大江千里「BOY & GIRLS」リリース記念! ご本人出演コメント動画&インタビュー特別掲載!!

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2018.09.05

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「Rain」「ワラビーぬぎすてて」「十人十色」、
そして「格好悪い振られ方」が
センシティヴなジャズ・ピアノ・アレンジでよみがえる!!



※US盤
大江千里デビュー35周年記念盤!

ジャズ・ピアニストとして渡米10周年を迎えた「大江千里」 80年代からポップスシーンを牽引してきた大江千里が贈るソロピアノでのセルフカバー・アルバムがリリース! 2007年に単独、ジャズ・ピアノを学びにニューヨーク・ブルックリンへと渡り、見事ジャズ・ピアニストとして華開いた大江千里。そんな彼が1980年~2000年前半のもうひとりの千里ともいうべき原点を振りかえる。
「十人十色」「RaIn」「You」「ワラビーぬぎすてて」といった、カラフルなキャンディ色に染まったポップス時代の楽曲を、千里ふうの魔法でジャズの世界へと導きます。
千里のディープ・ファンだけでなく、ジャズ・ピアノで彼を知ったかたもあらためて「ジャズはたのしい!!」と感激できる1枚になるかと思います。

■Senri Oe(Piano) 
【特集1】大江千里さんご本人からディスクユニオン・オンラインショップあてに特別コメントが到着しました!!
ブルックリンの夏を満喫しているリアルな千里さん、とってもお元気そうです。
本作への意気込みや、ファンのBOYS&GIRLSのかたがたへの熱く優しいメッセージ。
たっぷりとご堪能ください!!

 

【特集2】ディスクユニオンだからこそ斬り込む!!
大江千里にメールでインタビュー!!!


いよいよリリースとなった『BOY & GIRLS』。リリースにあたって、大江千里さんご本人とのメール・インタビューに成功!!
ディスクユニオン・オンラインショップでしか読めない貴重なインタビューです。
アルバムの制作秘話やデビュー当時の想い、楽曲のつくりかた、はたまたブルックリンでの生活など、まさにリアル!
2018年の千里さんのすべてがわかります。



★今回のアルバム『BOY & GIRLS』のこと★


――前作のジャズ・ピアノ&ヴォーカルの作品「ANSWER JULY」(眩しくカッコイイ作品でした!!)とは違った全篇インストの本作「BOY & GIRLS」ですが、何故ジャズピアニスト以前の、ポップスシンガーの時に発表したナンバーを、敢えてジャズ・アレンジで発表したいと思ったのですか? 背中を押してくれたこと、きっかけ等など、差し支えなかったら、教えてください。(ライブでの白人のお客様の言葉のエピソード以外に・・・)


大江 アメリカに渡る前、その後渡ったのちの学生時代から数年、実際にアメリカ各地をライブで回るまでは、漠然とジャズやアメリカのオーデイエンスを高めに設定してイメージしていました。ただ実際にアメリカのお客さんを目の当たりにして肌で感じることは、日本となんら変わることなく音楽に対する純粋な興味と好奇心を隠さないということでした。そういうライブのセットリストの中に様々な僕のポップ時代の曲を混ぜてみることはチャレンジであり、僕自身非常に興味深いことでした。そうすると反応もなかなか上々で、いろんな角度からアレンジして演奏を重ねるうちに、(これはもしかしたらいける!)と思ったわけです。
 
――今作「BOY & GIRLS」のサンプル音源を初めて聴いたとき、1987年リリースの「1234」を初めて聴いたときと同様な思いを抱きました。「吹っ切れ感」みたいなものでしょうか。特に「1234」を製作した当時の思いとリンクするものがあれば、教えてください。


大江 (『1234』と)リンクするものは特にないです。・・・・・・毎回(作品を)作るときは苦悶と解放との繰り返しで、それが制作中はずっと続くわけで、どのアルバムを作るときもどんなジャンルのも のを作る時もそれは基本的に同じです。しかし今回のようにソロだとよほど輪郭がはっきりしない限り全体としてぼやっとしたものになりがちで本意が伝わらないので、なんどもアレンジを重ね周りにダメ出しを客観的にしてもらうことで曲が焦点を合わせだんだんゆっくりと自分の中の7曲7種類の方向性が定まってきました。気の遠くなるようなキャッチボール。でも一旦そこまでくるとあとはもう楽しみの領域に変わります。
スタジオに入ると積み上げてきたアイデアを一旦 バーンと忘れて画用紙にその場限りの絵を描くわけです。思っていたのと多少違うものが生まれることの方が多かったり。僕自身それにワクワクしながら完成さ せました。この感じこそがジャズですね。

 
――大江さんの曲は今まで歌詞+楽曲の2つの要素があって初めて成立していると感じていましたが、ジャズのインスト・ヴァージョンの「Rain」や「十人十色」「格好悪い振られ方」を聴いてみると、全く違う世界観となっていてインストだけでもじゅうぶんに素晴らしく、これも千里ワールドだと確信できました。今回のアルバムでの選曲は特に思い入れがあっての作品でしょうか? 各々の選曲理由がございましたら、教えてください。
 
大江 僕の音楽は皆、メロデイが歌詞を持っているのです。インストであろうが、作るときに必ず歌詞があります。歌詞とメロデイが同時にできるのです。心の中の「想い」が言葉となり音符を連れて外に出るので、そこには必ず具体的な情景が見えるはずです。(例えば)『帰郷』、『プールサイド』、『真冬のランドリエ』、『ベッドタイムストーリーズ』、『10 years』、 『太陽がいっぱい』など17曲を今回のアルバムのために、ジャズアレンジしました。どの曲も原曲を作ったのは僕自身で、だからこそ、ノスタルジーでやるのではなく、新曲を届ける気持ちで作りました。思いがけない曲が選ばれたり選ばれなかったり。
『ワラビーぬぎすてて』なんかはデビューが決まりジャズを傍らに置いた時期に作った曲なので(当時19歳)、今回 ストライドピアノにしたら、「なんだ。めちゃくちゃジャズだ」と驚いた。『YOU』や『十人十色』は明快で尚且つ場面展開が早いのでアレンジは難しかったですが、とにかくリニアというか前へ転がる感じを止めぬよう作りました。『格好悪いふられ方』は『Take5』が頭に浮かんでからはスラスラ楽しんで・・・。因みにリスペクトを込めそのキーで演奏。
『Rain』、 『BOYS & GIRLS』は音のグラデーションを大事にリハーモニゼーションの嵐。ポップ時代の曲をジャズにすると決めたときにこの2曲はぼんやり心できっと「やるだろうな」と思いました。『ありがとう」』ほとんど原曲と変えてません。やはり(このアルバムでの)位置は最後に持ってきました。


――ジャズを極める中で、改めて今までのポップスの良さに目覚めさせられた、ジャズを勉強すれば勉強するほど、ポップになって行く、というインタビューでの言 葉を目にし、やはり大江さんはポップスが好きだったんだなぁとデビュー当時からのファンのかたは喜んでいると思います。このアルバムに収録されているナンバーをジャズ・アレンジしていく中でどのような苦労がありましたか?(具体的に曲ごとに何かエピソードがあれば教えてください)また、モダン・ジャズ・ファンのかたがたに対しては、どのようにこの作品を聴いてもらいたい、あるいはご自分でどのようにアピールしていきたいですか?


大江 僕は音楽を作っている人間なので評価や聞き方は聞く人にお任せします。ただ僕が願うのは音楽で人が少しでも安らいだり力をもらえたりして欲しい。僕の音楽も願わくばそうあって欲しい、その気持ちを込めていつでも全方位で全力で作り続けています。
ジャズアレンジするときに大変だったのはビートです。僕のポップチューンはダウンビートが基本なのでそれをジャズにするには、アップビートに変えなければいけません。曲の世界を壊さずジャズとして聴いて違和感がないグルーヴに変換、そのバランスが肝でした。もう一つはスペースです。弾いていない部分のスペースの切り取り方作り方に無茶苦茶気を配りました。


――日本でのライブの予定は今後お考えでしょうか? もしお考えでしたらぜひ開催していただきたく思います。


大江 今進めている最中です。ただオリンピックに向けて小屋が本当にないのです。これはジャズ、ポップかかわらず、全てのアーテイストが困っていることだと思います。 心にある大事な場所でライブをしたい、そんな思いがあるので、じっくり今後も交渉をして是非是非日本へ大手を振って帰国したいと僕も願っています。応援をよろしくお願いします。



★今回収録の原曲を歌っていた、ポップス・シンガーだった頃のこと★


――大江さんは1983年 にポップス・シンガーとしてデビューされましたが、もうホントにいきなり空から舞い降りてきたようなイメージが強いです(林真理子さんのキャッチ・コピー は秀逸でした)。自分が高校生で、ユーミンやオメガトライブ、安全地帯は大人すぎるし、身近に楽しいと思えたのはサザン、アルフィーあたりで(渡辺美里さ んや岡村靖幸さんの登場、もしくはバンドブームはもう少し後ですね)。そんな田舎の女子高生の前にあらわれたのが、プレッピーなメガネ姿の大学生のお兄さん=大江さんだった訳で……。クラス中の女子が大江さんの「十人十色」を口ずさんでいました。 デビュー当時の、ああいったファッションや方向性は大江さん自身のディレクションに拠るものでしょうか?「日本一忙しい大学生」といったキャッチフレーズもご自身のアイデアでしょうか?


大江 キャッチフレーズは僕ではありませんが、他にはいない立ち位置の方が曲が伝わるな、というのは漠然と思ってました。メガネをかけていたり短パンを履いていたりジャンプをしたり(笑)楽しかったですよ。

 
――その当時は「常に不安で、とにかく30歳まで走り続けよう」とお考えだったそうですが、その期間、テレビドラマや映画にも出演されていました。30歳までに歌以外の様々なフィールドでも活躍しなければ、という焦りもあったのでしょうか?


大江 音楽以外の活動をやろうと自ら思ったことはないです。ただある日「法医学教室の午後」に出ないか?とレコード会社に電話があったのです。台本を頂いて「面白そうだな」と思い気がついたら撮影の現場にいました。 ”縁”があって演じることをその後もやり続けますが、”作り上げて行く“過程は音楽と同じで、一人ではできない。とても刺激的な現場ばかりでした。


――上記の質問とかぶりますが、千里さんの演技はとても印象的で、テレビドラマ「十年愛」「法医学教室の午後」はもちろん、山田洋次監督「学校」での演技が好きでした。演技への抵抗はありましたか?


大江 全くありません。僕の曲の中の主人公たちも全てしっかり練られたフィクションなわけで3分間の歌の中で役を演じているわけです。そういう意味じゃ「演じる」ことの集中力はとても共通しています。


――キュートで少女マンガに出てくるような大学生男子から、大人の男性への転機が決定的となったのは1987年のアルバム「1234」だったと自分では確信しているのですが、いかがでしょうか?


大江 今も少女漫画キャラは続いています(笑)あれはリチャード・アベドンのような表1(註・カバー/表面のこと)を撮影しようというエピックのデザインナーの植田敬治さんと写真家の大川直人さんのアイデアです。シャツも白シャツでてらいのないジーンズという指定がありました。大人ということであれば初期の「未成年」辺りまでのほうがむしろ年齢よりもうんと背伸びをして成熟していてドライで冷めてて、そのあとの作品は若干現実の世界との折り合いをつけて行くリアルな感じになっていったのかなあと思っています。


――当時、特に意識していたアーティストは?


大江 いません(キッパリ!)



★「Rain」について、または収録のオリジナルアルバム「1234」
(1987年リリース)のこと★


――本作収録の「Rain」を聴き、原曲が収録されていたアルバム「1234」と何かリンクするものを感じました。 デビュー当時のお兄さんイメージから、大人の男性路線への布石か?と期待が高まった、転機とも考えられるアルバムが1987年リリースの『1234』。このアルバムは1987年7月21日、横浜東口にあったレコード店で購入しました。大学1年の頃だったと思います。当時の「ロッキング・オン」や「ミュージック・マガジン」での新作批評欄でもかなりの高評価を得ていたという記憶があります。自分が1983年から2018年現在に至って、時代は変わり様々な人生での大きな出来事があったり、音楽の好みも怒涛のように変化しましたが、別の音楽と併行して、いつも千里さんの数々のアルバムをずっと約30年以上聴いています、これはぜひお伝えしたくて。やはり普遍性というものと、千里さんの世界観とがフィットし、時代に流されない確固たるものとして、君臨しているのではないかと自分は考えています。今作の千里さんが書かれていたライナー・ノーツに「Rain」はご自身の背中を押してくれた思い出深い曲との旨がありましたが、やはり「Rain」への思い入れは、強いですか?


大江 特に強いわけではないですね。当時カセットテープで「ガチャっ」と手で押して録音できる装置を常に持っていてピアノがあるところ、ホテルの部屋などで「あ、できそうだな」と思うと片っ端から録音していました。この曲は15分くらいで詞と曲がスラスラ出てきました。数回くらいしかカセットを止めなかったんじゃないかな。ひどいときは「ガチャガチャ」言い続けてるだけの曲なんてのもいっぱいありましたから(笑)。バーーって景色が見えたんですね。そしてそのあと主人公たちの時間の流れなど整合性を持たせるため吟味に時間がかかりました。
「強い言葉」や「整合性を超えたインパクト」が随所にあったのでそれらはきちんと残し、その前後を違和感なくどう繋いで行くか。でも不思議と少し?と思う箇所が残っている方が曲としてあとあとグンと成長するのです。

 
――今回はピアノのインストゥルメンタルということで、「Rain」が思い切りジャズピアノ曲となっていて、新たな魅力が感じられました。ファンのかたはとても感激されるのではないかと思われます。


大江 そうだと嬉しいです。

 
――このアルバムのアレンジャーでもあり、惜しくも1997年に逝去された、日本のポップスにおける名アレンジャー、大村雅朗さんとの思い出がありましたら、教えてください。


大江 大村さんは僕の言葉を本当に聞いてくれて気持ちを汲んでアレンジを考えてくれました。僕のデモテープのヘッドアレンジを崩さないんです。だからなんでも聞いたりお願いしたりしていました。プライベートでも気さくに家へ呼んでくださったりご飯を食べたりしましたよ。今もし生きていたら会いたい人。色々聞きたいことが山ほどあります。



★ニューヨークでの暮らし、音楽など★


――お住まいのブルックリンでの暮らしについて。2018年現在、特にブルックリンでおすすめの場所、お店、トピックなどありましたら教えてください。

大江 ブルックリンはリサイクルの街。サスティーナビリテイ(註・Sustainability)という言葉があって、自給自足。決して肥沃な土地じゃないのでみんなで力を合わせて地元を盛り上げる機運 がありそれが楽しくて住んでいる大きな理由ですね。プロスペクトパークは巨大な公園で緑が多く春には桜が満開になります。大好きな場所。夏には蛍も見えるんですよ。ウイリアムズバーグは海沿いを散歩するのが好きでマンハッタンをブルックリン側から川越しに眺めると身が引き締まります。


――ニューヨークでのジャズ事情を教えてください。特に日本まではまだ伝わっていないけどオススメしたいバンド、ジャズミュージシャンなどありましたら教えてください。


大江 世界中から集まっているので無名の素晴らしい音楽家たちがたくさんいます。ニュースクール出身のワールドミュージックのクラスなどを一緒に肩を並べて履修してた、ジャズ・メイヤホーン。このあいだのグラミーにノミネートされましたね。一気にこのあと大ブレイクしそうですね。もうしてるかな? 彼女とは無茶苦茶学生時代仲よかったです。あとはベーシストのリンダ・オー。いつか一緒にやりたい。でもすでに忙しすぎですね(笑)

 
――日本と比べて・・・というのは多少乱暴ですが、日常生活において大きな違いというもの、特に印象的なことがありましたら教えてください。


大江 人との距離感ですねえ。日本の満員電車のように人の体に触れることをしないので常に人の半径1mくらいに無意識に入ると「ごめん」とか「イクスキューズミー(註・excuse me)!」とかしょっちゅう言ってる感じがします(笑)。あとは休日が多い(笑)。年がら年中。その度自分の国の音楽を大音量でかけてみんなでBBQしながら盛り上がっています!音楽が生きる糧ですね。


――今後ブルックリンに住みたいというかたに向けて、ひと言いただけますか?


大江 家賃が高い!(笑)交通の便が悪い!(笑)

 
――今後の日本でのライブのプランなど(具体的でなくてもちろんかまいません)、千里さんが計画していることがありましたら、公表できる範囲で教えていただけますか。
 

大江
 既に決まっているライブスケジュールは日本以外の場所ばかりなので恐縮ですが、日本でも必ずやりたいです。みんなも待っていてくれるし。1日も早くそれが発表できるよう引き続き頑張りたいと思います。決まったその時は是非聴きにいらしてください!!

(聞き手:ディスクユニオン営業部 赤田)