<連載>原田和典のJAZZ徒然草 第105回

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  • 2018.03.14

    2018.03.14

    “かつてジェームス・ブラウンを演じた男と、かつてチャーリー・パーカーを演じた男”が共演する大ヒット映画『ブラックパンサー』。
    そのロケ地・釜山で昼間“映画カラオケ”をして、夜はジャズ・クラブ「MONK」で韓流ジャズを堪能してきたぜ



    東京封切り終了の前日に映画『デトロイト』(キャスリン・ビグロー監督)を見に行った。
    1967年7月23日から27日にかけて続いたという、いわゆるデトロイト暴動、その中のアルジェ・モーテル事件(25~26日)に大きくスポットをあてた作品である。
    1967年7月・・・この年月をきいて身が引き締まるような気持ちになるジャズ・ファンはぼくだけではないはずだ。

    17日早朝、ジョン・コルトレーンが肝臓がんで他界した。

    日本時間の18日夜にはこの国にも訃報が伝えられていたという。
    「暴動に巻き込まれて死んだという噂も飛び交っていたんだよ。まさか病気だとは思わなかった。だって前年(66年)に来日して、すごい演奏を聴かせたばかりだったからね」と、当時の空気を知るジャズ評論家からきいたことがある。
    『デトロイト』の登場人物もコルトレーンの死を話題にしていた。細かくメモしていないので正確ではないが、テレビをつけながら、58年録音のアルバム『ソウルトレーン』に入っている「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」もかけているという、そんなごちゃごちゃした状態で確か男3人がしゃべっていた。


    「コルトレーン、死んじゃったね」

    「暴動に巻き込まれたんじゃないか?」

    「『至上の愛』はすごいぜ。ヤクでブッ飛んで作ったんだろうよ」

    「彼の奥さんはデトロイト出身なんだ」

    「詳しいな、おまえコルヲタ(コルトレーンおたく)か?」


    という展開だった。
    この“奥さん”はもちろんナイーマことファニータ・グラブスではなく、アリス・マクラウド(McLeod)を示す。
    1937年デトロイト出身。50年代からピアニストとして活動を始め、59年からしばらくパリに滞在してバド・パウエルの指導を仰いだ(2017年リリースのCD『ラッキー・トンプソン・イン・パリ1960』で当時の録音が聴ける)。
    帰国後はヴィブラフォン奏者テリー・ギブスのバンドで演奏、このときに“対バン”で出ていたコルトレーンと二言三言交わしたのが交際の始まりだったときく。
    当時コルトレーンはナイーマと所帯を持っていて、アリスは60年から歌手ケニー・パンチョ・ハグード(Hagood。ヘイグッドとは読まない)の妻になっていたはずだが、いろんな問題を乗り越え、65年10月にメキシコで結婚している。
    映画『デトロイト』の暴力や差別のシーンには正直言って目をそむけたくなるけれど(と同時に現実は、もっと凄惨なものだったろうとも想像できるけれど)、ブレイク前のザ・ドラマティックスに関する描写もあるなど、ジャズやソウル・ミュージックのファンにはグッとくる箇所がいくつか出てくるので、拙文の読者であれば何らかの感銘を得るであろうことは保証する。

    『デトロイト』オリジナル・サウンドトラック


    ジョン・コルトレーン『ソウルトレーン』


    ラッキー・トンプソン『ラッキー・トンプソン・イン・パリ1960』

    というわけでいよいよ『ブラックパンサー』(ライアン・クーグラー監督)の話だが、ぼくは『デトロイト』の前に流れていた予告編を見て、一発で“この映画、是が非でも見なきゃ!”という気持ちになった。なんといっても音楽が良かった。
    ケンドリック・ラマ―デーモン・アルバーンとも組んでいる若手ラッパー、ヴィンス・ステイプルズの楽曲「Bagpak」と、ギル・スコット=ヘロンの古典「The Revolution Will Not Be Televised」のマッシュアップなのだ。

    昨年、ぼくはウルトラ・ヴァイヴのCD再発シリーズ「フライング・ダッチマン1000 マスター・コレクション」全作品のライナーノーツ(解説文)を書いた。
    その中にはギルの作品も3点含まれていて、執筆にあたって彼の音源を聴きまくり、自伝を再読し、資料を集め、それはまだ時間がなくて片づけていない。そんな生々しい状況の中で、あのギル・スコット=ヘロンの肉声がスクリーンから飛び出すように響いてきたのだから、これはもう、繰り返すが“この映画、是が非でも見なきゃ!”なのだ。
    さらにロケ地のひとつに釜山が選ばれていたことも知り、ぼくの好奇心はいっそう増した。釜山といえばアジア最大級といわれる国際映画祭の開催地ではないか。自分と同じかそれ以上の年齢のファンには演歌の名曲「釜山港へ帰れ」でもおなじみの土地であろう釜山でマーベル映画がどんな撮影を行なったというのか?

    ワカンダ王国の帝王“ブラックパンサー”ことティ・チャラに扮するのはチャドウィック・ボーズマン。ぼくにとっては『ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男』で若き日から晩年に至るミスター・ブラウンを演じきった男としての印象が強烈だ。
    そこでは御大の特徴のひとつである受け口気味の歯並びにするようなメイクをほどこしていたり、クセのあるしゃべり方や声の出し方をコピーしたり、歳をとってからの姿の時には肥満した感じを出すようにも心がけていたようだが、『ブラックパンサー』のチャドウィックは精悍でシャキッとしていてとにかくかっこいい。そして声に深みがある。余談だが一日も早く日本公開が望まれるチャドウィック主演映画に『Marshall』がある(アメリカでは昨秋公開)。サウンドトラックはマーカス・ミラーが担当、曲によってはウィントン・マルサリスのトランペットがフィーチャーされる。
    ファンク、R&B、ヒップホップを呑み込む“電気ベース”のマーカスと、古典的ジャズとクラシックと民俗音楽以外は認めないともいわれる“アコースティック主義者”ウィントンの共演は予想の斜め上という印象も受けるが、遠く1981年、忘れられかけてしまった前例がある。フューズ・ワンというフュージョン・プロジェクトのCTI盤『シルク』がそれだ。


    『ブラックパンサー』オリジナル・サウンドトラック

    「ザ・レヴォリューション~」を収録したギル・スコット=ヘロン『ピーセズ・オブ・ア・マン』
    『ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男』オリジナル・サウンドトラック

    フューズ・ワン『シルク』


    そして人間関係の鍵を握るひとりといっていい高僧“ズリ”は、フォレスト・ウィテカーが演じる。
    『デトロイト』でも実にいい味を出していた役者だが、ジャズ・ファンにとって印象深いのはやはりクリント・イーストウッド監督映画『バード』で主人公チャーリー・パーカーを演じていた姿か。
    映画そのものに対する評価は「微妙」だったと記憶するが、プロのミュージシャンの指導を受けて指使いや息の吹き込み方を徹底的にトレーニングしたというフォレストの努力は讃えられるべきだろう。この映画で彼はカンヌ国際映画祭の男優賞を受賞した。『バード』公開当時27歳だったフォレストは今、56歳だ。
    つまり、『ブラックパンサー』はかつてジェームス・ブラウンを演じた男と、かつてチャーリー・パーカーを演じた男を同時に楽しめる作品でもあるのだ。音楽ファンなら興奮しない方がおかしい。

    エンディングで響くのはケンドリック・ラマ―+SZAの「オール・ザ・スターズ」。
    きくところによるとケンドリックはフライング・ロータスコモンサンダーキャットと共に、目下制作中とされるハービー・ハンコックの新作にも加わっているらしい。ちなみに今から20年近く前に出た『フューチャー2フューチャー』でのハービーはカール・クレイグロブ・スウィフトに声をかけていた。歳月の流れを感じる。

    映画が終わってから、サックス奏者シャバカ・ハッチングスを中心とする“サンズ・オブ・ケメット”のサウンドが自分の頭の中に鳴り始めた。
    これまで英国のNAIMレーベルから注目作を出していたが、今春ついに名門インパルスからメジャー・デビューを果たす。
    ジョン・コルトレーンやファラオ・サンダースサン・ラー(彼の場合はサターン・レーベルからのリース音源だが)などアフロ・セントリックな作品を出してきたレーベルが、気持ちも新たにシーンに王手をかけてきた、という印象を受ける。5月2日に出る日本デビュー作『ユア・クイーン・イズ・ア・レプタイル』、いちはやく耳にできたが、尋常ではない手応えでぼくはますますこのグループに惚れた。ハリエット・タブマンアンジェラ・デイヴィスなど、輝ける黒人女性たちに捧げたトラックがこれでもかと並ぶ。

    サンズ・オブ・ケメット『ユア・クイーン・イズ・ア・レプタイル』(5月2日国内発売)



    『ブラックパンサー』に話を戻そう。

    映画の前半3分の1が過ぎたあたりで、釜山の風景が登場する。
    なかでも印象に残るのが「チャガルチ市場」の狭い通路にある海産物の出店真横の通路を地下深くもぐったところで行なわれる盗難武器の取引(もちろんこれは映画だからこその設定)、公安大橋(ダイアモンド・ブリッジ)やサジク野球場近辺の交差点(サジク北路)や東西大学そばの急斜面で行なわれるカーチェイスだ。あまりにも気になったので成田空港から2時間半、釜山に飛んだ。“映画カラオケ”をしたくなったのだ。

    “映画カラオケ”・・・この言葉を発明したのは大瀧詠一であるはずだ。詳しくはぜひ検索していただきたいが、きけばきくほどいい言葉だと思う。すべてを訪ねることはできなかったが、現地は別にブラックパンサー特需に沸くわけでもなく、ブラックパンサー饅頭などが売られている形跡もなく、その空気は実に淡々としたものだった。

    映画で見るより「チャガルチ市場」は狭く感じた。ただものすごく縦に長く、通路の左右に、これでもかと魚介類が、美しく盛り付けて売られている。イキがいいので二枚貝は殻の間から潮をビュンビュン吹き、タコはバケツから飛び出して床を高速で這う。ゴム手袋をはいたおばちゃんが追っかけて頭を掴んでバケツに戻す。その場で料理して食べさせてくれるセクションもある。焼き魚は7500ウォン(約750円)。韓国ナンバーワンの勢力をもつコンビニ「GS25」横の路地、あと1ブロックで風俗街というところでもロケしていたことも確認できた。

    ぼくはほかにサジク北路にもいったが、はっきり言って特にどうということのない通りだった。
    なのに映画の中に映り込み、スーパーヒーローが動き出すと、とたんに何かが輝きだすのだ。

    『ブラックパンサー』のロケ地、チャガルチ市場
    脱走を試みるタコ
    チャガルチ市場近所のジャズ・スポット
    チャガルチ駅近くのこの路地も撮影に使われた
    サジク野球場近くの交差点。ここも映画に登場する
     

    ソウルではジャズが盛んであると聞いたことがあるし、Winterplay(先日、ヴォーカリストがMoonという名でソロ・デビューした)やカン・テーファンらが登場する『Bravo! Jazz Life』というドキュメンタリー映画もあるくらいだが、釜山ではどうなのだろうといろいろ調べたら「MONK」というジャズ・クラブが釜山ジャズのメッカということだった。

    1992年創業というから四半世紀以上の歴史を持つ(釜山広域市南区大淵3棟58-34 太陽ビル地下1F)。もちろん店名はセロニアス・モンクにちなみ、ほかにもジョン・コルトレーンやアート・ブレイキーのポートレイトが目立つところにある。ぼくは2日連続で通った。

    ジャズ・クラブ「モンク」。近くにサムギョプサル専門店が並ぶ
    ジャズ・クラブ「モンク」。
    3月9日の出演者


    入場料は5000ウォン、あとは飲み物や食べ物(チキン系が多い)を注文するときにそのつど支払う。飲み物には、つまみがついてくる。
    1日目はピアノ+エレクトリック・ベース+ドラムス+ヴォーカル。
    インストでは「ア・ナイト・イン・チュニジア」に取り組んでもいたが、アドリブはなんとも謎めいたもので、フリーフォームと言っていいのではと思った。であるのに、いわゆるA,A’部分の各7~8小節目には必ず“タラララターララ”という同じフレーズを弾いて帳尻を合わせていて、不思議な気分を与える。男性ヴォーカルは平井堅のような裏声を使って「ジョージア・オン・マイ・マインド」や「フィール・ライク・メイキング・ラヴ」等を英語で懸命に歌う。韓国語で歌えば、もっと硬さが取れて熱気が噴き出してくるのではないかと思った。

    2日目はミュージシャンがすべて入れ替わり、ピアノ+ウッド・ベース+ドラムス+トランペット奏者(ゴードン・バサーリ)という組み合わせ。こちらは聴きごたえのあるジャズだった。
    演目は「アイ・ソート・アバウト・ユー」、フレディ・ハバードが書いたワルツ「アップ・ジャンプト・スプリング」、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」、8ビートにアレンジされた「オーヴァー・ザ・レインボウ」等。調律の決してよくないピアノで歯切れよくフレーズを連ねてゆくリーダー、イ・アソン(と読むのだろうか?)のピアノに確かな実力を感じた。またゴードンはアンビエント・ミュージックにも取り組んでおり、それはBandcampで鑑賞できる(DamnSight名義)。

    3月9日の出演者
    3月10日の出演者
    3月10日の出演者
    3月10日の出演者
    店内に吊るされていたポスター
     

    ギョンソンデプギョン大学駅の近所には「MONK」のほか「Radio」や「Vinyl Underground」などのライヴ・バーがある。
    後者は釜山ロックの聖地でもあるらしいが、ぼくが行った日は、韓国在住のアメリカ人・ヨーロッパ人を中心とする歌や朗読の夕べであった。

    今度はもっとゆっくりしてもっとたくさんの音楽に浸り、たっぷり取材してみたい。そう思わずにいられない釜山の日々であった。

    「ヴァイナル・アンダーグラウンド」の店内には英語が飛び交う
    レコードを聴かせる店「Radio」
    ソミョン駅近くの「MOMA」は、ヒップホップ・カフェ
    伝統音楽や伝統舞踊を紹介する「釜山国立国学院」では、民族楽器の体験コーナーも
    「釜山国立国学院」近くの動物園にて。チェーンをくわえて暴れる象。
    ライオンの肉球