<緊急独自インタビュー>『ヴィーナスレコード』25周年記念限定生産BOX SET発売記念!! ヴィーナスレコード代表・原哲夫さんインタビュー!!!

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2017.11.24

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ディスクユニオン・ジャズオンライン独自インタビュー!
ここでしか読めない貴重なインタビューです!


2017年のオーディオ・ファン必須、重要商品!!!
『ヴィーナスレコード25周年記念限定生産BOX SET』発売記念として、ヴィーナスレコード代表の原哲夫さんに、緊急直撃インタビューいたしました!


創立25周年迎えた、日本のジャズを支えた老舗レーベルの代表だからこその想い、
原さんご自身の音楽体験、過去にご勤務されていたレコード会社での現場での制作秘話など、盛りだくさんなお話を伺うことができました。
ヴィーナスレコードファンのかた、そして今回リリースのBOX SETにご興味をおもちのかた、必見のインタビューです。




原 哲夫 氏
(ヴィーナスレコード 代表)

★熱烈なヴィーナスレコードのファン(評論家・山口孝氏)が背中を押してくれた

―本商品の特徴、アピールしたい点を教えてください。

そもそも、25周年ということです。ヴィーナスレコード設立25周年、やるとしたら「ジャズパースペクティブ」で、と山本隆編集長に話をしていました。そして特集にするのなら、オーディオ評論家の山口孝さんに50枚のアルバムを選んでもらおうとしたのですが、いろいろと事情があり「それでは25周年だから25枚」ということになりました。そして、「あとの25枚はジャズ評論家の岡崎さんに25枚選んでもらいましょう」となり、そして『ジャズパースペクティブ』の山本編集長のアイデアでいろいろなページが出来上がっていきました。
そうこうするうちに、山口さんが「この25枚のアルバム、ボックスセットで、UHQ—CDで出したほうがいいよ」と言ってくれた。それでやってみようと思いました。だから、山口さんの熱意や思いも、もとになっています。そして「ジャズパースペクティブ」での特集ページも山本編集長がやっていただけるということで今回の25周年商品の話になりました。そしてせっかくだから25枚選んでボックスセットにして、CDではなくてUHQ-CDにしましょうと話が進みました。

―ひとりのヴィーナスファンが、ここまで原さんを突き動かしたという、何か大きなきっかけはあるのでしょうか?

山口さんは写真もお上手で(※注・オーディオ評論家の山口孝さんはカメラマンでもあります)、たまたま見た写真を(ジャケットに)使いたいなってコンタクトをとったことからの始まりだったんだけど、やっぱり彼の感性は普通のジャズ評論家の方々の持っているジャズに対する感覚とは違って、頭ではなくてもっとハートで聴いてるなって思った。そして文章が何よりも文学的だった。自分の作品をこんなふうに興味を持ってもらって、僕にもわからなかったことを書いてくれた。そういう点を尊敬していました。だから、「(ボックス)出したほうがいいよ。UHQ-CD、すごいよ」「わかった」(笑)で・・・。

実際、UHQ-CDにしてマスターとCDと3本聴いて、マスターにはかなわないけども、それにかなり近い線でUHQ-CDの音がいいんじゃないか。逆に低域の方の音が少し甘いかも知れないけれど、高域になるとボクが考えているものとは違ったような感じの高域、キレイな高域が現れるし、まぁそれはそれでオーディオ的には面白いと思った。今までSACDをリリースしてたんだけど、それもこれも山口さんに言われて作ったんだけれども、普通のCDにくらべるとSACDはファンタジーというのかな、それはそれで素晴らしいサウンド。だからCDの16ビット44.1kHzのフォーマットで考えれば、CDよりもUHQ-CDのほうがベストかな? っていうことで。

―再生プレイヤーを選らばず聴ける、というのはいいですね!

SACDの場合、ボクの場合、シングルレイヤーなので専用プレイヤー、持ってないと(聴けない)ね。

―ダブルレイヤーだとやっぱり音質が・・・

そうそう、ソニーの担当者のかたから「正直、音質にこだわるヴィーナスさんだからこそハイブリッドだとCDのほうがあまりよくない」といわれて、おすすめできないと言われUHQCDに落ち着きました。……で、もしボクがやるんだったらなかなか正直言って25枚は選べないね。やっぱりこの場合、信頼している人に選んでもらったほうがいいと思い、山口さんに頼みました。逆にボクからするとサプライズ。こういうの選ぶのかって逆に楽しくてね。自分では選べない。そういう楽しさを選んだから、よかった。


―ヴィーナスレコードを1992年に設立された時のきっかけ、ご苦労は? またジャズに初めてふれたのはいつごろだったのか、ジャズにまつわる思い出を教えていただけますか?

家には昔、両親が聞いていたSP盤がたくさんあって、タンゴとかジャズのスタンダード、ダンス・バンドのようなものを聴いていて、小学校、中学校の頃ぐらいはラテン音楽とかアルゼンチンタンゴとか、コンチネンタルタンゴとか好きでした。ラテンなんか聴いてると、いろいろラテン・パーカッションなどが出てくるでしょ? パーカッション、かっこいいな、と思って。でもパーカッションだったらアフリカのリズムのほうも面白いんじゃないかと思って、中学から高校にかけてレコード屋さんに行って、アフリカのそういったものないかな?と探していたら、『アフリカ』っていうアルバムがあった。だから買ってみようと。そしたら、それはアフリカの土着の音とかじゃなくて、なんとジョン・コルトレーンの『アフリカ』だったの(笑)。それでジャズ、かっこいいなぁ!と。

だからアート・ブレイキーとか今思い出すとちょっとわかんないんだけども来日したときには面白いとは思ったけど、「モーニン」とか「ファンキー・ジャズ」とかよりもコルトレーンの『アフリカ』がいいと思った。だから、それに参加しているエリック・ドルフィーをその延長で聴いたり、そしてまた、マル・ウォルドロンを発見して、そのレコード買ってきいていたりしていました。結局、ボクの持っているのはインパルスとかESPとかアトランティックとか、そういうアルバムで。

今考えると恥ずかしくて言えないけれど、ブルーノートはあまり聴いてませんでしたね。エリック・ドルフィーの『Out To Lunch!』は唯一のブルーノート盤。この十年、二十年ぐらいでブルーノートとか、そういうのを聴きだしました。ビル・エヴァンスとかね。だからコルトレーン聴いていたときには、マイルスと一緒に演奏してる“ラウンド・ミッドナイト”、あれ、評論家の皆さんがコルトレーンよくないって言ってたけど、ボクはやっぱりコルトレーンのほうがかっこいいと思って聴いていました。エヴァンスもちょっとかったるいなぁ、とか。でもコルトレーンでもバラードはかったるいと思ったけどね。でもこの十年、二十年たってくるとブルーノートも聴くし、エヴァンスも聴くし、まぁ好みが変わったっていうかモダンジャズがわかったのかな、と思います。ESPっていうと、やっぱりアルバート・アイラー、ドナルド・アイラー、サンラ!

―今、作られているイメージと全く違いますね!

・・・と思うんだけど、ボクからするとみんな同じだよね。だからアルバート・アイラーもコルトレーンもエヴァンスもヒンギズもみんな同じ、ジャズとして形態は違うけど同時に楽しむことができていると思います。

―さっきおっしゃられていたアフリカのリズムからアイラーってかなり崩れたところに行っている感じじゃないですか? 結構すんなり入ってきたという感じですか?

もう全然、結構すんなりと(入りました)。・・・だから『ゴースト』っていうのを買ったとき、何でこんなかったるいサマータイムなんて入ってんだ!! なんていう。その時はそういった人間でしたね。今だったらアルバート・アイラーもコルトレーンもスタンダードやってよ、っていえるんだけど当時はね、全く逆だった。だから『スピリチュアル・ユニティ』は一番。タウンホール・コンサートのオーネット・コールマン最高!

―コルトレーンがらみで、ファラオ・サンダース?

コルトレーンとファラオ、『メディテーションズ』とか『クルセ・ママ』。こう言うエモーショナルなのが好きですね。

―ボクもファラオやコルトレーンが好きなんで。意外というか(笑)字面ではフリージャズをお好きだっていうのが知識としてはあったのですが。逆にヨーロッパのフリージャズとか。ディレク・ビーニングとか。そういうものにはあまり興味は?

まぁESPを聴いてたからね。ESPだけではなかったけどもやっぱりアメリカの? 何ていうかな・・・エモーショナルな感じ。いいよね。ヨーロッパのほうはもうちょっと現代音楽的に結構完成されて美しいけれど、アイラーなんかはねもう自分の気持ちをどーんと出してね、そういうエモーショナルなやつ、文学的なものが好き。


―今回のインタビューで原さんという人物をフィーチャしつつ、ヴィーナスレコードというものを紹介できればいいなと思いまして。

まぁアイラーとかコルトレーンが好きで、今のヴィーナスのラインナップとはみんな違うんじゃないか?って思うかもしれないけど、だんだん聴いているうちにボクの気持ちの中ではエモーショナルの度合いが違うけれども、みんなそうやって個人の音楽だと思うからね。みんな「好き」で聴いていますからね。


★日本ビクター・レコード時代は、デヴィッド・ボウイやAORも担当!! そして、アルファレコード時代にジャズを担当!

―原さんのお若いころだと、1970年代の日本のフリージャズは?

ボクはコルトレーンまでは聴いてるんだよね。死んだ後はジャズはあまり聴かなくなりました。フュージョンとか、マイルスのフュージョンとかジャズロックとかはあまり興味なかった。その代わり、70年代だったらキング・クリムゾンとかプログレのほうが全然オモシロかったからね。そっちのほうを聴いてた。

そのうち、72、3年かな、日本ビクターに入社してRCAレーベルに配属されて、洋楽担当するようになった。そこで宣伝など担当し、その後、編成に移ってデヴィッド・ボウイとかホール&オーツとか、アメリカのロックを担当するようになりました。その当時は結構苦労したね。やっぱりあれだけのアーティストなんだけどワーナーや東芝に比べると、やっぱりハードロックとかヘビメタとかあんまりないから。(当時の)世の中、やっぱりハードロック一辺倒だから。ボウイはハードロックじゃないし、結構プロモーションは大変でしたね。

―でも今でこそ、デヴィッド・ボウイとなるとホントにすごいですね。じゃあ原さんが盛り上げて・・・

彼はRCAを離れて、ヴァージンかどっかに移ったのかな? そして映画『戦場のメリー・クリスマス』に出演して急激に人気が出ましたね。この時代の『ジギー・スターダスト』とか『アラジン・セイン』とか、好きな人はまだまだいるんだけど、まだ一般までは浸透していかなかった時代ですね。

―昔から大御所のイメージがありましたが・・・

プロモートしたからね。でもやっぱりラジオの時代。グランドファンクとか、ディープパープルとかオンエアー回数では負けちゃうよね。・・・で、だんだんそのうち、結局RCAでデヴィッド・ボウイやいろいろ売れたけど一番かっこいいなと思ったのが、「エアプレイ」というバンド。これはすごいと思ってそれも一生懸命プロモーションしたけどもまぁまぁ売れた。

当時はそれと売れていたバンドは「TOTO」。TOTOのほうがもう少しハードロック。エアプレイはもう少し歌もの的って感じでね。日本のニューミュージックシンガーソングライターとかアレンジャーとかいろいろなところで影響を与えたみたいですね。それでそうこうしているうちに今度はAORマニアになっちゃった。RCAレーベルには結構あったから、AORをいっぱい出しました。

―AORというと80年代?

そうですね。AORはたくさん聴いたね。自分の担当だけでなく、他の会社のもワーナーとかね。

―原さんのおすすめAOR三選とか四選とか? いかがでしょう?

なんだろうね(笑)いっぱいあるね。カーラ・ボノフとか。フィリス・ハイマンとか女性ヴォーカルだとね。男性だと、ボズ・スキャッグス。これが好きでね。

―なるほど! フリー・ジャズからAORまで何でもいかれた、ということで。

あと半分はクラシックがすきですね。

―え!

今まで一番時間的に聴いたのはクラシックかもしれない。バッハの『フーガの技法』から始まってね。バッハ、モーツアルトね。マーラー、スクリャービンとかずっと。カール・オルフの『カルミナ・ブラーナ』はすごいね。

―クラシックも学生の頃からずっと・・・

好きで聴いてましたね。だからクラシックをジャズでやってるアルバム、作ってるじゃない?

―ええ、そういういきさつを聞くと、またカタログを見る眼が変わりますねぇ。にやっとするものも・・・。そして70年代、80年代ときて、92年にヴィーナスレコードを設立・・・

RCA時代にジャズを担当していた木全さんという上司がいて、彼が「アルファレコードへ行くからそこでジャズをやるからお前も来い」という・・・。センパイだったから。そこで3年ぐらいやったかな。制作して宣伝してジャケットも作って。ほとんど自分でやりました。販売だけはできないから自分の好きなもの作るんだったらこれでやっていこうと。

そして(アルファをやめる)その時にアルファでやっていた「バルネ・ウランとかお前にやるから持っていけ」と。ボクは突っ張って「バルネ・ウランは貰いますよ、でもヨーロピアン・ジャズ・トリオは置いて行きます」と。初代のヨーロピアン・ジャズ・トリオはボクが録音をやっていました。木全さんはネーミングつけるのがうまいから、ヨーロピアン・ジャズ・トリオ? 何だ、ボクからすると当時はイマイチだなぁって(笑)思った。それで自分の好きなファラオ・サンダースのレコーディングをして・・・・・・。

―じゃあ、ヴィーナスレコードとしてはじめてレコーディングしたのは?

翌年の1993年発売のファラオ・サンダースの2枚組からですね。これはずっと作りたかった。アルファのときも『ウェルカム・トゥ・ラブ』っていうのを1枚作った。ジャケットはルドンの絵。あれはフランスへ行って、フランスのツアーをしているときに作った。だから当時はファラオ、マリオン・ブラウンとかESPの残りみたいな人のをね。

―また、そういうとこに戻ってくる、みたいな(笑)

そうだね。それをやっているときにサニーサイドと契約して何枚か出して、その時にエディ・ヒギンスのアルバムを発見しました。それが素晴らしい!と。それが気に入ってエディ・ヒギンスが頭の中にあったの。レコーディングしたいと思ったときあまり日本でレコーディングするには彼は興味なかったみたいでしたね。

でも作ることになって、日本語で『魅せられし心』ってタイトルで(作った)。そしたらあれが爆発的に売れて。日本もジャズのピアノトリオブームになっちゃって。『魅せられし心』は累計で8万から9万ぐらい売れていますね。

―そんなに売れたんですか!

うん。それでスコット・ハミルトンとやったのも売れて。そこでボクの好きな前衛っぽいのがなくなってきてこういうのもいいなぁって思ってきましたね、スタンダードもやってみようと。やっぱりオリジナルで作るとすぐにはいいオリジナルはなかなか作れないから。1年かかって作るより、いいスタンダードを素材にやって早く聴きたほうがいいかなって。

―じゃあ、完全にディレクション、プロデュースを。

それが一番楽しみだよね。スタジオに行って作るのがね。
ところでRCA時代のロックを担当したとき、一つ失敗があって。もったいなかったなぁって思うのが、80年代のJAPANっていうバンド。デビッド・ボウイは好きなんだけど、JAPANは全然タッチしないで(売り込みがあっても)蹴っちゃったの。そしたら他社で売れちゃってね。くやしかった!(苦笑)

―あのビジュアル系の?

JAPANなんてつけてね、何だ? って思ってたら売れちゃったね。

―80年代にデヴィット・シルビアンが宝島の表紙になったりして、当時の女子高生には人気でした。

そうそう。ルックス的にもね。サウンドなんかはボクからすれば何なんだ? って思ってたけど、ビジュアルだよね。・・・それが唯一、ロック担当している頃の心残りですね。

―話は変わりますが、ヴィーナスレコードを設立した1992年頃は、ジャズの立ち位置はどうだったんでしょうか? 売れ行きが伸び悩んだとか?

いや、まだ売れていた。アルファのときのケニュー・ドリューとか、ハンク・ジョンズとかまだまだ売れていたよ。『スウィング・ジャーナル』という雑誌でゴールドディスク賞をもらえたら、軽く1万はすぐ売れちゃう時代でしたね。ホントにダメになったのは何だろうね。リーマンショックあたりからかな。パソコンで全部聴ける時代になって、CDやLP買わなくなっちゃった。

いまもそうだけどもCDなんか無くなっちゃうんじゃないかってねって感じる。でもそういうふうになると、カセットやレコードとかを聴きたいって、若い人が言ってきてるから、これからどうなるかね。

 ―いま、レコードストアディとかレコードにフィーチャーしたイベントをアメリカ主導でやっていますが、カセットストアディなんかもやっていますね。

カセットテープなんか全部捨てちゃった。もうCDの時代になってね、レコードやら何やら捨てちゃったよ。

―80年代から90年代にかけて、フュージョンがすごく流れていたイメージがあります。

その中でも普通のジャズも売れていました。80年代にケニュー・ドリュートリオが来ればホールは結構満員になるし、まだまだ売れてたよね。

―そのような時代に、ヴィーナスレコードを設立されたと・・・

ボクはね、あまりジャズについてはみんなが言うように、ジャズは終わったとか思ってなかったんだけど、それは日本の評論家先生たちが「ジャズは終わった」とかさ。それでダメになったと思う。何で終わりなのか、ボクにはわからないよね。

―結構調べてみると、80年代から90年代にかけて「ジャズは終わった」という表現はありました。

ありましたね。


★ヴィーナスレコードだからこそ、美麗ジャケットのこだわり

―では話題変わりまして、女性とジャズについて。ヴィーナスレコードのカタログを拝見したときに、やはり女性のきれいなジャケットが目立っていて、自分もジャケ買いしてしまうんですが、ヴィーナスさんのはジャケットがとても美しいと。どのようなこだわりがありますか?

それはありがたいですね。しかし、ジャズマニアのかたからは「あれは何なんだ」って顰蹙買ってるね。「何でアーティストの写真が載らないのか?」って。「だからボクは買わないよ」って。

―たしかにロックのレコードになると、どーんとアーティストが前面にジャケットに写っていますね。ジャズは割と、モデルの女性が写ってる作品が多いかもしれません。

でも昔からジャズはそういうの(女性モデルを起用した作品)いっぱいあったよね。ヌードだってあったし。そういうのジャズファンはコレクションするのにね。ヴィーナスがそういうのを作ると、顰蹙買ってね。バッシングされました。女性の方は素敵、って買ってくださる。・・・そういうことで他社も女性を使ってマーケティングっぽく、やりはじめたよね。

―ジャズというと、ジャケットにプレイヤーのおじさまがたが写っているという作品が多く、なんだかなぁと私も思っていたときにヴィーナス・レコードの商品を目にして、いいなぁと思いました。

よかったよかった(笑)

―ぜひ、今回の商品も女性に向けて、という感じでお願いいたします!

そうですね。それは考えています。

―ワインでおなじみのエノテカでヴィーナスのコンピレーションを以前、販売していたと知りました。やはり女性がワインを飲むときのBGMということで。

ええ、あれはエノテカの女性スタッフが全部原稿書いてくれてね。

―今回のボックスもスタンダードが多いので、私の女性の友達などがよく言っているような「ジャズは男性の世界」「敷居が高い」という感覚がなくなるのでは? と思います。そういう女性たちにおすすめしたい感じですね。外箱もワインが入っている化粧箱みたいでキレイですね!

広告やプロモーションするんだったら、やっぱり女性誌かなと思いますね。今回こういうセットもの作って面白かったので、また違ったセットものを作りたいと思っています。木に漆を塗って、とか(笑)。どんどん箱物がエスカレートしていきそうですね。

―オーディオのファンのかたにもおすすめしたいですね。やはりオーディオファンのかたもヴィーナスレコードファンが多いのでしょうか?  弊社のオーディオ・ユニオンでも今回の商品の販促を予定しております。

(オーディオファンが多いということについて)そうね、よくわからないけど女性ジャケファンと半々ぐらいだと思いますよ。そういう話はよく聞きます。

―あと気になっていたのは、原さんがディレクションされているジャケットの件ですが、アーティストから「このジャケットはちょっと・・・」とか揉めたことはありますか?

「何かイマイチだね」とかそういうのはあるね。でも揉めたことはないですね。

―基本的には原さんが納得したものがすべて・・・

そうですね。「いやだな」って思っている人もいるかもしれないけど、特にエスカレートしたやつね。イリナ・イオネスコっていう人の写真を使うともうもろ裸で・・・。マジメなジャズの人は驚くよね。聞いたところによると、一番驚いたのは、チャールズ・マクファーソン(のアルバムのジャケット)。

・・・と、ここからは様々な海外の写真家の作品集を見てのやりとりが続きました。特にジャンルー・シーフーの作品集はモノクロームのエッジが効いた、クールな作風で印象に残りました。また別の作家の作品集では、やはりモノクロームの大胆な女性のヌードも衝撃でした。

―え? こういうものも? 結構大胆ですね!!

ボクから見ればアーティスティックだからね。(イリナ・イオネスコの写真を見せて)ほら、コレなんか娘とお母さんとでトラブっちゃってなかなか使えなくなっちゃって。・・・これは、女優のシルヴィア・クリステルとか。こういうのはどんどん使いたかったんだけど使えなかった。ヌードは家では妻と娘には評判悪くてね(笑)

・・・といった、ジャケットの写真選びのご苦労や、原さんのジャケットワークへのこだわりがしっかりと見えたひとときでした。
そして最後に、こちらからサンプルを聴いた感想をお伝えすると、CDへのしっかりとしたこだわりのお言葉を、和やかな笑顔とともにいただきました。

―サンプルを聴かせていただきましたが、ジャッキー・テラソンが特によかったです。なんだかドキドキしました! CDでも音が全身を囲い込む感じで、UHQCDのすごさを感じました!

ありがとうございます。UHQCDの音は、やはりまた違った魅力があり、音自身もとてもよいものですよ。

(2017年11月16日 12時より ヴィーナス・レコード様オフィスにて取材。
聞き手/ディスクユニオン営業部・真鍋、赤田)

※UHQ-CD25枚+特典UHQ-CD1枚 / 250 セット完全限定生産/シリアルナンバー入 / 監修/ライナーノーツ:山口 孝
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オーディオ/ジャズ評論家 山口孝氏がセレクトした25作品がUHQ-CDに
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V.A.(VENUS RECORDS) オムニバス(ヴィーナス・レコード)
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