「神の左手、無意識の右手/ポール・マッカートニーの作り方 No.35」 宮崎貴士

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2020.12.02

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【第4章: 流れよ和音、とメロディは言った / ポール流作曲法 Vol.10 ポールとアコギとアレンジと】


(お詫びと訂正: 前回 No.34の文中、ジョン・レノンの楽曲『マザー』のコードについて《F》ではじまると記しましたが、正確にはコード《C》です。あらためて訂正させて頂きます。申し訳ございません、以後気をつけます。)


さて、今回は引き続き動画に戻ります。
 

《動画: ポールとアコギとアレンジについて》…… https://youtu.be/edZOwv43Hvs


前回はジョンのファースト・ソロアルバム『ジョンの魂』がピアノ中心で構成されることになった経緯を推察しました。 一方、ファースト・アルバム『マッカートニー』でソロキャリアをスタートしたポール。ポスト・ビートルズ時代のサウンドをいかに作るのか? この大きな命題はポールにも突き付けられます。続いて71年5月にリリースした(リンダ・マッカートニーとの共作名義の)セカンド・ソロアルバム『ラム』。ポールのベスト・アルバムと評する人も多い名盤ですが(私のフェイバリット・アルバムです)、その音楽的魅力は「過剰なメロディ創出力とそれを制御する優秀な歌唱力、その両極が振り切れたアルバム」である、と理解しています。
 

『ザ・ビートルズ』という最強のバンドを解散によって失ってしまったポール、彼はマルチ・プレイヤーですので、ファースト・アルバムがそうであったように、バンドが無くとも相応の楽曲を作る事は可能です。しかし、この連載で何度も触れている通り、ポールの楽器演奏と編曲法は「正解」が自分の中にしか存在しない〝自己流〟―― その能力によって、限られたコード進行からほぼ無限にメロディを生み出せる反面、ある意味、タガがはずれてしまうと〝楽曲をまとめること〟が出来なくなってしまうんですね。アカデミックな知識の重要性は〝「正解」への正当性を楽理が保証してくれること〟にもあるんです。
 

アルバム『ラム』が持っている過剰な凄み、異形とも言える内容になった理由は「思いついたメロディをとりあえず全て投入、結果として楽曲が破綻しそうになる一歩手前状態を、類稀なる歌唱力でねじ伏せているから」だと思っています。さながらキャンバスにどんどん何層にも色を塗り重ねつつ、最後に太い筆で一筆ビシッとまとめている絵画のように ―― 両極とも言えるポールの才能を、極限まで〝自己流〟で使い切った力技が『ラム』の魅力なのです。
 

しかし、だからこそソロの、なおかつ〝自己流〟のレコーディング・アーティストであり続けるリスク、収拾がつかなくなる状況をポールは『ラム』で察知したのかもしれません。その時点でアカデミックな知識を体得して、例えばバート・バカラック的なコンポーザーになる可能性もあったと想像しますが、ポールはここで〝ライブ活動を起点にするバンド〟へ回帰する道を選びます。
 

『ラム』をリリースした71年、彼はバンド『ウイングス』を結成、アルバム『ワイルド・ライフ』を同年12月にリリースします。以後、数枚のシングル盤リリースを続けながら、アルバムとしては、73年4月に『レッド・ローズ・スピードウェイ』、続いて同年12月にリリースした『バンド・オン・ザ・ラン』では、ついにソロキャリア以後、最大のセールスと高い評価を手にします。


動画でも説明していますが、ポールは『バンド・オン~』でポスト・ビートルズとしてのサウンドを確立します。アコギを含めたギターとドラム(ポールが叩いています)で曲のリズムを構築して、必要なオブリガードを楽曲のテイストに合わせて重ねていく手法。『ラム』の頃とは違って、オブリガード~カウンター・メロディの効果的かつシンプルな使い方を具現化しています。ギターで曲を作り、楽曲の多彩さやアルバムに広がりをもたせるためにピアノを使ったアレンジを施し、そしてライブの現場ではベーシストとして自身の役割を固定し、ポールの最大の武器とも言えるグルーヴを創出する。『バンド・オン~』以後の楽曲は〝ライブでの再現性〟がほぼ前提となっています。それによって、ポールは暴走してしまう自身の才能を制御していたんですね。
 

66年、コンサート活動を停止したビートルズ時代から続いていたレコーディング・アーティストとしてのポール、ビートルズ解散以後はセルフ・プロデュースが前提となり、その豊潤な才能の使い方を模索していました。その結果として「ライブを前提とする音楽作り」という彼のとった選択は正解だったと思います。〝アコギとバンド〟つまり〝ギターとライブ〟を基軸にすることで、彼はポスト・ビートルズ時代の『ポール・マッカートニー』としてのアイデンティティを獲得したのです。 そしてポールの音楽の作り方は、その前提も含め、今でも続いています。


 

[宮崎貴士]1965年、東京生まれ。 作、編曲家。ソロ名義で2枚(Out One Discより)、2つのバンド「図書館」「グレンスミス」(ともにdiskunion/MY BEST!RECORDSより)で共にアルバム2枚リリース。 他、岸野雄一氏のバンド「ワッツタワーズ」にも在籍中。 2015年、第19回文化庁メディア芸術祭エンターティメント部門大賞受賞作(岸野雄一氏)「正しい数の数え方」作曲。曲提供、編曲、など多数。ライター活動としては「レコード・コレクターズ」(ミュージック・マガジン社)を中心に執筆。2017年6月号のレコード・コレクターズ「サージェント・ペパーズ~特集号」アルバム全曲解説。同誌2018年12月号「ホワイト・アルバム特集号」エンジニアに聞くホワイト・アルバム録音事情、取材、執筆、他。 
"Paul and Stella"  Illustrated Miyazaki Takashi