原田和典のJAZZ徒然草 第67回

  • JAZZ
  • JAZZ徒然草

2011.04.18

  • x
  • facebook
  • LINE

  • メール

ビリー・バングのいないジャズの世界は、ちょっと淋しすぎるぜ

ニューヨーク・ダウンタウンを彩るアヴァン・ジャズ~インプロヴァイズド・ミュージックの祭典“ヴィジョン・フェスティヴァル”の開催が近づいてきた。ぼくもここ10年ほど毎年、通っている。そしてウィリアム・パーカーハミッド・ドレイクデイヴ・バレルなどの妙技に接して、「今年も彼らの生を聴くことができた」と、ミュージシャンと自分の健康を祝福するのだが、しかし。
ほぼ毎年ステージに立ち、当然ながら今年も登場する予定であったろう“ヴィジョンきってのお祭り男”の姿が、今年はない。いつも趣向をこらしたステージで観客を大いに盛りあげてきたビリー・バング(写真:上)がなんと、4月11日に肺がんのためハーレムで急逝してしまったのだ。あのアクティヴで、陽気で、ごきげんにスイングするヴァイオリンを聴かせてくれた彼がもうこの世にいないとは、本当に信じられない。昨年の9月には東京JAZZの野外無料ステージにも登場したというのに。僕はそのライヴを見に行ったが、演奏が始まると少しずつ、通りがかりのひとがどんどん、ビリーの音楽に吸い寄せられるようにしてバンドスタンドに近づいてくる。文字通りの老若男女が集い、小さな子供はリズムにあわせて笑顔で体をゆすっていた。ちょっとしたジャズ通になると、ビリー・バングという名前をきいただけで勝手にフリー・ジャズだのなんだのというところに“分類”してしまう。が、そんな知識を得ても体をゆすることを忘れてしまっては、どこか空しくないか。
「ビリー・バングの体調が芳しくない」という話を僕は、2月に来日したサックス奏者、ゼイン・マッセイを通じてきいていた。彼に「ウィリアムとシャノン・ジャクソンとあなたとのトリオでヴィジョン・フェスティヴァルに出たらすごいことになるんじゃないですか」と問いかけたら、「最近、自分はオランダで演奏することが多いからね・・・。もちろんウィリアムが声をかけてくれるなら飛んで出演するけどね」といい、「ところでビリー・バングなんだけど・・・」という感じで本段落冒頭の文につながった。僕は「なにかの間違いでしょう。昨年の夏に2回、彼の演奏を聴きましたが、あいかわらずハートウォーミングで最高でしたよ」と答えたのだが。それにしても享年63とは、昨今のジャズ界ではいかにも若すぎる。まだまだプレイしたかっただろうし、まだまだリスナーに喜びを与え続けてくれたに違いない。
ビリーはアラバマ州モビールに生まれ、ニューヨーク・ハーレムで育った。幼い頃からヴァイオリンを始めたが、別にクラシックの奏者を目指していたわけではない。スクール・バンドでサックスかドラムスを演奏したかったのに、学校の先生が「小柄な君にはこちらの楽器のほうが向いている」と、なかば強引にヴァイオリンを与えたのである。少年時代の経歴はつまびらかではないが、マサチューセッツにあるハイスクールを2年で中退した後(人種問題で相当、痛めつけられたらしい)、ニューヨークに戻ってブロンクスのハイスクールに入学。しかし卒業前に召集令状を受け取り、ベトナムの最前線に送り込まれる。まさに時はテト攻勢(68年1月30日夜から展開された北ベトナム人民軍及び南ベトナム解放民族戦線による大攻勢)。当時、歩兵だったビリーは、やがて軍曹手前まで“昇進”する。
除隊後のビリーは、音楽よりも政治活動に忙しかったようだ。革命を目指す結社(ウィキペディアには、underground group of revolutionariesとある)に属し、火薬の製造にもあたっていたともいわれる。しかし70年代中ごろから再び音楽活動を始め、77年にはサン・ラと共演。このあたりからプロのジャズ・ヴァイオリン奏者として認識され始めたのだが、そこに至る過程を僕は知らない。なぜヴァイオリンに再び取り組むようになったのか、どうしてこれで食おうと思ったのか、など、いつかしようと思っていた質問は山ほどあったのに。
初リーダー作は1979年の『Distinction without a Difference』。完全ソロ・パフォーマンスによるライヴ録音、もちろんオーヴァー・ダビングもテープのつなぎも(おそらく)ない。というか原レーベルのハット・ハット(現ハットロジー)は当時の超マイナー会社なので、後日スタジオで編纂する経済的余裕などないに決まっている。この時点からビリーのプレイにはものすごい底力がそなわっていた。だからこその無伴奏一発録りである。81年の『Rainbow Gladiator』と82年の『Invitation』は、日本でもディスクユニオンから解説付きのアナログ盤として出た(83年のことだったと思う)。両方とも当時の有名ジャズ誌では酷評されていたと記憶するが、なにしろ当時の日本ときたらフュージョン元禄だったのだから大目にみてあげましょうや。だがこの2作品、チャールズ・タイラーの絶品アルト・サックスも聴けるし、ドラムスは元セシル・テイラー・バンドのデニス・チャールズだ。ワイルドでエロチックなアコースティック・ジャズがたっぷり味わえる。セルロイド盤『Outline No. 12』はなんと、1984年にCBSソニー(当時)から発売された。当時ハービー・ハンコックの「ロックイット」の仕掛け人として大きく注目されていたビル・ラズウェルが携わっていたからこそのリリースであろうが、松田聖子『Tinker Bell』や大滝詠一『EACH TIME』と同じ年に、この冒険的な作品も彼らのヒット必至作と同じようにCBSソニー社の編成会議にかけられ、発売にゴーサインが出されたのかと思うと、当時のレコード業界はそれなりによいところだったのだろうなあと、なんだかしみじみしてしまう。
92年の『A Tribute to Stuff Smith』はタイトル通り、黒人ヴァイオリン界のスタイリスト、スタッフ・スミスに捧げたもの。スタッフは1930年代から60年代にかけて活動した奏者だが、弓の上部5分の1ほどを使って演奏する独特のスタイルの持ち主で、非常に強くアンプリファイドされた音を出した。おそらくアンプのトレブル(高音)はハウリング寸前まであげていたはずだ。しかしビリーはあくまでもいつもながらの優しく暖かい音色でプレイしている。スタッフとの共演歴を持ち、ビリーに飛翔の機会を与えたサン・ラがいちピアニストとして参加しているのも興味深い(彼は93年に他界する)。
が、それも90年代終わりから2000年代にかけて登場した『Bang On!』、『Big Bang Theory』、『Vietnam: The Aftermath』の前には影が薄い。いずれもカナダのジャスティン・タイム盤だが、このレーベルとビリーの相性がいいのか、それともビリーがかつてないほど充実していたのか、とにかく聴くほどにこちらの心に火がつくのを抑えられない。アドリブにおけるスイング感、スピード感はもちろんのこと、曲も親しみやすく、それでいて飽きさせない。まるで演歌のように聴こえるメロディ(「Fire in the Hole」など)もあるけれど、そのクサさが肉声のようなヴァイオリンの音色と絶妙に調和している。彼のライヴを最初に体験した日のこと、僕はたまらずこう質問したことがある。「あなたは演歌が好きなのですか?」。
ビリーの答えはこうだった。「演歌ってなんだい?」。僕がどうにかこうにか演歌なるものを説明すると、「私の音楽はフォーク・ミュージックでもあり、ブルースでもある。つまりピープル・ミュージックなんだよ。今度ぜひ演歌というものを聴いてみたいね」と続けた。そういえば演歌の世界には“ヴァイオリン演歌”というカテゴリーがあったなあ。ビリー・プレイズ・北島三郎、一度きいてみたかった(2010年のヴィジョン・フェスティヴァルでは「函館の女」のアタマ4小節にそっくりの曲を演奏していただけに)。
僕はビリーのプレイに出会うまで少なくないジャズ・ヴァイオリン奏者(と認識される人々)のプレイを聴いてきた。しかしそれらの何割かは明らかに“クラシックのヴァイオリン奏者に及ばなかったひとがジャズに転向しました”系の演奏であり、別の何割かはコーカサス系音楽から流れてきたものであり、ブルース・フィーリングやグルーヴ感を感じることは実に難しかった。もちろん、それはそれでいい。ステファン・グラッペリジャン=ルック・ポンティがブルージーにプレイしたら、そちらのほうが不自然だ。が、そこに飛び込んできたビリーの弾きっぷりは、僕の認識を大いに変えた。「ヴァイオリンでも、こんなに熱いジャズができるんだ」と、心から思った。そしてスタッフ・スミス、エディ・サウスレイ・ナンスクロード・ザ・フィドラー・ウィリアムスジョン・ブレイクドン・シュガーケイン・ハリス等に関心を広げることができた。おかげでヴァイオリン・コンプレックスはかなり改善されたが、それでもなお最も共感できるのはビリーやリロイ・ジェンキンズの演奏だ。
今ごろビリーはジェンキンズとヴァイオリン・トークを繰り広げているところだろう。ライヴ・アット・ザ・ヘヴンが行なわれるなら、ベーシストはシローネ(スィローンという表記が発音に近い)、ドラマーはスティーヴ・マッコールだろうか。僕もいずれそこに行く。それまで演奏を続けていてほしいものだ。 

       
Billy Bang/invitation  Billy Bang / Rainbow Gladiator  Billy Bang / A Tribute To Stuff Smith  Billy Bang / Big Bang Theory  Billy Bang/Bang On


★近況報告
ディスク・ガイド ジャズ・トランペット』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、絶賛発売中です。トランペットのガイド本はこれで十分。最高に楽しく面白く内容が濃いです。『ディスク・ガイド ジャズ・ピアノ』(同)も『ディスク・ガイド ジャズ・サックス』(同)も大好評発売中です。穴の開くまで読み返してください! 『猫ジャケ』、『猫ジャケ2』(ミュージック・マガジン)、『原田和典のJAZZ徒然草 地の巻』(プリズム)もディスクユニオン各店で絶賛発売中です。リマスター完備、新規原稿50%増し(当社比)なので、ウェブ上の「徒然草」とは別物と断言してよいでしょう。個人ブログ「ブログ人」(http://haradakazunori.blog.ocn.ne.jp/blog/)、私も混ぜてもらっているウェブサイトcom-post(http://www.com-post.jp/)もバリバリに展開中です。