昭和100年記念特別企画 diskunion presents レコードでたどる日本とジャズ 第2回
昭和のバンドマンの息子として生まれ育ち、そのルーツである日本のジャズについて探求を続ける音楽ライター原田和典が綴る「レコードでたどる日本とジャズ」 第2回
ソリストが入れかわり立ちかわり行なう即興演奏、それに即座に反応するリズム・セクション、演奏時間が増すにつれて加速していくようなドライヴ感、ミュージシャン間の丁々発止・・・・
そのあたりに惚れて自分はジャズ熱を一気に高めたのだが、1990年にジャズ雑誌の編集部に雇われてから、それらはジャズのほんの一部分でしかないことを知った。1945年録音のチャーリー・パーカーの「ココ」あたりから始まる、特にモダン・ジャズと呼ばれる分野の、コンボ(小編成のバンド)演奏のパフォーマンスの何割かがそれに該当するということに過ぎないのだ、ということがわかってきた。私は編集部に入ってから少なくとも5年間、そこにあるレコードやCDを聴きつくそう、本を読み尽くそうとジャズに関するwoodsheddingをした。1990年という時期も後で考えてみると良かった。なぜなら1910~40年代のジャズに関する大規模な再発シリーズ「ブルーバード栄光の遺産」が出た年だからだ。ビックス・バイダーベック、ファッツ・ウォーラー、トミー・ドーシー、ジェリー・ロール・モートン、マグシー・スパニア、パナシェ・セッションなどなど、新しく覚える事柄が山ほどあって本当に嬉しかった。そもそも1曲が長くて3分台なのだから延々続くアドリブなどないし、メインとなるのはメロディの提示と軽いソロ(ヴォーカル・ナンバーにおける“間奏”のような感覚)。器楽演奏だけではなくて、歌手も当たり前に出てくる。さらに大きな聴かせどころはアレンジャーが譜面に書いた各セクションの対比であったり、ハーモニーのニュアンスだったりする。モダン・ジャズとは異なるジャズの世界がこんなにも強固に、すでにモダン・ジャズの前に半世紀も存在していたのだ、という驚きに包まれた。
アドリブ・ソロが決して必要条件ではないこと、モダン・ジャズ期以降においてもソニー・ロリンズのように次から次へとアイデアに満ちたソロを流れるように吹き続けられるミュージシャンは希少種であること、さらにそのロリンズにも明らかにインスピーションが沸いていないときがあること、リズムが特にうねることなく、たとえば「ザッザッザッザッ」と平坦に刻まれていても、それも確かにジャズであること、などがうすぼんやりとわかってくると、どうやらこれは人生を幾度か繰り返してもたどりつけないような深々とした世界に出会ってしまったのだなという予測がついて、しかし、深淵の先っちょにたどりついたという思いすら抱けぬまま35年が過ぎてしまった。
さて昭和初期の日本・戦前日本のジャズ界だが、私のような後追いには対米戦争前の日本の「ジャズ」はイコール「ジャズ・ソング」だったのではと感じられるほどに、ヴォーカル・ナンバーの百花繚乱である。「ソング」であるから歌手が主役であり、そこに「洋風」の軽快な伴奏がつき、ときおり間奏で洒落た楽器のソロが飛び出すという具合である。「ジャズ」という語句に関してもこの場合は即興がどうのとかブルース・フィーリングがどうのとかとは無関係に、おそらく「新しいもの」「垢ぬけたもの」「ハイカラなもの」というような考えのもとに使われていたのではないかと推測できる。ジャズ・ソングがいかに垢ぬけていたか、新音楽であったかを知るのは、同じ頃にリリースされていた「非ジャズ・ソング」(「流行歌」「流行小唄」「時節歌謡」、どう呼んでもよいだろうが)と比較試聴するのがわかりやすいかもしれない。
昭和3年:「出船の港」(藤原義江) 「アラビアの唄」(二村定一・天野喜久代)
昭和5年:「唐人お吉小唄明烏篇」(藤本二三吉) 「ザッツ・オー・ケー」(河原喜久恵)
昭和7年:「影を慕ひて」(藤山一郎) 「山の人気者」(中野忠晴とコロムビア・リズム・ボーイズ)
昭和9年:「さくら音頭」(小唄勝太郎) 「ダイナ」(ディック・ミネ)
昭和11年:「女の階級」(楠木繁夫) 「エノケンの浮かれ音楽」(榎本健一)
昭和13年:「皇国の母」(音丸) 「ビッグ・アップル」(響千鈴 宝塚少女歌劇団声楽専科生)
昭和15年:「熱砂の誓ひ」(伊藤久男) 「お祖父さんの時計」(ミミー・宮島)
前者が非ジャズ・ソング、後者がジャズ・ソングである。「アラビアの唄」と「あほ空」は、日本ジャズ啓蒙の権威である瀬川昌久氏によると「日本のジャズ・ソング第一号」であるとのことだ。ジャズ・ソングに「洋楽のメロディ」が多いのは半ば当然なのもしれないが、我々の母国語が乗った時点でそれは「日本語歌謡」として消費される運命にある。それは時代が進んでからの中尾ミエ「可愛いベイビー」、西城秀樹「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」、荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」などの事例を出すまでもない。さらに、昭和10年代前半には自作ジャズ・ソングの達人である服部良一も頭角を現す。
上に挙げた非ジャズ・ソングに関してはYouTubeで聴くことができるはずだが、昭和12年7月の盧溝橋事件あたりが境なのか「非ジャズ・ソング」と「ジャズ・ソング」の乖離は一層激しくなっている様子が強く、国策歌謡とスウィンギーで踊り出したくなるような歌謡が同じようにレコード店で売られ、頻度の差こそあったろうがラジオでかかっていたのか、と思うと、当時の音楽ファンは耳と心をコントロールするのに一苦労だったのではないかとすら思えてくる。昭和4年に佐藤千夜子がヒットさせた「東京行進曲」には“ジャズで踊って リキュルで更けて 明けりゃダンサーの涙雨”という歌詞があり、ジャズがダンス・ミュージックとして(も)受容されていたさまが伝わってくるが、その10年後には、もう、躊躇せずに踊ることなど許されなかったのではないか。
戦前のジャズとその周辺に関してはあと1回、続けたいと思う。自分が雑誌編集部にいた頃、聴こうにも殆ど手に入らなかったのがこうしたジャズ・ソングの数々であった。復刻が遅れていたし、中古レコード店で復刻LPを運よく見つけたとしても何枚組とかだったりして敷居が高かった。が、今は違う。大手レコード各社からの「ニッポン・モダンタイムス・シリーズ」、ビクターの「ザッツ・ニッポン・エンタテインメント」、ぐらもくらぶの一連の労作(ぜひホームページで各作品についてご覧いただきたい)などが流通していて、ジャズ・ソングの面白さと深みを詳細なライナーノーツと共に伝えてくれる。リマスタリングにも気合が入りまくっているのか、音質も驚くほど良い。それを手にできるのは現在を生きている我々“後追い者”の特権であると、声を大にしてもいいはずだ。
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