【特集】 世界の電子音楽 ヨーロッパ編 - 第1回 -

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2008.05.14

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20世紀初頭に誕生したテルミン、モーリス・マルトノのオンド・マルトノ、ハモンド・オルガン、電気増幅器、マイクロフォンの誕生を経て、1948年にピエール・シェフィールがミュージック・コンクレート作品を、53年にカールハインツ・シュトックハウゼンが電子音のみを用いた純電子音楽作品第1号となる 「習作1」 を北西ドイツ放送局 (WDR) にて発表、新しい音楽 「電子音楽」 がここに誕生した。そしてドイツ、フランスに続くように、ブルーノ・マデルナ、ルチアーノ・ベリオがイタリアにRAI電子音楽スタジオを、諸井誠、黛敏郎が日本にNHK電子音楽スタジオを開設している。
(← GRMの玄関)


60年代に入ると各国各地域で電子音楽スタジオが誕生、特にヨーロッパにおいては放送局はもちろん一般企業や学校、研究機関が続々と電子音楽スタジオを開設、電子音楽百花繚乱の時代に突入することになる。

近年、黎明期の電子音楽スタジオで制作された音源が続々とリイシューされており、マニアですら文献上で見分するしかなかったような貴重な音源がデジタル・アーカイヴ化され日の目を見ている。今回は、ヨーロッパ各国のスタジオで制作された音源を収録したCDをご紹介する。



Le Groupe de Recherches Musicales

通信技師であったPierre Schaefferが、エディットによる音の変化を記録した具体音の為の音楽を思いつき実験した結果 「鉄道のエチュード」 (48年) が完成した。
  
この実験のをさらに推し進めるべくGroupe de Recherche de Musique Concrète (体音楽研究集団) を結成、フランス国立放送局 (O.R.T.F.) 内にスタジオを開設している。ここで、記録媒体としてテープを用い、再生速度や組み換えなどのエディットを施すことで完成する具体音楽の実験を本格的にスタートすることになった。秋山邦晴氏によるシェフィールの論考にこの実験の様子が記されている。「4月19日。鐘のひとつをたたかせ、打ったあとの音を録音する。そのアタックの部分を切りとってしまうと、鐘はなんとオーボーの音になる。わたしはおもわず耳をそばだてた…。」 これは、シェフィールによるエッセイ集  『ミュージック・コンクレートの探求』 (1952年) の一節であるが、このようにしてシェフィールはO.R.T.F. のスタジオで日夜、新しい音の観念を探るべく<音のオブジェ > ミュージック・コンクレートの研究を行っていたのだろう。
(← テープにまみれるシェフィールの写真)

この後シェフィールはGRMを退き後身に道を譲るが、Francois BayleやLuc Ferrari、Bernard Parmegianiなど第2世代のミュージック・コンクレート作家の活躍や、コンピューター・ミュージックへの移行を果たした現在も活発な活動を続けている。なお、2008年には 『ミュージック・コンクレート60周年/GRM50周年記念コンサート』 が開催され、GRMの貴重な回顧プログラムがアコースモニウムにより演奏された。
(4トラックのテープ・レコーダー/音楽芸術68年12月号より →)


PIERRE SCHAEFFER / L'OEUVRE MUSICALE
3CD / EXP247 / 5,300円(税込)

ラジオの音響技師であったシェフェールが、テープに固定した具体音を一つの音素材とみなし、それを再構築することで音楽を作り出す技法 「ミュージック・コンクレート」 の成果を収録した貴重なアーカイヴ作品集。愛弟子のピエール・アンリとの共同作品を含む3枚組CD+丁寧なブックレットが素晴らしい。ところで、テープが発明 (実用化?) される前は、ターンテーブルでレコードに録音した素材をリアルタイムで繋ぎ合わせていたとか。


V.A. / ARCHIVES GRM
5CD+BOOK / EXP28 / 8,201円(税込)

ピエール・シェフィールが、新しい音の観念 <音のオブジェ> を研究すべく誕生したGRMであるが、ピエール・アンリ、リュック・フェラーリ、フランソワ・ベイルなどフランスの作曲家以外にも、各国から音楽家が、新しい観念を持つ音楽の研究と作曲に訪れており、日本からは丹波明氏がGRMにてミュージック・コンクレト作品を作曲している。丹波氏は東京芸術大学を卒業後、現在に至るまでフランスで活動する作曲家である。川崎弘二氏による日本電子音楽のインタヴュー/資料書 『日本の電子音楽』 によれば、‘Inconnue d'Orly’、‘Goya’、‘Morphogrammes 0’ などのテープ作品を発表しているとの記録がある。この作品集には、62年の ‘Etude No.2 Hommage a Bach’ が収録されており、リリース音源が数少ない丹波氏のテープ作品を聞くことが出来る。

PIERRE SCHAEFFER / LE SOLFEGE DE L'OBJET SONORE
3CD+BOOK / EXP159 / 5,240円(税込)

ミュージック・コンクレートの創始者ピエール・シェフェールがレクチャーするミュージック・コンクレート・ガイドブック。シェフェール自身による解説と、パルメジャーニ、クセナキス、フェラーリ…etcの音源を使いミュージック・コンクレートができるまでを音付きで紹介する CD3枚、英語/フランス語のテキストが付いた驚愕の内容。他に類を見ない究極のアヴァンギャルド・ミュージックの教育本。

サンプリング技術が日々発展を続ける今日において、何世代も前のミュージック・コンクレートの技術についてレクチャーを受 けることは意味を成さないかもしれない。しかし、前衛が最も盛んな時代の実験や技術というもに触れることが、ファンやマニアの心を熱くするということは言 わずもがな、なのである。大推薦!!



WDR-Studio für Elektronische Musik

(アイメルト 『保山愛吉のための墓碑銘』 ライナーより →)
フランスから帰ったシュトックハウゼンは、西ドイツ放送局 (WDR) で音楽監督をしていたHerbert Eimertに招かれに新しく出来た電子音楽スタジオにてスタジオ第1弾となる電子音楽の制作を始めた。12音音楽を研究していたアイメルトはパラメーターを厳密に設定することで究極の12音音楽の完成を試みたのだろう。シュトックハウゼンは正弦波のみを用いミュージック・セリエルから導かれたパラメーターを電子音楽にて再現、「習作1」 (53年)、「習作2」 (54年) として発表した。この作品は日本にも伝わり、黛敏郎が シュトックハウゼンの 「習作1」 を参考に 「素数の比系例による~」 を含む電子音楽3部作 (55年) を、黛敏郎と諸井誠が 「習作2」 を参考に7の倍数を用い作曲した 「七のヴァリエーション」 (56年) を発表している。

(← 以前シュトックハウゼン出版から頂いたサイン付き生写真)
なお 「習作2」 は世界初の記譜された電子音楽としても知られており、演奏家でなく技術者に向けられたものであった。以降もシュトックハウゼンはWDR電子音楽スタジオにて、電子音響とミュージック・コンクレートの融合やマルチ・チャンネルによる再生など、その後の電子音楽を予見するエポキシメイキングな作品となった 「少年の歌」 (56年)、器楽曲と電子音響の同時演奏を想定した 「コンタクテ (接触)」 (59年)、ライヴ・エレクトロニクス作品 「ミクストゥール」 (64年) など、電子音楽の探求を続けた。

KARLHEINZ STOCKHAUSEN / STUDIE 1&2
CD / EXP134 / 6,500円(税込)

WDR電子音楽スタジオの監督だったヘイベルト・アイメルトに委嘱されて制作した、シュトックハウゼン初めての電子音作品 「習作 1」、「習作2」 や 「コンタクテ」 の電子音ヴァージョン、「エチュード」 のゴリゴリのミュージック・コンクレートなど、どれも素晴らしい内容。コンクレートを用いた 「少年の歌」 ですらセリーで書かれるなど、ドイツ派の命題であったトータル・セリーを一貫して追求した作品。楽譜や機材写真、曲の説明など掲載したシュトックハウゼン によるブックレット (184P) の充実ぶりも感動的。

ACOUSMATRIX - HISTORY OF ELECTRONIC MUSIC 6
: COLOGNE - WDR EARLY ELECTRONIC MUSIC

CD / EXP59 / 2,090円(税込)

1952年から58年にWDR電子音楽スタジオで制作された電子音楽を収録したコンピレーション作品。WDR電子音楽スタジオを立ち上げたHerbert Eimert とRobert Beyerの共作で、実はシュトックハウゼン 「習作1」 より以前に作られた電子音によるセリー作品 ‘Klang Im Unbegrenzten Raum’ (52年)、アイメルトの 『保山愛吉のための墓碑銘』 以外に存在した貴重な電子音作品、Gyorgy Ligetiの代表的電子音楽 ‘Glissandi’ (57年)、‘Artikulation’ (58年)、Franco Evangelistiの ‘Incontri di fasce sonore’ (57年) など、全て貴重な音源ばかり収録。シュトックハウゼン作品と合わせWDR電子音楽スタジオを語る上で、絶対に外せない作品集。

  HENRI POUSSEUR / ACOUSMATRIX - HISTORY OF ELECTRONIC MUSIC 4
CD / EXP57 / 2,090円(税込)

上記と同じく “Acousmatrix” シリーズより。ベルギーの作曲家Henri PousseurがWDR電子音楽スタジオに残した電子音楽作品を収録した作品集。WDR電子音楽スタジオに初期の頃から参加、下記に紹介するジーメンズ電子音楽スタジオで一早く作品を制作するなど、黎明期の電子音楽をプスールを抜きにして語ることは出来ない。中でも特筆すべき作品は近年Oval、Main等の若手電子音楽作家がリ・ミックスを手がけた ‘Paraboles’ (72年) だろう。これは8編の別々の電子音楽を即興的にミックスし一つの電子音楽を作り出すというものだ。作品自体に可変的なフォームを持たせることで音の固定化を避けた、非常に現代的な手法を持つ作品である。WDR電子音楽スタジオを巨大な電子音楽器に変えてしまった、途方もないこのアイデアは今こそ聞かれるべきものである。



Studio di Fonologia at a Milan radio station


(← スタジオで談笑するパッカニーニ、マリオ、プレジ各氏/
音楽芸術68年12月号より )
1955年にGiulio Razzi、Gino Castelnuovoの働きかけによりミラノにあるイタリア国営放送 (IAR) 内に作られた電子音楽スタジオ。WDR電子音楽スタジオで電子音楽を学んだLuciano BerioとBurno Madernaが中心となり設立当初は電子音楽の制作が行われた。その他にも、イタリアの前衛音楽を代表するNiccolo Castiglioniや、Die SchachtelからリイシューもされたAldo Clementiなど、そうそうたる作曲家を配した。

(IRA電子音楽スタジオの一部/
音楽芸術68年12月号より → )
ところで、イタリアの作曲家Pietro GrossiはIRA電子音楽スタジオでも電子音楽を制作しているが、やがて自身の電子音楽スタジオを持つようになり、正弦波のモアレを図形楽譜で作曲した “Battimenti” という作品をリリースしている。大きなスタジオでは有り得ないようなシンプル極まりない作品ゆえ、自身のスタジオから発表したのだろうか? とは言え、この作品が65年の発表であることを考えると、イタリアの電子音楽事情はそうとう成熟をしていたと考えられる。

近年、IRAにて発掘されたLuigi Nonoのテープ・コンポジション作品がCD2枚組みでリイシューされ話題になった。

LUCIANO BERIO/BRUNO MADERNA
/ ACOUSMATRIX - HISTORY OF ELECTRONIC MUSIC 7
CD / EXP60 / 2,090円(税込)

当時のIRA電子音楽スタジオの技術者達が自信を持って推薦する、ベリオ ‘Visage’ (61年)、‘Omaggio a Joice’ (59年)、マデルナ ‘Invenzione su una voce’ (60年) を収録。ベリオは、超絶ヴォイス・パフォーマンスでおなじみキャシー・バーベリアン夫人をフューチャーした電子音楽代表作 「ジョイスへのオマージュ」 を収録。バーベリアンのヴォイスを電子変調、再構築した強烈な作品で電子音楽ファンに人気の作品。マデルナは、前途ノーノのテープ作品集をリリースするStradivariusからセリー直球の純電子音楽 ‘Notturno’ (56年) を収録した電子音楽作品集がリリースされているが、この収録はミュージック・コンクレートによるスクラッチ風電子音楽を収録。

LUIGI NONO / COMPLETE WORKS FOR SOLO TAPE
2CD / AVANT439 / 3,000円(税込)

先に述べたノーノの発掘テープ作品集。60年代初頭の最初期の音源から1974年までのテープ音源を収録している。バリバリの共産主義時代の作品ということもあり、硬質なコンクレート・サウンドが無愛想にコンポジションされていている。ディスク1は ‘Omaggio A Emilio Vedova’ (60年)、‘Musiche Di Scena Per Ermittlung’ (65年)、‘Contrappunto Dialettico Alla Mente’ (67年)、‘Contrappunto Dialettico Alla Mente’ (69年) を収録。金属的な冷たさを持つ音魂が蠢きやがて絶頂に達する様は圧巻の一言。ディスク2には反ナチズムをテーマにしたテープ作品 ‘Transmissione RAI 21 marzo 1970’ を収録。




Siemens-Studio für Elektronische Musik

(← ジーメンス電子音楽スタジオの様子)
多分、私家盤だと思われる激貴重なジーメンス社電子音楽スタジオの作品集。

シュトックハウゼンに師事した後ユトレヒトの電子音楽スタジオで研究を行った篠 原眞氏は、音楽芸術63年7月号に掲載された 『ジーメンス電子音楽スタジオ』 のレポートで (以下斜体は本文抜粋)、「ス タジオの創設案は、し かし1955年にまでさかのぼる。その秋に、ジーメンスの記録映画 < 我々の時代の衝動 Impuls unserer Zeit > に電子音楽を付けようという考えがきつかけとなつて持ち上がり、その際カルル・オルフの熱心な働きかけのお陰で、会社の指導部はこの案を可決したとい う。」 と、設立のきっかけを説明している。

ミュンヘン市内のオスカール・フォン・ミラー・リンクにあるジーメンスの新建築の地下に設けられた電子音楽スタジオは、純音発生器 (正弦波と短形音)、白色雑音発生器 (ホワイト・ノイズ)、鋸歯音発信機、画面走査発信機 (ウェイヴ・テーブル的なもの)、電気舌管楽器 (?)、ヴォコーダー、周波数移動器 (ピッチシフター?)、反復音装置 (テープ・ループ?)、残響格子 (リヴァーヴ)、穴あきテープによる音導装置 (シーケンサー) など、最新の機器が揃う最上級のスタジオであったが、一般企業が出資するスタジオという性格上、商業的な考えと 「世界中の優秀な作曲家に呼びかけて、良い条件のもとに思う存分新電子音楽の創造に腕を奮つてもらうところにある」 というスタジオが持つ芸術的創造のバランスに苦悩したようだが、ここに収録されているような充実した作品が作られている。

SIEMENS STUDIO FUR ELEKTRONISCHE MUSIK
CD / EXP452 / 4,400円(税込)

スタジオ設立後まもなく制作されたベルギーの作曲家Henri Pousseurの ‘Ziele und Aussichten...’ (61年) やHerbert Brunのテープの為の ‘Wayfaring Sounds’ (61年)、Wergoからのリリースで知られ同スタジオには多くの作品を残しているJosef Anton Riedlの作品、John Cageのパーカッションと電子音の為の作品で周波数テスト・レコードを可変させた最初期のライヴ・エレクトロニクス作品 ‘Imagibary Landscape’ (42年)、David Tudorが参加した ‘Klangexperimente’ (63年)、トーン・クラスターの旗手Mauricio Kagelのシアター・ピース的 (?) テープ・コラージュ作品 ‘Antithese’ (62年) などなどメジャー作家からマイナー作家まで多数収録。ジーメンズ電子音楽スタジオの全作品リストは不明だが、スタジオの一端を垣間見ることが出来るたいへん貴重な音源といえる。



次回は、ヨーロッパ編 - 第2回 -

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