《連載コラム》 幸枝の『惑星円盤探査録』Vol.11

  • 日本のロック
  • 惑星円盤探査録

2020.12.10

  • LINE

  • メール



「惑星円盤探査録 Vol.11」

Errol Garner
「Misty」




「そっか。じゃあ、明るい曲教えてあげるよ。」
何年か前の、夏が始まる頃の出来事。
暗い曲が好きだなんだけど何かオススメある?と言ったらそう返された。
YouTubeに映るモノクロの映像で恰幅のいいおじさんがピアノを弾いている。
髪をきっちり分けたそのおじさんは、ピアノを見ることはほとんどなく、カメラや他の演者たちを終始キョロキョロ。演奏に集中出来ているのか、こっちが不安になるほどに。
太い指を鍵盤の上でサラサラと動かしている感じも、映像だけだと「音ちゃんと鳴るの?」と心配になるけれど、流れてる音はとてもふくよか。隣で一緒に見ていたピアニストの彼は「こんな太い音だせねぇよ」とぼやいていた。
そして何より、曲がとても美しかった。こんなロマンチックな曲がこの世に存在してるんだ、と、一瞬で虜になった。

彼に抱いた微熱のような恋心は夏の終わりとともに冷め、こじらせることもなく思い出へと変わっていったのだけど、あの日エロルガーナーに抱いた気持ちは全く冷める様子もなく、今日に至るまで高熱を保ち続けている。
色々アルバムを聞いたけれど、「Misty」はやはり格別の美しさだなぁと思う。
一音目が奏でられた瞬間から、頭のてっぺんからつま先、細胞の隅から隅まで、私が生命維持に必要な全ての部品がこの曲に反応し、ウットリとトロけていくのが分かる。いつか絵本で見たクリスタルのお城の天蓋ベットで眠るプリンセスにでもなったような、そんな幻想的で優美なひとときにプカプカと浸かってしまう。
JAZZに関して大した知識もない私だけど、でも、明らかな唯一無二が彼の演奏から溢れていた。
調べてみるとエロルガーナーは独学で演奏を覚え、生涯楽譜が読めなかったという、超天才型の人だった。また左利きであることから、彼独自のスウィング感が確立され、後に「ビハインドザビート」と呼ばれるようになったそう。
彼についてもっと知りたい、そう思い検索をかけてみるのだが、Wikipedia以外の情報はほぼ皆無。どうやら「自称コアなジャズファンやビバップ色の強いジャズミュージシャンからの評価は概ね高くない」そうで、「日本の音楽評論家などもあまり評価をしない傾向があり、彼の実績からすれば日本での知名度は過去から現在にわたって概ね低い」のだそう。

ふうーん、と思う。
こんなに素敵なのに。

最近私は初心者限定でドラムレッスンを行なっているのだが、その時に「最終的にはカッコよければなんでも良いです。私の見解を今は伝えてますけど、最後は○○さんがしっくりくるやり方でいいですからね。」と言うことをよく伝える。
音楽にルールは無いよ、と言うのを来てくださる皆さんに伝えているのだけど、結局これは自分自身へのメッセージでもあった。

2022年にソロアルバムを出そうと思っている。作詞作曲編曲を自分でやる。
だけど私、作曲なんてやったこともないし、恥ずかしながらコードもほとんど知らない。
トラックだって、ドラムパターンを打ち込むので精一杯。後々やれたらいいけど、今は無理!とはじめは作詞以外誰かにお願いする算段でいた。
だけど色んな方から言われた。「自分でやればいいじゃん」と。「難しく考える必要ないよ」と。
最初は「いやぁそんなぁいきなりそれはちょっと.....」と尻込んでいた私だったけど、そっか、確かにそうだよな、と少しずつ気持ちが切り替わってきた。
そしてふと思い出すのはエロルガーナー。独学の可能性を、時を超え2020年を生きる私にも提示してくれている。彼のような才能なんてないことは百も承知だけど、きっとなんとかなる!と言う気持ちが湧き上がる。
汗だくでぶつぶつと喋りながら演奏をするおじさんの奏でる優雅なロマンスにウットリし続けているうちに、どうやら高熱から不治の病に発展しているようだ。もう元には戻れまい。

微熱の彼が知ったら、きっとビックリするだろうな。





≪前回までの"惑星円盤探査録"はこちら≫
一覧ページ




著者プロフィール

楓 幸枝

バンド活動を経て、現在はドラマー、作詞家、文筆業、MCなど活動の幅を広げている。
ミステリーハンターとしてフィンランドを取材するのが密かな夢。

Instagram
楓 幸枝(@yukie_kaede)