原田和典のJAZZ徒然草 第54回

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2010.02.26

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大ベテラン・ミュージシャンの気迫が、ニューヨークの吹雪を吹き飛ばしたぜ
地球温暖化という現象があるとわかってはいても、こうも寒い日が続くと「本当なのか」と少しは疑いたくなろうというものだ。「温暖化」ではなくて、「激しく暑い地域と激しく寒い地域の差」が以前より派手に開いているだけなのではないか、とも感じられる今日この頃である。収入や地位だけではなく、気候においても世界は格差に彩られているのか。
日本も寒いがニューヨークはもっと寒かった。手加減のない冷え込みが、耳あて、コート、マフラー、手袋、モモヒキ、毛糸の靴下の間をぬって身体を突き刺す。気がつくと鼻水はツララのように垂れ、つま先の神経はどこかへ行ってしまっている。が、それでも人々は街に繰り出す。
僕が行った2月のニューヨークは一種のオヤジ・ロック・ウィークだった。「タウン・ホール」ではイエスのコンサートが、「B.B.キング・ブルース・クラブ&グリル」(237 West 42 St。以下B.B.’sと略)ではキンクスのデイヴ・デイヴィーズのソロ・ライヴが告知されていた。が、デイヴの公演はキャンセルとなり、イエスにはグループの顔というべきジョン・アンダーソンが参加しないので見に行かなかった。けっきょく、僕が浴びたオヤジ・ロックは2月9日、「B.B.’s」でのジョン・メイオールだけである。
エリック・クラプトンピーター・グリーンミック・テイラーを見出した嗅覚の持ち主”、“ブリティッシュ・ブルース・ロックのボス”、“ギャズ・メイオールの父”など、ジョン・メイオールにまつわる話題は事欠かない。ジャズ・ファンにはトランペット奏者ブルー・ミッチェルとの交流も知られていることだろう(ミッチェルの『グラフィティ・ブルース』、メイオールの『ジャズ・ブルース・フュージョン』等)。なお後者にはフレディ・ロビンソン(ギター)やビリー・ミッチェル(テナー・サックス)も入っている。
定刻ぴったりにメイオールは「B.B.’s」のステージにあらわれた。ガッシリした体格(190センチはあろう)、確かな歩き方はとても今年78歳とは思えない。僭越だが僕は彼のハーモニカは別として、歌もギターも鍵盤も「うわあ!うまいなあ!!」と思ったことはない。ではなぜ聴きに行くのかというと、「音楽への愛」、これに尽きる。50年以上もプロのミュージシャンとして世界中でプレイしているにもかかわらず、なんというか、「音楽大好き人間」のまま年をとってしまった、そんな雰囲気にたまらなく親しみを覚えるのだ。レパートリーはシャッフル・ブルース、ファンク・ブルース、スロー・ブルース。新作『Tough』からのナンバーも3、4曲やったか。十八番の「シカゴ・ライン」、「テン・イヤーズ・アー・ゴーン」あたりでは前列の観客のほとんどが合唱していた。曲によってキーボード奏者がむちゃくちゃジャズ風なアドリブをとるのでオヤと見たらトム・カニングが弾いているではないか。アル・ジャロウヴァン・モリソンと共演、80年代後半のウェイン・ショーター・グループにもいた凄腕のプレイヤーである。
ジョン・メイオール・バンド
ライヴが終わって外に出ると、天気予報どおり雪が降り始めていた。すぐにやむだろうとタカを括ったのが大間違い、雪の量はどんどん増えてアスファルトを白く染めてゆく。吹雪だ。「B.B.’s」から5分も歩けば「バードランド」(315 West 44th St)に着く。次はここでフレディ・レッド82歳のステージを聴くのだ。彼は2008年、約15年ぶりにジャズ・シーンに戻ってきた。バド・パウエルチャーリー・パーカーのいた時代のジャズを身体で知る、正真正銘の生き残りだ。
私 あなたの『ミュージック・フロム・ザ・コネクション』や『シェイズ・オブ・レッド』は日本でとても人気があります。今回の活動再開を、多くのファンが喜んでいますよ。
レッド それは嬉しいね。日本のファンにぜひハローと伝えてほしい。私は日本で演奏したことがないからね。兵役で朝鮮にいたとき(1950年代初頭)、立ち寄ったことはあるけれど。
私 ハンプトン・ホーズは当時、日本に駐留していたんですよ。
レッド その話は聞いたことがあるけれど、軍隊で一緒になったことはないね。ハンプとはロサンゼルスで会ったね。
私 アップル・レコーズから出たジェームズ・テイラーのアルバムにフレディ・レッドというオルガン奏者が参加していますが、あれはあなたですか?
レッド 間違いなく私だよ。私はニューヨークで、ある写真家・・・もう名前は忘れてしまったが、ローリング・ストーンズ等を撮っていた・・・と知り合った。彼はロンドンに戻り、私も別件でロンドンに滞在していた。そのときにレコーディングの依頼があったのかな。もう記憶が定かじゃないけれど、スタジオに出かけると、「ピアノじゃないんですけど、いいですか?」と聞かれたこと、「オーケー」と答えてオルガンを弾いたことは覚えているね。キャロライナという曲だろ?(「キャロライナ・イン・マイ・マインド」)
私 あなたの新しいアルバムは、マイルストーン盤『エヴリバディ・ラヴズ・ア・ウィナー』、トリロカ盤『ライヴ・アット・ザ・スタジオ・グリル』以来、約20年間出ていません。先日、活動を再開されるまで何をしていたんですか?
レッド これは答えにくい質問だな。たくさんのプロブレムに見舞われた、というしかないだろうね。音楽を断念した時期もあったよ。だけど今の私は、とにかくプレイしたい。音楽に集中できるようになったことが嬉しいよ。
フレディ・レッド
この日の共演メンバーは、ジョン・モスカ(トロンボーン)、クリス・バイアーズ(アルト・サックス)、ブラッド・リンディ(テナー・サックス)、アリ・ローランド(ベース)、ステファン・シャッツ(ドラムス)。モスカのみベテランといっていいだろうが、それでもレッドよりは2,3世代は若い。
『サンフランシスコ組曲』からの「ニカ・ステップス・アウト」で始まり、『~コネクション』から「タイム・トゥ・スマイル」、『シェイズ~』から「メラニー」、「シャドウズ」、ピアノ・トリオで「アイル・リメンバー・エイプリル」などが繰り広げられたステージは、“父親と孫たち”というべきもの。レッドのピアノ・プレイは年相応に枯れてはいるが、もともと超絶技巧を売りにするタイプではないので晩年のオスカー・ピーターソンフィニアス・ニューボーンJr.ほど悲惨ではない。しかし、アレンジはもうちょっとどうにかならなかったものだろうか。何曲も4バース(ドラマーと他の楽器奏者が4小節ごとにソロの交換をおこなう)が挿入されるのにはゲップが出る気分にさせられたし、全曲でベースの弓弾きソロが入るのにも閉口させられた。長いベース・ソロやドラム・ソロがジャズを面白くしたためしはない。サックス奏者のふたりも、1960年当時のレコーディングに参加していたジャッキー・マクリーンティナ・ブルックスよりよほど技術的には上なのだろうが、キャラクターが立っていないのがいかんせんともしがたい。あの魅力的なレッド・メロディを、テストの答えあわせのように演奏されてもちっとも熱くなれない。僕にとってこのセッションは親方のピアノに尽きた。
ヘンリー・スレッギル
翌々日は「ジャズ・ギャラリー」(290 Hudson St (between Dominick and Spring St))でヘンリー・スレッギルの“ズーイド”を聴いた(本人に発音を確認したところ、「スレッジル」より「スレッギル」、「ズォイド」より「ズーイド」が実際に近いことがわかった)。最新作『This Brings Us To, Vol. 1』の発売記念ライヴ、ということである。スレッギルも日本で演奏したことはない。しかし彼の名はジャズ・ファン以外の日本人にも知られていることだろう。『Too Much Sugar for a Dime』というアルバムに、大竹伸朗のオブジェが使われているからだ。このジャケットはスレッギルにとってもフェイヴァリットのひとつだという。「あのオブジェが使われたのはレーベル側のアイデアなんだけど、一目で気に入った。いつかこのアーティスト(大竹)に会いたいと思っているんだが、まだチャンスがないのが残念だね」。
この日のズーイドの構成員は、ホセ・ダヴィラ(チューバ、トロンボーン)、リバティ・エルマン(ガット・ギターの穴にピックアップをつける)、ツトム・タケイシ(アコースティック・ベース・ギター)、クリストファー・ホフマン(チェロ)、エリオット・ウンベルト・カヴィー(ドラムス)、そしてスレッギルのアルト・サックス&フルート。室内楽的ポリリズムといえばいいのだろうか、いくつもの旋律やリズムがそっと重なり合う、繊細このうえない演奏が約1時間にわたって続いた。スレッギルはパートによってはまったく吹かない。しかし目はずっと譜面を追っている。いや、誰もが譜面から目を離さない。CDにこめられた密度も尋常ではなかったが、ライヴで聴くと、彼らがいかにものすごい集中力で音楽に取り組んでいるかということが改めてわかる。おそろしくなるほどのコンセントレイション。凡庸なミュージシャンなら5分でへこたれるのではないか。
“ヴェリー・ヴェリー・サーカス”や“メイキン・ア・ムーヴ”では怒涛の吹きまくりを聴かせてくれるスレッギルだが、この日はズーイドということもあってか、空間と対話するようなプレイが中心。しかし表情を見れば渾身の力で楽器を鳴らしていることがわかる。自己のソロ・パートを終えた彼は120%全力疾走、という印象すらした。たしかにあれほど密度の濃いフレーズを、あれほど実のつまった音で吹くのは重労働だろう。客席後部ではトランペット奏者ジョナサン・フィンレイソン(スティーヴ・コールマンのファイヴ・エレメンツのメンバー)が、ため息交じりでスレッギルの音世界に身体を揺らしていた。

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