たとえば『ロード・オブ・ザ・リング』の指輪も似た力を、それは持つのかもしれない。しかしたったひとつしかなくそれゆえ無益な権力闘争を生む指輪と違い、ケーンは誰にも手にすることのできる楽器である。指輪が権力者のためにあるものだとしたら、ケーンは徹底して民の側にあるのだ。それは常に「民の力」を呼び覚ます。その音に載せて語られる「モーラム」は、どこにでもいるあなたや私の小さな物語を歌い、その積み重ねが大きな力を生み出す。「Power To The People」と、それは常に訴え続けるのだ。
VOL2では、前回話題となった音楽映画『花草女王』のモデルであるタイの人間国宝チャウィーワン・ダムヌーンが来日し、モーラムの特別レクチャーを。また最終日には若手ナンバー1ケーン奏者のポンサポーン・ウパニのケーンの音に乗せてチャウィーワン・ダムヌーンと同じく人間国宝のポー・サラートノーイが掛け合うモーラムに、日本唯一のピン・プラユック・バンドMONAURAL MINI PLUG、スリ・ヤムヒ・アンド・ザ・バビロン・バンド、そしてエマーソン北村が参加するスペシャルライヴを開催。 Soi48セレクトによる日本初公開作や前回上映のベストセレクションのイサーン映画と空族作品の爆音上映を関係者のトークと共に。
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爆音上映作品
2月21日(水) Soi48 DAY
『タクシードライバー』 The Citizen 1977年/タイ/124分/デジタル 監督・脚本・撮影:チャトリ・チャラーム・ユーコン 音楽:ピセッ・サンスワン 出演:ジャトゥポン・プーアピロム、ピンヨー・パーンヌイ、ウィヤダー・ウマーリン 提供:Five Star Production c Five Star Production Co., Ltd. プリンス・チャトリ監督は留学先のUCLAでフランシス・F・コッポラやロマン・ポランスキーらと共に映画を学んだタイ映画を代表する作家である。王族でもあった彼はそれまでのタイ映画にあまり見られなかった“社会派”の作品を次々に生み出した。本作『タクシードライバー』は、ベトナム戦争時に兵站としてイサーン各地に造られた米軍基地(そこからベトナム、ラオス、カンボジアに爆撃機が飛び立っていった)のGIに妻を奪われ、ひとりバンコクに出稼ぎに出たイサーンの若者が主人公だ。 中央タイ映画において初の試みといってよいイサーン語(ラオス語)を喋る主人公が登場したこの映画は公開時にはタイ語の字幕が付けられた。現在でも中央バンコクと地方イサーンでは厳然たる差別が存在する。スラムに響く故郷のケーンの音色の中で、人間の尊厳を奪われたひとりの男が立ち上がる。『ハーダー・ゼイ・カム』、スコセッシの『タクシードライバー』と時を同じくして。(相澤虎之助)
『バー21の天使』 The Angel of Bar 21 (1978年/タイ/135分/デジタル) 監督:ユッタナー・ムックダーサニット 脚本:パンテワノップ・テワクン 撮影:ソムチャイ・リーラーヌラック 音楽:タリーパン・テープシリ 出演:チャントラー・チャイナーム、スチャオ・ポンヴィライ 提供:Five Star Production c Five Star Production Co., Ltd. 『トーンパーン』『蝶と花』『ナンプーは死んだ』で有名なユッタナー・ムックダーサニット監督のデビュー作。ジャン=ポール・サルトルの「恭々しき娼婦」をベースに捉えた痛烈な体制批判を含んでいながら、ミュージカル・ナンバーを全編に散りばめるなど異色のタイ映画になっている。バンコクのパッポン通りを舞台に夜働く女とチンピラの交流を描きながら善と悪、正義とは何かを描く。スラサワディー賞で主演女優賞を受賞したチャントラー・チャイナームの演技にも注目。(宇都木景一)
『田舎の教師』 Khru Ban Nok (1978年/タイ/92分/デジタル) 監督:スラシー・パータム 脚本 セーンヤーヌパブ・サンカワニット、トッサポーン・ナーッカトン 撮影 ニワット・シンラパソムサック 音響 ポン・アシワグン 出演 ピヤ・トラクンラート、ワートナー・シッティウェー、ノッパドン・ドゥアンポーン 提供:Boonserm Kietmingmongkol c Boonserm Kietmingmongkol 『ルーク・メー・ムーン』やイサーンを題材にした映画を手がけているスラシー・パータム監督のデビュー作であり、1978年にロングランをした大ヒット。イサーンの小学校に派遣された青年教師が、農村社会の階級構造、役人の腐敗に出会う物語で『タクシードライバー』と並ぶタイを代表する社会派映画である。イサーンの厳しい自然環境、食生活、精霊信仰を映し、観る者に田舎の素晴らしさと過酷な一面を体験させてくれる。お笑いペット・ピン・トーン一座のノッパドン・ドゥアンポーンも出演。(宇都木景一) ※現存するマスター起因により上映素材の映像・音声の状態が悪くお見苦しいことを、予めご了承ください。
■2月22日(木) チャウィーワンDAY
『モンラック・メーナム・ムーン』 Mon Rak Maenam Moon 1977年/タイ/114分/デジタル 監督・脚本:ポンサック・チャンタルッカー 脚本:ニワット・シンパソッムサック 音楽:スリン・パクシリ 出演:ソンバット・メータニー、ナオワラット・ユックタナン、ノパドン・ドゥアンポーン 提供:Boonserm Kietmingmongkol c Boonserm Kietmingmongko 70年の伝説的音楽映画『モン・ラック・ルークトゥン』のヒットを受け制作された幻のイサーン映画。ウボンラチャタニーを流れるムー川を背景にイサーン人の生活を描く。ダオ・バンドン、テッポーン・ペットウボン、シープライ・チャイプラなどルークトゥン、モーラム歌手が大集合。イサーンのコメディー王ノパドン・ドゥアンポーン、電気ピンを発明したトーンサイ・タップタノンが所属するお笑い楽団ペットピントーンも映画に華を添える。イサーン音楽の重要人物であり作詞家でもあるポンサック・チャンタルッカーが監督となり、音楽プロデューサーのスリン・パクシリに「イサーン版『モン・ラック・ルークトゥン』を製作してくれ」と依頼。イサーン音楽界が総力をあげて製作した傑作音楽映画。(宇都木景一) ※現存するマスター起因により上映素材の映像・音声の状態が悪くお見苦しいことを、予めご了承ください。
『花草女王』 Rachinee Dok Ya 1986年/タイ/125分/デジタル 監督:スラシー・パータム 脚本:スパルーク・クライルーク 音楽:ポンサック・チャンタルッカー 出演:プロームポン・ノッパリ、チャウィーワン・ダムヌーン、トーンカム・ペンディー 提供:SF Cinema City c Suwat Thongrompo モーラム楽団をコンテストで優勝させるためにバンコクの青年とイサーン人達が知恵を絞り伝統音楽を進化させる音楽映画。社会派映画と異なりバンコクとイサーンの格差、都会と田舎の文化の違いを面白く軽快に描いている。『モンラック・メーナム・ムーン』で監督をつとめたポンサック・チャンタルッカーが音楽を監修し、臨場感あふれる当時のライブの様子、スタジオ風景が映っている。そして伝説のモーラム楽団、ランシマン楽団のチャウィーワーン・ダムヌーンとトーンカム・ペンディーがコンビで出演。バンコク青年にモーラムの基礎を教え込むために様々なモーラムの型を披露するシーンはこの映画の見所だろう。製作された86年から現在に至るまでイサーンの野外映画やお祭りで上映され、娯楽を愛すイサーンの心をつかんだ人気作。単純で解りやすいストーリーは心地よさ200%。(宇都木景一) ※ 現存するマスター起因により上映素材の映像・音声の状態が悪くお見苦しいことを、予めご了承ください。
■2月23日(金) 空族DAY
『トーンパーン』 Tongpan 1976年/タイ/63分/デジタル 監督:ユッタナー・ムックダーサニット、スラチャイ・ジャンティマートン、ラッサミー・パオルアントーン、パイジョン・ライサグン 脚本:カッムシン・シーノック、ウィッタヤーゴーン・シアングーン、パイジョン・ライサグン、マイク・モーロー 撮影:フランク・グリーン 音楽:スラチャイ・ジャンティマートン 出演:オンアット・マニーワン、ポッムホーム・ピラーソッムバット、スラチャイ・ジャンティマートン 提供:Multimedia Thailand c The Isan Film Group 1976年制作、イサーン人農夫の生活と苦悩を描いた社会派映画。75年に実際に問題となったルーイ県のダム建設問題を題材に白黒16mmで撮影。主人公のトーンパーンは妻と2人の息子がおり、生きるために農作業だけでなくムエタイの試合に出場したり、サムロー(人力三輪車)の運転手をしていたりする。ただでさえお金がないのにもかかわらずダム建設で人生が一変する。民主化運動が高まり、共産主義者が隠れることとなったイサーンが舞台のために当時タイ政府から上映が禁止になったという幻の問題作。しかし海外では、その心に迫る生々しい映像から高評価を得てアジアン・アメリカ・インターナショナル・フィルム・フェスティバルでオスカーを受賞。その後『蝶と花』、『メナムの残照』を残しタイ映画の巨匠となったユッタナー・ムックダーサニットの貴重な初期作でもある。(宇都木景一) ※現存するマスター起因により上映素材の映像・音声の状態が悪くお見苦しいことを、予めご了承ください。
『映画 潜行一千里』 2017/日本/122分/デジタル 監督:向山正洋 撮影:スタジオ石(向山正洋、古屋卓麿) 音楽:DJ KENSEI 整音:山﨑巌 出演:スベンジャ・ポンコン、富田克也、相澤虎之助、川瀬陽太ほか 製作:山口情報芸術センター[YCAM] 企画・配給・提供:空族 c Yamaguchi Center for Arts 映像集団空族が構想10年をかけて制作した映画『バンコクナイツ』の知られざる核心に迫ったメイキング・ドキュメンタリー。タイ・ラオスを縦断した一千里、約4000キロのオールロケ。旅を続けながら映画を撮り、次第に映画そのものが旅となってゆく。回り続けるキャメラは必然的に東南アジアの戦争の歴史を浮き彫りにし、そこで生きる人々の抵抗の輝きを映し出す。現地の人々が役者として出演し、さらにはスタッフとして一緒に仲間になって一本の映画を生み出す空族の制作スタイルも垣間見えてくる。監督はヒップホップクルー「stillichimiya」の映像ユニット”スタジオ石”の向山正洋。向山は“スタジオ石”として『バンコクナイツ』の撮影を進める傍ら撮影風景の裏側も記録に収め、100時間を越える映像を基に構成された本作は、空族についてのドキュメンタリーでもある。
ポー・サラートノーイ PO CHALATNOI 1947年生まれ。ウボンラーチャターニー県出身の男性モーラム歌手。トーンカム・ペンディーに師事しアンカナーン・クンチャイと共にウボン・パタナー楽団で活躍。その色気のある喉は唯一無二の存在感を放つ。ケーン・ダーラオ亡き今、残された最後の大物男性モーラム歌手として日々ライブ、後進の育成に取り組んでいる。今回チャウィーワンとの男女対での人間国宝モーラム同士の掛け合いは要注目。
MONAURAL MINI PLUG タイの人気ピン奏者テック・ラムプルーンから学んだ日本唯一のピン・プラユック・バンド。電気ピン奏者、真保信得とパーカッション冨樫央を中心に5人で作り出すグルーブはまさに現地そのもの。さらに、ケーン奏者、牛田歩が加入し、現座進行形で発展中。都内の公園、路上、ライブハウスで活動中。 https://monaural-mini-plug.jimdo.com/
Suri Yamuhi And The Babylon Band スリ・ヤムヒ・アンド・ザ・バビロン・バンド 映画『バビロン2-THE OZAWA-』(監督:相澤虎之助/2012年)のサウンドトラック製作のために結成。映画の主題のひとつでもあるベトナム戦争当時の前線で聞かれた60年代のロック・ポップスを研究し、それらへのオマージュを捧げるアルバム『Exile of Babylon』を2012年にリリース。その後スリヤムヒのボーカルを主軸に据えて、スリ・ヤムヒ・アンド・ザ・バビロン・バンドとして、日本語による新しいロックを探求し、アルバム『Suri Yamuhi』を2014年に発表。『バンコクナイツ』にも楽曲を提供している。 http://suriyamuhi.com/