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盤質:
- B
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- KK-USHI / JPN / CD / KSHKO-87 / 1008339856 / 2021年09月01日
売切 注文不可● 1924年録音の、全てのブルックナー/交響曲第7番レコードの原点 演奏時間が長大で大規模な楽器編成のために、ブルックナーの交響曲はレコード録音の鬼門でしたが、それに挑んでポリドール(現ドイツグラモフォン)社は1924年にドイツの名指揮者オスカー・フリート/ベルリン国立歌劇場管弦楽団を起用してブルックナーの交響曲第7番のラッパ吹き込み(機械録音方式)を行いました。その年はSPレコード商品化から30年目で、集音ラッパで集めた音の圧力でレコードで音溝を記録するラッパ吹き込みからマイクロフォンによる電気録音方式に移行する前夜に当ります。ラッパ吹き込みで何とかオーケストラが録音できたのが1909年、以来ラッパの改良やそれに適合する様なオーケストラ編成と編曲の工夫によって大曲の録音が達成されたのですが、それでもオーケストラの編成は精々30人程で、音が外に漏れない様な狭い部屋の中で寿司詰めの状態で楽員が大音量で演奏し、レコード原盤が作られました。当然ながら音のレンジは狭くて雑音も大きく、1925年の電気吹き込みの登場によりラッパ吹き込みレコードは廃盤になり、今回リリースするブルックナー/交響曲第7番の様な記念碑的なレコードのみが今日でも生き残っています。このブルックナー/交響曲第7番は当時からヨーロッパでは人気の曲であり、SPレコード時代の約30年間に16タイトルがリリースされていますが、日本では輸入販売された形跡がなく、野村あらえびす等の評論家は誰一人としてこの曲を評論していません。因みにこの曲はLPレコードが登場した1948年にN響によって日本初演され、1950年にポリドール発売のオイゲンヨッフムのLPレコードが日本に初上陸したと考えています。私が始めてこの曲を耳にしたのが1959年のカラヤン・ウイーンフィル来日演奏会のTV中継、辛気臭い演奏が好きになれませんでした。ところが1980年代に入って私が大学オケや市民オケから録音・CD化を依頼される様になってブルックナーやマーラーの曲にも取り組む様になり、多くのCDを聞いてそれらの曲を学んだ結果、愛聴曲には至らないものの、曲の良さは十分に理解できる様になりました。その様な中で表記のオスカー・フリートによるブルックナー/交響曲第7番のSPレコードを転写したCDが売られているのを見付け、制作者からそのGHA蘇刻の許可を戴いて2013年にKSHKO-37としてリリースしました。このCDは元のSPレコード盤面に難点があって当時のGHA蘇刻技術では十分には克服できませんでしたが、約8年間の処理ソフトウェアの改良によってそれが解決され、今般GHA蘇刻をやり直しました。その結果、AMラジオ放送とほぼ同等の音質で世界初録音のブルックナー/交響曲第7番が楽しめる様になっています。◎ 収録曲と録音年アントン・ブルックナー:交響曲第7番 (Rec 1924) [SPレコード転写CD: Wing WCD61より採音]◎ 演奏者オスカー・フリート指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団◎ 制作者のバイオグラフィー 1967年九州大学大学院を修了。日本ビクター(株)研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学・教授、東京大学先端科学技術研究センター・客員研究員等を歴任し、現在は日本女子大学文学部・客員研究員として音文化の研究に従事している。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで、日本ビクター(株)に入社後は研究所に所属して10年以上に亘って録音スタジオと連携して音楽録音技術とアナログレコードの研究に取り組み、高品質レコードの研究で工学博士を取得、また、多くの録音セッションに参画してトーンマイスターの技量を修得した。研究開発領域では真空管を含むアナログ電子回路と回路網理論、そして信号理論を専門として音響用特殊電子機器の研究開発に携わり、ディジタルオーディオ時代以降は大学時代の音声合成認識研究の延長としてディジタル信号処理に取り組み非調和周波数解析GHAの研究を行なった。大学では音響工学と電子回路工学の研究・教育に携わり、GHA蘇刻の実用化を行なっている。大学時代から吹奏楽とオーケストラに参加してプロの音楽家との交流を通じて音楽を独学し、業務で修得した録音技術を駆使して60枚以上のGHA蘇刻CDを含む240枚を越えるCDを制作して今日に至っている。¥2,934 (税込)ご注文できません -
- KK-USHI / JPN / CD / KSHKO-84 / 1008277931 / 2021年04月21日
売切 注文不可● ゲルマン魂によるスラブ情緒の止揚 チャイコフスキー:交響曲第6番“悲愴” 1939年、ドイツの至宝と崇められたフルトヴェングラーによるチャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」が発売されて、評論家の間で「この曲の最高峰は何れか」との論争が沸き起りました。相手は前年発売のメンゲルベルク指揮:アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団による同曲、互いに性格を異にする演奏に対しての‘甲論乙駁’の激論の末にフルトヴェングラー盤が“精神性に優れる”との結論となりましたが、音楽愛好家の中では劇的で華麗なメンゲルベルクのレコードの方が高評だった様です。 「悲愴」はチャイコフスキーが急逝した1893年に作曲・初演され、1912頃にその短縮版がレコード化されました。以降、曲想が静かな第2楽章や第4楽章が幾つかレコード化され、ラッパ吹き込み最終段階の1923年にワルター/ベルリン国立歌劇場管弦楽団によって全曲がレコード化されました。しかし大きな強弱レンジの「悲愴」の録音にはレコードの記録容量が余りにも貧弱で、満足すべき録音とは言えませんでした。 1925年の電気吹き込みによって観賞に耐えるレコードとして登場したのが1930年録音のオスカー・フリート/ロイヤルフィルによる「悲愴」で、定番レコードとなり、その7~8年後に期待の中で登場したのがメンゲルベルクとフルトヴェングラーのレコードでした。 それらは演奏の性格は大きく異なっていて、メンゲルベルクの演奏はあたかも吟遊詩人が詩や物語を曲にして歌う様に、「悲愴の様相」を管弦楽として演奏しているのに対して、フルトヴェングラーのものは「悲愴への情念」(悲しみ、怒り等)を管弦楽として演奏しています。従って、前者は劇的で華麗、個所によっては恐々しく響いて“高級なムードミュージック”の様に聞こえるのに対して、後者は「悲愴」に対するスラブ的情緒を、例えばベートーヴェンの「運命」に聴かれる様な人間の意志として語っている様に聞こえます。その様な意味で私はフルトヴェングラーの「悲愴」に“ゲルマン魂によるスラブ情緒の止揚”とのサブタイトルを添える事にしました。 フルトヴェングラーの「悲愴」はHMVレコードによって録音され、GHAによってダイナミックレンジは約65dbに、周波数帯域は約8kHzまで拡大され、“ピーヒャラ”の様な雑音は一切存在せずに、モノラルLPレコードと同等のCDに遜色ない鮮明で迫力ある音を楽しむ事が出来ます。◎収録曲/録音年 チャイコフスキー:交響曲第6番“悲愴”(Rec 1938) ◎ 演奏者ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮:ベルリンフィルハーモニー管弦楽団◎ 制作者のバイオグラフィー 1967年九州大学大学院を修了。日本ビクター(株)研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学・教授、そして東京大学先端科学技術研究センターおよび日本女子大学の客員研究員を歴任し、今日では独立研究者として音響工学と音文化研究を行なっている。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで、日本ビクター(株)に入社後は研究所に所属し録音スタジオと連携して音楽録音技術とアナログレコードの研究に取り組み、高品質レコードの研究で工学博士を取得、また、多くの録音セッションに参画してトーンマイスターの技量を修得した。研究開発領域ではアナログ電子回路と回路網理論、そして信号理論を専門として音響用特殊電子機器の研究開発に携わり、ディジタルオーディオ時代以降は大学時代の音声合成認識研究の延長としてディジタル信号処理に取り組み非調和周波数解析GHAの研究を行なった。大学では音響工学と電子回路工学の研究・教育に携わり、GHA蘇刻の実用化を行なっている。大学時代から吹奏楽とオーケストラに参加してプロの音楽家との交流を通じて音楽を独学し、業務で修得した録音技術を駆使して約80枚のGHA蘇刻盤を含む250枚を越えるCDを制作して今日に至っている。¥2,934 (税込)ご注文できません -
- KK-USHI / JPN / CD / KSHKO-82 / 1008202427 / 2020年11月18日
売切 注文不可●追悼 マエストロ 荒谷俊治 (2) 本年(2020年)元旦、現役最長老の指揮者・荒谷俊治氏が急逝されました。享年89歳、昨年の秋に長年音楽監督を務められた合奏団・東京コールフェラインの定期演奏会での卒寿記念演奏で音楽生活を全うされています。 荒谷氏は変わった経歴をお持ちで、九州大学法学部と文学部を卒業され、旧制高等学校時代に福岡合唱協会に入団し大学では九大フィルハーモニーオーケストラ(九大フィル)に入って、当時福岡で音楽活動をしていたマエストロ・石丸寛氏から音楽の指導を受けました。 石丸氏が東京交響楽団指揮者に転じた数年後に荒谷氏も音楽家を目指して上京し、石丸氏と作曲家・高田三郎氏に師事して1958年に東京放送合唱団を指揮してデビューし、1968年に東京フィルハーモニー交響楽団指揮者に就任しました。1970年から文化庁在外芸術研究員としてアメリカとヨーロッパに派遣されて、その間に世界的名指揮者ジョージ・セルに師事し、帰国後1974-1980年に名古屋フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者を務めました。 その後は特定の楽団には専属せず、日本オペラ協会に協力した創作オペラや日本音楽集団と協力しての日本の伝統音楽に根ざした音楽の創造に注力し、テレビの音楽番組出演やレコード録音、アマチュアの合唱団やオーケストラの指導に尽力された。その間、一貫して合唱団・東京コールフェラインの音楽音監督・常任指揮者を務めて、日本指揮者協会第4代会長の任に当られました。 荒谷氏の録音は長期に亘って数多く行なっていたので、当初は2枚組のCD制作を目指していましたが、新型コロナウイルスの感染拡大のために私のCD制作環境が激変して、1枚物に変更せざるを得なくなって、先頃KSHKO-81「マエストロ追悼・”田園”」としてリリースする事が出来ました。そして今般、制作を断念していたもう1枚も制作可能になり、追悼CD ”管弦楽の精華”として完成させた。 このCDに収録した曲は以下の通りです。 [1] シベリウス:交響詩“フィンランディア” (Rec 1995) [2] ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲 (Rec 1995) [3] ウエーバー:“魔弾の射手”序曲 (Rec 1992) [4] 賀緑汀:“晩会” (Rec 1984) [5] ムソルグスキー:“展覧会の絵 ” (Rec 1986) これらの中で“フィンランディア”と「ハイドンの主題による変奏曲」は工学部知能機械工学科に在籍していた私の後輩・浜崎真嗣君が幹事長(楽団長)として演奏会を取り仕切り、自らもファゴットのトップとして演奏に参加した曲です。 彼はその後就職して優秀なエレクトロニクスの技術社として活躍していましたが、ちょうど20年前の正月休み明けの日に独身寮から忽然と失踪しました。拉致事件の救出活動を行っている[特定失踪者問題調査会]はこの事件を北朝鮮による拉致と認定して、これまで認定されている500人余りの拉致被害者に加えて、国に対して救出の要請を行なっています。彼の救出を心から願っています。◎ 演奏者荒谷俊治 指揮:九大フィルハーモニーオーケストラ◎ 制作者のバイオグラフィー 1967年九州大学大学院を修了。日本ビクター(株)研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学・教授、東京大学先端科学技術研究センター・客員研究員を歴任し、本年3月までは日本女子大学文学部・客員研究員として音文化研究に携った。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで、日本ビクター(株)に入社後は研究所に所属し録音スタジオと連携して音楽録音技術とアナログレコードの研究に取り組み、高品質レコードの研究で工学博士を取得、また、多くの録音セッションに参画してトーンマイスターの技量を修得した。研究開発領域ではアナログ電子回路と回路網理論、そして信号理論を専門として音響用特殊電子機器の研究開発に携わり、ディジタルオーディオ時代以降は大学時代の音声合成認識研究の延長としてディジタル信号処理に取り組み非調和周波数解析GHAの研究を行なった。大学では音響工学と電子回路工学の研究・教育に携わり、GHA蘇刻の実用化を行なっている。大学時代から吹奏楽とオーケストラに参加してプロの音楽家との交流を通じて音楽を独学し、業務で修得した録音技術を駆使して約80枚のGHA蘇刻盤を含む250枚を越えるCDを制作して今日に至っている。¥2,934 (税込)ご注文できません -
荒谷俊治追悼盤
- KK-USHI / JPN / CD / KSHKO-81 / 1008183323 / 2020年09月30日
売切 注文不可追悼・荒谷俊治 (1930-2020)九大フィルとのベートーヴェンを、リニューアル再発売追悼 マエストロ 荒谷俊治★2020年元旦、現役最長老の指揮者・荒谷俊治氏が急逝されました。享年89歳、2019年の秋に長年音楽監督を務められた合奏団・東京コールフェラインの定期演奏会での卒寿記念演奏で音楽生活を全うされています。荒谷氏は変わった経歴をお持ちで、九州大学法学部と文学部を卒業され、旧制高等学校時代に福岡合唱協会に入団し大学では九大フィルハーモニーオーケストラ(九大フィル)に入って、当時福岡で音楽活動をしていたマエストロ・石丸寛氏から音楽の指導を受けました。石丸氏が東京交響楽団指揮者に転じた数年後に荒谷氏も音楽家を目指して上京し、石丸氏と作曲家・高田三郎氏に師事して1958年に東京放送合唱団を指揮してデビューし、1968年に東京フィルハーモニー交響楽団指揮者に就任しました。1970年から文化庁在外芸術研究員としてアメリカとヨーロッパに派遣されて、その間に世界的名指揮者ジョージ・セルに師事し、帰国後1974-1980年に名古屋フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者を務めました。その後は特定の楽団には専属せず、日本オペラ協会に協力した創作オペラや日本音楽集団と協力しての日本の伝統音楽に根ざした音楽の創造に注力し、テレビの音楽番組出演やレコード録音、アマチュアの合唱団やオーケストラの指導に尽力された。その間、一貫して合唱団・東京コールフェラインの音楽音監督・常任指揮者を務めて、日本指揮者協会第4代会長の任に当られました。私も九大フィル出身ですが、在籍中は東京で活躍されていた荒谷氏とは殆ど接点はなく、日本ビクターに入社後に研究所で録音研究に従事していた時に、新録音スタジオの初録音「荒谷/東フィルによるシューベルト:"未完成"」の録音スタッフとしてご一緒したのが初対面です。その後、スタジオに出向いての音楽録音研究を通じてのトーンマイスター技量の完全な修得後、ボランティアとして多くの大学オーケストラや市民オーケストラに録音技量を提供して録音・CD制作を行なう様になってから、荒谷氏の演奏会を数多く録音しましたがCD化に至ったのは9タイトルしかありません。これらのCDに対して日本の評論家は恐らく相手にしないと思いますが、私が外国でプロの音楽家や音楽専門家にお聴かせして、これらが学生オーケストラの演奏だと思った人は誰もいませんでした。ここでは荒谷氏が最も満足していると確信している2曲のベートーヴェンの交響曲をCD化しました。荒谷氏の演奏を末長く記憶に留めて戴きたいと願っています。(制作者:村岡輝雄)■村岡輝雄・プロフィール1967年九州大学大学院を修了。日本ビクター(株)研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学・教授、東京大学先端科学技術研究センター・客員研究員を歴任し、本年3月までは日本女子大学文学部・客員研究員として音文化研究に携った。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで、日本ビクター(株)に入社後は研究所に所属し録音スタジオと連携して音楽録音技術とアナログレコードの研究に取り組み、高品質レコードの研究で工学博士を取得、また、多くの録音セッションに参画してトーンマイスターの技量を修得した。研究開発領域ではアナログ電子回路と回路網理論、そして信号理論を専門として音響用特殊電子機器の研究開発に携わり、ディジタルオーディオ時代以降は大学時代の音声合成認識研究の延長としてディジタル信号処理に取り組み非調和周波数解析GHAの研究を行なった。大学では音響工学と電子回路工学の研究・教育に携わり、GHA蘇刻の実用化を行なっている。大学時代から吹奏楽とオーケストラに参加してプロの音楽家との交流を通じて音楽を独学し、業務で修得した録音技術を駆使して約80枚のGHA蘇刻盤を含む250枚を越えるCDを制作して今日に至っている。【演奏者】荒谷俊治(指揮) 九大フィルハーモニーオーケストラ¥2,934 (税込)ご注文できません -
- KK-USHI / JPN / CD / KSHKO-78 / 1008008232 / 2019年11月20日
売切 注文不可●ジネット・ヌヴーの珠玉の音楽遺産 ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 第2次世界大戦後4年目の1949年10月28日、パリ発ニューヨーク行きのエールフランス機が中継点のサン・ミゲル島の霧の立ち込めた山腹に墜落して乗客・乗務員全員が死亡しました。乗客の中にアメリカのコンサートツアーに向かっていた20世紀最高の女流ヴァイオリニスト・ジネット・ヌヴー が搭乗していて、この事故で弱冠30歳の生涯を閉じました。1919年にパリで生れた彼女は7歳でルッフのヴァイオリン協奏曲を弾いてデヴユーし、その後当代最高のヴァイオリニスト・エネスコに師事した後にヴァイオリニストの名伯楽として知られるカール・フレッシュの下で研鑽し、1935年に15歳にしてヴェニアフスキー国際ヴァイオリン・コンクールに出場してオイストラッフに大差をつけて優勝しました。これで彼女の名声は一挙に高まってヨーロッパ・アメリカ各地で人気を博しましたが、第二次世界大戦勃発で演奏活動を停止、終戦後は1948年に掛けてHMVにレコード録音を行うと共に、名声の高まりで急増した演奏会公演の中、1949年10月の航空機事故で不帰の人になりました。彼女の華々しい活動期間は戦前も含めて10年足らず、その間の録音は僅かに30回、協奏曲の録音はレコード録音2回と演奏会録音5回に過ぎません。これらはLPレコード登場前なので音質は不十分で、会場録音は音響条件の不備のために劣悪な物でした。これらの中で2010年にシベリスとブラームスのSPレコードからGHA蘇刻に成功して歓迎戴き、現在は在庫が尽きつつあります。そこで今般、これまで着手できなかったハンス・ロスバウト指揮西南ドイツ放送交響楽団と協演したベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲と、イサイ・ドブロウエン指揮フィルハーモニア管弦楽団とのショーソン:「詩曲」に最新のGHA蘇刻を施してしてヌヴーの没後70年追悼CDを作りました。初期のLPレコードと変わらない高音質でヌヴーの珠玉の音楽遺産をご堪能下さい。◎収録曲 (1) ショーソン:「詩曲」(Rec 1946) (2) ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 (Rec 1949) ◎ 制作者のバイオグラフィー 1967年九州大学大学院を修了。日本ビクター(株)研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学・教授、東京大学先端科学技術研究センター・客員研究員等を歴任し、現在は日本女子大学文学部・客員研究員として音文化の研究を行っている。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで、日本ビクター(株)に入社後は研究所に所属して10年以上に亘って録音スタジオと連携して音楽録音技術とアナログレコードの研究に取り組み、高品質レコードの研究で工学博士を取得、また、多くの録音セッションに参画してトーンマイスターの技量を修得した。研究開発領域では真空管を含むアナログ電子回路と回路網理論、そして信号理論を専門として音響用特殊電子機器の研究開発に携わり、ディジタルオーディオ時代以降は大学時代の音声合成認識研究の延長としてディジタル信号処理に取り組み非調和周波数解析GHAの研究を行なった。大学では音響工学と電子回路工学の研究・教育に携わり、GHA蘇刻の実用化を行なっている。大学時代から吹奏楽とオーケストラに参加してプロの音楽家との交流を通じて音楽を独学し、業務で修得した録音技術を駆使して70枚以上のGHA蘇刻盤を含む250枚を越えるCDを制作して今日に至っている。¥2,934 (税込)ご注文できません -
盤質:
- B
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- KK-USHI / JPN / CD / KSHKO-74 / 1007916342 / 2019年06月26日
売切 注文不可昭和時代に「題名のない音楽会」やネスカフェ・ゴールドブレンドのコンサートやCMで親しまれ、またアマチュア音楽団体に積極的に寄り添って懇篤に指導されたマエストロ、石丸 寛氏が他界されて今年で21年になります。石丸氏は音楽大学のご出身ではありませんが、芸術系学部ご出身で、故・山田一雄氏に師事して音楽家への道に進まれました。先の太平洋戦争で軍隊に召集され、戦後に福岡で絵画製作と大学合唱団などの指導をされていたのを、乞われて九州大学オーケストラ、九大フィルの指揮者となり、1952年に東京交響楽団を指揮してプロ指揮者としてデビュー、以降、同楽団をはじめN響、東フィル等々日本全国のオーケストラで活発な指揮活動を行なう一方、クラシック音楽の普及に情熱を注ぎ、地方のアマチュア・オーケストラや合唱団を多数育成されました。1994年に癌の告知を受けましたが音楽活動は休止する事なく、1997年4月に指揮者活動45周年演奏会でブラームスの『ドイツ・レクィエム』を指揮、同年12月のベートーヴェン:『荘厳ミサ曲』の指揮を最後に1998年3月23日に永眠されました。石丸氏は初めて公式に指揮をされた九大フィルを28回指揮されてアマチュアのレベルを超える演奏を聴かせられましたが、約30年前のベルリオーズ『幻想交響曲』は空前絶後のものでした。これまでマエストロ・石丸 寛&九大フィルの演奏は2タイトルCD化しましたが、この度『幻想交響曲』を令和時代初の追悼CDとしてリリース致しました。(販売元情報)【収録情報】1. ベルリオーズ:幻想交響曲 Op.142. レスピーギ:交響詩『ローマの松』【演奏者】九大フィルハーモニー・オーケストラ石丸 寛(指揮)録音:1985年 ライヴ(ステレオ)【マエストロ・石丸 寛の略歴】中国の青島で1922年に生まれ、1938年に帰国し1941年文化学院大学部芸術科に入学、管弦楽法と指揮法を山田一雄に師事した。指揮活動は九州から始まり、九州交響楽団を創設、1952年に東京交響楽団を指揮して中央楽壇にデビュー、以降、同楽団をはじめN響、東京フィル等々日本全国のオーケストラで活発な指揮活動を行なう一方、クラシック音楽の普及に情熱を注ぎ、地方のアマチュアオーケストラや合唱団を多数育成した。1994年に癌の告知を受けたが音楽活動は休止する事なく、1997年4月に指揮者活動45周年演奏会でブラームスの『ドイツ・レクィエム』を指揮、同年12月のベートーヴェン:『荘厳ミサ曲』の指揮を最後に1998年3月23日に永眠した。¥2,934 (税込)ご注文できません -
- KK-USHI / JPN / CD / KSHKO-70 / 1007823246 / 2019年01月23日
売切 注文不可● 指揮者 堤俊作没後5周年追悼 驚天動地のラフマニノフ・交響曲第2番日本を代表するクラッシック・バレエの指揮者 堤俊作氏が他界されて5年になります。1947年に大阪・茨木市で生を受けた堤氏は桐朋学園音楽大学演奏学科を首席で卒業され、数多くのバレエ公演、オペラ、そしてコンサートで活躍され、他方で多くのアマチュアオーケストラを育成されました。その指導姿勢はアマチュアだからと言って妥協する事のない峻厳なものでしたが、一部の大学体育系サークルや吹奏楽コンクールで上位入賞する一部の大学や高等学校の吹奏学部ので見られる様な様なブラックなものではなく、各メンバーに自主的且つ徹底的な課題の克服を求めるものでした。その指導の受け止めには団体によって温度差はありましたが総じて真面目に従っていて、中にはガチンコに受け止めて信じ難い演奏を聴かせてくれた例も多々有りました。私は学生時代には堤氏が指導したオーケストラに参加していて(と言っても堤氏ではなく石丸寛先生の指揮を仰いでいましたが)、縁あって堤氏の録音・録音・CD製作をお引受けする様になり・爾来難病に罹患されて指揮棒を手放された2011年までお付合いを致しました。堤氏が他界された2013年には堤氏がジュネーヴでの国際指揮者コンクールで同曲を指揮して優勝された直後に、九大フィルを指揮された「シェエラザード」を追悼CDとして製作しましたが、それから5年、今般は堤氏が残された信じがたい演奏を末長く残すために九大フィル創立80周年記念に演奏されたラフマニノフの交響曲第2番を制作いたしました。◎収録曲/録音年1) ラフマニノフ・交響曲第2番 1989年◎演奏者堤俊作 指揮九大フィルハーモニーオーケストラ◎ 堤俊作氏の略歴1947年大阪・茨木市で誕生。1970年に桐朋学園大学音楽学部演奏学科を主席で卒業し、1971年東京交響楽団指揮者に就任、1975年に東京シティー・フィルハーモニー管弦楽団を創設した。以降、札幌交響楽団専属指揮者、関西フィルハーモニー管弦楽団指揮者、静岡交響楽団 音楽監督、大阪市音楽団芸術顧問・主席指揮者を歴任し、その間、1994年にロイヤルチャンバーオーケストラを創設して音楽監督を務めた。海外ではロンドン交響楽団、スイスロマンド管弦楽団、シモン・ボリーバル交響楽団、イタリア・サンレモ交響楽団を指揮して好評を博した。コンサート指揮者と併せてバレエ指揮者としても日本を代表する存在であり、松山バレエ団、牧阿佐美バレエ団、井上バレエ団の音楽監督を歴任し全国各地のバレエ団で多くのバレエ公演を指揮した。2013年9月1日、多系統委縮症を罹患して66歳で逝去した。◎ 制作者のバイオグラフィー1967年九州大学大学院を修了。日本ビクター(株)研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学・教授、東京大学先端科学技術研究センター・客員研究員等を歴任し、現在は日本女子大学文学部・客員研究員として音文化の研究を行っている。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで、日本ビクター(株)に入社後は研究所に所属して10年以上に亘って録音スタジオと連携して音楽録音技術とアナログレコードの研究に取り組み、高品質レコードの研究で工学博士を取得、また、多くの録音セッションに参画してトーンマイスターの技量を修得した。研究開発領域では真空管を含むアナログ電子回路と回路網理論、そして信号理論を専門として音響用特殊電子機器の研究開発に携わり、ディジタルオーディオ時代以降は大学時代の音声合成認識研究の延長としてディジタル信号処理に取り組み非調和周波数解析GHAの研究を行なった。大学では音響工学と電子回路工学の研究・教育に携わり、GHA蘇刻の実用化を行なっている。大学時代から吹奏楽とオーケストラに参加してプロの音楽家との交流を通じて音楽を独学し、業務で修得した録音技術を駆使して70枚以上のGHA蘇刻CDを含む250枚を越えるCDを制作して今日に至っている。¥2,934 (税込)ご注文できません -
- KK-USHI / JPN / CD / KSHKO-68 / 1007805310 / 2018年12月26日
売切 注文不可ワインガルトナーの遺産:彫琢を極めたベートーヴェン:交響曲第8番ベートーーヴェンの交響曲第8番は、規模が小さい故にさほど重要な曲とは見なされていない感もあります。しかしベートーヴェン自身はこの曲の方が交響曲第7番よりも自信作だと考えていて、7番と8番が同時に初演された際に7番の方が8番よりも好評だった事にお冠りだったと伝えられています。今日ではベートーヴェンの交響曲第8番のCDは数多ありますが、それでもベートーヴェンの他の交響曲に比べるとマイナーな感じは否めません。しかしながらレコードの歴史を辿ると、この曲の演奏が絶賛されていたSPレコードが浮かび上がってきます。その指揮者はフェリックス・ワインガルトナー、フルトヴェングラーやワルターと同時期に活躍し、ウイーン国立劇場とウイーン・フィルの音楽監督を勤め、1942年に亡くなるまでに200枚とも言われるSPレコードを残しました。その中でこの曲は彼の得意とする物であり、何種類かの録音を残していますが、その中でダントツに評価されているのが1936年にウイーン・フィルを指揮して録音したベートーヴェンの交響曲第8番、当時の音楽評論家・野村あらえびすは同時期に録音されたベートーヴェンの交響曲第交響曲第7番と併せて“彫琢の極み”と絶賛しました。このレコードが録音された1936年はSPレコードの完成期、周波数帯域は8kHzまで拡げられ、第2次世界大戦後に登場したLPレコードに比べても音質的にさほど遜色はありません。今回、上記2曲のSPレコードが入手でき、当時の日本盤レコード特有の材料の良さに起因して盤面の状況が非常に良好だったので、8kHzの周波数帯域幅での蘇刻が出来ました。ワインガルトナーの類まれなる音色美感と指揮の冴え、そしてウイーン・フィルの芳醇な演奏技術をご堪能下さい。 (制作者より) 【収録内容】ベートーヴェン:[1] 交響曲第7番 (1936)[2] 交響曲第8番 (1936)【演奏者】フェリックス・ワインガルトナー指揮 ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団【制作者紹介】村岡輝雄1967年九州大学大学院を終了。日本ビクター(株)研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学・教授、東京大学先端科学技術研究センター・客員研究員を歴任し、現在は日本女子大学文学部で音文化の研究に取り組んでいる。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで日本ビクター(株)に入社し10年以上に亘って録音スタジオやレコード技術部門と連携して音楽録音技術とアナログレコードの研究に取り組んでレコードカッティング/トレシング歪みの研究で工学博士を取得。スタジオでの録音技術修得後は非調和周波数解析GHAによる歴史的なレコードの復刻に取り組んでいる。¥2,934 (税込)ご注文できません -
- KK-USHI / JPN / CD / KSHKO-62 / 1007766300 / 2018年10月31日
売切 注文不可● 1924年世界初録音のマーラー・交響曲第2番「復活」の復活! 1982年に登場したCD(コンパクトディスク)の録音時間は74分に規格化されています。これはカラヤン/ベルリンフィルによるベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」の演奏時間に合わせて決められましたが、昨今では約80分の録音時間のCDも登場していて早いテンポで演奏されたマーラーの交響曲第2番「復活」はCD1枚に収められています。しかしながら多くは演奏時間が80分を越えていて、CD2枚組とされています。この長大な曲が世界で初めて録音されたのが1924年、今日では忘れ去られているドイツの指揮者オスカー・フリート指揮のベルリン国立歌劇場管弦楽団によるものであり、ラッパ吹き込みで7枚(14面)組みのアルバムで発売され、日本でもかなりの枚数が売れたそうです。しかしそれに続くSPレコードの発売は1935年、1950年代のモノラルLPによる発売は見出す事は出来ず、ステレオレコード最初期の1958年に入ってワルター/ニューヨークフィルによって2枚組で発売されています。オスカー・フリートはワルターやクレンペラー、フルトヴェングラーと同世代の、ドイツで活躍したユダヤ系指揮者ですが、ナチスの迫害を逃れてソ連(現ロシア)に亡命し、不可解な死を遂げました。もし彼の亡命先がアメリカであったら、20世紀の大指揮者の殿堂入りを遂げていたでしょう。フリートによるマーラー/「復活」はラッパ吹き込みのために周波数レンジは150Hz~3.5KHz、全体の音量が小さくピアニッシモの個所は殆ど雑音に埋もれていますが、GHA蘇刻によってAMラジオ放送とほぼ同じ音質で復元されました。これは10年後の電気吹き込みのSPレコードに比べて遜色はなく、細かな音の動きも明瞭に聴取が出来ます。フリートの指揮は、精緻な棒捌きで構成は強固かつ起承転結は明確、仮にディジタル録音されていれば今日の特選CDに並ぶ傑作として高く評価されたでしょう。彼の「復活」が聴き継がれる事を望んでいます。【収録曲と録音年】グスタフ・マーラー交響曲第2番「復活」(Rec 1924)【演奏者】ゲルトルート・ビンダーナーゲル (ソプラノ)エミー・ライズナー (コントラルト)ベルリン大聖堂合唱団オスカー・フリート指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団◆制作者・村岡輝雄 バイオグラフィー◆1967年九州大学大学院を修了。日本ビクター(株)研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学・教授、東京大学先端科学技術研究センター・客員研究員等を歴任し、現在は日本女子大学文学部・客員研究員として音文化の研究に従事している。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで、日本ビクター(株)に入社後は研究所に所属して10年以上に亘って録音スタジオと連携して音楽録音技術とアナログレコードの研究に取り組み、高品質レコードの研究で工学博士を取得、また、多くの録音セッションに参画してトーンマイスターの技量を修得した。研究開発領域では真空管を含むアナログ電子回路と回路網理論、そして信号理論を専門として音響用特殊電子機器の研究開発に携わり、ディジタルオーディオ時代以降は大学時代の音声合成認識研究の延長としてディジタル信号処理に取り組み非調和周波数解析GHAの研究を行なった。大学では音響工学と電子回路工学の研究・教育に携わり、GHA蘇刻の実用化を行なっている。大学時代から吹奏楽とオーケストラに参加してプロの音楽家との交流を通じて音楽を独学し、業務で修得した録音技術を駆使して60枚以上のGHA蘇刻CDを含む240枚を越えるCDを制作して今日に至っている。¥3,259 (税込)ご注文できません -
- KK-USHI / JPN / CD / KSHKO-61 / 1007729123 / 2018年09月12日
売切 注文不可● ベルリンフィルの希少レコード オスカー・フリート、1928年録音の「シェエラザード」と「火の鳥」 1951年にLPレコードが発売され、針音が少なくて当時のラジオ放送やSPレコードの2倍以上の広帯域による音の良さによってHi-Fi(高忠実度)音響の時代が始まりました。 当初は輸入盤販売のために庶民には高嶺の花であったLPレコードも、5年後にはSPレコードの4倍程に安価になり続いて1000円盤が発売されて普及が加速しました。 その様な中、LPレコード自体もHi-Fiを誇示する様な録音が競って発売される様になり、シンバル等の打楽器がきらびやかに鳴り響き、金管楽器がバリバリ鳴って高音弦楽器が冴えわたり、低音弦楽器が唸る様な曲が好んで録音されました。その中でショウピースたる曲がR・コルサコフ/「シェエラザード」でした。 私が最初に驚嘆した「シェエラザード」のレコードはオーマンディー/フィラデルフィア管弦楽団による1953年録音コロムビア盤でしたが、その後アンセルメ/スロマンド管弦楽団、バーンスタイン/ニューヨークフィルハーモニー交響楽団、それにムードミュージックの大御所・モートングールドオーケストラ、そしてフリッチャイ/ベルリン放送交響楽団によるドイツグラモフォン盤などを楽しんだのですが、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団のものはカラヤンとマゼール指揮の2枚のみ、それらの演奏はさほど成功している様には聞こえません。それでも同オーケストラの演奏記録ではフルトヴェングラーも指揮しています。そこに思いがけなく希少なベルリンフィルのレコードを入手しました。1928年に今は忘れ去られているオスカー・フリートが指揮したSPレコードです。 フリートはワルターやフルトヴェングラーと同時代のドイツの指揮者で、マーラー/交響曲第2番「復活」やブルックナー/交響曲第7番などを世界初録音しています。その中の何枚かはGHA-CD化しましたが、非常に優れた指揮者だと実感しており、同時期に入手したストラヴィンスキー/「火の鳥」と併せて蘇刻しました。これらのレコードは盤面が非常に良好で、カーボンマイク録音ながら約7kHzの周波数帯域があるので、クリスタルピックアップ付きの蓄音機でLPレコードを再生したのと同等の音質を楽しむ事ができて、度胆を抜かれる事と思っています。◎ 収録曲と録音年[1] リムスキー=コルサコフ/交響組曲「シェヘラザード」(Rec 1928)[2] ストラヴィンスキー/組曲「火の鳥」(Rec 1928)◎ 演奏者オスカー・フリート指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団◎ 制作者のバイオグラフィー 1967年九州大学大学院を修了。日本ビクター(株)研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学・教授、東京大学先端科学技術研究センター・客員研究員等を歴任し、現在は日本女子大学文学部・客員研究員として音文化の研究に従事している。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで、日本ビクター(株)に入社後は研究所に所属して10年以上に亘って録音スタジオと連携して音楽録音技術とアナログレコードの研究に取り組み、高品質レコードの研究で工学博士を取得、また、多くの録音セッションに参画してトーンマイスターの技量を修得した。研究開発領域では真空管を含むアナログ電子回路と回路網理論、そして信号理論を専門として音響用特殊電子機器の研究開発に携わり、ディジタルオーディオ時代以降は大学時代の音声合成認識研究の延長としてディジタル信号処理に取り組み非調和周波数解析GHAの研究を行なった。大学では音響工学と電子回路工学の研究・教育に携わり、GHA蘇刻の実用化を行なっている。大学時代から吹奏楽とオーケストラに参加してプロの音楽家との交流を通じて音楽を独学し、業務で修得した録音技術を駆使して60枚以上のGHA蘇刻CDを含む240枚を越えるCDを制作して今日に至っている。¥2,934 (税込)ご注文できません -
- KK-USHI / JPN / CD / KSHKO-64 / 1007672116 / 2018年06月20日
売切 注文不可驚異のカーボンマイク・サウンド 今日でも「音の魔術師」と語り継がれる指揮者ストコフスキー、彼は指揮棒に代わって両腕と10本の指を自在に操ってオーケストラを指揮して、聴者に華麗にして豪壮な音楽を堪能せしめました。しかしそれは演奏会々場での話、同じ感動をレコードや放送で伝えるには音楽全体を統括するディレクターとマイクロフォンで収音した音を適切に構成する録音技術者(トーンマイスター)の共働が不可欠です。彼は録音に最も効果的な演奏を行なうと共に、ディレクターと録音技術者の役割も果たした稀有な指揮者でした。 ストコフスキーはそのために、オフシーズンにベルリンで音響学を学び、専属しているRCAの音響研究所や世界の電気通信研究の元締めたるベル研究所に赴いて、研究者と録音技術の討論・実験を行ないました。その成果として数々のヒットレコードを世に送り出したのみならず、世界初のアニメーション映画「ファンタジア」の音楽を残しました。 1882年に北ロンドンで生まれて幼少時より音楽に親しみ、ロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージック卒業後、1909年に指揮者デビューを果したストコフスキーは。1912年にフィラデルフィア管弦楽団の指揮者に就任して、1917年にブラームス/ハンガリア舞曲を録音し、そのレコードは大ヒットしました。そして1925年5月には世界初の電気録音であるサンサーンスの“死の舞踏”を皮切りに、バッハの“トッカータとフーガ”、チャイコフスキーの“交響曲第5番”、“未完成交響曲”、ドヴォルザークの“新世界交響曲”、ストラヴィンスキーの“火の鳥”、“春の祭典”、R・コルサコフの“シェエラザード”などを次々に世に送り出しました。それらの録音は今日の録音と比べても指して遜色のない音質を誇っています。 それらに使用されたマイクロフォンが”カーボンマイクロフォン” 略称”カーボンマイク”、と言ってもそれを知る人は数少ないでしょうが、1876年のグラハムベルが発明した電話方式の最初の実用電話機に送話器として用いられたマイクで、1950年代まで使用されていました。このマイクの周波数帯域は300Hz~3kHz、現在の携帯電話機と大差ありません。1925年の電気録音が開始された時もこのマイクが採用されましたが、そこでは真空管増幅によって50Hz~6kHzまで拡大されていて、第2次世界大戦が終わる頃まで録音や放送に使われていました。 ストコフスキーはRCAの録音技術者と一緒にこのマイクの効果的な使用法を試行錯誤して、現在の録音に対してもさほど遜色のない高音質録音に成功しました。このCDに収められている曲をお聴きになるとその音質の優秀さが納得されると確信しています。◎ 収録曲と演奏年[1] ブラームス:ハンガリア舞曲第6番(1917)[2] バッハ:小フーガ ニ短調(1931)[3] バッハ:トカーッタとフーガ ニ短調(1927)[4] バッハ:前奏曲 ロ短調(1929)[5] スーザ:「エル・キャピタン」(1930)[6] ヘンデル:「メサイア」よりパストラルシンフォニー(1917)[7] チャイコフスキー:組曲「くるみ割り人形」(1926) [8] デュカス:「魔法使いの弟子」:(1937) [9] ドビュッシー:「月の光」(1937)[10] スーザ:「星条旗よ永遠なれ」(1929)◎ 演奏者レオポルド・ストコフスキー:指揮 フィラデルフィア管弦楽団◎ 制作者のバイオグラフィー 1967年九州大学大学院を修了。日本ビクター(株)研究所・音響情報研究室長、武蔵工業大学・教授、東京大学先端科学技術研究センター・客員研究員を歴任し、現在は日本女子大学文学部・客員研究員として“音文化”の研究に従事している。高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で“ディジタル音響合成”の研究に従事して日本ビクター(株)に入社、研究所に所属して“アナログレコードの研究”と“高臨場感録音”の研究に専念して前者で工学博士を取得し、後者では録音スタジオに出向いて基礎実験と併せて実際の録音に参加して録音専門職¥2,934 (税込)ご注文できません
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