原田和典のJAZZ徒然草 第42回

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2009.02.17

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アンブローズ・アキンムシーレの炎のトランペットが、忍び寄る寒波を吹き飛ばしたぜ

フレディ・ハバードが亡くなった。
昨年末のことである。唇を傷めて20年近く思うように吹奏できなかったことは知っていたが、いざ彼の訃報に接すると、‘巨星逝く’としか表現しようのない大きな欠落におそわれる。
フレディの代わりなど、いるわけがない。が、いつも次の時代を担う若手でにぎわっているのがジャズ界であり、トランペット界である。
アヴィシャイ・コーエンを筆頭に、先日の来日公演も素晴らしかったクリスチャン・スコットコーリー・ウィルクス、モリース・ブラウン、ダレン・バレットジェレミー・ペルトチャールズ・トリヴァー・ビッグ・バンドで空間を切り裂くようなプレイを聴かせたキーヨン・ハロルド、フレディのパーソナル・マネジャーを務めていたデイヴィッド・ワイスなどが乾坤一擲のブロウを聴かせてくれる。彼らの吹きっぷりは、60年代にフレディが展開した、あの火の玉のようなパフォーマンスに勝るとも劣らないと、僕は大きく出たい。
今回ここで紹介するのは、とりわけ‘気鋭’という言葉がふさわしい2トランペッターだ。僕は彼らを「ジャズ・ギャラリー」(290 Hudson St)で聴いた。ウェイトレスなし、飲食物の提供なし、入り口で入場料を払えばあとは自由、という実にラクな場所である。
いまジャズ界で最も熱い兄弟といえば、ロドリゲス・ブラザーズに違いあるまい。1978年生まれのピアニスト=ロバートと、79年生まれのトランペッター=マイケル(ともにニューヨーク生まれ)の双頭ユニットである。僕が見た日はマット・ブルーワ(ベース)、エルネスト・シンプソン(ドラムス)、マウリシオ・エラーラ(パーカッション、曲により)と演奏していた。ロバートはホレス・シルヴァー風のリズミカルなコンピング(伴奏)をつけ、マイケルはラッパの朝顔をほぼ顔の正面に向けて、ウディ・ショウ的なクロマチック・フレーズを連発する。すごい音圧だ。これまで僕はマイケルに‘トランペットの中低音域を使って、ソフトなプレイをするひと’という印象を勝手に持っていたのだが、とんでもない。バリバリのブリブリである。チャーリー・ヘイデンゴンサロ・ルバルカバのリーダー作ではうかがうことのできなかった彼の一面がギラギラと怪しく光り輝いている。


マイケル・ロドリゲス ロバート・ロドリゲス
フォーマットとしてはハード・バップだが、そこにラテン風味がスプーンすりきり3杯、ちりばめられる。このラテンのダシが、音楽の濃さをグッと深める。でもラテン・ジャズと見なすのは的外れだろう。この日のライヴはSavantレーベルから2007年に発売された『Conversations』(ダビッド・サンチェスアントニオ・サンチェスも参加)からのナンバーと新曲で構成されていたが、当然ながらセッションは白熱、1曲がアルバムの何倍もの時間をかけて演奏され、刻々と様相を変えていく。こういうライヴに接すると、やっぱりジャズは生き物だなあ、と心から思う。と同時に、この熱気をなんとかして次のCDに封じ込めてほしいものだと思った。
RODRIGUEZ BROTHERS / CONVERSATIONS

翌々日も僕は「ジャズ・ギャラリー」に出かけた。ここは最寄駅からも大通りからも離れたところにあるし、夜になるとびっくりするほど人通りが減る。なのであえて僕は前の駅で降り、人通りが多く飲食店もにぎわっているグリニッチ・ヴィレッジを南下しながらギャラリーに向かうことが多い。
「ジャズ・ギャラリー」の隣は、ほぼ空き地に近い駐車場である。そこを急ぎ足で突っ切ろうとしたとたん、強烈なトランペットの音色が聴こえてきた。駐車場は広い。どんな風向きだったのかは知らないが、それにしても、この距離まで音を響かせるとは、いったいどんなすごいサウンドの持ち主なのか。伝説のジャズ王バディ・ボールデンの音はミシシッピ川の向こうまで届いたと伝えられるが・・・・・。
僕が入り口に着くのとほぼ同時に、ファースト・セットが終わった。どうにか席を確保し、ひと安心ついでにトイレに行く。が、中に人がいないはずなのに、ドアが開かない。おかしいな、と思い、ドアを押したり引いたりしていると、ひとりの小柄な青年が寄ってきて、「このバスルームは調子がおかしいみたいなんだ。向こう側にもうひとつ(トイレが)あるから、それを使えばいいよ」と、物腰やわらかく教えてくれた。僕は礼を言ったあと、「ギャラリーの新しい従業員は親切だなあ」と深く思いながら、席についた。
しばしのち、ギャラリーのオーナー(だと思う)がステージで話し始めた。「悪天候の中、ここに来てくれたことに感謝します。数あるライヴ・ミュージックの中から、これを選んだ皆さんは誇らしい。では紹介しましょう。ロイ・ハーグローヴスティーヴ・コールマンを魅了した才能、セロニアス・モンク・ジャズ・コンペティションのウィナー、アンブローズ・アキンムシーレ!」
トランペットを持ってステージにあらわれた彼は、まさにさっき僕にトイレのありかをおしえてくれた青年ではないか。彼は従業員ではなかったのだ。彼こそがアンブローズ・アキンムシーレだったのだ。
アンブローズ・アキンムシーレ

1982年カリフォルニア州オークランド生まれ。どうやらナイジェリアの血を引いているようだ。僕は彼のプレイをスティーヴ・コールマンの『Resistance Is Futile』で初めて聴き、強烈な印象を受けた。グレアム・ヘインズといい、ラルフ・アレッシといい、コールマンは本当に良いトランペッター(に限らないが)を見つけるのがうまいなあと思った。2008年にフレッシュ・サウンド・ニュー・タレントから発表されたリーダー作『Prelude』も聴いているが、これはショウケース的な内容で、いささか物足りなく感じたことを覚えている。しかしアレはアレ、なにしろ伸び盛りの若手なのだから過去の作品と比べても意味なんてないのだ。
AMBROSE AKINMUSIRE / PRELUDE

他のメンバーはデイナ・スティーヴンス(テナー・サックス)、フェビアン・アルマザン(ピアノ)、ハリッシュ・ラガヴェンドラ(ベース)、マーカス・ギルモア(ドラムス)。しかし1曲目のテーマ部分が終われば、ピアノやサックスやベースの音が耳から消える。それほどアンブローズとギルモアが傑出しているのだ。この熱い思いを伝えたいんや、と次から次へとフレーズを連射するトランペッターと、獲物にくらいつく鷹のような表情のまま両手両足でとんでもないポリリズムをつむぎだすドラマー(これに接してしまうと、いつぞや日本で聴いた彼は相当‘手加減’していたのだなあといわざるをえない)。とにかくアンブローズは吹きに吹く。休むのは、ラッパからツバを抜き出しているときだけだ。太く、デカく、たくましく、気持ちいい。なるほど、こんな音を出せば駐車場の向こうにまで響きわたるはずである。
ソロが高まるにつれ、客席から叫びともわめきともつかない声が漏れる。開演前まで、いかにも冷静そうに見えた男性客が体を振り乱してノッている。どの先達を感じさせるかといえば、60年代のフレディ・ハバードや70年代のハンニバル・マーヴィン・ピーターソンあたりということになるのだろう。いくら吹きに吹いても、唇が“死なない”。曲によってはヴァルヴのネジをゆるめてクオーター・トーン(といっていいだろう)を出したり、わななくような効果も出していた。ステージを降りた彼は握手攻め、ハグ攻めにあっていた。 これからアンブローズはさらに多くのファンの心を動かすことだろう。ルイ・アームストロングの再来、ファッツ・ナヴァロの再臨、クリフォード・ブラウンの蘇生といわれるときが来るかもしれない。が、その日が訪れても僕は少しも驚かない。それほどアンブローズは抜きん出ている。アヴィシャイ・コーエンもウカウカしていられないはずだ。
僕は一度もライヴ会場に録音機を持ち込んだことがない。が、この日は心底、録っておけばよかった、そしてCDRに焼いて、ひとりでも余計にこの怪物トランペッターのすさまじさを味わってもらうべきだった、と思うことしきりである。
グリニッチ・ヴィレッジの横綱猫


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