<連載>原田和典のJAZZ徒然草 第119回

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2021.11.25

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ビートが溢れまくる初の長編監督映画『POP!』が話題必至。R&B/ヒップホップを愛する気鋭の才人、小村昌士監督に話をきいてみたぜ

ジャズ・ピープルはもちろん、劇作家、役者、パンクロッカーなどさまざまな方にご登場いただいている当コーナーだが、映画監督は初めてかもしれない。が、長編初監督作『POP!』(12月17日より新宿武蔵野館ほかロードショー)、およびYouTubeソーシャルドラマ『エミリと太陽』における音楽の使い方ときたら、タメが利いていて、画面との相乗効果で躍動しているようにも感じられて、“この監督は絶対にとんでもない音楽好きに違いない”と思わせるに十分なものがある。小村昌士という名前は、僕の頭にガッチリと刻まれた。
そこで質問してみたら、R&Bやヒップホップが大好きというではないか。1992年生まれ、子供の頃からブラック・カルチャーに魅力を感じていたという。僕はたぶんその3つか4つ前のジェネレーションに属し、R&Bというと“リズム・アンド・ブルース”の略であり、ヒップホップというと“ラップ+スクラッチ+ブレイクダンス+グラフィティ・アートの集合体”というイメージで育った世代だが、小村監督の話を聞いてますます現代R&Bやヒップホップへの関心が湧いた。さっそくトークをご紹介したい。

<小村昌士監督 ©2G FILM>


---- シュールな物語と刺激的なビートの重なりあいが、『POP!』の大きな魅力のひとつであると僕は感じました。Aru-2さんに音楽を依頼したいきさつを教えていただけますか。

小村昌士 Aru-2さんのことはKID FRESINOとジョイントしたアルバム『Backward Decision For Kid Fresino』(2014年)で初めて知ったんですよ。それで好きになって、新しい作品が出るたびにチェックしていたんです。何度かライブのパフォーマンスも見て、また好きになって。「MOOSIC LAB[JOINT]2020-2021」で映画を撮るということが決まって、「アーティストは誰にしますか?」ときかれたときに、すぐ「Aru-2さんがいいです」と答えました。

---- 「MOOSIC LAB[JOINT]」は“時代を打ち鳴らす音楽×映画の祭典”という言葉で紹介されているプロジェクトですね(2012年開始)。

小村 打ち出し方として、映画×音楽、監督×アーティストというところがあります。そのアーティストの選びが重要なので、ここはぜひAru-2さんにお願いしたいと。自分が本当に好きな人じゃないと説得力がないなと思って。それこそ、ああいうビートがガッツリ映画の中で鳴ってるのはあんまりないなと思ったんです。Aru-2のビートが劇場でかかるような映画を作りたいという動機から始まって、物語の世界観とAru-2さんのビートの持っている世界観みたいなのがうまくマッチすればいいなと思って制作しました。

---- Aru-2さんには、どんな感じでオファーなさったのでしょうか。

小村 いちばん初めはプロットを送りましたね。初めましてだったので直接連絡して、脚本ができる前だったんですが「こういう話です」と伝えて、あと衣装のデザイン案とかも送った。即答で「やります」と、おっしゃっていただいて。で、初めに送ってくれたデモは、映画の邪魔をしない感じの音楽だったんです。でも、僕が欲しかったのはもともと僕がずっと聴いてきたAru-2さんのビートだった。それを映画にぶつけたかったので、「すいません、今までの全然違くて」みたいな感じで正直に言ったら、すごく快く受け入れてくれたというか、「好きなのを使っていいから」という感じで未発表の曲とかデモも全部送ってくれて。

---- プロットを読んだら、なかなかありえないストーリーで戸惑うかもしれないと思うんですが・・・・

小村 けっこうすんなり受け入れてくれました。「面白いと思います」って。

---- 『POP!』を見ても『エミリと太陽』を見ても、小村監督は本当に音楽を大切にしている印象があります。幼い頃、初めて意識した音楽は何ですか?

小村 父親の影響が大きいです。割と幼少の時から父親が車の中でかけていたのが、アース・ウィンド&ファイアーだったり、マイケル・ジャクソンだったり、マライア・キャリーだったり。本当に小さい時から聴いていて、いわゆる邦楽っていうかJポップとかの前にそれがあったんで。小さい時はマイケル・ジャクソンの曲で踊ったりしましたし、その流れがあって、小学生の段階でヒップホップを聴いていたんですよね。5、6年生の時から50 Centとか、Jay-Zとか、いわゆるUSのヒップホップを聴いていました。

---- 言葉も理解できて。

小村 いや、「なんか、いいなぁ」みたいな感じですね。ブラック・カルチャーはテンションが上がるし、単純にかっこいいなという憧れがあります。すごい感動したのがJay-Zの『The Black Album』(2003年)。たしか引退表明をした頃に出したアルバムなんですけど、「うわ、すごいな」という感じで、だんだん聴いていると特に好きな曲が出てくる。で、ほかにもいろんなアーティストを聴きつつ、「この曲とこの曲と似てるな」みたいなのがいろいろ出てきたら、実はプロデューサーが一緒だったというような。そうして好きになったのが9th Wonderファレル。「ビートはプロデューサーで決まるんだ」と気づいたんですよね。で、そっちに目が行くようになったっていうか。

---- 9th Wonderなどのプロデューサーや、ビートメーカーを発見していくなかで、監督の中で音楽の人脈図みたいなものが拡がっていった。

小村 そうですね。あと、家でケーブルテレビを見てて、Jay-ZのPVとかを目の当たりにしていた時に、「Jay-Zの横でずっと歌ってる人、誰や?」みたいな。これがファレルなのかって(2003年「Excuse Me Miss」)。携帯やパソコンを持つ前だったので、そういうところから情報を得るしかなかったんです。そう、だから、ファレルからも影響受けていますね。見た目も好きなんですけど、作る音楽もめちゃくちゃ好きですし。僕は音楽の技術的な知識はないので、感覚的なことでしかないんですけど、ファレルの曲って途中で急にまったく違うリズムとかメロディになるのがあって。タイラー・ザ・クリエイターの曲にもあるので、タイラーもファレルの影響を受けてるのかなって。僕はタイラーも好きで、彼らの音楽の作り方は僕の映画の作り方に影響しています。

<Aru-2『Backward Decision For Kid Fresino』>


<Jay-Z『The Black Album』>



---- タイラーの最新作『Call Me If You Get Lost』は、個人的には2021年ベスト・アルバムのひとつです。

小村 そういうノリの音楽ばっかり聴いていて。いわゆるロックっていうんですかね、銀杏BOYZとかブルーハーツとか、僕らの世代でも聴いてる人はいてて、もちろん知っているんですけど、僕が魂を揺さぶられるのはヒップホップですね。ジャズだけ聴くのは・・・・そんなにないですね、サンプリングで耳にするくらいで。マッドリブはすごい好きですが。何年前かに来日して大阪でもライブがあって、それは行きました。マッドリブはもろにジャズのサンプリングをしていたりとか、別名義でジャズをやっているでしょ。

---- イエスタデイズ・ニュー・クインテットですね。

小村 僕にとってのジャズというと、あれになる。

---- マッドリブの叔父は、ジョン・ファディスというベテランのジャズ・トランペッターなんです。

小村 ビートメーカーの知識を広げていく時に、J Dillaやマッドリブには絶対当たるんです。ビートメーカーの人たちが、影響を受けている二人だと知ったんです。マッドリブはJ Dillaよりアドリブ感があると思いますね。ビート自体がけっこうアドリブな感じがします。あとは、「Summer Madness S.A.」が入っているカリーム・リギンスの『Alone Together』(2012年)も面白かったですね。大阪の実家にあります。

---- あの青っぽい白黒のジャケット、僕はジャズ・アルバムだろうと思って買ったので、聴いてびっくりした記憶があります。カリームは、たとえばオスカー・ピーターソンというジャズ・ピアノの巨匠と演奏するような、正統派のジャズマンとしての一面も持っているので。

小村 カリームのビートに関しては、なんかかっこいいなと思って、またすごい人が出てきたなという感じでしたよ。だけどジャズ・ドラマーでもあるとは知りませんでした。ストーンズ・スロウというレーベルは、マッドリブの流れでチェックしていますね。

---- ストーンズ・スロウには僕みたいなジャズ者とヒップホップの世界を近づけてくれたところがあって、リスペクトしているんですよ。

小村 (創始者の)ピーナッツ・バター・ウルフは人脈もすごいし、むちゃくちゃいろんなレコードを所有してるんですよね、確か。

---- ストーンズ・スロウではイーゴン(Eothen “Egon” Alapatt)にも勝手に親近感を持っています。確か、ビリー・ウッテンの『ライヴ』というCDのライナーノーツにイーゴンの英語解説の日本語訳と、僕の解説文が一緒に載っているんです。ところで今、推している若手アーティストはいますか?

小村 ジョイス・ライスはすごい好きです(2021年、ファースト・アルバム『Overgrown』発表)。お母さんが日本人だったかな? Mndsgn(マインドデザイン)っていうビートメーカーの方がプロデュースしていて、そこから知ったんですけど、すごく個性的な声で、すぐジョイス・ライスだとわかる。

<タイラー・ザ・クリエイター『Call Me If You Get Lost』>


<カリーム・リギンス『Alone Together』>


<ジョイス・ライス『Overgrown』>


---- 僕は監督に勧められてジョイス・ライスのことを知ったんですが、確かに個性的な声ですし、「On One」のMVの中で女性3人でワイワイ楽しそうにするところとか、ちょっと日本の映画『Cosmetic DNA』(大久保健也監督)を思い出すところもありました。このへんで『POP!』に話を戻したいのですが、主人公の柏倉リン役を演じるのは小野莉奈さん。僕は映画『アルプススタンドのはしの方』に出ている小野さんの印象が強いので、『POP!』でのウィッグとか衣装にはびっくりしました。

小村 柏倉リンというキャラクターができる前に、すでに小野さんが出ることは決まっていて、まず小野莉奈をどうするかというみたいなところから始まっている企画なんです。この衣装に関しては・・・・チャリティ番組(テレビ番組『明日のアース』のパーソナリティという設定)なら、割とこれくらいのことをやっても良いんじゃないかなって思ったんですよね。もう着るしかないみたいな状況にしたいなと思ったので。プレッシャーを与えつつも変な格好をさせられているみたいなところで・・・・狙ってやりましたね、ウィッグとかも。

---- ハートとケツの間をさまようウィッグですね。見ながら「あれはすごく重いだろうな」とかいろいろ考えました。

小村 重たかったらしいですね。

---- 監督がデザインした?

小村 「頭のウィッグは、こんなんつけたい」とお願いしたら、これはヘアメイクの方が作ってくれたんです。

---- 柏倉リンが、収録か何かを終えて椅子に座っていたらヘアメイクさんが飛んできてウィッグの毛を丁寧に直す。ガチガチに固められていて、ちっとも乱れていないにもかかわらず。柏倉リンのほうが疲れているのに、番組の商品価値的にはウィッグのほうが大切にされているというか。ほかにも吹き出してしまうところがいっぱいありました。登場人物みんなが真面目にやればやるほど、見ている側は面白みが増すという。

小村 僕の思っているコメディの要素、滑稽さとかは、真面目にやればやるほど面白いみたいなところと、あとちょっと事故的な笑いっていうのを割と狙っているところはありますね。この格好で出るのがチャリティ番組という時点で事故なんですけど、さらにその裏を出すこと、わざわざ見せるほどの世界じゃないかもしれないですけど、ウィッグを直したりは絶対やってるはずだろうし。

---- 柏倉リンはチャリティ番組だけでは生活していけないから、炎天下でも真面目に駐車場のアルバイトをやって、もうひとりのアルバイト員がサボった時は二人分働いて、どうしても用を足したくなってたまたまショッピングモールのお手洗いに行っただけで、それを見た人から放送局にクレームが来て・・・・やるせない感じがすごい。

小村 チャリティって別に悪いことじゃないけども、怖いなとも思ったんですよね。すごいプレッシャーがかかる言葉だと思って、まず小野さん演じる柏倉リンに背負わしたんですけど、でもそれってすごくすごく広い目で見たら日本人が背負っていることでもあるんじゃないかなと思って。チャリティがある国って多分、割と恵まれている国だと思う。お金がない国で募金は募れないだろうし。全然いいことなんですよ、でもすごく上からな感じがするんですよね、チャリティっていうもの自体が。チャリティをやってるけど、全然日本人も困ってるよねっていうか、そこはちょっと狙って突いたところはある。プラス、柏倉リンは女優志望なのに、こんな格好でチャリティのメインパーソナリティをやらなあかんジレンマっていうか。

---- チャリティの募金額は目標に全然達していないし、リンは本当は女優志望で、本人は夢に向かって、毎日の一瞬一瞬を本当に真面目に必死にやっている。だけどそうするほど周りから浮き上がってきて。

小村 だから僕のなかでもコメディと言いつつ、悲しい話にはなっています。希望をもたせるようなラストシーンで終わってはいるんですけど。柏倉リンという真面目な女の子を小野さんが演じることによって、素の小野さんが持っている変な魅力みたいなのがにじみ出るんじゃないかなと思ったんです。

---- 「明日のアース」にはディアンジェロさんという人物も登場しますね。これは、あのディアンジェロに由来するんですか?

小村 音楽家のディアンジェロも好きなんですけど、僕にはもう一人好きなディアンジェロがいて、ディアンジェロ・ラッセル(NBAのミネソタ・ティンバーウルブズに所属)という選手です。すごい推してます。で、ディアンジェロという名前は良い響きだなって思っていたので。NBAは今も見て、チェックしています。でもあんまり話せる人がいなくて、たまにいるとテンション上がってめっちゃ喋っちゃう。僕は中高ともバスケ部で学生時代は部活動に打ち込んでいたんですけど、映画もお笑いとかも好きでしたし、漠然と何か作りたいなくらいの気持ちではいましたね。モノ作り的なところに行きたいっていうのがなんとなくあって、映画は自由にいろいろできるんじゃないかと思って。

<映画『POP!』より ©2G FILM>


<映画『POP!』より ©2G FILM>


<映画『POP!』より ©2G FILM>


---- ほか、監督の感性を形成してきたアルバムは?

小村 ファレル・ウイリアムスの『In My Mind』(2006年)、5lack (S.l.a.c.k.)の『5 sence』(2013年)、9th Wonder の『The Wonder Years』(2011年)は若い頃にむちゃくちゃ聴いてて影響を受けていると思います。あとBUDAMUNKもよく聴いていましたね。Aru-2もそうなんですけど、たぶん作り手の個性、いわゆるオリジナルな部分が突出してるアーティストが好きなんだと思います。なんかビジネス的な感じがしないというか。今回の映画も、Aru-2のビートが劇場でかかるような映画を作りたいというところから始まりました。ぜひ劇場で映画の物語と一緒に音の鳴りも体感していただけたらと思っています。
(取材協力=ムービー・アクト・プロジェクト)

<ファレル・ウイリアムス『In My Mind』>


<5lack (S.l.a.c.k.)『5 sence』>


<9th Wonder 『The Wonder Years』>



●『POP!』
これが長編初監督作となる小村昌士監督が、『アルプススタンドのはしの方』などインディーズ映画界で注目される小野莉奈を主演に迎え、大人と社会の矛盾をシニカルな笑いとともに描いたコメディ。若手クリエイターの作品を対象とした「MOOSIC LAB[JOINT]2020-2021」のコンペティション部門でグランプリと最優秀女優賞をダブル受賞。
●小村昌士
1992 年大阪府出身。大阪芸術大学映像学科を卒業後、ENBU ゼミナール映画監督コースに入学。これまでに数本の監督作と脚本作、また役者としての出演作がある。15 年、脚本として参加した大学の卒業制作作品『APOLO』が、第 28 回東京学生映画祭入選。16 年、第 12 回 CO2 助成作品『食べられる男』に脚本で参加。ニッポンコネクション 2016 ニッポン・ヴィジョンズ審査員特別賞を受賞。21 年、初の長編監督映画『POP!』は MOOSIC LAB[JOINT]2020-2021 グランプリ・最優秀女優賞を受賞した。シニカルな目線で描くコメディ作品を得意としている。

<映画『POP!』ポスター>


■コピーライト表記:©2G FILM
■配給宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト
■公開表記:12月17日(金)より新宿武蔵野館ほかロードショー!