段に進化していくことになります。「ポールの才能は他者の存在によって開かれた」――この連載の主要テーマでもありますが、その他者には〝楽器〟という存在も含まれおり、ここで〝ピアノ〟が果たした役割はとても大きかったのです。


ところで、フィルムにも残された有名な『シェイ・スタジアムのコンサート』の様子からもわかるよう、当時の巨大コンサートにおいて生(なま)のピアノを使うのには無理がありました。ラインで繋げるオルガンやエレクトリック・ピアノの使用は可能であっても、当時の貧弱なPAシステムで生楽器をマイクで拾うのは(ピアノに限らず)困難だったと思います。返しのモニター設備もなかった状態、屋内であればまだしも、野外コンサートでピアノが使える訳もないのは一目瞭然です。


66年はビートルズがコンサート活動からの撤退を決めた時期でもあり、彼らはライブ演奏を前提とした作曲から解放されます。つまりコンサート活動の停止は作曲意識にも影響を与えたんですね。また当時、ポールが多大な影響を受けたビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』、ほぼ全ての楽曲がピアノで作編曲されていたことも、ポールの意識がピアノに向かう重要な理由のひとつと考えられます。このようにさまざまな要素が関わりあい、ポールの才能は〝ピアノ〟に導かれ、よりいっそう開花していくことになるのです。
 

[宮崎貴士]1965年、東京生まれ。 作、編曲家。ソロ名義で2枚(Out One Discより)、2つのバンド「図書館」「グレンスミス」(ともにdiskunion/MY BEST!RECORDSより)で共にアルバム2枚リリース。 他、岸野雄一氏のバンド「ワッツタワーズ」にも在籍中。 2015年、第19回文化庁メディア芸術祭エンターティメント部門大賞受賞作(岸野雄一氏)「正しい数の数え方」作曲。曲提供、編曲、など多数。ライター活動としては「レコード・コレクターズ」(ミュージック・マガジン社)を中心に執筆。2017年6月号のレコード・コレクターズ「サージェント・ペパーズ~特集号」アルバム全曲解説。同誌2018年12月号「ホワイト・アルバム特集号」エンジニアに聞くホワイト・アルバム録音事情、取材、執筆、他。 
"Paul and Stella"  Illustrated Miyazaki Takashi
  • 前の記事へ

    「神の左手、無意識の右手/ポール・マッカートニーの作り方 No.28」 宮崎貴士

    DIW PRODUCTS GROUP

    2020.10.14

  • 一覧へ戻る

  • 次の記事へ

    五人一首、前作『内視鏡世界』から実に15年振りとなる3rdアルバムが遂に完成!

    DIW PRODUCTS GROUP

    2020.10.05

  • 一覧へ戻る

最新ニュース