2021.08.31
最新2枚組LP『円谷幸吉と人間』が話題沸騰。結成30年超のジャンルレス・ユニット“太陽肛門スパパーン”の代表・花咲政之輔さんに、アナログ愛、音楽愛、ジャズ愛について、たっぷり語ってもらったぜ
聴いていて、まさしくこの夏のサウンドトラックだと思った。
8月11日に発売されたばかりの太陽肛門スパパーンの最新2枚組LP『円谷幸吉と人間』、および先行発売された7インチシングル「東京おらんピック/時間・場所・存在<すべて」である。黒いレコード盤から放たれるミクスチャーそのものの音作り、凄腕ミュージシャンたちの快演、花咲政之輔の深みのある歌声が、こちらの意識を限りなく遠くへ飛ばしてくれる。と同時に、僕はこれまでの人生になかったほど円谷幸吉のことを考え、『円谷幸吉 命の手紙』という本も読みふけってしまった。
いや、このアルバムだけではない。太陽肛門スパパーンの楽曲は、しっかりと考えさせ、足元を再確認させてくれる。その代表である花咲政之輔さんに、新譜をアナログ盤にした理由、創設時のエピソード、音楽愛、ジャズ愛など、思いつくままにうかがった。
<太陽肛門スパパ―ン4thアルバム『円谷幸吉と人間』 2020年録音納め (左端が花咲氏)>
----- アナログ盤のリリースは何度目ですか?
花咲政之輔(太陽肛門スパパーン) 初めてです。ずっと出したかったんですけど、予算面のことが大きくて、今まで出せなかった。僕はいまでも、家で音楽鑑賞するときはレコードなんです。レコードを継続したまま、CDに移行しなかった。自分で聴くのはレコードなのに、出すのはCDというのも、矛盾しているというか、あんまり良くないなとは思っていたんです。今回はなんとかがんばってレコードを出しました。
----- 新品LPは今、2枚組で1万円近くとか平気でします。そんな時代にこの分厚いジャケットで、中にはすごろくもあって、税込5011円というのは出血サービスものです。
花咲 正直、予算的には厳しいですよ。ものすごく売れればもちろん元は取れますけど。皆さん、買ってください!
----- 聴いていてまさしくこの夏のサウンドトラックだなと思ったんですが、レコーディングは去年から行なわれていたとききます。
花咲 ずっとレコーディングしていたんですけど、そのレコーディング自体もコロナで3,4カ月中断しました・・・・・・本当はもっと前に出したかったんです。招致が決まった2014年からオリンピックに反対していたし、円谷幸吉を主人公にしたライヴも6年間やり続けてきたので。オリンピック反対の世論を盛り上げるのも一つの目的だったから、そういう意味ではもっと早く出したかった。ちょっと忸怩たるものがありますね。
----- アナログ盤のプレス工場をキープするのが難しいという話も聞いたことがあります。大手レコード会社が押さえているであろう状況の中、これが出たのはすごいことだと思います。
花咲 まとまって日本でプレスをやっているのって、なんだかんだ言っても東洋化成しかない。ほかは大体チェコのプレス業者に委託発注している業者なんですよ。ソニーも3年前くらいにプレスを久しぶりに復活させましたけど、東洋化成の方はある程度前に予約すれば大丈夫ではあるんです。
----- 録音はマルチ・トラック・テープですか?
花咲 そうです。いわゆるAAAという方式、つまりレコーディングがアナログ、ミックスダウンがアナログ、カッティングもアナログなので、一切デジタル回路を通していない。逆に言うと、そこまでAAAでやってしまったからCDにしたくなかったというのもあるんです。もったいないから。
----- 今、全部AAAでやるのはものすごく大変でしょう。
花咲 だけどやっぱり、それだけのメリット、魅力はやっぱりあるなと痛感しています。ぜひいろんなミュージシャンにAAAでやっていただきたい。まだまだメディアとしてはね、あと100年、200年はね、全然いけるメディアだと思うんですよ。機材の問題とか、扱える人とかも高齢化してきていますし、どんどんスタジオも手放しているというのが現状なので。
24トラックのものにまず収録して、それをハーフ(2分の1インチ幅のテープ)でやる人と、四分一(4分の1インチ幅のテープ)でやる人もいますけど、僕は四分一で落とす。そのほうが僕の好きな音になる。ハーフでやる人も多いですけど、大瀧詠一は四分一派で。テープ幅が広いから良いというものでもないんです。スピードは96、38があって、大瀧さんは38。僕らも38で、そのままカッティングします。なかなかカッティング・スタジオにテープ・マシーンが置いていないという驚くべきことがあって、意外とアナログ・ブームと言っても、舞台裏は心もとないなというのはありますね。
----- この『円谷幸吉と人間』は、デジタルで録ったものを単純にLP化するアプローチとは一線を画する、本当のアナログ・プロジェクトです。
花咲 結構インチキができるんですよね、デジタルって。インチキが。最近のレコーディング現場って、とりあえずツルッと録って、ここ直しといてよってエンジニアに言って、エンジニアが直す。ただそれをやっているとね、どんどん面白くなくなる。実際何を聴いても同じようになっているんじゃないんですか、はっきり言って。音質とかの問題もそうですけど、レコーディング現場の緊張感みたいなものが失われる。テープだと一発録りでしょう。要するにやり直しなんですよ、一人失敗したら。そこがね、相当、音楽のクオリティをあげていく意味で、重要なんじゃないかな。僕らも予算的な問題とかで、やむを得ずデジタルで録ったこともありますけど、やっぱり、デジタルで録ると限界がある。デジタルの時も失敗した時はミスの箇所だけを修正しないで全部やり直しすればいいのにと言われそうですが、だけどやっぱり、“ま、このくらいいいかな”みたいな、人間の弱さが出る。前作(『 アトミックサンシャイン−河馬と人間』)も最初は、自分たちが持っている4チャンネルのテレコ(テープレコーダー)でやったんですよ。でもそれだと、人数がすごく多いのはちょっと無理。だから録りは4チャンネルのテレコでやったけど、結局、編集の段階で、プロトゥールズを使わざるを得なくなってしまった。そういう、後悔、反省があったので、今回はノー・プロトゥールズにしました。
<4thアルバム(2枚組LP)『円谷幸吉と人間』>
<17cmシングル「東京おらんピック/時間・場所・存在<すべて」>
----- 前作の話が出ましたが、その『アトミックサンシャイン−河馬と人間』の最終曲「のり子ラップ'15(越谷レイクタウン)」に出てくる魅力的な旋律が、この新作の1曲目に出てくる旋律と同じということに気が付いたんです。ある次元にいたひとつのキャラクターが時を経て、別の次元にふと現れたような、そんな印象を受けました。目が覚めるような効果です。
花咲 例えば、フランク・ザッパでも同じモチーフを割と使い回すじゃないですか。そういう意味だと、あんまりそんなに一人の作曲家が生涯に持てるモチーフみたいなものは、そんなに多くないんじゃないのかって思いますし・・・・。続きということで、前作の終わりの曲と今回の初めの曲に連続性を持たせたかったというのはありますね。
----- アドリブもアンサンブルも強力で、ジャズやファンクやブルースへの造詣がほとばしっています。Tボーン・ウォーカー「ストーミー・マンデイ」の匂いを、「赤い人形、青い人形、白い人間」で感じるのは僕だけではないと確信しています。ジャズ系ミュージシャンに関しても、梅津和時さん、藤井信雄さん、中尾勘二さん、旧橋壮さん、カイドーユタカさん、平井庸一さんなど実に豪華です。加えて竹田賢一さん、突然段ボールの蔦木俊二さん、ヘア・スタイリスティックスa.k.a中原昌也さんたちがいて。
花咲 30年やっていますからね。コアなメンバーだと、たとえば、平井くんが初めて参加したライヴは、1996年とか7年。「ジャズ批評」で漫画を描いていた頃にはすでに一員だったんです。ジャズだけやりたいっていうので、しばらく抜けてた時期もあって、また戻ってきたりとか。最初にメンバーありきというよりは、フランク・ザッパ的なコンセプトで、最初に楽曲を作って、それからその楽曲に適合するメンバーを集めていく感じなので、コアメンバー以外は、毎回顔ぶれが違うというのが基本的に最初に立ち上げた時のコンセプトです。
----- 結成は1989年ですね。
花咲 立ち上げメンバーは、僕と、渋さ知らズとかで演奏している泉邦宏、それから星野源とか大橋トリオとかとも共演している村山同志(aka小林創)、ゴスペラーズの村上(てつや)くん、今沢カゲロウ。最初のライヴのメンバーはそんな感じです。
----- 信じられないほど豪華なメンバーです。とくにゴスペラーズとの接点に興味が沸き起こります。
花咲 早稲田大学に彼らが出身母体のアカペラ・サークルがあるんですよ、ストリート・コーナー・シンフォニーっていう。ゴスペラーズ、RAG FAIRとか。そこのサークルでアカペラをやっていた感じですね。村上くんはフリージャズが好きで。当時の音源が、「ロック画報」という雑誌「特集 メッセージ・ソング」(21号)のコンピレーションCDに入っています。
<ロック画報 21号「特集メッセージ・ソング」>
----- スパパーンは、花咲さんが組んだ最初のバンドだったんですか?
花咲 その前に、フリージャズのトリオをやっていました。それが僕と小林と泉の三人で、名前は“太陽肛門河内の一生(いっしょう)”。僕はヴォーカル、ギター、パーカッション、あとピアノとか。小林くんはピアノとキーボード、泉はもちろんサックスと、都山流でちゃんと習っていた尺八とか。荻窪グッドマンに出ていた時、フリージャズのヴォイスでワーッってうめいていたのが村上で、そこで仲良くなって、太陽肛門スパパーンを立ち上げた。
------ 花咲さんの曲作りには、ものすごくポップでせつないところもあります。井土紀州監督作品『レフトアローン』のサウンドトラック盤の解説では、“ザ・ベストテン第一世代”と紹介されていましたね(注:『ザ・ベストテン』とは、78年1月にTBS系で始まった生放送の歌番組。ヒット曲10曲を、その歌手本人が生で歌う)。
花咲 世代的には最初に好きになったのは歌謡曲なので、それが原体験として色濃くあります。八神純子とか、クリキン(クリスタルキング)、ゴダイゴとかその辺の世代。僕が小学校5年の時にサザンオールスターズがデビューして、初めて行ったのがサザンの大宮商工会館のコンサート。2回目のコンサートが、中二のときのRCサクセション。「ロックン・ロール・ショー」から始まった。そのときに梅津さんを初めて見ました。やっぱりブルーデイ・ホーンズっていうかね、その時の梅津さんと片山(広明)さんのパフォーマンスはすごくて、ふたりでセックスの真似みたいなのをしながら吹いたり、すごい印象的でしたね。
でも、もっとさかのぼると、フォークなんですね。二つ上の兄がフォーク・ギターを始めたので僕もやりたくなって、最初は、アリス、さだまさし、かぐや姫。かぐや姫は後追いだったんですけど、すごい好きだった。中学の時にディープ・パープルに行って、そっちの方がかっこいいなって。それでビートルズと出会い、そこからジョージ・ハリスン、エリック・クラプトンっていう流れでクリームにハマった。クリームのコピー・バンドを組んでギターを弾いて歌って、そこからブルースに興味を持った。中学2、3年のときです。埼玉県南部は結構ロックを聴いている中学生が多かったと思いますね。高校の時はブルースとか黒人音楽をちゃんと聴きたいという感じで、むしろちょっとロックをちょっと小ばかにしていたというか、ブルースやジャズとかがちょっと上だという、ある意味間違った考えをしていたこともあります。
----- フランク・ザッパの音楽に出会ったのは?
花咲 ザッパについての文章がいろいろあるじゃないですか。そういうのを読んで興味がわいて、本格的に聴くようになったのは、大学で東京に来てからですね。平井くんとも話すんですけど、僕はもともと黒人音楽が好きなんです。ロックとかよりも。そういう人間にとってはやっぱり、ザッパってすごく黒人音楽の要素が強くて、ドゥーワップとかもやっていて。だからプログレとは違う。僕らのことを歌謡プログレと言う人がいて、そういう話をきいたのか、たまに吉祥寺のシルバーエレファント系の人が“どうなんだろう”と見にくるけれど、僕らの音楽とはあんまり相性が良くないみたい。
----- フランク・ザッパは、僕の経験では、学生時代に本当に盤が手に入らなかった。90年代にライコというレーベルから薄い緑色のパッケージでCD化されて、やっとありつけるようになった実感があるんです。関東ではどうだったんですか?
花咲 まあまあLPも手に入りましたね。「ジャニス」とかは割と揃っていた。あと小石川図書館。あそこのレコード・コレクションで、ザッパのレコードは大体聴けました。
----- 『円谷幸吉と人間』では、かまやつひろしさんが和田アキ子さんに書いた「ハートブレイク・ドール」をカヴァーしていますが、和音から展開から、すごく思い切ったアレンジで、メロディや歌詞がそのままなのに、こんなに世界が変わるのかとびっくりしました。
花咲 僕と、さっき言った小林くんで一緒にアレンジしました。オーネット・コールマンが好きなので、『サイエンス・フィクション』のイメージでやろうって。歌っている方が割と普通に歌っている後ろで、音をめちゃくちゃぶつけているんだけど、ああいうのが面白い。曲の可能性っていうか、楽曲の可能性、隠された可能性みたいなものを引き出し、見出していく過程、それがカヴァーにとっては重要だと思います。
----- 太陽肛門スパパーンは、この曲を2003年に出た『「あの鐘を鳴らすのはアタシ」和田アキ子 R&B歌謡カヴァー集』でも取り上げていますね。
花咲 参加できたのは行達也さんのおかげですね。タワーレコード新宿店の副店長だった頃にコーナーを作ってもらったり、練り歩きながらの大規模なインストアライヴをやらせてもらったり、『馬と人間』を「日本の名盤百選」に選んでくれたり、本当にお世話になりました。
---- ホーン・セクション、ストリングスまで含む日本語歌詞のバンドって本当に希少だと思うんです。フリー的な展開になるかと思えば、『テロリストブッシュと人間』ではMGMミュージカルのような絢爛豪華なサウンドも出して。ウッド・ベースの音も利いています。
花咲 基本的にちょっと管が多かったり、弦が多い曲は基本的に譜面、書き譜なので、僕がディレクションしています。譜読み、譜書きは独学で覚えました。今回の新作に関してはシアターブルックで活躍されている中條卓さんがエレキ・ベースを弾いている曲もありますが、ただ、基本的に4ビート・マナーの曲はウッド・ベースじゃないと。やっぱり4ビートはね、一番好きな、自分が燃える、聴いていて一番乗れるビートなんです。
----- 花咲さんが最初に好きになったジャズ・ミュージシャンは誰ですか?
花咲 アルバート・アイラーかな。(小説家の)中上健次とか好きだから、文学からジャズに入った。そういう田舎の高校生は多かったと思います。あとはジョン・コルトレーン『至上の愛』。最初に聴くべきコルトレーンの作品ではないと思うんですが。オーネット・コールマンは『アメリカの空』、あのストリングスの使い方にすごく影響を受けた。泉が大好きな『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』もよく聴きましたね。それからエリック・ドルフィーがすごく好きになった。一連の「ファイヴ・スポット」のライヴが良くて、特に『Vol.1』ですね。人生で一番聴いたレコードかもしれない。
----- A面の「ファイアー・ワルツ」ですか?
花咲 B面の「ザ・プロフェット」ですね。ドルフィーとブッカー・リトルの半音ぶつける感じとか、マル・ウォルドロンが調律の良くないピアノでヤケ気味になっているようなところとか。
----- レコーディングだというのに、あのピアノの音でやっちゃうところがすごい。
花咲 どうして調律しなかったんだろう? 店(ファイヴ・スポット)の責任ですよね。それに僕はなんといってもエド・ブラックウェルが好きなドラマーなんです。藤井信雄さんもそうなので、ふたりでエド・ブラックウェル談義もしますね。
<オーネット・コールマン『アメリカの空』>
<エリック・ドルフィー『アット・ザ・ファイヴ・スポットvol.1』>
----- 花咲さんの参加なさったジャズ・アルバムには、平井庸一さんの大傑作『The Hornet』があります。“これでいいのだ”というフレーズには感動が押し寄せました。
花咲 平井くんが長く取り組んでいたレニー・トリスターノ研究が一段落したんですよ。トリスターノ派のベテランのサックス奏者と共演して。
----- テッド・ブラウン。
花咲 そうそう。あれでひとつ達成したというのが彼の中にあったと思うんです。軌を一にしてアラン・ホールズワースを好きになって、平井くんのスタイルが変わった。それまで20年間、箱ギター(ホロウ・ボディのエレクトリック・ギター)でやってきたのが、初めてチョーキングの練習をして、ディストーションも使って。そういう流れがありました。それまで平井くんは意外とオリジナル曲をやっていなかったんです。それが、オリジナル曲を書いて、ちゃんと歌詞もつけてくれて。
<テッド・ブラウン&平井庸一グループ『ライヴ・アット・ピットイン』>
<平井庸一『ザ・ホーネット』>
----- 花咲さんは、平井さんの詞と曲を表現するいちヴォーカリストとして、録音に参加なさった。
花咲 そうですね。非常にミュージシャン心をそそる曲作りですよ。斬新だし、まったく疑問はない。確信を持って楽曲をやらせていただいています。
----- 太陽肛門スパパーンは7月23日に下北沢シャングリラでライヴをなさいましたが、今後の予定について教えていただけますか。
花咲 今年中に最低二回はレコ発ライヴを開催する予定です。さらに、新作をもう一枚出します。森達也さんの著書『放送禁止歌』に出てくる歌を集めた作品で、タイトルは『放送禁止歌』。LPとCDの同時発売の予定です。
★太陽肛門工房公式ホームページ http://taiyoukoumonn.web.fc2.com/
2024.04.09
2023.11.21
2023.07.20
2023.04.25
2022.11.24
2022.06.14
2022.05.11
2022.01.19
2021.11.25