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- 通販番号
- 1005004138
- 発売日
- 2013年04月02日
- EAN
- 4546793008503
¥1,885
(税込)
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商品詳細情報
JAPANESE PUNK BAND "CRISPY NUTS"がライブ等で人気の高い曲をメンバー自身でセレクト、全曲リレコーディング・リマスターし、現在の音に完成された再録編集盤としてリリース!
時代は変わる。激しく変わる。けど、変わらんモンもある!それがCN RULES!!
AM7時きっかりにセットした目覚ましが、けたたましく鳴り響く。ジョージ・A ・ロメロ版の「ゾンビ」のようにゆっくりとした動作でベッドから這い出した俺は、殴りつけるように目覚ましのベルを止めた。「くだらねぇ…」。何度もつぶやきながらも、顔を洗い、歯を磨き、手櫛で髪を撫で付け、皺だらけのスーツに 袖を通す。いつもの電車で、会社へと向かった。「くだらねぇ…」会社では忙しい振りをし、上司からの飲みの誘いを上手く断るスキルも身につけた。そして帰宅ラッシュに揺られ、また、この家に帰る。そんな死んでいるような毎日の繰り返しだ。「くだらねぇ…」青白い顔で仕事を終え、飛び乗った帰りの電車。中年サラリーマンが女子高生のスカートの中に手を忍ばせていた。興奮して荒くなった息が生臭い。「くだらねぇ…」 気がつくと、俺は中年サラリーマンに馬乗りになり、右の拳を振り下ろし続けていた。ヤニで黄ばんだ歯が折れ、拳に突き刺さった。家に帰るとビールの缶を開け、ステレオにCD をセットした。盤面には”CRISPY NUTS / Blah!” と書いてある。そのまま、エンドレスで聴き続けた。 翌朝、AM7 時きっかりにセットした目覚ましが、けたたましく鳴り響いたが、そのベルの音は誰の耳にも届かなかった。
[BIOGRAPHY]
CRISPY NUTS are MOMO(g/vo), TAKKAN(b/vo), SHIRA(dr/vo)
●CRISPY NUTS は、1995年にCRISPY NUTSの前身であるSUPER RASCALのメンバーでサンフランシスコに遊びに行った際にたまたま飛び入りで参加したライブを観ていたCAWPATRECORDS のオーナー、BENに見初められ、帰国後イギリスツアーに招待されたが、その時既にSUPER RASCAL は解散していた為急遽イギリスでツアーをする為だけにMOMO、TAKKAN で結成されたのがそもそもの始まりである。1996年1月にロンドンで初ライブを行った際素晴らしい反響を得、CAWPAT RECORDSよりシングルを出す運びとなった所からヨーロッパでブレイク。調子に乗り本格的に活動を開始。イギリスツアーから帰国後すぐレコーディングし、1996年2月に1st.DEMO TAPE リリース(現在入手不可)。1996年3月に1st.EP [LIFE]をリリース(現在廃盤)。順調に進んでいる様だったが、初期ドラマーであるMASAKI(現TRIO)が自身の活動の為に脱退。その後、ドラムが見つからず休止状態に入る。バンドもなく、あまりにも退屈な生活だったのでロンドンに滞在してみる事に決定。ロンドンで生活をしながらドラムにSATOSHIを迎え、MU330(US)やFYP(US)などと競演したり、1998年NANA RECORDSよりリリースされたコンピレーショEP[MONDO KONDO]に参加(現在廃盤)。また、イタリアのROCKIN' BONESよりオファーがあり、USのELECTRIC FRANKENSTEINとのスプリットをリリース。更に1989年9月に発表した2nd.EP [WILL]をイギリスのWRENCH RECODSよりリリースする(現在廃盤)。[WILL]は、初回プレス1,000枚をわずか数週間で完売し、その後約8,000枚以上のセールスを記録する事となる。しばらくイギリスでぷらぷらしていたが、お金とビザが尽きて帰国。しばらくして、ドラムにCHARLIEを迎え活動を再開。1999年9月に初のヨーロッパツアー(イギリス、オランダ、ベルギー、ドイツ、イタリア、オー ストリア)をBOMB FACTORYと共に行い大反響を得たりしてみる。その後また東京を中心に活動を続けていたが、音楽性の違いによりCHARLIE脱退宣言を出す。これじゃだめだという事で2001 年4月解散。バンドはもう出来ないかと半ばヤケになりつつあったりしてみたが、CRISPY NUTSを好きでいてくれるCRISPY NUTSが愛してる人達にもう一回やれとせっつかれ、2002年5月サポー トメンバーにGENKI(現RETROMANIA)を迎えて活動を再開する。同年初のBEST ALBUM[I LOVE CRISPY NUTS] をセルフレーベルCRISPYNUTS-LABEL よりリリース。その後ドラムにYASU が加入。 2003 年5 月にドイツの"RASTA KNAST" と日本ツアーを行う。同月、YASU が脱退。SHIGE、ワッシーにサポートしてもらいつつ活動を続ける。そして同年10 月、自身2度目となるヨーロッパツアーのオファーを受ける。しかし、 またまたドラム不在の為困っていたが YATCHIN (ex.SHOULDER HOPPER) に話をしたところ快諾してくれサポートメンバーとしてこのツアーに参加。ドイツ、ベルギー、イギリスをYOURMINUS と共にまわりまたまた大盛況。ドイツのパンクシーンでブレイクする事となる。帰国後、YATCHING 正式加入。次は日本だ!という事で日本を本拠地にする事を決め、日本での活動を今度こそ本格的に開始。自身の企画であるイヴェントライブ"MAXBAR"をスタート。その後2005年9月28日に1stアルバム"WHO CARES?"をリリース。2006年11月に初来日となったリビングレジェンド、スウェーデンのバンドASTA KASKのJAPAN TOUR のサポートを行い大成功を収める。その後かなり精力的にライブ活動をしていたが2008年4月YATCHINGが脱退。後にサポートメンバーとしてBOMB FACTORYのSHIRAを迎えて活動再開。2009年4月に久々のニューシングルを自主レーベルよりリリース。その後精力的にライブを行い、酒量もアップ!そ して2011年2月、待望のASTA KASK再来日!!ツアー全日程をサポート。同時にASTAKASKとのスプリットシングルをリリース。
::OFFICIAL HP::
http://crispynuts-label.com/crispynuts/
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時代は変わる。激しく変わる。けど、変わらんモンもある!それがCN RULES!!
AM7時きっかりにセットした目覚ましが、けたたましく鳴り響く。ジョージ・A ・ロメロ版の「ゾンビ」のようにゆっくりとした動作でベッドから這い出した俺は、殴りつけるように目覚ましのベルを止めた。「くだらねぇ…」。何度もつぶやきながらも、顔を洗い、歯を磨き、手櫛で髪を撫で付け、皺だらけのスーツに 袖を通す。いつもの電車で、会社へと向かった。「くだらねぇ…」会社では忙しい振りをし、上司からの飲みの誘いを上手く断るスキルも身につけた。そして帰宅ラッシュに揺られ、また、この家に帰る。そんな死んでいるような毎日の繰り返しだ。「くだらねぇ…」青白い顔で仕事を終え、飛び乗った帰りの電車。中年サラリーマンが女子高生のスカートの中に手を忍ばせていた。興奮して荒くなった息が生臭い。「くだらねぇ…」 気がつくと、俺は中年サラリーマンに馬乗りになり、右の拳を振り下ろし続けていた。ヤニで黄ばんだ歯が折れ、拳に突き刺さった。家に帰るとビールの缶を開け、ステレオにCD をセットした。盤面には”CRISPY NUTS / Blah!” と書いてある。そのまま、エンドレスで聴き続けた。 翌朝、AM7 時きっかりにセットした目覚ましが、けたたましく鳴り響いたが、そのベルの音は誰の耳にも届かなかった。
お髭のマツオカ(ライター / DJ)
[BIOGRAPHY]
CRISPY NUTS are MOMO(g/vo), TAKKAN(b/vo), SHIRA(dr/vo)
●CRISPY NUTS は、1995年にCRISPY NUTSの前身であるSUPER RASCALのメンバーでサンフランシスコに遊びに行った際にたまたま飛び入りで参加したライブを観ていたCAWPATRECORDS のオーナー、BENに見初められ、帰国後イギリスツアーに招待されたが、その時既にSUPER RASCAL は解散していた為急遽イギリスでツアーをする為だけにMOMO、TAKKAN で結成されたのがそもそもの始まりである。1996年1月にロンドンで初ライブを行った際素晴らしい反響を得、CAWPAT RECORDSよりシングルを出す運びとなった所からヨーロッパでブレイク。調子に乗り本格的に活動を開始。イギリスツアーから帰国後すぐレコーディングし、1996年2月に1st.DEMO TAPE リリース(現在入手不可)。1996年3月に1st.EP [LIFE]をリリース(現在廃盤)。順調に進んでいる様だったが、初期ドラマーであるMASAKI(現TRIO)が自身の活動の為に脱退。その後、ドラムが見つからず休止状態に入る。バンドもなく、あまりにも退屈な生活だったのでロンドンに滞在してみる事に決定。ロンドンで生活をしながらドラムにSATOSHIを迎え、MU330(US)やFYP(US)などと競演したり、1998年NANA RECORDSよりリリースされたコンピレーショEP[MONDO KONDO]に参加(現在廃盤)。また、イタリアのROCKIN' BONESよりオファーがあり、USのELECTRIC FRANKENSTEINとのスプリットをリリース。更に1989年9月に発表した2nd.EP [WILL]をイギリスのWRENCH RECODSよりリリースする(現在廃盤)。[WILL]は、初回プレス1,000枚をわずか数週間で完売し、その後約8,000枚以上のセールスを記録する事となる。しばらくイギリスでぷらぷらしていたが、お金とビザが尽きて帰国。しばらくして、ドラムにCHARLIEを迎え活動を再開。1999年9月に初のヨーロッパツアー(イギリス、オランダ、ベルギー、ドイツ、イタリア、オー ストリア)をBOMB FACTORYと共に行い大反響を得たりしてみる。その後また東京を中心に活動を続けていたが、音楽性の違いによりCHARLIE脱退宣言を出す。これじゃだめだという事で2001 年4月解散。バンドはもう出来ないかと半ばヤケになりつつあったりしてみたが、CRISPY NUTSを好きでいてくれるCRISPY NUTSが愛してる人達にもう一回やれとせっつかれ、2002年5月サポー トメンバーにGENKI(現RETROMANIA)を迎えて活動を再開する。同年初のBEST ALBUM[I LOVE CRISPY NUTS] をセルフレーベルCRISPYNUTS-LABEL よりリリース。その後ドラムにYASU が加入。 2003 年5 月にドイツの"RASTA KNAST" と日本ツアーを行う。同月、YASU が脱退。SHIGE、ワッシーにサポートしてもらいつつ活動を続ける。そして同年10 月、自身2度目となるヨーロッパツアーのオファーを受ける。しかし、 またまたドラム不在の為困っていたが YATCHIN (ex.SHOULDER HOPPER) に話をしたところ快諾してくれサポートメンバーとしてこのツアーに参加。ドイツ、ベルギー、イギリスをYOURMINUS と共にまわりまたまた大盛況。ドイツのパンクシーンでブレイクする事となる。帰国後、YATCHING 正式加入。次は日本だ!という事で日本を本拠地にする事を決め、日本での活動を今度こそ本格的に開始。自身の企画であるイヴェントライブ"MAXBAR"をスタート。その後2005年9月28日に1stアルバム"WHO CARES?"をリリース。2006年11月に初来日となったリビングレジェンド、スウェーデンのバンドASTA KASKのJAPAN TOUR のサポートを行い大成功を収める。その後かなり精力的にライブ活動をしていたが2008年4月YATCHINGが脱退。後にサポートメンバーとしてBOMB FACTORYのSHIRAを迎えて活動再開。2009年4月に久々のニューシングルを自主レーベルよりリリース。その後精力的にライブを行い、酒量もアップ!そ して2011年2月、待望のASTA KASK再来日!!ツアー全日程をサポート。同時にASTAKASKとのスプリットシングルをリリース。
::OFFICIAL HP::
http://crispynuts-label.com/crispynuts/
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ソングリスト
-
1. SUSIE’S
-
2. MAXBAR
-
3. GO
-
4. NO USE
-
5. GIRL
-
6. WILL
-
7. SUNDAY
-
8. BELLY
-
9. T.V.
-
10. EYE
-
11. TEXAS
-
12. MERRY-GO-ROUND
-
13. FUCK THE SYSTEM
-
14. SHOES
-
15. MOSQUITO
-
16. GUN'S
-
17. OUT
-
18. SMASH
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