-
花岡憲二が自分に 代わり曲が表現できると音楽性を評価していた山下憲治が作曲・編曲を担当
- 有限会社BananaMusicPublishing / JPN / CD / SSMP003 / 1009087490 / 2025年08月27日
売切 注文不可「花岡憲二が伝えたかったことを後人に遺す」2024年6月17日 花岡憲二 死去 享年71。 「もうええ」「ないこと×2 勝手にあちこち出しては広めよる」「誰?知らんし」 花岡憲二の晩年の口癖。 甚だ厭世的であったのと裏腹に 文学、哲学、美術、音楽への憧憬、故郷、出会った人々との思い出を訥々語りながら、メロディ、ハーモニーを頭で繰り返し、まだまだ何かを 表現したいという情念はいまわの際まで消えなかった。 本作品は、そういった花岡の原案に基づき制作したものである。晩年に氏と交流があった国文学者の実娘岸本淳子が意図を汲み取り作詞。花岡憲二が自分に 代わり曲が表現できると音楽性を評価していた山下憲治が作曲・編曲を担当。 花岡憲二の弟で、1977年ヤマハ88ロックデー グランプリバンド「花伸」のリーダーでもあるギタリスト花岡伸二が参加。兄への思いをギターの音にのせる。ベースには、長男憲二が旅立つ数週間前に急逝した三男、花岡雅之のベースを憲二の愛弟子であり、創作活動のアシストを長年しながら、三兄弟とも昵懇であった吉川彰が祈りを込めて刻む。ドラムには、親子三代音楽家で希望の若手ドラマー、キモトアルネを山下憲治が起用。 花岡が憧れ実現させたかったクラシックを踏まえた透明感のある歌声で、という願いを受け、ソプラノ歌手深川和美が「宇宙」を歌い上げる。花岡が認め指導していた若手音楽家の市和浩が「風に聞いてくれ」を歌唱。●花岡憲二(はなおか・けんじ、1953年生まれ ‒ 2024年没) 大阪出身のミュージシャンで、伝説的ブルースバンド「憂歌団」のベーシスト兼コーラス担 当。独特のグルーヴとユーモアに富んだ演奏で、関西ブルースシーンを代表する存在とな る。1975年「おそうじオバチャン」でメジャーデビューし、その後もライブ活動や海外フェス 出演を通じて国内外にファンを持つ。2024年、惜しまれつつも逝去。関西ブルースの礎を築いた人物。¥1,000 (税込)ご注文できません
商品一覧・検索は
こちらから
こちらから
ニュース&特集 NEWS & FEATURES
2026.10.15
トピック
2026.09.04
トピック
2026.09.04
トピック
2026.09.01
トピック
2026.10.19
ノイズ ・ アヴァンギャルド
2026.10.19
ジャズ
2026.10.19
ヒップホップ・R&B
2026.10.19
ヒップホップ・R&B
2026.10.19
ゲームミュージック
2026.10.19
レゲエ
2026.10.19
平成J-POP
2026.10.19
平成J-POP
2026.10.19
日本のロック・J-POP
読み込み中...
アーティスト
タイトル
レーベル