<連載>原田和典のJAZZ徒然草 第126回

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2023.11.21

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ブラジリアン・ミュージックに対する長年の愛と情熱、そして「楽しい驚きを届けたい」という視点。「ブラジル音楽の秘宝」シリーズを監修した小山雅徳さん(ムジカ・ロコムンド)に思う存分、語ってもらったぜ



私の知る中で、最も熱心にアナログ盤を集め、ジャンルを越えて聴きまくり、普及・啓蒙している人物のひとりが「ムジカ・ロコムンド」の小山雅徳さんである。去る10月には「Peter Barakan's LIVE MAGIC! 2023」にDJとして登場、その雄姿をご覧になった方も少なくないだろう。私はこれまで小山さんとジャズ・ファンクについて会話し、アントニオ・カルロス・ジョビンミルトン・ナシメント等ではないブラジル音楽について教えていただき、今度はケヴィン・エアーズ等のカンタベリー・シーンについてもお話をうかがおうと思っているのだが、部屋の床を盤の重みでたわませつつ、いまなおレコード店に日参し続けるパワーには敬服するしかない。「ブラジル音楽の秘宝」シリーズ(9月6日、全16点発売)は、小山さんの圧倒的な知識と情熱のたまものだろう。エビフライ定食(ごはんにはゴマ塩がかかっていた)に舌鼓を打ちつつ、インタビューは進んだ。


---- 改めて、「ムジカ・ロコムンド」創設のきっかけを教えていただけますか。


始まりは1997年頃、恵比寿駅を挟んで「中南米音楽(MPB)」誌と「ラティーナ」誌の編集部が分かれていた時代です。当時の「中南米音楽」ではケペル木村さんがCDのディストリビューターをしていて、ブラジル盤やアルゼンチン盤を仕入れて販売していました。そこにレコード店「マニュアルオブエラーズ」の伏黒新二さんをはじめ、いろんな音楽好きの人たちが集まってきて、ケペルさんの仕事が終わった後に毎晩のように飲み会になって、「この音楽いいよね」みたいなのをやり取りがあるうちに、ごく自然に活動が始まりました。そして伏黒さんが、一冊目「ムジカ・ロコムンド―ブラジリアン・ミュージック・ディスク・ガイド」の音頭取りをしてくださいました。「マニュアル~」は高円寺のお米屋さんのビルの上にあったんですが、1階はカレーを出すカフェで、月に1回だか2回だったか、そこで夜通しイベントもしました。そのイベントには出版社の人も来ていましたので、自然に本を出そうという話になったと記憶しています。


---- 本のコンセプトはいつ頃、できあがったのでしょうか?


話し合ううちに「ブラジル音楽を中心にした本を出そう」と意見がまとまって、「いろんな出版社からサンバやボサノバに関するものは出ているけれど、もしかしたらカエターノ・ヴェローゾマルコス・ヴァーリをまるまる載せる本はないよね?」という話になりました。彼らは「ムジカ・ロコムンド」にとってビートルズに相当する重要なアーティストだから、そういった音楽家の作品はほぼ網羅したいという思いがありました。


---- その一冊目は、2000年5月に発売されました。発売と同時期から、掲載されている盤の再発も始まっていた覚えがあります。


一冊目を出した前後には、各レコード会社に声をかけていました。当時のユニバーサルミュージック、東芝EMI、BMGファンハウスのディレクターがとても協力的でしたし、マルコス・ヴァーリのEMI盤をほぼ全部出すことができました。マルコスとレーベルメイトであるGREAT3片寄明人さんが選曲したプロモーションオンリーのCDも作ったりできました。本に出ているものをなるべくCD化しようという活動はずっと続けていて、これまで200タイトルぐらい出しましたね。


---- 今回の「ブラジル音楽の秘宝」のプランは、いつごろから具体化したのでしょうか?


去年がブラジル建国200年だったので、そのタイミングで何かできないかと話をしていた中のひとつにこの案がありました。最初、こちらが提出した再発希望リストには100タイトルほどの作品があがっていたんですが、許諾が下りたのは16タイトル。今、フィジカルとして出せるものは、メーカーごとに多少の違いはあると思いますが、まずはデジタル音源の有無がポイントになってきます。カルロス・ワァルケルの『ア・フラウタ・ヂ・パォン』に関してはデジタル音源があることはわかったんですが、最後の最後まで返事が来なかった。「この作品が出せなかったとしても、シリーズのカラーは変わらないかもしれないけれど、出すことができたら、シリーズにもっと多様性が出る」と思ったとき、「ちょっと待ってみよう」と思って、発売日を一か月延ばしてもらいました。ブラジルからOKが来たときはホッとしましたね。



---- 私は今回、カルロス・ワァルケルの名も、『ア・フラウタ・ヂ・パォン』の名も、初めて知りました。そして「いまこそ聴かれるべき作品だ」と思いました。


彼はすごく誠実なシンガーソングライターですが、「ムジカ・ロコムンド」を始めた頃はそれほど知名度がありませんでした。この20年の間に人気がウナギ上りになって、『ア・フラウタ・ヂ・パォン』(75年)は、このシリーズの中で一番売れています。ディスクユニオンのスタッフと話したときも、「プロモーションしなくてもどんどん在庫がなくなっていく」と言っていました。


---- 一種、預言者的なシンガーソングライターなのかとも感じています。ライヴが見たくなりました。


まだ現役なのが嬉しいです。解説を書かれているWillie Whopperさんに間に入っていただき、ブラジルのカルロス・ワァルケルにアクセスしていただきました。本人も今回の世界初CD化に関してたいへん喜ばれていて、ご自分のSNSで感動のコメントを書かれています。今回の発売元であるソニーさんに頼んで、ご本人にサンプル盤をお届けしたところ、そのCDを持った写真をインスタに掲載してくれました。そこには、初CD化を喜ぶ世界中からのシンガーソングライター・ファンからのコメントがたくさん寄せられていました。


---- 素敵な話です。監修者冥利につきますね。ほか、再発で心がけたことは?


デジタル配信するときには、パソコンや携帯でも見やすいように、もともとのLPのジャケット・デザインを改変することが多いんです。文字を大きくしたり、より目立つような写真を用いたり。今回の再発に関しても、本国から「デジタル用に作ったジャケット・デザインで出してくれ」という要望がいくつかありましたが、「今回は趣旨が違う。日本の再発は極力オリジナル・デザインに近づけて出したほうがお客さんに喜ばれる」と伝えて、オリジナル・デザインを揃えました。


---- ゴリラのジャケットが印象深いペドロ・サントスの『クリシュナンダ』(68年)あたり、やっぱり「もの」として持っていたいですよ。


この作品は海外の目利きのレーベルからすでに再発されていましたが、今回、大元のソニーからリーズナブルな値段で出せることに価値があるんじゃないかと思い、初CD化ではないですがラインアップに加えました。このアルバムをプロデュースしているのは、タンバ・トリオエルシオ・ミリト。“タンバ”という自作楽器の音をサンバジャズの中に取り込んでいる方で、やっぱり同じ打楽器奏者で以前から独特の音を操っていたペドロもエルシオの共感を得て、好き放題にプレイしている感じがあります。当時のブラジルCBSではエルシオがけっこうレコードのプロデューサーとして活躍していて、この『ドン・サルヴァドール』(69年)もその一枚です。




---- リオ65トリオのようなアコースティックな路線とは、ガラリと変わって。


ドンが完全にポップフィールドに入った一枚で、ポップとロックとソウルとブラジルが混じったような音楽性の方、黒人としての音楽性みたいなものを強く出していくような音楽性に向かっていった時期の作品です。ポップなものも出してみたいという気持ちがあったんでしょうが、やっぱり名人ですから、ブラジルの昔の民謡、自分のオリジナル、その当時流行ったポップな曲も、彼ならではの鍵盤さばきで自分のものに料理しているところが非常に楽しいですね。坂尾英矩さんの解説もぜひ読んでほしいんです。坂尾さんは美空ひばりのブラジル公演の時に楽団を編成したり、演奏した方です。ご健在な方の中では、ボサノバ前・ボサノバ後の時代を日本人ミュージシャンとして現地で体験した唯一の存在だと思います。ドン・サルヴァドールと共演したこともあり、解説の中ではそれについても触れられています。


---- 「ブラジル音楽の秘宝」では70年代~80年代初頭の発表作品も、充実していますね。


このシリーズの、もう一つの大きいくくりは「ブギー」なんです。最近、ブギーのコンピレーションがいろいろ出ていて、レコード屋さんのキャッチコピーでも「今、流行りのブギー」とか、よく見ますよね。


---- それと、北アメリカの黒人音楽の「ブギウギ」と、いまNHKの朝ドラでやっている「日本の歌謡曲としてのブギウギ」があって、ブラジル音楽にも「ブギー」がある。


個人的には、ロックではBORN TO BOOGIEのマーク・ボラン、“ブギーの雄”スティタス・クォーの印象もあります。ブラジルのブギーは、腰にくるリズムに延々と踊っていられるような麻薬的なビートに尽きるのではないかと感じています。そこに良い塩梅のいなたいメロディが重なるという最強の音楽であると解釈しています。その中で、ブラジリアン・グルーヴ再評価の一番の立役者といえるのがジュニオール・メンデスの『コパカーナ・サヂア』(82年)です。




---- 私が聴いた第一印象は「おお、ブラジルのシティ・ポップだな」というものでした。


どの時代にもどこの国にもやっぱり最先端の音をやりたいミュージシャンがいる、ということだと思います。いま日本でシティ・ポップともてはやされている音のプロダクションみたいなものが、やっぱり遠く離れたブラジルにもあって、同じ空気を感じていた。北米発のものを自分に取り込んで、自分の国の訛りを入れつつやったものが日本のシティ・ポップだったり、ブラジリアンAORになったという感じだと思います。ジュニオール・メンデスのこのアルバムのLPは以前なら2000円もしないで買えましたが、今は数万円で取引されています。


---- たとえば、アメリカのAORの超大物とされるボズ・スキャッグスにはブルースマンとしての歴史がありますが、彼の場合・・・


ジュニオール・メンデスは70年代、「ブラジル音楽の秘宝」シリーズでも『カルマ』(72年)が再発されているアシッド・フォーク・バンド“カルマ”のメンバーでした。プログレ・ファンとかシンガーソングライター・ファンの方に人気の高い3人組で、そこから離れて数年後にこの『コパカーナ・サヂア』を制作します。




---- すごい変化です。


60年代、70年代の音楽の変遷ってめちゃめちゃ速い。1月に出した新譜が10月、11月には古臭くなっているぐらいのスピード感が多分、その当時はあったと思うんですよ。


---- その中で、『コパカーナ・サヂア』が再評価されている。


その曲の見え方や聞こえ方は時代によって全然違ってくるじゃないですか。その最たる例かもしれないですよね。


---- あと、この「ブラジル音楽の秘宝」には、「系譜が盛り込まれている」というところもあるのかなと思いました。例えば、オス・ヂアゴナイス『カダ・ウン・ナ・スア』(71年)から、そこのメンバーだったカシアーノ『イマジェン・エ・ソン』(71年)やイルドン『ノッサ・イストリア・ヂ・アモール』(77年)に飛ぶこともできる。人脈図を頭の中で築くことができて、すごく見晴らしがいいですね。


“ブラジリアン・ソウル”という塊も今回の大切なところです。アメリカのソウル・ミュージック、モータウン・レーベルの音みたいなものに影響を受けた人たちが、オス・ヂアゴナイスを作って、ブラジルならではの、はじけるようなソウル・ミュージックに取り組んだ。アルバム二枚で解散して、その流れにあるのがカッシアーノやイルドンで、あとはカルロス・ダフェエリオ・マテウスなども重要なブラジリアン・ソウルのミュージシャンです。英米で言えば、ソウルやファンクの火が燃え盛っていた頃だと思いますが、音としては、そういう影響も受けながら、やっぱりブラジルならではのギアがゆるく入っている感じが延々と続くというか、すごく気持ちいい感じのグルーヴが多いですね。






僕はいつもレコード店の現場に届く新譜や中古のレコードを見ながら、お店のスタッフさん、若き友人、先輩などの意見やガイドブックを頼りにレコードを買っています。監修するときは、お店に通う人たちの顔を思い出して、どんな作品が喜ばれるだろうと想像しています。個人の嗜好は千差万別なので、最大公約数を見極める形になってはしまいますが、楽しい驚きをお届けしたいなとは常に思っています。CDやレコードなどを手に取って解説やバックカバーのクレジットを穴が開くほど見ながら音楽を楽しむことで、より深みのある体験ができると僕は信じています。


(ディスクユニオン内記事 https://diskunion.net/latin/ct/news/article/1/113522)


ブラジル音楽の秘宝

■世界初CD化作品
ドン・サルヴァドール『ドン・サルヴァドール』
カルロス・ウォルケル『ア・フラウタ・ヂ・パォン』


■日本初CD化作品
マリオ・テリス『マリオ・テリス』
ジュニオール・メンデス『コパカーナ・サヂア』
エリオ・マテウス『エリオ・マテウス』
カシアーノ『イマジェン・エ・ソン』
イルドン『ノッサ・イストリア・ヂ・アモール』
バンダ・ブラック・リオ『サッシ・ペレレ』
ノヴォス・バイアーノス『ファロル・ダ・バーハ』
カルロス・ダフェ『ヂ・ヘペンチ』
トニ・ビザーホ『ネッシ・インヴェルノ』
シルヴィオ・セザール『ソン・エ・パラヴラス』
オス・ヂアゴナイス『カダ・ウン・ナ・スア』
カルマ『カルマ』