《連載コラム》 幸枝の『惑星円盤探査録』Vol.30

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  • 惑星円盤探査録

2022.10.13

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「惑星円盤探査録 Vol.30」

くるり
『ハイウェイ』




今このコラムを新居で書いている。
度々綴らせてもらっていた海と山の近くでの暮らしを離れて1ヶ月ちょっとが経った。
新しい街には恐ろしいほどすぐに馴染み、あの街に住んでいた私はあっという間に思い出となった。

あの街には1年半暮らした。2021年3月号のコラムで綴っている通り、引っ越し当初はワクワクと不安、どちらも物凄かった。それは慣れない場所であったと同時に、”楓幸枝”という生き方にも不慣れだったせいだろう。

「リフレッシュして、闘う準備をしておいでよ」と信頼する人が背中を押してくれたのが全ての始まりだった。
本当は1年きっかりで都内に引っ越すつもりだったけど、「もうひと夏過ごしたいなぁ」と結局8月いっぱいまで過ごした。最後の1ヶ月はよく海を見に出かけた。
波の煌めきに、あるいはうめきに。私は一体いくつの感情を打ち明けたことだろう。
沖縄のDNAがそうさせるのか、あるいは人間なら誰しもそうなのか、海は何度見ても飽きることがなかった。毎回新鮮な感動を覚えると同時に心の隅っこがギュッとなる。忘れた何かを思い出せそうな気がするのだけど、結局いつも思い出すことはない。安らぎと切なさが満ちては引いていった。

もう通い慣れた駅への道、お気に入りの散歩ルート、部屋からの景色…。
心のなかで「さよなら」と呟いた。たまに思わず声がでてしまっていた。
そう呟きながら、「少し長い旅をしていたようだっなぁ」とよく思った。
私にとってこの場所は越してから離れるその日までずぅっと非日常だった。
だから思いっきりリフレッシュが出来たのだ。そして闘う準備も出来た。
どんなにここが素敵でも、闘う準備が出来た以上、ここを離れなくちゃ。
そんな思考を巡らせていたときよく聴いていたのがくるりの「ハイウェイ」だった。
映画「ジョゼと虎と魚たち」のテーマ曲で、シンブルで淡々としたアレンジに絶妙に切ないコード展開、くるり節全開な1曲は昔からお気に入りでコンスタントに聴いてはいたけれど、こんなに胸に染みる瞬間が来ようとは…。
冒頭で”旅に出る理由が100個くらいある”と言っておきながら最後には”旅に出る理由なんて何ひとつない”という主人公。
くるりっぽいひねくれ感だなぁと思いつつ、そうなんだよなぁとも思う。
それくらい良い加減で曖昧で良いんじゃないか、最初に決めたことがガラッと変わっても良いんじゃないか。
きっと大切なのは理由じゃなくて、行動そのものだから。

1年半どうだった?と聞かれたら、とても良かったよ、と即答する。

あの日々で蓄えた心が、きっとこれからの私を輝かせてくれる。
そう確信している。





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著者プロフィール

楓 幸枝
バンド活動を経て、現在はドラマー、作詞家、文筆業、MCなど活動の幅を広げている。
ミステリーハンターとしてフィンランドを取材するのが密かな夢。

Instagram
楓 幸枝(@yukie_kaede)

1st Single「ナンバ・ムッタ」配信release
friendship.lnk.to/NanbaMutta