<連載>原田和典のJAZZ徒然草 第125回

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2023.07.20

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ミュージック・マガジン社から『アルバム・セレクション・シリーズ MODERN JAZZ モダン・ジャズ』を発売。通常は「訊く側」の原田和典が、今回は「訊かれる側」として、モダン・ジャズのナビゲーターを務めてみたぜ


<『アルバム・セレクション・シリーズ MODERN JAZZ モダン・ジャズ』(ミュージック・マガジン社)>


溶けそうに暑い毎日ですが、いかがお過ごしでしょうか。
その毎日を、さらに盛り上げる一冊『アルバム・セレクション・シリーズ MODERN JAZZ モダン・ジャズ』が、7月18日にミュージック・マガジン社から発売されます。ミュージック・マガジンの好評「アルバム・セレクション・シリーズ」初のジャズ編であり、原田和典にとっては『コテコテ・サウンド・マシーン』以来の単著です。
モダン・ジャズとは、第二次大戦終結前後から急速な発展を遂げたジャズの分野で、即興を重視したアコースティック楽器による演奏が主体。マイルス・デイヴィスジョン・コルトレーンビル・エヴァンスなどの名手が脚光を浴びました。この本では、あまりに数多くの作品がリリースされているために、どのモダン・ジャズ・アルバムから聴いていいのかわからない、といったリスナーたちのニーズに応える目的で作られました。誰が聴いても「ああ、ジャズだな」と思えるであろうド真ん中の作品を紹介していますし、ティグラン・ハマシアンの『StandArt』や、ビル・フリゼールメアリー・ハルヴォーソンの『Maid With The Flaxen Hair』、サム・ゲンデルの『Satin Doll』などを楽しんでいる方には、その親世代に出会うような気持でページを開いていただけたらと思います。
仕事柄、大抵の場合、こちらがインタビューする側ですが、たまにはそれをひっくり返してみたい。ということで、今回は「訊かれる側」になってみました。「インタビュアー」ではなく、「インタビュイー」になるのは、なかなか新鮮な体験でした。最後までお楽しみいただけると幸いです。

<ティグラン・ハマシアン『StandArt』>


<ビル・フリゼールとメアリー・ハルヴァーソン『Maid With The Flaxen Hair』>


<サム・ゲンデル『Satin Doll』>


--- 『アルバム・セレクション・シリーズ MODERN JAZZ モダン・ジャズ』には1945年から68年にかけて録音された、基本「人力」「アコースティック」「インストゥルメンタル」「アドリブ重視」「アメリカ」の作品が紹介されていますが、それでも決められたページ数の中に絞り込むのは大変だったと思うんです。


原田和典 ものすごく数が多いので、目星をつけました。たとえばジョージ・ウォーリントンの作品では、『クインテット・アット・ザ・ボヘミア』を選ぶことを最初に決めて、史上何十回目かの再聴をして、文章を書きました。『ジャズ・フォー・ザ・キャリッジ・トレード』や『ニューヨーク・シーン』や『ジャズ・アット・ザ・ホッチキス』などを改めて棚から探し出して、A面アタマから聴いて、その中から「どのアルバムにしようかな」と選んでいたら、いつになっても完成しなかったでしょう。


<ジョージ・ウォーリントン『クインテット・アット・ザ・ボヘミア』>


--- 入れられなかったものもたくさんあるということですか?


原田 もちろんです。モダン・ジャズは基本、「その日の記録」ですから、ボコボコ作品が生まれるんです。ディスク・ガイドというものはマイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンスの作品だけを30枚ずつ紹介しても成り立つと思うんですよ。超ビッグ・ネームの作品はなかなか廃盤になることがないですし、探しやすいですし。ただ私はジャズ鑑賞に関してはとにかく多くの時間をかけてきて、いろんなミュージシャンの語り口を愛しく思ってきましたから、それをご紹介できたらという意図はありました。私にとってモダン・ジャズは、ジャズの中でも「音は人なり」が最も強く表れた分野なんです。「俺はこれが言いたいんだ」みたいなパワーが、アドリブとして迫ってくる。テクスチャーやビートを賞味するような、今の集団ジャズとは別の面白さがありますし、缶詰のおいしさに触れる感じで、この本に紹介されているディスクを楽しんでいただけたら嬉しいですね。


--- 何枚、掲載されているのでしょう?


原田 何枚でしょうね? 私は数を数えるのが苦手で、すぐ「時そば」状態になってしまいます。そろばんをしていたので暗算は少々できますが。「ページ数いっぱい、ご紹介しました」という感じですね。ただ、「あれも聴いてほしい、これも聴いてほしい」と作品数の強さで押し付けていくのは、今の時代には独善的だと思いますから、そこは気を付けました。これほどモノにあふれた時代、アルバムの片面を集中して聴く時間をとることだってなかなか難しいところがあるように思いますし。


--- 基本的にアルバムの録音時期ごとに紹介されていますが、「1955~59」のコーナーがちょっと多めですね。


原田 そうですね。たとえば1950年代のある時期までは、78回転のレコード、45回転の17cmレコード、33回転の25cmLP、30cmLP、以上のモノラル盤が共存していましたが、1958年以降の塩化ビニール盤にはここに「ステレオ盤」が加わります。そこにモダン・ジャズの活況が重なって、結果として信じられないほど多くのレコードが制作されました。いわゆるポピュラー音楽では、ロックやR&Bはまだシングル盤主体の時代で、LPに関してはエルヴィス・プレスリーの『ゴールデン・レコード』とか、ジェイムズ・ブラウンの『プリーズ、プリーズ、プリーズ』とか、これまで出したシングルが一定数まとまった時点で“じゃあアルバム化してみるか”という感じだったと思います。この時期のLP市場の主体はクラシック、ムード・ミュージック、ジャズで、その中でも最新のカテゴリーに属していたのがモダン・ジャズだった、というのが私の認識です。1957年に録音された、ブルーノート、プレスティッジ、リヴァーサイド、サヴォイ、エマーシーのモダン・ジャズ系作品だけ集めても2~300枚ぐらいになるんじゃないでしょうか? 30cmLPは当時のジャズにとっては理想的なフォーマットだったのだと思いますし、いわゆるプレスティッジ・オールスターズのジャム・セッション的な演奏も、LPの尺というものが存在したからこそ盤に収録されて、こうして今の我々も楽しむことができているんだと感じています。


<エルヴィス・プレスリー『ゴールデン・レコード』>


<プレスティッジ・オールスターズ『オール・デイ・ロング』>


--- ジャズ・ミュージシャンの層も厚かったわけですよね?


原田 そうだと思います。ジョン・ジェンキンスソニー・レッドウェブスター・ヤングレム・ウィンチェスター等、この本でご紹介できなかったミュージシャンはたくさんいます。また、ジュニア・クックのように、70年代以降のリーダー作のほうが充実しているミュージシャンもいますし。


--- 70年代というとクロスオーヴァー、フュージョンの時代という印象もありますが。


原田 実際はそうとも言い切れないんです。狭いジャズ・クラブにアンプやエフェクターを積んで、キーボードを運び込んでというわけにもいかないでしょうし、モダン・ジャズを演奏するひとも、求めるひともいた。それに芸術の特徴として、ひとつのスタイルは、次のスタイルが生まれても残ってゆくというところがあります。ジュニア・クックの『サムシンズ・クッキン』、ジョージ・コールマンの『ジ・オクテット』、こうした70年代以降のモダン・ジャズもやはり、モダン・ジャズとして一点の曇りもなく素晴らしいんです。が、それではページ数が果てしなく広がっていきます。そこで担当編集者と合議のうえ、「1968年の作品まで」、つまり「マイルス・デイヴィスがロック~ファンクの要素やエレクトリック楽器を大きく導入した『イン・ア・サイレント・ウェイ』や『ビッチェズ・ブリュー』を録音し、ドイツでECMレーベルが設立される前年まで」ということにしました。結果、クリアにトリミングできたと思います。しかも1969年は、この本の版元であるミュージック・マガジンが設立された年でもあるんです。つまりこの本は期せずして“ミュージック・マガジン創刊時期”に至るプロローグにもなっているわけです。


--- 掲載作品を録音年順にしたのは?


原田 この時期のモダン・ジャズはその日その時のスナップ写真のようなもので、そうなると発表年よりも録音データが重要です。アコースティック・ジャズの世界でなぜあんなにディスコグラフィが重用されるのかという鍵も、ここにあります。これがフュージョンになると「発表されたとき」と「ヒット・チャートの順位」が重要になっていきます。オーヴァー・ダビングが日常的になり、「いつ盤として完成したか=いつ発売されたか」が重要になっていくのです。また、打ち合わせ段階では、「カテゴリーごとにわけてはどうか」という意見もありました。


--- カテゴリー?


原田 作品を「クール・ジャズ」、「ハード・バップ」、「ニュー・メインストリーム」などに分類して紹介するということですね。が、たとえばアート・ファーマーの『ホエン・ファーマー・メット・グライス』はハード・バップだとしても、彼の『ブルースをそっと歌って』はハード・バップと呼べるのか。あとマイルス・デイヴィスは、そうなると「フリー」以外のすべての場所で登場することになる。ジャズメンは意外と、特定のカテゴリーひとすじというものではないし、そういうカテゴリーはそもそも、音楽家のあずかり知らぬところで後世の評論家たちが考えたものでしょうし。もっともソニー・クラークなどは「ハード・バップ」に見事に収まりますが、それは彼が短い活動期間で早世したからであって、1968年まで生きていたら果たしてハード・バップだけをプレイしていたかどうか。


<アート・ファーマー『ホエン・ファーマー・メット・グライス』>


<アート・ファーマー『ブルースをそっと歌って』>


--- 当時は短命なジャズメン、本当に多いですものね。ところで、最初に読んだジャズ本はなんですか?


原田 最初に買って読んだのは岩浪洋三さんの『モダン・ジャズの世界』。荒地出版社というところから出ていて、表紙はマイルス・デイヴィスです。おなじ荒地出版社では、セロニアス・モンクが表紙になった相倉久人さんの『モダン・ジャズ鑑賞』も記憶にあります。そのあと、粟村政昭さんの黒い表紙のほうの『ジャズ・レコード・ブック』も、何度も読み返しましたね。


--- 何歳頃でしょうか? 家にあったのですか?


原田 小学校の頃です。家にジャズ雑誌の「スイングジャーナル」はありましたが、単行本は私が親に頼んで買ってもらいました。自分は一人っ子で両親は共働きでしたから、子供の頃の、あの無限に時間が長く感じられる日々の中で、親が戻ってくるまでの時間を有意義に楽しむための読書であり、音楽鑑賞であり、スケッチブックに絵を描くことであり、という感じでした。


--- そうした本から影響は受けましたか?


原田 受けていると思います。粟村さんの著書『モダン・ジャズの歴史』の帯には“(マイルス・デイヴィスの)『ビッチェズ・ブリュー』でモダン・ジャズは終った!?”という言葉も印刷されています。『ビッチェズ・ブリュー』は1969年の録音なんです。


--- 偶然にも。


原田 そうですね。今回の本の「1968年までをトリミング」というのは、粟村さんがジャズをジャズだと認めていた時代までのトリミングでもあるという、これも偶然ですが。そして今、当時に生まれてもいなかった私が、当時のジャズのアルバムについて紹介しているのは感慨深いです。


<粟村政昭『モダン・ジャズの歴史』>


--- この本がとりあげている主な範囲である1950~60年代が「ジャズの黄金時代」といわれることについて、どう思いますか?


原田 正直に申し上げれば、「常に今が黄金時代」だと思っています。私は平成の初めから飽きずにジャズの仕事をしていますが、それはジャズが面白くて、どんどん変化していくから。自分がそこに入った頃はスティーヴ・コールマンジャン・ポール・ブレリーが猛烈に気を吐いていて、比較的近年からはメアリー・ハルヴォーソンとかジョエル・ロスとかが目の覚めるような演奏をしていて、“変化しているのに、ずっと面白い”という状態が続いているからなんですよ。
『アルバム・セレクション・シリーズ MODERN JAZZ モダン・ジャズ』に掲載されているミュージシャンはほぼ亡くなっていますし、録音年代も「1968年」が最新です。つまり一番新しい掲載作品でも50数年前の録音なんです。しかし今のジャズの“前世”は、間違いなくここにあります。映画『BLUE GIANT』でジャズを初めて知った方、野外フェスのオールスタンディングでジャズを浴びて高揚した方にもぜひ手に取ってほしいと思いつつ書きました。サイズも手ごろで持ち運びしやすいですし、値段も今の世の中では良心的だと思います。ジャズ歴の豊富な方はアルバムのラインナップを見て「なにをいまさら」と思うかもしれませんが、そのときは、ぜひご自身のお子様やまわりのお子様に勧めていただけたら。経年変化しないジャズの面白さ、読書の楽しさ、「もの」を所有する充足感、それを次世代とわかちあうことができたら、こんなに嬉しいことはありません。