【神の左手、無意識の右手/ポール・マッカートニーの作り方 1】 宮崎貴士

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2020.04.06

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【第一章:ビューティフル・ドリーマー『イエスタデイ』編 1】


「最初に会ったとき、彼らがいい曲が作れるようになるなんて想像もしていなかったよ」
  ジョージ・マーティン/ザ・ビートルズのプロデューサー

実際、どうやって曲を作っているのか? 70歳を超えた今でも新曲を発表し続けるポール。 「音楽史上最大の成功をおさめた作曲家」(ギネスに登録されている)でもある彼が具体的にソングライティングについて語るインタビューや記事はとても少ない。歌詞の由来、どういう状況でそれを作ったのか(例えば、辛い状況に置かれていた時に書いたという心理的動機。ジョンの家で、インドで、という創作環境の説明など)を語ることはあるが、彼なりの、そこにあるはずの技術論、方法論を本人がまとめて語っているインタビューを読んだことがない、そしてそれを聞くインタビュー集もほぼ存在しない 。

では、現在までおそらく数百曲以上リリースしているポールは何も考えずに曲を作り続けているのか。そんなことはない(と思う)。では、なぜその方法論や技術論を語る意識をあまり重要視していないように、そして、それを語る機会も少ないのか。 実のところ「誰かに伝えられる定型化した方法論(または言語化された楽理)」をポールはもっていないからなのではないか、それを自身が必要としていないからなのではないか、と思うのだ。
ビートルズ時代、ソロ以後もポールの楽曲は多くのアーティストに数えきれないほどカヴァーされている。が、最初から他のアーティストのために曲を書き下ろす作業をポールはほとんどしていない。その理由は「自分のための楽理しか理解していない」その証左ではないか、と思っている。 数少ない書き下ろし曲もすべてポール自身のデモテイクが音源で残されている。つまり楽譜形式で曲を相手に渡すことが出来ないのですべて「弾き語り」で録音して、その音源を渡しているのである。そのデモを元に受け取ったアーティスト側がアレンジ作業をするのだ。そしてそのデモテイク、ポール自身の歌と演奏がまた魅力的なのである。彼が興味深い音楽家である理由はそういうところにある。
「ある朝、ベッドから起きたら夢のなかで聴いたメロディを覚えていたんだ。それが『イエスタデイ』」、この話を曲作りにおける至上体験としてポールは語ることが多い。 「え?曲を作りたければ寝てりゃいいの?寝る子はよく育つみたいな話?」とでも言われてしまいそうな有名な逸話。
「朝、起きたら聞いたことがないメロディが頭のなかで鳴っていた」~ 実のところ、この体験、日常的に曲を作っている音楽家にとっては特別なことでない。自分ふくめ周囲の音楽家から「この曲は寝ている間にひらめいた」という話はよく聞くのだ(締め切り状態に追い込まれているなら尚更、である)。
その状況とは「無意識の状態でメロディが主体的に出現している(と思える)」を示す。睡眠中でなくても、無意識に音楽が流れている状態、誰でもそれをわかりやすい体験として共有、そして想像出来ることがある。それは「鼻唄を歌う」こと。 (この項、次回へ続く)

参考動画 『Yesterday』Paul McCartney
2010年(オバマ政権下の)ホワイトハウスにて。『イエスタデイ』をポールは今まで様々な状況で演奏してきた。 ウイングス時代にはビートルズ時代の弦楽アレンジを管楽器に置き換え、リアレンジして演奏している。 この動画の内容が興味深いのは、曲が生まれた背景をポール自身が解説とともに、ビートルズ・バージョンのオリジナル弦楽スコアでの再現しているところである。フォーマルな場所が映える楽曲であることが改めて理解できる。 客席には拍手を送るスティービ・ワンダーやハービー・ハンコックの姿も。
 

神の左手、無意識の右手 ポール・マッカートニーの作り方 連載 0 序章
 

[宮崎貴士]1965年、東京生まれ。 作、編曲家。ソロ名義で2枚(Out One Discより)、2つのバンド「図書館」「グレンスミス」(ともにdiskunion/MY BEST!RECORDSより)で共にアルバム2枚リリース。 他、岸野雄一氏のバンド「ワッツタワーズ」にも在籍中。 2015年、第19回文化庁メディア芸術祭エンターティメント部門大賞受賞作(岸野雄一氏)「正しい数の数え方」作曲。曲提供、編曲、など多数。ライター活動としては「レコード・コレクターズ」(ミュージック・マガジン社)を中心に執筆。2017年6月号のレコード・コレクターズ「サージェント・ペパーズ~特集号」アルバム全曲解説。同誌2018年12月号「ホワイト・アルバム特集号」エンジニアに聞くホワイト・アルバム録音事情、取材、執筆、他。 
「 Paul and Stella  」Illustrated Miyazaki Takashi