「神の左手、無意識の右手/ポール・マッカートニーの作り方 No.28」 宮崎貴士

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2020.10.14

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【番外編コラム- 04: 2020年に聴くジョン・レノン、そしてお薦め本『ビートルズ・サウンド』について】

 

いつの間にか朝晩冷え込む秋の日々、皆さまいかがお過ごしでしょうか? などと、一体誰に問いかけているのかもわからぬままに続けているこの連載。書いてみたい内容が芋づる式に増殖していくので延々と続けられそう、というオソロシイ気配を職場のパソコンの前で感じながら(業務終了後、誰もいない仕事場で主に書いております)、さて10月9日はジョン・レノンの誕生日、今年はちょうど生誕80年目にあたります。本日(10月8日)職場に流れているラジオ、J-WAVEではジョンのソロ時代の楽曲が頻繁にオンエアされ、それを耳にしていたので、印象を少しだけ。


現在、(コロナ禍ですから当然とは言え)色々な意味において各国の状況、政治的・社会的に混沌としている最中に聴く《ジョン・レノンの曲》は強度があるな、と。圧倒的に〝個〟であったジョン・レノンの歌がダイレクトに響いてくるのを強く感じます。ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)の時代、その環境は〝個〟を良くも悪くも加速的に増幅する装置だと理解しているのですが、その装置は、相手が悪魔であろうが天使であろうが分け隔てなく「私の世界、自分の物語」を単純化された情報として、個人に与えてしまう。SNS上で実現してしまった〝インディビジュアリストの集積地〟―― かつて冷戦などと呼ばれた国家主義の時代には「誰もが個人である意識こそが世界を先に進めるはずだ」というポジティブな思考が夢想されました。しかし、テクノロジーによって安易に現実として開かれたフィールドにおいて、そこで呟かれる「私、個人による140字の発想」がいかに脆弱であるのか。個人の意見や意志なるものが逆にどこまで〝不自由〟であるのか思い知らされる、それが現在だな、と。いやはや、現実はキビシー~~!? (財津一郎氏の声で)


そんな状況ではかつて存在していたはずの〝誰もが楽しくなってしまうヒットソング〟 前回テキストで書いたような〝Three-minute pop song〟の出番はないと思えてしまって。それが幻だとしても〝一般大衆〟という存在が仮定されていたからこそ成立していた〝ポップ・ソング〟―― 以前はそこにあったはずの〝誰もが〟という共有感を保つことが出来なくなってしまった現在、「何も信じない。ヨーコと自分だけを信じる」と、ビートルズの存在すらも相対化してソロ活動にむかったジョンの圧倒的な〝個の歌声〟それが皮肉にも痛烈な強度で2020年の今も響いています。


以上、いつもは日々流れてくるビートルズ関連のニュースにあえて触れていませんが、たまには時節柄と言うことで。
さて、いきなり話は切り替わり、この連載に通じるお薦め本の紹介です。


ジョン・レノンが存命中でもあった1979年、CBSソニー出版より刊行された『ビートルズ・サウンド』。自分は発売当時、中学生時代に手に入れました。そして、その内容の素晴らしさから「これは読んで! 」と、知人友人にあげては買い直し、今、手元にあるのが3冊目、1990年刷の第27版。雑誌も含め、今もなお毎月のように出版されているビートルズ関連本の中でも、ビートルズの〝音楽そのもの〟に可能な限り接近する事に成功しているのはこの本だけだと思っています。


大きく4章に分けられた内容は、第1章が【テクニック】… 4人の各楽器演奏法の分析、第2章は【イクイップメント】… 使われた楽器やレコーディング技術についての考察、第3章が【サウンド】… コードの使い方、サウンド・ルーツ、そしてアレンジ面の解析、最後の第4章は【レコード】… アルバムごとの作品評、となっており、必要最低限の楽譜、タブ譜などを掲載しながら、楽理や形式的な分析に過度に寄らず、見事な解釈、巧みな筆者の文章力で多面的なビートルズの楽曲の魅力、それが成立した背景、ミュージシャンとしての優秀さが細やかに書かれています。


レコード評にはブレイク寸前のYMOの3人や桑田佳祐氏などからの寄稿もありますが、匿名記事が中心で、執筆者が不明ながらも文章自体は読みやすく、各章に対応する写真選択の的確さ含め、〝ビートルズ流音楽の作り方〟その指南書としての完成度がとても高く感じられます。あくまでもビートルズを〝4人の音楽家〟として捉え直し、全4章で語られる内容がすべて有機的に繋がることで浮かび上がる彼らの〝音楽の素晴らしさとその理由〟―― この本により、自分が感動していた音楽に〝理由〟があることを初めて自覚し、だからこそ、その追求が可能になったのだと思います。


『ビートルズ・サウンド』、今は絶版ですが、版を重ねていたのでネットショップなどでは安価で手に入りやすい本かと。機会あれば、是非に。


 

[宮崎貴士]1965年、東京生まれ。 作、編曲家。ソロ名義で2枚(Out One Discより)、2つのバンド「図書館」「グレンスミス」(ともにdiskunion/MY BEST!RECORDSより)で共にアルバム2枚リリース。 他、岸野雄一氏のバンド「ワッツタワーズ」にも在籍中。 2015年、第19回文化庁メディア芸術祭エンターティメント部門大賞受賞作(岸野雄一氏)「正しい数の数え方」作曲。曲提供、編曲、など多数。ライター活動としては「レコード・コレクターズ」(ミュージック・マガジン社)を中心に執筆。2017年6月号のレコード・コレクターズ「サージェント・ペパーズ~特集号」アルバム全曲解説。同誌2018年12月号「ホワイト・アルバム特集号」エンジニアに聞くホワイト・アルバム録音事情、取材、執筆、他。 
"Paul and Stella"  Illustrated Miyazaki Takashi