
はじめての ザ・ビッグ・ミュージック
レコード・CD 名盤・定番選

1980年代初頭、パンクの熱狂が去った後の英国とアイルランドにおいて、内省的なニュー・ウェイヴとは一線を画す、壮大で情熱的なサウンドが鳴り響きました。後にTHE WATERBOYSのMIKE SCOTTが提唱した「THE BIG MUSIC」という言葉に集約されるこの潮流は、広大な大地を想起させるエコー、高鳴るアコースティック・ギター、そして魂の救済を叫ぶようなアンセミックなヴォーカルを特徴としています。U2やBIG COUNTRY、THE ALARMといったバンドたちが鳴らした音は、単なるスタジアム・ロックへの変質ではなく、ケルトの血脈やフォークの素朴さとポスト・パンクの切実さを融合させた、時代に対する一つの誠実な回答でした。いわゆるニュー・ウェイヴとは言い難いがためにまとまった評価の取りづらい、しかし確かに1980年代を代表したあの音を集めました。
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■コンテンツ
▽ジャンル俯瞰データ
▽ケルトの血脈とビッグ・ミュージックの爆心地
▽スタジアムを揺るがすポスト・パンクと音響の拡張
▽リヴァプール産ネオ・サイケと耽美なギター・ロック
▽アイリッシュ・フォークの祝祭とレベル・ミュージック
▽大西洋を渡るアメリカーナと重厚なアンセム・ロック

●発祥地
アイルランド、スコットランド、ウェールズ、イングランド
●時代背景
1980年代前半〜中期、ポスト・パンク以降の閉塞感を打破する精神的・社会的解放の希求。
●音楽的特徴
ディレイを多用したギター・サウンド、バグパイプを模したギター・フレーズ、力強いオープン・コード、祝祭的かつ宗教的な高揚感。
●代表的アーティスト
U2 / BIG COUNTRY / THE ALARM / THE WATERBOYS
●キー・パーソン/キー・プロデューサー
STEVE LILLYWHITE / JIMMY IOVINE
●注目レーベル(オリジナル/再発)
ISLAND / MERCURY / IRS / ENSIGN

■ケルトの血脈とビッグ・ミュージックの爆心地
1980年代前半の英国音楽シーンにおいて、アイルランドやスコットランド、ウェールズといったケルトの辺境から湧き上がったこの潮流は、冷徹なシンセ・ポップへのアンチテーゼとして肉体的なダイナミズムを復権させました。THE WATERBOYSが1985年に発表した『THIS IS THE SEA』は、MIKE SCOTTが提唱した「ザ・ビッグ・ミュージック」という概念そのものを結晶化した崇高なまでの精神性と、ホーンやピアノを交えたあまりにも壮大な音響構築の頂点を示しています。
また、世界的な爆心地となったU2が1983年に発表した『WAR』は、空間を切り裂くエッジの効いたディレイ・ギターと普遍的な政治的・社会的メッセージを武器に、閉塞したポスト・パンク・シーンを文字通りスタジアム級のスケールへと押し上げました。そしてスコットランドのBIG COUNTRYが1983年に発表した『THE CROSSING』は、バグパイプを想起させるSTUART ADAMSONの独創的なツイン・ギターの重なりと、どこまでも郷愁を誘う雄大な土着的アンセムの極致をチャートに叩きつけています。
この熱量と広大なエコー感は、アコースティック・ギターをかき鳴らすTHE ALARMや、U2のBONOが設立したMOTHER RECORDSから登場したCACTUS WORLD NEWS、伝統とソウルを繋いだHOTHOUSE FLOWERS、そして哀愁の旋律が光るTHE ADVENTURES、DEL AMITRI、BIG DISH、WORLD PARTYの美麗なアプローチへと有機的に受け継がれ、シーンのアイデンティティを決定づけました。

■スタジアムを揺るがすポスト・パンクと音響の拡張
ポスト・パンクのストイックな実験性やニュー・ウェイヴの音響構築は、やがて巨大なアリーナやスタジアムのスケール感へと劇的に拡張されていきます。スコットランド出身のSIMPLE MINDSが1984年に発表した『SPARKLE IN THE RAIN』は、名匠STEVE LILLYWHITEをプロデューサーに迎え、初期のスタティックなニュー・ウェイヴから強靭なドラムが牽引するダイナミックなスタジアム・ロックへと舵を切った極めて重要な当事者としての名盤です。
また、アメリカはカリフォルニアから強烈な熱量を放ったTHE CALLによる1983年発表の『MODERN ROMANS』は、PETER GABRIELやU2のメンバーからも絶賛された重厚なリズムと深く沈み込むヴォーカルが織りなすアメリカ版ザ・ビッグ・ミュージックの真髄を提示しています。さらに、オーストラリアから登場したINXSによる1984年作『THE SWING』は、ファンキーなニュー・ウェイヴの躍動感とダイナミックなギター・ロック・サウンドを融合させ、世界規模のアンセミックな存在へと躍進する足がかりとなりました。
これら肉体的な音像の巨大化は、強烈な社会へのメッセージを叫ぶMIDNIGHT OILや、ゴシックの耽美性をアリーナ級に広げたTHE MISSION、部族的なビートで鼓動を打つNEW MODEL ARMY、妖艶なアンセムを鳴らすGENE LOVES JEZEBEL、シネマティックな大地の響きを持つTHE TRIFFIDS、形成された音響空間に深い内省を注ぎ込むTALK TALK、そして緻密な構築美をアリーナに響かせるTEARS FOR FEARSの壮麗なアプローチへと有機的に直結し、時代の音響スケールを大きく塗り替えていきます。

■リヴァプール産ネオ・サイケと耽美なギター・ロック
ザ・ビッグ・ミュージックの持つ「広大なエコー感」や「アンセミックな高揚感」は、英国リヴァプールを中心とするネオ・サイケデリアの耽美性や、インディ・ギター・ロックの知的な叙情性と美しく交錯していきました。リヴァプール出身のICICLE WORKSが1984年に発表した『THE ICICLE WORKS』は、サイケデリアやソウル・ミュージックのエッセンスを貪欲に飲み込みながら、当時のギター・ロックとしては突出した壮大なスケール感とダイナミズムを提示した名盤です。また、LLOYD COLE & THE COMMOTIONSによる1984年発表の『RATTLESNAKES』は、知的な文学性を湛えた歌詞世界を軸に、一見ジャングリーでありながらもどこか映画の風景のように壮大な広がりを見せる精緻なギター・ポップを展開しています。そしてTHE FIXXが1983年に発表した『REACH THE BEACH』は、精密に計算されたソリッドなギター・ワークと都会的な空間美を両立させ、冷徹な構築美の中に熱いアンセムの骨格をスマートに忍ばせることで全米でも大きな成功を収めました。
これらのアプローチは、圧倒的な轟音の壁で空間を包み込むKITCHENS OF DISTINCTION、神秘的なきらめきを放つCHURCH、ソロとしてポップに覚醒したJULIAN COPE、鋭利な実験性を秘めたTHE PASSAGE、そしてリヴァプールの清廉なる美学の頂点を示すTHE WILD SWANSやTHE CARE、重厚な哀愁を帯びたSNAKE CORPSへと有機的に連なり、シーンの耽美なサウンドスケープをより広大なキャンバスへと拡張しました。

■アイリッシュ・フォークの祝祭とレベル・ミュージック
1980年代半ばから後半にかけて、ザ・ビッグ・ミュージックの持つダイナミズムは、伝統的なアイリッシュ・フォークの祝祭感や、パンクの闘争心に火を灯されたレベル・ミュージックの精神性と深く結びついていきました。THE MEN THEY COULDN'T HANGが1985年に発表した『NIGHT OF A THOUSAND CANDLES』は、フォーク・パンクの荒々しくアコースティックな響きと、激動の歴史を物語るようなアンセミックな高揚感を融合させた、叙情派フォーク・ロックの最高峰として君臨しています。また、北アイルランドはデリーの政治的緊迫感の中から現れたTHAT PETROL EMOTIONによる1986年発表の『MANIC POP THRILL』は、強靭でファンキーなビートと鋭く歪んだアグレッシブなギターを武器に、政治的怒りを強烈なインディ・アンセムへと見事に昇華させました。
そして、シーンの決定打となったPOGUESが1985年に発表した『RUM SODOMY AND THE LASH』は、伝統的なケルト音楽のメロディにパンクの剥き出しの魂を注入し、乱痴気騒ぎの裏側にある哀愁と切実な祈りを雄大なアンセムへと結晶化させた大名盤です。これらの土着的な情熱は、市井の生活から数万人の祝祭を巻き起こしたTHE SAW DOCTORSや、部族的なグルーヴとヴァイオリンが空を駆けるTHE LEVELLERSへと一気通貫で繋がり、スタジアムや野外フェスティバルの広大な大地を熱狂の合唱で満たしました。

■大西洋を渡るアメリカーナと重厚なアンセム・ロック
英国やアイルランドで鳴り響いていたエコー感と情熱のダイナミズムが、大西洋を渡ってアメリカのルーツ・ミュージック、アメリカーナやカントリー、フォークの伝統と幸福な邂逅を果たした「カウ・パンク/オルタナ・カントリー」周辺の隠れた名作群も見逃せません。ジョージア州から登場したGUADALCANAL DIARYが1984年に発表した『WALKING IN THE SHADOW OF THE BIG MAN』は、アメリカ南部特有のフォークの瑞々しい叙情性と、空間にどこまでも心地よく広がるアンセミックな力強さが奇跡的なバランスで同居するインディ・ロックの至宝です。
また、ウィスコンシン州のBODeANSによる1986年発表の『LOVE AND HOPE AND SEX AND DREAMS』は、伝統的なアメリカン・ルーツ・ミュージックの素朴で温かい手触りを活かしながら、U2らにも通じる突き抜けた高揚感を持つ瑞々しいロック・アンセムへと見事に昇華させています。そして、ロサンゼルスを拠点に活動したTHE LONG RYDERSが1984年に発表した『NATIVE SONS』は、THE BYRDSの流れを汲むきらびやかな12弦カントリー・ロックの意匠に1980年代特有の力強くラフなビートを注入することで、荒野を駆け抜けるようなアンセムへとビルドアップされました。
こうしたアメリカからの誠実な回答は、圧倒的なエネルギーでアリーナを呑み込んだJASON & THE SCORCHERSや、無骨な骨格の中に大地の雄大さを宿したTHE BEAT FARMERSのタフなギター・サウンドへ連なり、英国ケルトの血脈が放った「大きな音」への飢えと共鳴しながら、もう一つの広大なサウンドスケープを完結させました。