昭和100年記念特別企画 diskunion presents レコードでたどる日本とジャズ 第3回
昭和のバンドマンの息子として生まれ育ち、そのルーツである日本のジャズについて探求を続ける音楽ライター原田和典が綴る「レコードでたどる日本とジャズ」 第3回
自分は1990年にジャズ雑誌の編集部に雇われた。前回も触れたがこの年、1910~40年代のジャズに関する大規模な再発シリーズ「ブルーバード栄光の遺産」が出た。こちらはアメリカ人のジャズだ。さらに91年の末だったか、キングレコードから「日本ジャズ大系」という10枚組+特典CDつき(つまり計11枚)のボックスセットも出た。むろん、飛びつくように聴いた。中でもディスク1「SP時代のジャズ」が面白かった。ミッキー松山? フラターニティ・シンコペイターズ? キング・ノベルティ・オーケストラ? 杉井幸一? 佐野鋤? ああ、誰も知らない。だから余計にワクワクした。解説書を読むと筆者は「瀬川昌久」とある。即座にその名前が、自分の中で、「日本ジャズ史の水先案内人」となった。
私は戦前の「流行歌」を今の演歌(あらためていうが、このカテゴリーは日本の伝統音楽でも、心でも何でもない)の、「ジャズ・ソング」を今のJポップの原点だと思っている。ジャズ・ソングはダンス・ミュージックでもあり、年齢を問わず歌われるものであり、ゆえに平井英子やミミー・宮島など「子供ジャズ」と呼びたくなるような分野も生まれた。戦後、この「子供ジャズ」をより一般的にしたものというか、時代に合わせた敷衍版として私は初期の雪村いづみや江利チエミを置きたいし、さらにアイドル歌手の草分けとも称される梅木マリ(水島早苗門下)、5歳のときに日本コロムビアから保坂俊雄(サックス奏者。「なごり雪」で有名な歌手、イルカの父)の伴奏でレコードを出した後藤久美子(ゴクミとは同名異人)、マーサ三宅に学んだもののザ・タイガースの映画で沢田研二の恋人役を演じることになった久美かおり等もその延長上に見たい私だ。ちなみに70年代の超特大アイドルである天地真理はナンシー・ウィルソンのファン、やはりアイドルで80年代後半に事故で他界した志賀真理子は将来的にはヘレン・メリルのような歌手になれたらと語っていたという。
話を戻す。戦前、ジャズがいかにかっこよく捉えられ、それでいて「敷居の低いもの」として親しまれていたかは、キング、コロムビア、ポリドール、ビクター等から量産されたジャズ・ソング(今世紀に入って一気に復刻が進んでいる)、そして映画を見ると伝わる。映画が無声からトーキー(映像と音声が同期した映画)に移り変わった時、新たに求められたのは滑らかにセリフを語る訛り控えめの俳優、いい声の俳優、すぐれた録音技師などであろう。そしてここに、「映画音楽」の需要がとてつもなく増した。それまでも映画のイメージ・ソングのような形でのレコードはいろいろ発売されていた。が、今度は映画の画面に音楽がくっついてくるのだ。そこに求められる響きは何か? そう、ジャズである。そもそもこの時代、ロックもファンクもテクノもシューゲイザーもない。あったのはジャズとクラシックぐらいか。だがクラシック(not現代音楽)は基本的に19世紀以前の西洋の作曲家の楽曲を譜面に従って演奏するものなので、映画のための音楽を新しく作って画面にはめていくとしたら、そこはジャズの作曲家や演奏家に頼むしかないのだ。しかもジャズはソロからビッグバンドまで編成は自由自在だし、楽器編成に禁じ手はないし、アドリブの精神で臨機応変に対応できるのだから、これは映画会社にとっても願ったり叶ったりではないか。私の知る限り、日活アクターズ・ジャズ・バンド、蒲田アクターズ・ジャズ・バンドという楽団もあった。後年の大監督である島耕二も在籍した前者のコンセプトは、そのまま、和田浩治、山内賢、杉山俊夫などが1960年代に組んだエレキバンド、ヤング・アンド・フレッシュに伝承されているのではとも思う。
戦前のジャズと映画の蜜月をダイレクトに感じられる作品としては、五所平之助監督の『マダムと女房』、加賀四郎監督(加賀まりこの父)の『舗道の囁(ささや)き』がいい。ほか、ピー・シー・エル映画製作所(東宝の前身)がらみのものも猛烈にモダンだ。どんなジャズ・ナンバー(アメリカン・ソング)が翻訳されて挿入されているか、ほか、いかに粋な演出がなされているかについては、佐藤利明の著作『P.C.L.映画の時代 ニッポン娯楽映画の源流 1932-1937』(フィルムアート社)に詳しい。私がそこに加えることなど何もないが、実演シーンにおけるヴォーカル・マイクのデカさ(顔の大きさほどあるのだ)にはびっくりした。歌がしっかり録れていれば、伴奏の音などしょぼく聴こえてもいい、という感じだったのかしらん。
日本で「インストゥルメンタルのジャズを聴く」ということが当たり前になったのは、いつ頃からなのだろう。現時点での私の知識では、演奏だけ入った戦前日本ジャズのレコードは極めて少ないと言わざるを得ない。南里文雄のトランペットと角田孝のギターがフィーチャーされた「ラスト・ラウンド・アップ」や、角田が上田仁のピアノと演じる「イッチング・フィンガーズ」のなんと貴重なことか。だが「ラスト~」はカントリー&ウェスタンの大御所、ジーン・オートリーの当たり曲であり、せめてディレクターには、南里にルイ・アームストロングや(ルイに傾倒する前、大好きだったという)レッド・ニコルス関連の曲も録音しませんかと呼びかけてほしかった。
さらに、“この時期に、まさかこれを!と私を驚かせたものとして、ピアニストの和田肇(先に触れた和田浩治の父)による、ジェイムズ・P・ジョンソンの楽曲カヴァーが存在する。ジェイムズ・Pの別名は“ストライド・ピアノの父”、いわゆるハーレム・スタイルの始祖であり、彼が幹だとすれば、その枝葉がデューク・エリントンであり、セロニアス・モンクであり、セシル・テイラーである。和田肇が昭和8年に録音したのは“黒人狂詩曲「ヤミクロー」”。1927年に書かれた「Yamekraw, a Negro Rhapsody」を、紙恭輔指揮のオーケストラとの共演という形で、78回転盤の両面にわたってプレイしている(約6分)。この吹き込みについての私の推測は「ブルース&ソウル・レコーズ」誌の連載記事を参照いただきたいが、戦前の先人たちの鋭いセンスに感服するしかない。なお「Yamekraw」は、1962年にジャッキー・バイアードもアルバム『ハイ・フライ』の中でとりあげている。さすが有識者バイアードである。
ほか、インストものとして押さえておきたいのが“軍歌や民謡のビッグバンド・スウィング化”である。今回改めて聴きなおして、まず唸らされたのが、小関ローイ・ジャズ・バンドの「信号ラッパ」(昭和6年10月録音)。いわゆる満州事変勃発翌月の吹き込みだが、「ビューグル・コール・ラグ」をここまで味噌汁と焼き魚のテイストに仕上げるとは驚くしかない。あとは谷口又士編曲の日本ビクター・ジャズ・オーケストラの「軍国に躍るリズム」(昭和12年8月録音)、平茂夫(ザ・ドリフターズの加藤茶の伯父)編曲の「海の勇者(つわもの)」(昭和14年6月録音)もすごいと思った。こちらが原曲を知らないということもあるけれど、「もともとジャズのレパートリーでした」と言われたら「やっぱりそうでしたか」と信じ込んでしまいそうなほどのスウィング感だ。おそらく原曲では勝て、負けるな、やっつけろだのと勇ましく歌われているのかもしれぬ、が、インストだと当然、そのあたりの言語情報はゼロだ。それが歌のない音楽の良いところでもあり、言葉のある音楽に人気が及ばないところでもあろう。なんだかんだ言って人々は、人声で歌われる母国語が好きなのだ。
ほか、戦前の日本ジャズについて調べていて改めて思ったのは、ポール・ホワイトマンやハル・ケンプのオーケストラ、ボイド・センター、テッド・ルイス、カサ・ロマ・オーケストラなどへの熱い支持である。今となってはホワイトマンがビックス・バイダーベックやエディ・ラングやビング・クロスビーを輩出したことで語られる以外、ほぼ等閑視されているような気がするが、戦前の日本のジャズ・ピープルの気持ちを疑似体験できるのは、決してキング・オリヴァー→ルイ・アームストロング→ロイ・エルドリッジとか、コールマン・ホーキンスvsレスター・ヤングとか、そのような“正当になってしまった”系譜ではない、との思いは強まるばかりだ。
以上長々と書いてきたが、といっても戦前ジャズは、たとえそれが日本人の演唱であっても「遠いもの」である。冷静に考えたら80年も90年も前の録音を喜んで聴くなど相当にニッチな趣味だ。が、こうした音楽を一気に自分に近づけてくれるコンサートを私は何度か体験した。それは、前回にも書いた「ぐらもくらぶ」のおかげである。この団体のすごいところは旧録音を新たな視点でコンパイルして(要するに今の人たちにアピールするように、ポップに)届けているだけではなく、実演としてそれらの曲を伝えるところにもある。といってもスコア(総譜)などは現存しないので、音楽監督で弦楽器奏者の青木研が78回転盤を何度も何度も繰り返し聴いて、音のかたまりというか糸をときほぐすように記譜、それを、意欲と技術を併せ持つ現役ミュージシャンがナマの演奏や声で届けてくれるのだ。ぐらもくらぶ関連のコンサートや、彼らのelaborationの集積であるニュー・レコーディング『大土蔵録音』の連作に魅せられてしまうと、「戦前サウンドは陳腐だなあ。それに比べて今のジャズはなんと進歩したのだろう。進歩っていうのは、時代が新しいっていうのは、無条件に素晴らしいなバンザイバンザイ」という気持ちなど、沸きようがない。
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