「これはまさしく事件」.esと宇都宮泰の初コラボ3部作! ライター/音楽批評、細田成嗣氏の文章を公開

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2023.05.10

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「今回私が行ったことは、録音そのものに対する新たな挑戦」
「この新しいマイクと録音システムはノマルでのライブとともに育っている」
——宇都宮泰


■即興と録音の類似——あるいは「場」について


即興演奏を録音することは矛盾した行為だとしばしば言われる。かのデレク・ベイリーも「録音技術の手にかかると、ひじょうに重要な要素が切り捨てられてしまうか、歪曲されてしまう」と書き記し、重大な問題点として「演奏の場によってつくりだされる音楽的環境がない」ことを挙げていた*。たしかに一回性と反復可能性を対比させるなら即興と録音は相容れないものに見える。しかし他方では録音することの効用もある。デイヴィッド・グラブスが詳らかにしたように**、フリー・インプロヴィゼーションの伝播と継承は録音物を抜きにしては考えられない。録音物によって新たに付与された価値もある。ジョン・コルベットは録音物を「即興演奏と同じものではなく、むしろより洗練された記録・作曲の方法として位置づけるべき」だと主張した***。するとこうも考えられるだろう。録音は「演奏の場」から音を切り離す行為というよりも、音に新たな「録音の場」を授ける行為なのだ、と。そこには生演奏とは別種の「音楽的環境」を見出すことができる。そして即興が「演奏の場」と密接に関わることを踏まえるなら、録音物もやはり「録音の場」を不可欠な要素とするのであり、いずれも「場」が音楽を成立させるという意味において、矛盾するどころか極めて似た在り方をしているとも言えないか。


*デレク・ベイリー『インプロヴィゼーション 即興演奏の彼方へ』(竹田賢一・木幡和枝・斉藤栄一訳、工作舎、1981年)
**デイヴィッド・グラブス『レコードは風景をだいなしにする』(若尾裕・柳沢英輔訳、フィルムアート社、2015年)
***同前書


■.esの足跡——「演奏の場」への意識

 
.es(ドットエス) 結成10周年記念ライブ “Miracle” 2019/10/13 Gallery Nomart


即興が「演奏の場」と密接に関わるといっても、そのことに誰もが意識的であるとは限らない。その意味では、大阪・深江橋の現代美術画廊「ギャラリーノマル」を拠点に2009年に結成された「.es(ドットエス)」は、「演奏の場」をつねに意識し続けてきた音楽ユニットだと言えるだろう。.esはピアニストのsaraとサックス奏者の橋本孝之のデュオ・ユニットとして始動し、ギャラリーノマルのディレクター・林聡がプロデュースを担当。音楽スタジオでもライヴハウスでもなくアートギャラリーを拠点に、美術家とコラボレートする形でアルバムをリリースしてきた特異なユニットである。2011年に公式1stアルバム『オトデイロヲツクル』を美術作家・中原浩大とのコラボレーションで発表すると、2013年には〈PSF Records〉から3rdアルバム『VOID』をリリース、フリー・ミュージックを愛好する音楽ファンの間でも知られる存在となった。他のアーティストとの共作アルバムやメンバーのソロ作を含め、これまで多数の作品を制作してきているが、中でも2015年の『SENSES COMPLEX』では近江八幡・酒游舘、ギャラリーノマル、八丁堀・七針と3箇所でのライヴを収録。まさしく「演奏の場」の違いを作品へと落とし込んだ。2020年には『カタストロフの器』を世に送り出すのだが、翌2021年、橋本孝之が52歳で急逝。デュオとしては同作が最後となった。だがその後もsaraは.esとしての活動を継続し、2022年には初のソロ作『Esquisse』をリリースしている。



オトデイロヲツクル / Nomart Editions / 2011

https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1006821019


VOID / PSF Records / 2013
https://diskunion.net/jazz/ct/detail/XAT-1245580637


SENSES COMPLEX / Nomart Editions / 2015
https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1006821014


カタストロフの器 / Nomart Editions / 2020
https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1008211936



■宇都宮泰の足跡——「録音の場」の探求


.esが「演奏の場」を意識し続けてきたのだとしたら、音楽家/音楽プロデューサー/サウンド・エンジニアの宇都宮泰は、現場の音空間に加え「録音の場」を探求してきた異才である。ヴォーカル/作詞作曲のHACOを中心に1981年に結成されたアヴァンポップ・バンド、アフターディナーにプロデューサーとして参加していたことでも知られる宇都宮は、「波面制御理論」をはじめオリジナルの音響理論を提唱、これまで多数のアーティストのレコーディングやミックス/マスタリング等も手がけ、あまりにもユニークな活動から「マッド・サイエンティスト」とも呼ばれている。1998年のアルバム『( )』ではJON(犬)こと上原聖子の摩訶不思議な歌と演奏を独自の録音方式で捉え、300箇所以上の編集をも施したという。同作に惚れこんだ人物の一人がサウンド・アートのパイオニア、鈴木昭男だった。2002年に〈HÖREN〉からリリースされた、鈴木昭男の26年間の活動記録を集成した『ODDS AND ENDS - 奇集』では、アナログ録音として残されていた音源を宇都宮は見事に「復元」してみせた。近年の活動としてごく一部をピックアップすると、サウンド・アーティストの大城真による様々な音響装置の実践を詰め込んだ2枚組アルバム『フェノメナル・ワールド』(2014)でマスタリングを務めたほか、最終的に5枚組ボックス・セットへと結実したテニスコーツによる「Music Exists」シリーズ(2016~2018)でマスタリングおよびディスク4~5ではレコーディングも担当している。



JON & UTSUNOMIA / ( ) / HÖREN / 1998
https://diskunion.net/jazz/ct/detail/IND10894


鈴木昭男 / ODDS AND ENDS - 奇集 / HÖREN / 2002
https://diskunion.net/jazz/ct/detail/DS0818-57


大城真 / フェノメナル・ワールド / Hitorri / 2014
https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1006127340


テニスコーツ / Music Exists BOX / majikick / 2018
https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1007681479


■「Utsunomia MIX」シリーズに秘められた可能性


このように見てくると、.esのsaraと宇都宮泰がコラボレートする——これはまさしく事件と言っていい。このたび3枚同時リリースされる「Utsunomia MIX」シリーズは、saraが美川俊治、K2(草深公秀)、Wamei、山本精一という4人のミュージシャンとギャラリーノマルで行なったデュオ・インプロヴィゼーションの記録である。3枚のアルバムはそれぞれ榎忠、黒宮菜菜、張騰遠(チャン・テンユァン)という3人の美術家の個展でのコラボレーションでもある。だがもはや言うまでもなく、ここには単にセッションの記録が収められているだけではない。1枚目ではすでに録音された素材をもとに宇都宮泰が「想像力を駆使しライブ空間を復元」し、2枚目からは宇都宮がレコーディングで参加、独自に開発した0.1Hz以下の超低音までをも捉えられる自作マイク「BAROm1」を使用。さらに3枚目では2枚目の反省点も踏まえて録音のセッティングを調整したという。加えて3枚全てで「非同期マルチ録音」にも試みているそうだ。すなわち、ここに収められているのは.esのsaraを中心とした「演奏の場」であると同時に、それが録音物となる過程であらためて宇都宮泰によって見出された「録音の場」でもある。そして演奏も録音も、どちらもトライ&エラーを繰り返していく即興的な生きた軌跡となっているのだ。その意味で.esのsaraと宇都宮泰のコラボレーション・シリーズは、今後も予想だにしない「進化」を遂げる可能性を秘めていることだろう。少なくともこの3部作には、その驚くべき変容の一端が早くも刻まれている。


細田成嗣(ライター/音楽批評)

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