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★端正で細やかなピアノ表現、闇夜に浮き立つ青白い光のように真夜中の覚醒を誘う。
★そのピアニストは、寡黙なピアノの前に座ると眼鏡の奥の瞳に鍵盤を映し、静かに一点を見つめている。あたりに音の気配がなくなると、指を細やかに走らせ一気に演奏を始めた。その正確な指の動きを追うようにベーシストは追奏を始め、ドラマーはブラシュをなめらかに滑らせる。闇夜に浮き立つ青白い光のように真夜中の覚醒を誘うエルマー・ブラスの『Nachtmusik』は、新生トリオの抑制の効いた精緻な演奏表現を随所に垣間見ることができる。ひとつひとつの指の動きを追いたくなるような、その端正で細やかなピアノ表現。2曲のオリジナル作品も含め、どの演奏も細胞が立ったような粒立ちのよい音を聴かせてくれる。ドイツ人の若手ピアニストとして、29歳でリリースした『Night Dreamer』(2008年)では軽やかに詩情を湛えたピアノを聴かせ、続く『Spellbound』(2013年)では、進むべき道を目指す勢いに満ちていた。今作を含む3枚のアルバム毎にすべてトリオのメンバーを代えている。それは、彼がひとつの場所にとどまらず常に前進を続けている証ではないだろうか。曲選びの幅は変わらず広いが、特にシダー・ウオルトンの「Bolivia」や、ハービー・ハンコックの「Chan's Song」など独特の間あいと表情をもった作品を選んでいることに共感を覚える。「Bolivia」は今回の彼が選んだトリオのメンバーのもつ個性によく合っている。
本作の録音を終え、彼はすでに次の世界を探求し新たな一歩を踏み出しているに違いない。毎年味が変わる昔ながらの方法で作られたビオディナミのワインやウォッシュドのコーヒーのように、その時々によって味わいが変化するということは、人間がもっている固有の自然のリズムととても波長が合うということを、彼の音楽は物語っているように感じる。(ライナーノーツ Text by 吉本 宏)
■Elmar Brass (Piano)
Phil Donkin (Bass)
Martijn Vink (Drums)
ELMAR BRASS / エルマー・ブラス