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日本映画界を揺さぶり続けた男、崔洋一。
「喧嘩上等」で生き抜いた映画人生を、本人の語りで総括――
これが、真の遺作。
・映画.comにて、本書が紹介されました!
ライブストリーミングチャンネル「DOMMUNE」で好評を博した
配信『崔洋一 最後の闘争』。
最晩年に行われた総計12時間に及ぶ濃密な語りをもとに、同番組で聞き手も務めた
映画評論家・映画監督の樋口尚文 (『砂の器 映画の魔性』) らが再構成。
朝鮮半島出身の活動家の父と名家の母のもとに生まれ、
「赤い写真学校」で学生運動に身を投じた少年~青春期。
『愛のコリーダ』で大島渚に見出され、
村川透といった名監督たちに師事した助監督時代。
内田裕也主演・脚本の長編映画監督デビュー作『十階のモスキート』から、
盟友・松田優作との共闘、角川映画を経て、
『月はどっちに出ている』 『マークスの山』、
そして数々の映画賞に輝いた『血と骨』へ――
北野武、山崎努らが身を投じた現場で「一軍の将」を任じ続け、
さらに「大手映画会社とは右手で握手しながら左手で殴り合ってきた」と語る信念のもと、
日本映画監督協会第8代理事長として監督への著作権帰属を訴え続けた、監督時代。
体制に抗い、タブーを破り続けたその歩みを、軽妙にして苛烈な語りでたどる――
文字通り、“渾身の証言録”。
<編者略歴>
樋口尚文 (ひぐち・なおふみ)
1962年生。早稲田大学政治経済学部卒。戦後日本映画史を再検証する著作多数。映画評論家、映画監督。主な著書に『大島渚全映画秘蔵資料集成』(国書刊行会/キネマ旬報映画本大賞2021第一位) 、『大島渚のすべて』(キネマ旬報社) 、『黒澤明の映画術』(筑摩書房) 、『実相寺昭雄 才気の伽藍』(アルファベータ) 、『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』(筑摩書房/国書刊行会復刊) 、『砂の器 映画の魔性 監督野村芳太郎と松本清張映画』(筑摩書房) 、『秋吉久美子 調書』(筑摩書房) 、『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70年代日本映画』(平凡社) 、『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』(筑摩書房) などがある。
野村正昭 (のむら・まさあき)
映画評論家。1954年、山口県出身。
東映洋画宣伝室で映画宣伝に携わったのち、広告代理店勤務を経て、映画評論家に。キネマ旬報ベストテン、毎日映画コンクール、芸術選奨などの選考委員も。
近著では『曽根中生自伝』や『まわり舞台の上で荒木一郎』(ともに文遊社) 、『映画監督 佐藤純彌 映画 (シネマ) よ憤怒の河を渉れ』(DU BOOKS) のインタビュアーを務める。
石飛徳樹 (いしとび・のりき)
映画評論家。1960年、大阪生まれ。神戸大卒。1984年、朝日新聞社入社。1999年から文化部の映画記者としてカンヌ、ベネチア、ベルリンなどの国際映画祭を取材した。2025年に定年退職。著書に『名古屋で書いた映画評150本』(徳間書店) 、『もういちど あなたへ 追憶 高倉健』(朝日新聞出版) 、編集に関わった本に樹木希林著『この世を生き切る醍醐味』(朝日新書) 、蓮實重彦著『見るレッスン』(光文社新書) など。
SAI YOICHI / 崔洋一
(さい・よういち)
1949年、長野県にて在日朝鮮人の父と日本人の母の間に生まれる。1968年、東京朝鮮中高級学校高級部卒業。東京綜合写真専門学校中退後、撮影助手をしていた友人の紹介で、今井正監督『婉という女』(’71年)の照明助手として映画界入り。
その後、大島渚監督『愛のコリーダ』(’76年)や村川透監督『最も危険な遊戯』(’78年)などの現場でチーフ助監督を務め、1983年、ベネチア国際映画祭にも出品された内田裕也主演『十階のモスキート』で劇場映画監督デビュー。翌年より『いつか誰かが殺される』など一連の角川映画を監督。また、テレビ映画を含む多数の映像作品のほか、松田優作がイメージキャラクターを務めた「焼酎貴族トライアングル」などTVCMの演出も手がけた。
1993年、『月はどっちに出ている』で報知映画賞や日刊スポーツ映画大賞など、53におよぶ映画賞を受賞し、一躍脚光を浴びる。1996年には韓国・延世大学に留学。帰国後に監督活動を再開し、ロカルノ映画祭国際シネクラブ賞を受賞した『豚の報い』(’99年)、ブルーリボン賞などを受賞した『刑務所の中』(’02年)など、話題作・意欲作を次々と発表し、高い評価を得る。
2004年にはビートたけし主演『血と骨』で日本アカデミー賞最優秀監督賞を含む数々の賞を受賞。同年からは日本映画監督協会理事長も務め、監督の著作権確立にも尽力した。
2022年1月、2019年より膀胱がんで闘病していたことを公表。その後も自身が監督した盟友・松田優作をめぐるドキュメンタリー映画と併走する形でのトークイベントや「DOMMUNE」での生配信など精力的に活動を続けたが、同年11月27日、逝去。