エソテリック (ESOTERIC) 商品一覧

エソテリック (ESOTERIC) | レーベル商品一覧 (214件)

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  • ソフトで温かい彼の魅力的な個性が最高に発揮されている、ハートマンの代表作

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    ※本商品は発売日以降の発送となります。予めご了承ください。※HYBRID SACD不朽の名作『ジョン・コルトレーンとジョニー・ハートマン』から約半年、名作に隠れながらも渋く光を放っていたジョニー・ハートマンの傑作です。バックはニューヨークの超一流ミュージシャンが務め、録音も高名なヴァン・ゲルダーと彼のスタジオでの収録。しっとりとソフトで深みのあるヴォーカルがオリジナル・テープからの新たなマスタリングで今ここに甦ります。■エソテリックならではのこだわりのSuper Audio CDハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、世界初のSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はインパルス・レーベルの名盤から、アナログ時代を代表する名演・名録音をSuper Audio CDハイブリッドで発売いたします。■ソフトで優しく、どこまでも深い情感を湛える唯一無二の歌声以前、エソテリックでもジャズの6枚組セット『impulse! 6 GREAT JAZZ』(ESSI-90133/38)の1枚としてリリースしたジャズ・ヴォーカル・アルバムの大傑作『ジョン・コルトレーンとジョニー・ハートマン』。この名唱で一躍脚光を浴びた歌手ジョニー・ハートマンがその約半年後に吹き込んだのが『アイ・ジャスト・ドロップト・バイ・トゥ・セイ・ハロー』。ソフトで温かい彼の魅力的な個性が最高に発揮されている、ハートマンの代表作の一枚です。唯一無二とも言える魅力的なバリトン・ヴォイス。低音の表現力を軸において、メロディーを滑らかに歌ってゆくハートマンの歌声はソフトで優しく、どこまでも深い情感を湛えています。そんなビロードのような肌触りを持つ、滑らかで柔らかく深みのあるヴェルヴェット・ヴォイスの持ち主ジョニー・ハートマン(1923年7月-1983年9月)はクルーナーと呼ばれる世界にジャンル分けされる男性シンガーです。ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、ペリー・コモなど名歌手がひしめくクルーナーは、ステージで大声を張り上げることなく、囁きかけるようなソフトな語り口が特徴的なスタイル。マイクロフォンやレコードの発達とともに多くのミュージシャンが輩出されたと言われているその世界の中でも、ジョニー・ハートマンは大編成オーケストラをバックに従えたポピュラー・シンガーたちとは一線を画した、ジャズのルーツにしっかりとした基盤を置く歌手でした。■一躍脚光を浴びたコルトレーンとの共作から半年後、ハートマンの真骨頂がここに!コルトレーンとの共演作も含めインパルス・レーベルに吹き込んだ60年代の作品を通してその実力が広く認められるようになり、幅広い評価と人気を得たジョニー・ハートマンは、65年度のダウンビート誌国際批評家投票で男性歌手部門の“ニュー・スター賞”に輝きましたが、ニュー・スターといってもハートマンはすでに40歳を過ぎていて、いかに彼が“遅咲きの名シンガー”であったかが示されています。1923年生まれ。40年代の半ばからプロ・シンガーとして活動を始めていて、アール・ハインズ楽団やディジー・ガレスピー楽団で歌い、いっぽうでハートマンはジャズだけでなく、ポップなテイストをもった楽曲をいくつも吹き込みましたが、それらがヒットすることはなく、あくまでも知る人ぞ知るといった存在にとどまっていました。いくつかのレーベルでレコーディングが行われましたが、今日ではマニアの間で貴重盤扱いされているこれらの作品も、当時は大きな注目を集めることなく、60年代初めまでのハートマンは鳴かず飛ばずといった状態が続いていたのです。そんなハートマンが1963年1月、日本のジャズ・ファンの前に突然に姿を現します。当時のジャズ界はファンキー・ブームに沸き立っていて、その王者だったドラマーのアート・ブレイキーが“ジャズ・メッセンジャーズ”を率いて来日。そのときに同行したシンガーが、わが国ではまったく無名だったジョニー・ハートマンでした。このとき日本に来ていたハートマンにインパルスのプロデューサー、ボブ・シールから一通の電報が送られてきます。「ジョン・コルトレーンが貴方との共演アルバムを作りたいと言っているのだが、どうだろうか」という内容です。ジャズ界のトップ・アーティストとして最前線を走っていたコルトレーンからの直々のオファー。コルトレーンはアグレッシブな吹奏を繰りひろげるいっぽうで「バラード」などの名作も録音して、メロディーを内面的に深く掘り下げてゆくプレイに新たな世界を見出しつつあり、そんな演奏にハートマンの歌声が合うのではないかと考えたようです。オファーを受けたハートマンは“音楽性が合わないのでは?”と思ったそうですが、日本から戻ってジャズ・クラブ“バードランド”にコルトレーンを訪ねていって意気投合。前記の『ジョン・コルトレーン・アンド・ジョニー・ハートマン』が吹き込まれることになりました。その時のハートマンがあまりに素晴らしかったので、すぐに彼のリーダー・アルバムが企画され、半年後に吹き込まれたのがこの『アイ・ジャスト・ドロップト・バイ・トゥ・セイ・ハロー』でした。■バックのミュージシャンの卓越した理解とサポートによる極上のジャズ作品ジョニー・ハートマンがポピュラー的なクルーナーではなく、ジャズに深く根ざしたアーティストである、という見解の背景にはバック・ミュージシャンの起用法も挙げられています。本作でもその説を立証するかのように、共演者は名だたる名手がそれを受け持っています。サックスのイリノイ・ジャケー(1922年10月-2004年7月)はJATPなどのセッションで太い音色と大向うから喝采を浴びるようなブローイングで評判になった奏者。前作共演のジョン・コルトレーンとは違ったタイプの奏者ですが、完成度のとても高かった前作を違うアプローチから乗り越えようとしたプロデューサーの意図でしょうか? ここでは歌を邪魔しない、それでいて楽曲にふくよかさをもたらす落ち着いたサポートに徹していてハートマンの魅力を見事に引き出しています。ケニー・バレル(1931年7月-)とジム・ホール(1930年12月-2013年10月)は当時、ウェス・モンゴメリーと並び、最も注目を浴びていたギタリスト。両者とも静かなオブリガートを中心にハートマンの歌声に呼応するかのように、曲に彩りを添える脇役を十分にこなしてますし、何と言っても注目したいのはピアノ、ベース、ドラムスのリズム・セクションです。ピアニスト、ハンク・ジョーンズ(1918年7月-2010年5月)は、20代でビ・バップ・ムーヴメントの渦中を体験、30歳でエラ・フィッツジェラルドの伴奏を担当し、後にハード・バップを始めとする激動の50年代をニューヨークで体感した大ヴェテラン。これ以上ないようなジャジーでモダンな洒落たバッキングでハートマンに寄り添いながら決して饒舌にはならない音でサポートをしています。ベーシスト、ミルト・ヒントン(1910年6月-2000年12月)もまた、数多くのセッションに参加している大ヴェテラン。ここでも的確で堅実な演奏を行っています。そしてドラマーはジョン・コルトレーンのグループで前作にも参加していたエルヴィン・ジョーンズ(1927年9月-2004年5月)。ピアニスト、ハンクの弟です。コルトレーンのグループでは物凄い咆哮のコルトレーンに対峙する強烈なドラミングが印象的でしたが、ここでは終始ブラシによる静かなサポートに徹していますが、その存在感は抜群。彼のスネアを擦り叩くブラシの音を聴いているだけでもワクワクしますし、その深いタイム感覚、これがハートマンの美しい歌声に一層のグルーヴ感を与えていることには間違いがありません。■全曲に漂う、語りかけるような表情、こまやかな表現力、さりげない節回しの上手さと気品かつての恋人のもとへ“ちょっと挨拶したくて立ち寄っただけ…”と歌われるタイトル曲の「アイ・ジャスト・ドロップト・バイ・トゥ・セイ・ハロー」。そんなさりげない曲をジョニー・ハートマンが歌うと、別れてからの出来事、 tender な想いのようなものまでが膨らんで聴き手の心に届いてきます。まるで懐かしい一枚の写真を見るかのように、ソフトな表現の中から曲のもつ情景やストーリーまでが浮かび上がってくるハートマンの名唱です。これを筆頭に本作では、比較的地味なスタンダード・ナンバーが多く取り上げられていて、まさに“玄人好み”。しかしどの曲も親しみやすく、深い情感がハートマンの歌唱から伝わってきます。ポピュラーな楽曲、冒頭の「シャレード」。ハートマンはあくまでも彼のペースでソフトな説得力をもつ歌声を聴かせていきます。「イン・ジ・ウィー・スモール・アワーズ・オブ・ザ・モーニング(夜は更けて)」はフランク・シナトラなどが歌っていたものの、ハートマンの深く沈んでゆくような歌唱もじつに味わい深いものがあります。デューク・エリントンの「ドント・ユー・ノウ・アイ・ケア」や、軽いラテン・リズムに乗った「ハウ・スウィート・イット・イズ・トゥ・ビー・イン・ラヴ」などは、めったに歌われることのないナンバーで、やはりハートマンは心を込めて豊かな情感とともに表現してみせます。「スリーピン・ビー」「キス・アンド・ラン」「ドント・コール・イット・ラヴ」のようなメディアム・テンポの曲も含まれますが、語りかけるようなハートマンの表情は変わりません。こまやかな表現力、さりげない節回しの上手さ、限りなくロマンティックでありながらも甘さに流れることのない気品を感じさせるのが、ハートマンならではの美質と言っていいでしょう。■新マスタリングでサウンドは一変、多彩な声のニュアンスに耳を傾けてください本作は60年代の名盤ですが、Super Audio CDハイブリッド化は今回が初めて。新たにマスターからSuper Audio CDの為にリマスタリングを行いました。これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。新たにマスタリングされたサウンドは細部まで克明にマスターから音を引き出すことが出来ました。全体に音の密度がかなり上がっていて、どの楽器も引き締まり、かつ多彩な表情・音色を味わう音に仕上がっています。冒頭の「シャレード」次の「イン・ジ・ウィー・スモール・アワーズ…」のギターを聴いてみるだけでも、それは一目瞭然。ジム・ホールとケニー・バレルの音色…、その違いがはっきりと聴き取れます。両者の右手のタッチが克明に記されていて、ピッキングの様が目で見えるようです。ピアノのタッチも明瞭になり、ベースもサポートに徹しているものの、クッキリと音程もしっかりし、控えめながら存在感も十分。そしてドラムス。絶妙な音量バランスは変わらないが、存在感が数倍増しています。ブラシで叩き擦るスネアの音は見事に引き締まり、両手それぞれの違った動きが感じられます。ドラムセットの大きさが見えるようだし、シンバルのスタンドもしっかりした金属製だろう、というイメージがしてくるようなリアリティが生まれてきました。イリノイ・ジャケーのサックスもサックスの朝顔から吹く息が漏れてくる気がします。そして何より一番惹かれたのはハートマンの歌声です。ソフトで柔らかい歌声、と思っていたその響きに一層の深みが加わり、かつ喉の鳴り、張りのある部分など、多彩な声のニュアンスが秘められていたことに気付かされた次第です。「深みのあるバリトン・ヴォイス」という意味が納得できるサウンドになり、1960年代, ステレオ録音がジャズの世界でも安定して行われるようになった時期の、秀逸なジャズ・ヴォーカル・レコーディングのマスターからの忠実な再現がここに完成しました。■「従来のCDと比べると、いっそうステージの奥行きが感じられて、ハートマンとバック・バンドの立ち位置がくっきり浮かび上がってくる」「バックも錚々たる顔ぶれ。「イフ・アイム・ラッキー」での絶妙なヴォイス・コントロールとリリシズムは、ハートマンならではのもの。シナトラの名唱でも知られる「イン・ジ・ウィー…」でのさりげないルバートで示されるみずみずしさ。聴き込めば聴き込むほどに、美しい情感がにじみ出てくる隠れた名作だ。」(『ヴォーカリスト』ONTOMO MOOK・音楽之友社・1994年)「ハートマンのヴォーカルは華やかでも派手でもないのだが、まさに独特のすばらしい魅力がある。ハートマンはクルーナーとしてそのスタイルをとりながら、ソフィスティケートされたブルース感覚と知的なコントロール、 tender なセックス・アピールとこまやかなニュアンスのあるヴォーカルに独自の魅力を生み出した。ここでハートマンは名手たちと共演し、スタンダードや新曲など彼好みの佳作を歌っている。リラックスした快い雰囲気、ロマンティックな情感たっぷりの表現であり、ワルツ調の「シャレード」をラテン・リズムに乗せるなど、アプローチの工夫もスマートだ。大ブロウ熱演で有名なイリノイ・ジャケーが、ここでは控えめなプレイでハートマンをよく盛りたてていることもおもしろい。」旧ディスクのライナーノートより「オリジナル・テープから新たに丁寧なマスタリングがほどこされた本Super Audio CDハイブリッド盤は、ハートマンのボーカルはもちろんのこと、バック・メンバーの音の分離も良く、程よいバランスをもって響いてくる。楽器音の明瞭さは冒頭曲のイントロ部分のギター(ジム・ホール)の音色を聴いただけでも明らか。従来のCDと比べると、いっそうステージの奥行きが感じられて、ハートマンとバック・バンドの立ち位置がくっきり浮かび上がってくる。まるでクラブでハートマンのライブを聴いているかのようにリアリティをもって心地よい気分に浸ることのできるのが、このSuper Audio CDハイブリッド盤。ハートマンの持ち味を最良の形で、じっくりと楽しむことのできるものになっている。」本作ライナーノートより■ジョニー・ハートマン (vo) Johnny Hartman, Vocalハンク・ジョーンズ (p) Hank Jones, Pianoイリノイ・ジャケー (ts) Illinois Jacquet, Tenor Saxophoneケニー・バレル (g) [2-5, 7-11] Kenny Burrell, Guitarジム・ホール (g) [1, 6] Jim Hall (Guitar)ミルト・ヒントン (b) Milt Hinton, Double Bassエルヴィン・ジョーンズ (ds) Elvin Jones, Drums[録音] 1963年10月9 & 17日、ヴァン・ゲルダー・スタジオ、イングルウッド・クリフ、ニュージャージー州[初出] Impulse! A-57 (1964年)[日本盤初出] Impulse! SH-3033 (1964年)[オリジナル・レコーディング][プロデューサー] ボブ・シール[レコーディング・エンジニア] ルディ・ヴァン・ゲルダー[Super Audio CDプロデューサー] 吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDエグゼクティブ・プロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスター] 2026年6月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説] 岡崎正通 野澤龍介[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社
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  • 第1楽章冒頭、低弦の圧倒的な迫力 / 往年のデッカ・サウンドが味わえる演奏

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    エソテリック特約店のみの限定販売※ご予約件数が入荷予定数に達した際は、発売前でもご予約受け付けを終了いたします。※WEBからの発送は入荷日以降となります。【収録内容】グスタフ・マーラー:交響曲 第2番 ハ短調《復活》[1]第1楽章: Allegro maestoso (Mit durchaus ernstem und feierlichem Ausdruck)(完全に真面目で、しかも荘厳な表現をもって)[2]第2楽章: Andante moderato (Sehr gemachlich, Nicht eilen)(きわめて気楽に、決して急がないで)[3]第3楽章: Scherzo (In ruhig fliessender Bewegung)(おだやかに流れる動きで)[4]第4楽章: Urlicht "O Roschen rot!" (Sehr feierlich, aber schlicht, Choralmassig)原光「おお 紅きばらの花よ」(きわめて荘厳に、しかし簡潔に)[5]第5楽章: Im Tempo des Scherzo (Wild herausfahrend) -(荒野に叫ぶ者)―【演奏者】イゾベル・ブキャナン(ソプラノ)ミラ・ザカイ(コントラルト)シカゴ交響合唱団(合唱指揮: マーガレット・ヒリス)シカゴ交響楽団指揮: サー・ゲオルグ・ショルティ[録音]1980年5月5-7日、メディナ・テンプル、シカゴ[海外盤初出] DECCA D229D 2(1981年)[日本盤初出] LONDON K25C 121/2 (1981年7月21日)[オリジナル・レコーディング][プロデューサー]ジェイムズ・マリンソン[レコーディング・エンジニア]ジョン・ダンカーリー、ジェイムズ・ロック[Super Audio CDプロデューサー]大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDアソシエイト・プロデューサー]吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア]東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスター] 2026年5月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説]浅里公三 山崎浩太郎[企画・販売]ティアック株式会社[企画・協力]東京電化株式会社巨匠ショルティと蜜月のコンビネーションを育んでいた超実力集団シカゴ交響楽団による極上のマーラー《復活》です。細部まで神経の行き届いた演奏はショルティならではの緻密さ。オーディオ的にも魅力満載。強音部、弱音部どちらも聴き応えのある往年のデッカ・サウンドが味わえる作品です。オリジナル・マスターからの高音質追求を徹底したニュー・マスタリングでお楽しみください。■エソテリックならではのこだわりのSuper Audio CDハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、世界初のSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はデッカの名盤から、デジタル時代初期の名演・名録音をSuper Audio CDハイブリッドで発売いたします。■非の打ち所のない卓越したオーケストラ・コントロールを雄大なデッカ・サウンドでアナログ時代にもマーラー交響曲全集を完成させていたショルティが、デジタル初期に挑んだ極め付きのマーラー演奏の中でも、特に優れた内容の一つがこの第2番《復活》です。機能的にも大変優れた技能集団シカゴ交響楽団との息もピッタリ。ショルティの意のままに展開されるマーラーの真髄がここに示されています。2人の女性歌手、混声合唱を加えた、いかにもマーラー的な《復活》は、長大なスケルツォ楽章を中心に壮大なスケールで描かれた、音楽ファン、マーラー・ファンはもとよりオーディオ・ファンにも多大な満足感が得られる、まさに優れたオーディオ・システムのための作品とも言えるでしょう。そのためには本来の録音が優れていることが大切。その要望に最大限応えることが出来るのが、雄大なデッカ・サウンドによる、非の打ち所のない卓越したオーケストラ・コントロールをするショルティと細部までをも表現し尽くすことが可能な実力集団シカゴ交響楽団の組み合わせ、と言えるでしょう。■1970年代以降になってやっとコンサートの定番曲になった《復活》晩年に「やがて私の時代がくるだろう」とマーラーは言っていたほど、生前は作曲家より指揮者としての名声が高かったマーラー。彼の交響曲が広く知られるようになるまでには約半世紀もの年月を要しました。SP時代はレコードも少なく、愛弟子のワルター、ミトロプーロス、オーマンディ盤がリリースされたくらい。1948年のLPの登場以後、徐々にその数は増え始め、1960年頃からレコーディング数が急増します。1970年代の前半までにバーンスタインとショルティ、ハイティンク、クーベリックなどが活発に交響曲全集に挑みます。LPレコードの定着により可能となった長時間演奏、何よりも音質面でのレコーディング技術の向上が大きく影響していたものと思われます。いわゆるマーラー・ブームの到来です。そして本作第2番《復活》は1970年代以降はコンサートの定番曲になっていきました。■若き時代から、マーラー録音を意欲的に要望していたショルティワルターやバーンスタイン、クレンペラーとともにマーラー・ブームを牽引したひとりである、ゲオルグ・ショルティ(1912-1997)はハンガリーのブダペストに生まれ、1938年にデビュー。間もなく祖国がナチスに併合されたためスイスに亡命します。指揮者としての本格的な活動は戦後の1946年にバイエルン国立歌劇場の音楽監督に就任してからですが、1950年代から欧米各地で活躍して多くの録音も行ないます。彼の名声が轟くきっかけとなったのは20世紀の不滅の金字塔と呼ばれる、1958年からウィーン・フィルと録音したワーグナーの楽劇《ラインの黄金》全曲をはじめとする連作楽劇『ニーベルングの指環』からでしょう。この作品により世界的な名声に高め、さらにロンドンのロイヤル・オペラの音楽監督に就任した1961年から開始したマーラーの交響曲シリーズによって、ショルティは、自らの名声を決定づけたのでした。 ショルティのマーラー初録音は、先にエソテリック名盤復刻シリーズでもリリースされたアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団との第4番でした。1955年からチーフ・プロデューサーを務めたジョン・カルショーはマーラーの交響曲に対し、ある種の拒否感覚がありましたが、ショルティのマーラーの交響曲全集録音への意欲的な要望を知りカルショーは、第4番に続き64年にロンドン響と第1番を録音します。しかし巨匠カルショーは自らレコーディングにはタッチせず、マーラー録音は若いデイヴィッド・ハーヴィーに任せます。そしてショルティはハーヴィーと共にロンドン響と66年に第2番《復活》、67年に第9番、68年第3番、70~72年にシカゴ響と第5~8番と《大地の歌》を録音して全集を完成させたのです。そうした経緯の後、1979年にデッカが欧米の他社に先駆けてデジタル録音を開始すると、1980年から83年にかけて60年代にシカゴ響以外と録音したマーラーの交響曲第1~4番と第9番を再録音、シカゴ響による全集を完成させました。■往年のデッカ・サウンドがまだ息づいていた時代のデジタル録音このマーラー録音の意義あるところは1980年代の録音であるという点でもあります。LP初期からレコード会社各社が、試行錯誤しながら自社独自のサウンドを求めていた、その名残がまだ色濃く残っている時代だからです。アメリカのCBS、RCA、ヨーロッパのEMI、ドイツ・グラモフォン、フィリップスそしてデッカ、どれもが一聴すると直ぐ分かるオーケストラ・サウンドを築き上げていました。その中でもデッカは他のレーベルとは一線を画した所謂「デッカ・サウンド」で音楽ファンのみならず、オーディオ・ファンにも絶大な支持を得ていました。重厚な低域をベースに輝くような高域まで自宅のオーディオ・システムのグレードが数倍向上したようなダイナミックなサウンドがトレードマークとなっていました。その頂点とも言える存在がショルティのレコーディングであり、シカゴ交響楽団であったのです。CD発売当初からショルティ/シカゴ響の音質は高い評価を得ていて、ゴールドCDを始め高音質CDも発売されたマーラーの交響曲第3番、“エソテリック名盤復刻シリーズ”にも登場したバルトークの《管弦楽のための協奏曲》他、など、80年代にはオーディオのデモンストレーションにも広く使用された名録音がひしめいていました。この第2番《復活》も第3番同様、初期デジタル時代のデッカを代表する録音と言えるでしょう。 そんなデッカ・サウンドですが、90年代半ば、フィリップスと統合されるようになってからは、その雄大なサウンドは陰を潜めてしまいました。時を同じくして他のレーベルも音による個性、というものが薄れてきます。デジタルの進化により、より一層コンサート・バランスを重視したニュートラルなバランスを求めはじめた、というのが理由の一つかもしれませんが…。そういう意味でも、アナログ時代から受け継がれてきた、あのデッカ・サウンドがデジタルでも踏襲されていた最後の作品、それがこの《復活》だったとも言えるでしょう。■最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現デジタル録音によるショルティのマーラー第1作は、1980年5月にメディナ・テンプルで行われた第2番《復活》でした。ショルティの《復活》といえば、それまでロンドン響との1966年録音が名演・名録音として有名で、とくに第1楽章冒頭の低弦による主題提示部の圧倒的な迫力は初出当時大きな話題になり、オーディオ・フェアなどで機器のデモに盛んに使われましたが、この再録音はそれ以上にシカゴ響の高度な機能性と表現力を最大限に生かしたスケールの大きな表現がすばらしく、マーラーが「葬送の祭典」と言った第1楽章から第5楽章の最後の審判と神の栄光を讃える復活讃歌まで全曲、緊張感を失うことなく壮大に表現した名演です。今回のリマスターによるハイブリッド盤は、演奏と録音のすばらしさをより鮮明に味わうことができるディスクに仕上がりました。 これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。(エソテリック株式会社)
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  • 2枚組 画期的な名演・名録音と言われているカラヤン最初のアイーダ

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    エソテリック特約店のみの限定販売※ご予約件数が入荷予定数に達した際は、発売前でもご予約受け付けを終了いたします。※WEBからの発送は入荷日以降となります。【収録内容】ジュゼッペ・ヴェルディ:歌劇《アイーダ》 4幕の歌劇 Disc 1[1]前奏曲Preludio第1幕 Atto Primo第1場 Scena I[2]そうじゃ、エチオピアがまたも戦いを(ランフィス、ラダメス)Si, corre voce che l'Etiope ardisca (Ramfis, Radames)[3]もしその将軍が私なら!…清きアイーダ(ラダメス)Se quel guerrier io fossi!...Celeste Aida (Radames)[4]何か特別なお喜びが(アムネリス、ラダメス、アイーダ)Quale insolita gioia (Amneris, Radames, Aida)[5]重大なことがあり、皆に集まってもらった(エジプト王、使者、ラダメス、アイーダ、アムネリス、ランフィス、高官たちと軍人たち、祭司たち)Alta cagion v'aduna (Ir re, Messaggero, Radames, Aida, Amneris, Ramfis, Ministri e Capitani, Sacerdoti)[6]勝ちて帰れ!(アイーダ)Ritorna vincitor! (Aida)第2場 Scena II[7]万能なるフターの神よ(巫女、巫女たちの合唱、ランフィスと祭司たち)Possente Ftha (Sacerdotessa, Col coro delle Sacerdotesse, Ramfis e Sacerdoti)[8]神に愛でられし者よ、汝に(ランフィス、祭司たち、ラダメス、巫女たち)Mortal, diletto ai numi (Ramfis, Sacerdoti, Radames, Sacerdotesse)第2幕 Atto secondo第1場 Scena I[9]誰でしょう、勝利の歌と喝采の中に(奴隷たち、アムネリス)Chi mai fra gl'inni e i plausi (Schiave, Amneris)[10]戦さの勝敗は、お前には悲しいものとなった(アムネリス、アイーダ)Fu la sorte dell'armi a'tuoi funesta (Amneris, Aida)[11]行け! 聖なるナイルの河岸へ(合唱、アムネリス、アイーダ)Su! del Nilo al sacro lido (Coro, Amneris, Aida)第2場 Scena II[12]エジプトに栄えあれ(民衆、女たち、祭司たち)Gloria all'Egitto (Popolo, Donne, Sacerdoti)[13]凱旋行進曲Marcia trionfale[14]来たれ、凱旋将軍よ(民衆、祭司たち)Vieni, o guerriero vindice (Popolo, Sacerdoti)[15]祖国を救いし者よ、よくやった(エジプト王、ラダメス、ランフィスと祭司たち)Salvator della patria, io ti saluto (Il re, Radames, Ramfis e Sacerdoti)[16]ああ! あれは? お父様!(アイーダ、アムネリス、アモナスロ、エジプト王)Che veggo! Egli? Mio padre! (Aida, Radames, Amneris, Amonasro, Il re)[17]この衣が物語っておりましょう(アモナスロ)Quest'assisa ch'io vesto vi dica (Amonasro)[18]しかし王よ、偉大なる王よ(アイーダ、捕虜たちと奴隷たち、ランフィスと祭司たち、アムネリス、エジプト王、民衆、アモナスロ、ラダメス)Ma tu, Re, tu signore possente (Aida, Prigionieri e Schiave, Ramfis e Sacerdoti, Amneris, Il re, Popolo, Amonasro, Radames)Disc 2[1]王よ、王は聖なる神々にかけて(ラダメス、エジプト王、アムネリス、祭司たち、民衆、ランフィス)O re, pei sacri numi (Radames, Il re, Amneris, Sacerdoti, Popolo, Ramfis)[2]エジプトとイシスの神に栄光あれ(エジプト王と民衆、奴隷たちと捕虜たち、ランフィスと祭司たち、アイーダ、ラダメス、アムネリス、アモナスロ)Gloria all'Egitto, ad Iside (Il re e Popolo, Schiave e Prigionieri, Ramfis e Sacerdoti, Aida, Radames, Amneris, Amonasro)第3幕 Atto terzo[3]オシリスの永遠の母であり(合唱、ランフィス、アムネリス)O tu che sei d'Osiride (Coro, Priestesses, Ramfis, Amneris)[4]ここにラダメスは来るはず! …ああ我が故郷(アイーダ)Qui Radames verra! ...O patria mia (Aida)[5]まあ! お父様! (アイーダ、アモナスロ)Ciel! mio padre! (Aida, Amonasro)[6]やっと会えたね、愛しいアイーダ… [ナイルの二重唱] (ラダメス、アイーダ)Pur ti riveggo, mia dolce Aida... (Radames, Aida)[7]逃げましょう。居心地の悪い(アイーダ、ラダメス)Fuggiam gli ardori inospiti (Aida, Radames)[8]貴方が! アモナスロ! 貴方が! 国王と?(ラダメス、アイーダ、アモナスロ)Tu! Amonasro! tu! il re? (Radames, Aida, Amonasro)第4幕 Atto quattro第1場 Scena I[9]憎い恋仇はいなくなった(アムネリス)L'abborrita rivale a me sfuggia (Amneris)[10]祭司たちはすでに一堂に会しています(アムネリス、ラダメス)Gia i sacerdoti adunansi (Amneris, Radames)[11]ああ! 死にそうだわ!(アムネリス、ランフィスと祭司たち)Ohime! morir mi sento! (Amneris, Ramfis e Sacerdoti)[12]ラダメス、ラダメス、ラダメス (ランフィス、祭司たち、アムネリス)Radames! Radames! Radames! (Ramfis, Sacerdoti, Amneris)第2場 Scena II[13]運命の石が私の上で閉じられている(ラダメス、アイーダ)La fatal pietra sovra me si chiuse (Radames, Aida)[14]貴方の刑を虫が知らせてくれました(アイーダ、ラダメス、巫女たち)Presago il core della tua condanna (Aida, Radames, Sacerdotesse)[15]さようなら、大地(アイーダ、ラダメス、合唱)O terra, addio (Aida, Radames, Coro)【演奏者】アイーダ(エジプトの奴隷にされたエチオピアの王女):レナータ・テバルディ(ソプラノ)ラダメス(エジプトの将軍):カルロ・ベルゴンツィ(テノール)アムネリス(エジプトの王女):ジュリエッタ・シミオナート(メッゾ・ソプラノ)アモナスロ(エチオピア王でアイーダの父):コーネル・マックニール(バリトン)ランフィス(エジプトの祭司長):アーノルド・ヴァン・ミル(バス)エジプト王:フェルナンド・コレナ(バス)使者:ピエロ・デ・パルマ(テノール)巫女:エウゲニア・ラッティ(ソプラノ)台本: アントニオ・ギスランツォーニウィーン楽友協会合唱団合唱指揮: ラインホルト・シュミットウィーン・フィルハーモニー管弦楽団指揮: ヘルベルト・フォン・カラヤン[録音]1959年9月2‐15日, ソフィエンザール,ウィーン[初出] DECCA SXL 2167/9(1959年)[日本盤初出] LONDON SLC1008/10(1960年5月31日)[プロデューサー]ジョン・カルショー、ジェイムズ・ウォーカー[レコーディング・エンジニア]ジェイムズ・ブラウン、ゴードン・パリー[Super Audio CDプロデューサー]大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDアソシエイト・プロデューサー]吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア]東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[[Super Audio CDリマスター] 2026年5月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説]浅里公三 岸純信[企画・販売]ティアック株式会社[企画・協力]東京電化株式会社レコード史上、画期的な名演・名録音と言われているカラヤン最初の《アイーダ》が遂に登場します。黄金期のイタリア歌手が勢揃い、それを巧みに指揮する全盛期のカラヤン…。文句のつけようのない出来栄えです。“聴くだけで見えてくるオペラ”のレコード化を目指していたデッカの制作スタッフは、あの『ニーベルングの指環』と同じ名手達。音楽的にもオーディオ的にも、まさにこれこそが20世紀の遺産です。■エソテリックならではのこだわりのSuper Audio CDハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、世界初のSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はデッカの名盤から、アナログ時代を代表する名演・名録音をSuper Audio CDハイブリッドで発売いたします。■「ほとんど理想的なレコード演奏」と絶賛された画期的な名演・名録音レコード史上でも画期的な名演・名録音として有名であり、待望久しかったカラヤン指揮の《アイーダ》が遂に登場いたします。 カラヤンは《アイーダ》全曲を2回録音しており、ウィーン・フィルとの2度目の1979年録音(EMI)は、先にエソテリックから「カラヤン&カラス/グレート4オペラズ」(ESSE-90072/80)としてR.シュトラウスの《サロメ》、マリア・カラスとプレートル指揮の《カルメン》と《トスカ》の4曲を収録した9枚組でリリースされています。しかし、このカラヤン最初の《アイーダ》は更なる高評価をする人も多い録音です。初のステレオ録音による全曲盤、加えてウィーン・フィルのイタリア・オペラ初録音でもあり、発売当時「ほとんど理想的なレコード演奏」と絶賛された画期的な名演・名録音でした。■歌手それぞれの見せ所に加え、〈凱旋行進曲〉など、聴きどころ満載の作品ファラオ時代のエジプトとエチオピア、2つの国に引裂かれた男女の悲恋を描いた《アイーダ》は1871年12月に初演されたヴェルディの作品です。台本はパリ在住のオペラ座支配人カミーユ・デュ・ロクル。1869年に開通したスエズ運河を記念してエジプトの総督からの依頼があったとされる《アイーダ》ですが、ヴェルディは、カイロを舞台とした荘厳な物語を自分の統治下で開きたい総督の意志のもと、愛と法、国家と個人それぞれの相克が描かれた物語に興味を抱き作曲に取り掛かりました。完成後の初演はエジプト・カイロのケディヴィアル・オペラ・ハウスで行われました。歌手それぞれの見せ所に加え、第2幕第2場における〈凱旋行進曲〉のメロディなど、聴きどころ満載の作品です。■オペラのスペシャリストだった巨匠カラヤン20世紀の後半を代表する巨匠ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)は、第2次大戦後の1946年から世界的に活躍、EMIと契約してウィーン・フィル、1950年頃からはフィルハーモニア管弦楽団を中心に多数の録音を行なって名声を高め、1955年からベルリン・フィル、1956年からザルツブルク音楽祭、ウィーン国立歌劇場の芸術監督を兼任して「帝王」とよばれるようになりました。 カラヤンのオペラ初録音はウィーン・フィルとのモーツァルト《フィガロの結婚》と《魔笛》(1950年)ですが、その後オペラ録音をいくつか重ね、ウィーン国立歌劇場の芸術監督に就任後は、演出も兼ねた《ニーベルングの指環》4部作をはじめとするワーグナー、モーツァルトやイタリアの主要なオペラ、ストラヴィンスキーの《エディプス王》などを指揮します。また原語による上演を徹底するとともにスカラ座と提携して歌手や演出家の交流も盛んに行い、加えて様々な改革を行なうなど、オペラ界でも大きな力を持つ、オペラのスペシャリストでもありました。■上層部の意向にも逆らい、理想的なベスト・キャストを揃えるレコード界が1958年にステレオ時代を迎えて間もなく、カラヤンはグラモフォンとデッカ両方と契約、1959年3月から録音を開始します。LPの登場とともに急成長したデッカは、オペラの全曲録音に最も意欲的なレーベルであり、カラヤンとウィーン・フィルのオペラ初録音に本作品《アイーダ》を選びました。前年の5月から国立歌劇場における上演が評判になっていたのもその理由の一つだったのでしょう。キャストもマックニール(アイーダの父)以外はそれまで共演してきたイタリアの歌手を中心に選びました。ラダメス(エジプトの将軍)役にデッカの経営陣はエレーデ盤(1952年録音)のデル・モナコを強く主張します。しかしカラヤンとプロデューサーのカルショーは前年にローマで録音したセラフィン指揮の《蝶々夫人》と《ボエーム》でもテバルディと共演して大評判になった若いベルゴンツィの起用をゆずらなかったと言われています。上層部の意向に逆らうことをしてまでも、この作品を最高のものにしようとしたカラヤンとカルショーの意気込みが分かるエピソードであります。 その甲斐もあり、この《アイーダ》は、欧米では録音からわずか3か月後の1959年のクリスマス・シーズンに発売され、「ほとんど理想的なレコード演奏」と絶賛されました。カラヤンの指揮と当時のベスト・キャストといえるテバルディとシミオナート、ベルゴンツィという名歌手たちによるすばらしい演奏がその称賛の理由を見事に物語っています。■劇場でも不可能な響きをスコア通り実現した、レコード史上記念碑的名録音レコーディングが行われた1959年は、あの20世紀不朽の名作、ショルティ指揮『ニーベルングの指環』の第1作《ラインの黄金》の翌年で、収録スタッフ、収録ロケーションもすべて同一の状態。“現代にも十二分に通用する壮大で大迫力の音”と言われている当時のデッカ・サウンドがここでも本領発揮されています。デッカ・スタッフによるレコーディングの素晴らしさは当時から高い評価を得ていて、レコードで「劇場の空間的な効果をいかに生かすか」を研究してきたプロデューサー、カルショーならではの録音の成果も大きな話題になりました。 この《アイーダ》は凱旋の場(第2幕第2場)の壮麗な表現は当初から大きな話題になりましたが、カルショーは第1幕第2場の神殿の外の巫女たちの歌、第2幕第1場のアムネリスの部屋に外から聞こえる合唱と行進曲、第3幕のナイル河畔の場における神殿内の祈りの歌、第4幕第1場の王宮の広間と地下の裁判、第2場の神殿と地下牢など、実際の舞台でも至難な遠近感や立体感をゾフィエンザール内のいくつかの小ホールも使って録音したといわれています。まだマルチ・チャンネル録音が開発される以前の2トラック・ステレオ録音ながら「劇場でも不可能な響きをスコアどおり実現した」と絶賛されたのです。アーティストもスタッフも全員が全身全霊をかけて制作した《アイーダ》。今回のリマスタリングによる初のSuper Audio CDハイブリッド盤を試聴していただくことにより、このレコード史上でも記念碑的な名演・名録音であることを再認識するファンも多いのではないかと願っています。 Super Audio CDハイブリッド化は今回が初めて。新たにマスターからSuper Audio CDの為にリマスタリングを行いました。これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。(エソテリック株式会社)
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  • ESOTERIC「名盤復刻」ジャズ第3弾!スタンダード・ソングの魅力をヴォーカルとトランペットで綴った最高傑作

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    ※HYBRID SACDスタンダードの名曲の魅力を存分に引き出したチェット・ベイカーだけが成し得る不朽不滅のパフォーマンスいくつものモノーラル・マスターテープの中から「これがオリジナルだ!」と思われるテープを執拗に探し求め、70年前に収録されたサウンドをDSDマスタリング&Super Audio CDハイブリッドディスク化■ESOTERICならではのこだわりのSuper Audio CDハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、世界初のSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はパシフィック・ジャズの名盤から、アナログ時代を代表する名演・名録音をSuper Audio CDハイブリッドで発売いたします。■スタンダード・ソングの魅力をヴォーカルとトランペットで綴ったチェット・ベイカーの最高傑作リリースされて70年、ここには未だに決定的な名演とされている、極め付きの歌唱・演奏がいくつも収められています。少しけだるい、“中性的”“退廃的”とも言われたチェット・ベイカーのヴォーカルですが、ひとたびスタンダード・ソングを歌うと、その穏やかで健気な、飾り気のない素直な表現が曲の魅力を最大限に引き出し、どの歌手の作品よりも心に染み入る完成度を示しています。大げさなヴィブラートや声を張り上げることのない歌唱ですが、じっくり聴き込むと音程の正確さ、フレージングの巧みさがひしひしとこちらに伝わってきます。とくに今回は最高の状態のリマスタリングが行えたこともあり、聴けば聴くほど虜になってしまう魅力は半世紀を大幅に超えた現在でも色褪せることなく、自信を持ってお送りできる作品に仕上げることが出来ました。■ヴォーカルとともに歩んだトランペッター、チェット・ベイカーチェット・ベイカーは1929年12月23日オクラホマシティの近郊、鉱山で一時期賑わったエールに生まれました。高校時代からトランペットを習得し、ダンス・バンドなどで活躍。46年に兵役のため軍隊に入るとアーミー・バンドで腕を磨きました。除隊後はロサンゼルスで音楽理論を学び、50年には再び兵役につきサンフランシスコに駐屯します。そして除隊した52年、西海岸を拠点として活躍していたバリトン・サックス奏者ジェリー・マリガンのピアノレス四重奏団に参加、そこからが本格的な音楽活動となります。その後、自身のグループを結成、そして54年24歳で吹き込んだのがこの作品です。トランペッターと思っていた彼が「sings」というタイトルのもと、ヴォーカリスト(以前から多少は披露していましたが)として本格的に現れたのです。驚きとともに、その独特な歌声に人々は魅せられ、この作品以降、彼は頻繁にヴォーカルを披露するようになり、独特な世界を構築していくことになりました。彼ならではの物静かな表現、それはトランペットとの相乗効果をなし、1988年に亡くなるまでレコーディング、ステージでその歌声を聴かせました。■究極のスタンダード・ソングの表現、まさにチェット・ベイカーの独壇場がここにスタンダード・ソングの魅力を最大限に表現しているのが、この作品の特徴ですが、そこには巧みなアレンジ、構成が施されていることにも大きなポイントがあります。それはトランペットとヴォーカルを巧みに使い分けて、様々な色彩感覚を加えている点でもわかります。例えば冒頭曲の「ザット・オールド・フィーリング」と極め付きの名演といわれている7曲目の「バット・ノット・フォー・ミー」。この2曲では導入のヴァースから曲に入りますが、通常テンポなしで入るところをインテンポで、しかもトランペットの吹奏で行います。メインテーマになるとヴォーカルに変わっていくのですが、その変化が巧みで、どんどん曲に引き込まれて行きます。その間にも名演と今でも語られる曲は続きますが、どれも作為が殆ど感じられない自然な構成でありながら、曲の“ツボ”を知り尽くしたアレンジが施されているのです。54年と56年に収録された本作ではピアニスト、ラス・フリーマンの存在も、曲の構成などにおいて大きな影響力を持っていたと思われます。1926年5月にシカゴで生まれた彼は、30年代からクラシカルなトレーニングを受け、40年代から西海岸で活動を始めます。54年からはチェット・ベイカーのバンドに参加、この作品でも全てのトラックに参加し、裏方に徹しながら、ときにチェレスタを弾くなど、サポートしています。チェット・ベイカーにとって当時、欠かせない人物であり、巧みな構成も彼あってのこと、本作の完成度を高める重要な役割を担っています。■“70年前の音”とは思えないほど生々しいサウンドに蘇る本作は1954年と1956年に録音されましたが、その後、1962年にリニューアルされました。そのディスクはステレオ化され、さらにギターをオーバー・ダビングし、ジャケットもデザインを変えたものでした。しかも曲目も減らされたり、違うアルバムから加えられたりした12曲という新装された内容になり、それが『チェット・ベイカー・シングス』として流通していました。CD時代になり、やっとオリジナルテープが発掘され現在に至るのですが、最初にCD化されたディスクはヴォーカルが若干引っ込み気味であったし、最近のディスクはメリハリが強調され、ヴォーカルが嗄れているようだったりと問題点はいつかありました。70年も前に吹き込まれたこともあってか『チェット・ベイカー・シングス』には、いくつものモノーラル・マスターが存在していて、それぞれに微妙な音質やバランスの差が見られました。今回は最良のソースを見つけるために、あらためてアーカイブ内のいくつかのテープを調査。音質的に最良と判断したテープを選び、あらたなマスタリングを施しました。今回リマスタリングされた音は、そうした問題点を完璧にクリアしたオリジナルテープそのもののサウンドといって良いほどで、かなりの完成度を得ることが出来たと自負しています。クリアになったヴォーカルをぜひとも聴いていただきたい、と胸を張って言えるだけの音に仕上がりました。圧倒的な生々しさでヴォーカルとトランペットがこちらに迫ってきます。もちろん、70年前の録音ですから、今ここで演奏しているそのまま、という訳ではありません。当時の制作スタッフが提供しようと試みた音楽の本質が刻まれたオリジナルのサウンドに極めて近づいたという意味で“リアル”なサウンドに甦らせた、まさにマスターの音が再現されたのです。ノイズも処理するレベルではなく、全く気にならず、改めて、モノーラルにも拘らず当時の録音技術の高さに感嘆し、ヴォーカルとトランペットの溌剌とした語りかけに心踊らせていただければと思っています。■最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現いずれもこれまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。■「よくぞこんなマスターが存在していた、と言いたくなるほど良好な状態で保管されていた音源からの丁寧なリマスタリング。オリジナルLPと同じような音の質感を耳にすることができる。」「もう70年も前に吹き込まれた『チェット・ベイカー・シングス』には、いくつものモノーラル・マスターが存在していて、それぞれに微妙な音質やバランスの差が見られた。今回は最良のソースを見つけるために、あらためてアーカイブ内のいくつかのテープを調査。現存するもっとも良質なアナログ・マスターとして、LP初版時のオリジナル・マスターテープと60年代に作られたサブ・マスターテープがベストであるという判断のものにチョイスされた。それにしても“よくぞこんなマスターが存在していた!”と言いたくなるほど良好な状態で保管されていたものをもとに、丁寧にリマスター作業がなされて、オリジナル・モノーラルLPと同じような音の質感を耳にすることができる。」本作ライナーノートより「チェットはすぐれたトランペッターだったが、ちょっと退廃的でささやくような甘いヴォーカルも味わい深く魅力があった。ここでは歌とともにトランペットも聽かせるのでチェットの魅力を2倍楽しめるともいえる。スタンダードの数々が聴けるが、とくに「バット・ノット・フォー・ミー」「ルック・フォー・シルヴァー・ライニング」がいちばん好きだ。」『モダン・ジャズ決定版 名盤500』音楽之友社ONTOMO MOOK 1993年「けっして声量があるわけではないが、個性ということで言うならば、これほどオリジナリティをもったシンガーというのは、他に類を見ない。「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を筆頭に「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥ・イージリー」「ザ・スリル・イズ・ゴーン」などのバラードはとくに秀逸。彼の歌声が不思議な説得力をもって深く心に染み込んでくる。」『完全新版モダン・ジャズ名盤500』音楽之友社ONTOMO MOOK 1999年「彼の中でも代表的なヴォーカル・ナンバー「ザット・オールド・フィーリング」、ソフトな歌声とリリカルなトランペットによる「イッツ・オールウェイズ・ユー」、哀愁が滲み出た渋いヴォーカルを聽かせる「マイ・アイディアル」、アンニュイなムードを目一杯表現した「ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー」など、語り尽くされた名演の他にもたくさんの不滅の名演がこの作品には存在している。」『スタンダード・ジャズのすべて大事典』全音楽譜出版社 2006年 「歌手チェット・ベイカーの最高傑作に違いない。おすすめするのはオリジナルのモノーラル盤だ。きっとチェットは自分の好きな歌曲を集めたのだろう。まるで自分自身の楽しみのために歌っているようだ。ヴォーカルはストレートか軽くフェイクする程度にしている。声を張らずにソフトに語るようなフィーリングで歌う。デリケートな感性とセンシティブな歌心が見られ、ロマンティックであり、美しいリリシズムが光っている。」『新説ジャズ名盤・ウラ名盤』スイングジャーナル社 1989年 「ズラリ並んだスタンダードの名曲すべてを、彼は見事に自分のカラーに塗り替えてしまった。余計なフェイクはせず、メロディを忠実に歌う、この頃の彼の歌は、技巧にはしらないシンプルなトランペット・プレイと調和して、独自な世界を築き上げている。ラス・フリーマンをはじめとするリズム・セクションも雰囲気をわきまえ地味だが趣味の良いバッキングに徹している。」『ジャズ・ジャイアンツこれが決定盤』スイングジャーナル社 1987年※ 古い録音ですので、マスターテープに起因する瑕疵がございます。ご容赦ください。■チェット・ベイカー (vo, tp)Chet Baker, Vocal & Trumpetラス・フリーマン (p, celesta [3, 4])Russ Freeman, Piano and Celestaジミー・ボンド (b) [1 - 6]Jimmy Bond, Bassピーター・リットマン (ds) [1, 2, 5]Peter Littmen, Drumsローレンス・マラブル (ds) [3, 4, 6]Lawrence Marable, Drumsカーソン・スミス (b) [7 - 11, 13, 14]Carson Smith, Bassボブ・ニール (ds) [7 - 11, 13, 14]Bob Neel, Drumsジョー・モンドラゴン (b) [12]Joe Mondragon, Bassシェリー・マン (ds) [12]Shelly Manne, Drums[録音] 1953年10月27日 (12) レディオ・レコーダーズ、ロスアンジェルス、カリフォルニア1954年2月15日 (7-11、13,14) キャピトル・スタジオ、ハリウッド、カリフォルニア1956年7月23&30日 (1-6) フォーラム・シアター、ロスアンジェルス、カリフォルニア[初出] Pacific JAZZ PJ-1222(10インチ PJ LP-11)[日本盤初出] World Pacific Records SMJ-7183(1964)[オリジナル・レコーディング][プロデューサー] リチャード・ボック[レコーディング・エンジニア] リチャード・ボック[Super Audio CDプロデューサー] 吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDエグゼクティブ・プロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスター] 2025年12月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説] 岡崎正通 野澤龍介[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社
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    至宝のビンテージ・マスターテープで復刻!小編成からオーケストラまでマイルス・デイビス全盛期の魅力満載ボックスセット1950年代を中心に1966年までのアナログ全盛期、モダンジャズが最も隆盛で、しかもその中でのリーダー的存在であったマイルス・デイビスのコロンビア・レーベルに残された歴史的名盤5タイトルをSuper Audio CDハイブリッド化。新しいモダンジャズを探求するマイルス・デイビスの軌跡を辿る名盤5タイトル1955年、マイルス・デイビスは大手コロンビア・レーベルと録音契約を結びます。ここから彼の偉大なジャズ・ポピュラー音楽家としての活動は始まりました。まず契約第1弾として、黄金のクインテットによる『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』を吹き込みます。そこから彼は快進撃を続け、ハード・バップの次に来る新しいモダンジャズのスタイル「モード手法」の探求に勤しみます。そうした50年代のコンボによる演奏2作が、ここでは選ばれ、加えて、同時進行のように進められていたジャズ界の鬼才、名アレンジャーとして名高いギル・エヴァンスとのオーケストラ協演も2作ラインアップされています。そして60年代に入り第2期黄金クインテットといわれた新進気鋭の若手を集めた超近代的な「モード・ジャズ」による演奏が1作収められています。ジャズが最も力を持っていた時代の、実力も、リーダーシップもナンバーワンであったミュージシャンの10年間の記録がここに示されています。最高の状態でのSuper Audio CD ハイブリッド化が実現ジャズのステレオ化は50年代の後半からですが、いまだに主流はモノーラルの時代、ここではモノーラル録音に若干の利点があると判断し、最初のコンボ演奏による2作はモノーラルのオリジナルマスターによるマスタリングを採用しました。ジャズ特有の熱気や力強さはモノーラルにより一層浮かび上がっていると確信しています。ギル・エヴァンスとの作品においては、そのオーケストレーションの微妙で繊細なテクスチャーを何とかしてリスナーの皆様にお伝えしようと、ステレオ音場を正確に伝えながら、綿密なマスタリングを施しました。マイルス・デイビスの魅力の1つ、ミュート・トランペットの音色とオープン時の音色の対比にも注目してください。これらを考慮しながら、エソテリック特有の丁寧なマスタリング、製盤作業を行いました。各ディスクで録音状況に違いはありますが、「マスターに残された音、そのものを再現する」ように心がけました。今回のSuper Audio CD ハイブリッド化に当たっては、これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業が行われています。特にDSDマスタリングにあたっては、DAコンバーターとルビジウムクロックジェネレーターに、入念に調整されたESOTERICの最高級機材を投入、またMEXCEL ケーブルを惜しげもなく使用することで、貴重な音楽情報を余すところなくディスク化することができました。このSuper Audio CDハイブリッド・ソフトはエソテリックの独占販売で、主にオーディオ販売店にて限定4,000セット販売されます。■'ROUND ABOUT MIDNIGHT / ラウンド・アバウト・ミッドナイトメジャー・レーベルへ移籍し、ジャズのみならずポピュラー音楽界のリーダーへと突き進んだマイルスの記念すべき第1弾1955年7月17日、第2回ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルのオールスター・バンドが結成されました。これに急遽にマイルスが加わり「ラウンド・ミッドナイト」をミュートでプレイすると会場は大騒ぎ。その光景を見ていたコロンビアのプロデューサーは早速マイルスとレコーディング契約を結び、同年秋、この第1作『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』が生まれました。ワン・アンド・オンリーの魅力を持つマイルスのミュート・プレイによる「ラウンド・ミッドナイト」はギル・エヴァンスのアイデアによるものですが、冒頭のこの曲は実に印象的なアレンジが施されていますし、4曲を占めるミュート・プレイはどれもが彼ならではオリジナリティに溢れた演奏です。「かつてないグループ全体のダイナミズム」「なんといっても聴きものはタイトル曲“ラウンド・ミッドナイト”。大胆なアレンジにより、セロニアス・モンクの名曲に新たなインパクトを与えている。」 - 『モダンジャズ名盤500』「一度は耳にするほどの基本的なライブラリー」「オリジナル・クインテットの名演を収めた必携盤。ジャズ・ファンなら必ず一度は耳にするほどの基本的なライブラリーだ。」 - 『ジャズ・レコード百科 '73』Super Audio CDハイブリッドの音質マイルスのミュート・プレイが目の前で感じられるのが今回のマスタリングの魅力です。実に落ち着きのある雰囲気が生まれていますし、迫力は十二分に感じられるサウンドになりました。全ての楽器の音色が質的に向上していて、それが音楽と周辺のイメージの豊かさにつながっています。眼前に定位するミュートですが、そこにしっとりとした情感が並立していることが何よりも望んだ部分です。■MILESTONES / マイルストーンズ音楽的にもサウンド的にも厚みを増したセクステットによる演奏収録が行われた1958年、ジャズは“新しいもの”を求めて揺れ動いていました。マイルス・デイビスも彼なりの新機軸を打ち出し始めます。ギル・エヴァンスとともに模索していたモード・ジャズです。マイルスが作曲した「マイルストーンズ」はグループによる初のモード手法による曲としても注目されます。もう一つ、本作の特徴はアルト・サックス奏者キャノンボール・アダレイが加わったセクステットによる演奏になっている点です。「ブルースに根差したキャノンボールのアルト・サックスを、和声的でフリーなアプローチをとっているコルトレーンのテナー・サックスと対比させてみたかった。-中略- バンドのサウンドは、どんどん厚くなっていった。」(マイルス・デイビス自叙伝(1)より)とマイルスは語っています。自己の主張と同時にグループのサウンドを重視するという、まさにマイルス・デイビスというミュージシャンの真骨頂がここに表れています。「モード手法による傑作」「いわゆるモード手法を導入した一里塚(マイルストーンズ)的なアルバムである本作品でのタイトル曲は、この手法による傑作である。」 - 『モダンジャズ百科 '73』「マイルスが新生面を打ち出そうとする姿勢がうかがえる作品」「全編を通してマイルスはミュートを用いずオープン・ホーンで吹いている。この作品は従来と異なっているのだ。そんなところからも、新生面を打ち出そうとする姿勢がうかがえる」 - 『マイルス・デイビス コンプリート・ディスク・ガイド』Super Audio CDハイブリッドの音質モノーラルながら中央に存在する楽器に距離感が感じられ、ソロイストの背後にいるリズムセクションが小気味良いサポートをしているのが見てとれます。2曲目「シッズ・アヘッド」はベースの深いうねりが心地よく、マイルスが弾くピアノの伴奏も鮮明で、奥底から湧くようなイメージ。ベースとドラムスだけの伴奏となるトランペットのソロでは、音色も冴え、オーディオ的には本作の白眉といってもいいでしょう。6曲目「ストレート, ノー・チェイサー」はアルト・サックスとテナー・サックスの音色の区分けがはっきり聴きとれ、奏者の口つきの違いまでがこちらに伝わってきます。■PORGY AND BESS / ポーギーとベス大手レーベルでしか成し得なかった2人のコラボレーション大手コロンビアと契約したマイルスにとってオーケストラとの協演も一つの魅力でした。『ポーギーとベス』はギル・エヴァンスとのコロンビア第2弾。「ポーギーとベス」の曲目を題材としたマイルス・デイビスとギル・エヴァンスの創作が聴かれます。ここでマイルスは『マイルストーンズ』同様、数曲でモード手法によるソロを展開しています。「アイ・ラヴズ・ユー、ポーギー」や10曲目の「ご自由に」などで絶妙なモード手法によるソロが展開されていて、オーケストラとの協演でも時代を先取りしたようなモダンで新鮮な演奏を聴くことが出来ます。そこで重要なのはギル・エヴァンスが醸し出す管楽アンサンブルの微妙な音色の重なり。それがどのように表現されるのか、マスタリングの善し悪しはここで決まると言ってもいいでしょう。「幻想的に靄のかかったようなオーケストラル・サウンド」「ギルならではの幻想的で靄がかかったようなオーケストラル・サウンド、そしてそれをバックにフリューゲルホーンでメロディを綴っていくマイルスのシンプルなプレイが、ガーシュウィンの書いたメロディの美しさを最大限に表現している。」 - 『ゴールドディスク辞典』「歌詞の意味を大切にするマイルスがここに証明されている」「マイルスは本作の苦労話として“ベスよ、お前は俺のもの”(ベス、ユー・イズ・マイ・ウーマン・ナウ)というセリフをマイルスは8回も意味を変えて吹かなければならなかった、と述べている。マイルスがいかに歌詞の意味するところを大切にしているかを証明することとなっている。」 - 『ジャズ・ジャイアンツ これが決定盤』Super Audio CDハイブリッドの音質楽器の各音が鮮明に再現されています。また、それに一種の潤いが加わり、クラシカルなオーケストラ作品に接するような情緒に満ちた安定感を再現することができました。ESOTERIC盤だけに使用される周辺機器による効果がここにも現れています。明瞭かつ潤いに満ちたギル・エヴァンス特有の微妙なオーケストレーションのテクスチュアがナチュラルさを携えながら響き渡ってきます。音像は引き締まっているのに、豊かで太さをも感じさせるマイルスの音色にも注目してください。トランペットの音色は歌手が歌っているようなふくよかさになりました。5曲目「サマータイム」のミュートの鋭さと情緒感、バックのアンサンブルの微妙な音色の交わり…。50年以上も前の収録音ですが、微細な箇所も再生できるように心がけました。■Sketches of Spain / スケッチ・オブ・スペインアレンジ、ミュージシャンの度重なる変更を経てやっと完成した大作1959年、マイルスはロサンゼルスの友人宅で「アランフェス協奏曲」(第2楽章)を聴き、ギル・エヴァンスによるオーケストレーションとの協演を思いつきました。ギル・エヴァンスはその依頼に対し、いくつものアイデアを呈示しながらやっとのことでオーケストレーションを完成させました。そうして出来上がったアレンジの下での演奏に対して、マイルスはジャズ的でブルース・フィーリングをもった演奏で対峙します。そうしたミュージシャン同士のせめぎ合いを経て完成へたどり着いたのが、この作品なのです。ここで演奏される「アランフェス協奏曲」(第2楽章)は作曲者ロドリーゴが創り上げた「アランフェス」とは違う、マイルスとギル・エヴァンスによるまさに“スケッチ・オブ・スペイン”なのです。「まったく新しい芸術作品」「ギル・エヴァンスはこの曲(アランフェス~)のメロディを、単なるジャズのための素材としてではなく、まったく新しい芸術作品に変えてしまっている。その完成度の高さから言っても、これはロドリーゴの作品に少しもひけをとるものではない。」 - 『ジャズ・レコード百科 '73』「“ブルースのスペイン版”この作品は驚くほどブルージーである」「オーケストラを指揮したギル・エヴァンスはこの作品を完成させるため、世界中の民俗音楽のレコードを聴き、文献をさらったという。マイルスはこれを“ブルースのスペイン版”と考えていた。この作品は驚くほどブルージーである。」 - 『マイルス・デイビス コンプリート・ディスク・ガイド』Super Audio CDハイブリッドの音質このサウンドなら何回でも聴き返したい! そう思える程に、細部まで克明に描写されながら、しなやかな雰囲気を醸し出すマスタリングが行われています。マイルスの意図した“スペインを題材にしたブルース・フィーリング”という意味が、今回初めて感じられたサウンドとも言えるでしょう。「アランフェス協奏曲」では管楽アンサンブルの中から、そっと姿を見せるマイルスの音色の素晴らしさ。マイルスと交わされるフルート・アンサンブルの音色の対比、これこそが本作品でギル・エヴァンスがリスナーに聴いてほしかったサウンドではないでしょうか。小さく奏でられるハープの質感にも心打たれますし、各パートのアンサンブルとマイルス、それをサポートするリズムセクションが三位一体となり、サウンドを築き上げていく様子が的確に描かれています。■MILES SMILES / マイルス・スマイルズ17歳のドラマーがマイルスの60年代を創り上げる60年代に入り、マイルスはまたまた新しいサウンドを模索し始めます。いくつかのメンバー交代を経てたどり着いたのが第2期黄金時代と呼ばれるメンバーでした。20代のハービー・ハンコック、ロン・カーター、そしてマイルスをして“天才”と言わしめた若干17歳のドラマー、トニー・ウィリアムス。これこそが60年代を席巻したジャズ・グループだったのです。このクインテットによる最初のスタジオ録音は、結成の翌年65年初頭に行われました(『ESP』)。その後再びライヴ活動を行い、日々サウンドが進化・急成長を遂げたグループの1年後の記録が、この『マイルス・スマイルズ』です。レコーディング期間においても日々変化・進歩するグループの、そして60年代のジャズを代表する演奏がここには収められているのです。「《保守性の中での前衛》それが明確な形でここに!」「(グループ・メンバーが固定化されてから)マイルスは、それまで以上に音楽の方向性を明確なものにしていく。フリー・フォームもとり入れながら、ジャズの伝統を発展させていくというスタイルだ。」 - 『マイルス・デイビス コンプリート・ディスク・ガイド』「マイルス・グループがひとつの頂点に達したことを示した作品」「ウェイン・ショーターを加えたマイルス・グループがひとつの頂点に達したことを示した作品としても、すこぶる興味深かったアルバムである。フォームそのものが自然体であり、リズムとソロの緊張感溢れる連鎖のうえに成り立っている全体の構築と流れが、その実際の緊密さやポリフォニックな完成度の高さにもかかわらず極めてスムーズで明快なのである。」 - 『モダンジャズ百科 '73』Super Audio CDハイブリッドの音質『マイルス・スマイルズ』はマイルス・デイビスの60年代収録の中でも音質的に高い評価を得ていた作品です。最初に印象に残ったのが、各音像の密度と充実感。レンジも十分にとれて安定感がある一方、若干気になっていたノイズ的な混濁感が一掃されているのです。それ故に、アンプのボリュームをどんどん上げることが出来るのも魅力の1つ。上げても煩さはなく、迫力のみが加わってきます。歪み感が抑えられているために全体の見通しがよく、ドラムスの細かい変化が楽しめます。独特とも言える60年代モード・ジャズ的なベースとドラムスのリズムが克明に捉えられているため、音楽へ没入することができるマスタリングが施されています。最後に聴こえる、マイルスのハスキーを通り越した声も実に鮮明です。
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  • 急逝する1ヶ月前に行われた最後のスタジオ録音が、虚飾のないピュアで新鮮なサウンドとともに、今ここに甦る。

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    ※HYBRID SACD最先端を行くモダン・ジャズの世界を疾走していたエリック・ドルフィーが、ベルリンで急逝する1ヶ月前に行われた最後のスタジオ録音です。アルト・サックス、フルート、バス・クラリネットによる音色が、虚飾のないピュアで新鮮なサウンドとともに、今ここに甦ります。今回はSuper Audio CD層にステレオとモノラルの両ヴァージョンを収録しました。その違いと雰囲気も含めてお楽しみください。■ESOTERICならではのこだわりのSuper Audio CDハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、世界初のSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はフォンタナ・レーベルの名盤から、アナログ時代を代表する名演・名録音をSuper Audio CDハイブリッドで発売いたします。■3ヶ月におよぶヨーロッパ生活のハイライトであった本作の収録1964年6月29日にベルリンで客死したエリック・ドルフィー。彼が約1ヶ月前に残した、最後のスタジオ・セッションです。このレコーディングの直後、ドルフィーは単身アムステルダムからパリへ向かいました。そこにはガールフレンドのジョイス・モルデカイがバレエの修行中で、彼女に会いに行ったのです。8月に結婚する予定があったとされる2人は約1ヶ月をパリで過ごします。その間にドルフィーはドナルド・バードや現地のミュージシャンたちとセッションを交わし、6月27日、クラブ“タンジェント”に出演するためにベルリンへ旅立ちます。そこで持病の糖尿病が悪化し、“タンジェント”の演奏を3ステージ予定のところを2ステージで取りやめざるを得ませんでした。そして29日夜7時、アッヘンバッハ病院にて死去したのです。エリック・ドルフィーがヨーロッパへ赴いたのは同年4月、チャールズ・ミンガス率いる“ジャズ・ワークショップ”のメンバーの一員としてのヨーロッパ公演へ同行するためでした。しかし、その公演が終了した後、ドルフィーだけが一人ヨーロッパに留まることになりました。そして突然の死を迎えることとなった3ヶ月間のヨーロッパ滞在のハイライトになったのが、この『ラスト・デイト』の収録でした。■激動と変革の1964年ジャズ・シーンに刻まれたドルフィー最後の慟哭1964年。日本では10月に新幹線が開通、東京オリンピックが開催された年ですが、前年11月にケネディ暗殺が起こるなど、日本だけでなく世界も大きく揺れ動いた時代でした。大きな変動は音楽の世界でも起きていました。1月にビートルズが全米ヒット・チャートを席巻し、後のアメリカ公演、エド・サリヴァン・ショウへの出演が世界的な出来事として報じられました。同時にジャズ界も大きく多様な変化の時期を迎えていました。前年、スタン・ゲッツとアントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルトによる「イパネマの娘」が大ヒット、ボサノヴァ・ブームが巻き起こり、年末にはリー・モーガンが「ザ・サイドワインダー」をレコーディング、ロック・ビートとジャズの融合がなされ、65年にはラムゼイ・ルイスの「ジ・インクラウド」がヒット・チャートを賑わし、加えてオーケストラを背景にしたイージー・リスニングを基調としたジャズ・アルバムの企画も生まれ始め、ポピュラーなヒット路線を狙ったジャズが台頭しはじめます。一方、急進的な前衛とされるアヴァンギャルドなフリー・ジャズも勢力を強め、64年7月にアルバート・アイラーが『スピリチュアル・ユニティ』をレコーディング、秋には“ジャズの10月革命”とも呼ばれたアヴァンギャルドを志向するミュージシャンがニューヨークに集結、これまた大きなイベントとして注目されました。エリック・ドルフィーもその一人とされていた最先端を行くモダン・ジャズも同様に大きな飛躍を遂げようとしていました。マイルス・デイヴィスが64年夏に日本公演を行い、秋にはサックス奏者ウェイン・ショーターが加入、60年代を牽引する黄金のクインテットがここに完成しましたし、ジョン・コルトレーンは年末に最高傑作とも言われている『至上の愛』を録音、クァルテットとして最も充実した時期を迎えていました。そうした激動と多様性の時期にエリック・ドルフィーはベルリンで命を落とし、その約1ヶ月前に最高傑作と言われる『ラスト・デイト』をオランダの放送局で収録していたのです。■入念なリハーサルを経て行われた完璧な演奏と記録4月のミンガス・グループとの公演の後、ひとりヨーロッパに留まったエリック・ドルフィーは5月のほとんどをジョイス・モルデカイのいるパリで過ごしました。そして29日オランダへと向かいます。主たる目的は、オランダの放送局VARA(ファーラー)放送での公開ライヴ演奏を行うことでした。ファーラー放送はアムステルダム、ユトレヒトから鉄道で30分以内に位置する、緑の美しい景観が魅力的な“メディアの首都”とも呼ばれるヒルフェルスムにありました。放送収録のためのメンバーは現地のプロモーターがセッティングしたピアノ・トリオです。ピアノのミシャ・メンゲルベルクは大指揮者ウィレム・メンゲルベルクの甥にもつ、クラシカルなトレーニングをしっかりと受けた人で、現代音楽にも造詣が深く、ドルフィーには最適なジャズ・プレーヤーです。ベースのジャック・ショールスはオランダを代表するベーシストで、歌手のアン・バートン、ピアニストのルイス・ヴァン・ダイクといった世界的なミュージシャンとの共演も多く、ドラムスのハン・ベニンクはフリー・ミュージックのドラマーとしても世界的な名声とキャリアを誇るヨーロッパ屈指の達人です。彼らとの入念な打ち合わせ、リハーサルは本番まで毎日のように行われました。そして万全の状態で6月2日火曜日、夜に収録は行われました。スタジオには関係者をはじめ幾人ものリスナーが同席、いわばスタジオ・ライヴのような状況の中での演奏でした。8時30分頃にスタジオ入りした彼らはテスト・テイクとして「エピストロフィー」を演奏。その後、音量バランス、マイクの位置などの修正が行われ、エリック・ドルフィーがすべてを納得し、いよいよ収録は開始されました。冒頭の爆発的なイントロによる「エピストロフィー」からドルフィーと彼のグループは入魂の演奏を展開します。最終曲「ミス・アン」が終わったのは11時。「明日早くパリに戻らなくては」と言い残しドルフィーはスタジオを後にしたのです。■放送局録音ならではのシンプルかつフレッシュな生音が、演奏のリアリティを浮き彫りに!初リリース盤はモノラル仕様。本作ではできる限りオリジナルと判断されたテープに遡り、マスタリングを行い全6曲を収録することにしました。このセッションでドルフィーはバス・クラリネット、フルート、アルト・サックスの3つを吹いています。その音色を楽しむのもこのディスクの魅力。そのためにも素晴らしい音質が求められますが、それに応えられる見事なサウンドがここに甦りました。リマスタリングはいつも通り、マスターの音を忠実に再現するべく試み、過去の諸作以上に、個々の音、そして全体のサウンドも引き締まった印象にまとめました。あくまでも自然な雰囲気で、生録音に接しているようであり、現在としては実にナチュラルで生々しく感じられるサウンドです。今回は後にリリースされたステレオ音声を主に収録。初期発売のモノラル音声も加えて収録しています。ステレオの音声は当時主流とされていた各楽器が左右に分かれる俗に言う“ピンポン・ステレオ”ではなく、モノラルを基調としたセンターに各楽器が集中するパターンで、その余韻や拍手などに広がりを感じさせるナチュラルな演出が施されています。モノラル以上の空気感を味わっていただければ、と思っております。名演「ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ」冒頭のフルートと弓弾きベースのところなどは空間に広がるかのような余韻がライヴのムードを醸し出しますし、ドルフィーが駆使する3つの楽器の音色も十二分に楽しめ、デフォルメを廃した放送録音の素晴らしさを堪能することができる“ワン・タイム・パフォーマンス”に仕上げることができました。■多様性を極めてきたジャズの生々しい姿を的確に再現することを目指したマスタリングジャズでもステレオ録音が定着した60年代後期の名盤ですが、SuperAudio CDハイブリッド化は今回が初めて。新たにマスターからSuperAudio CDの為にデジタルマスタリングを行いました。これまでのエソテリック企画同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業が行われています。特にDSDマスタリングにあたっては、DAコンバーターとルビジウムクロックジェネレーターに、入念に調整されたエソテリック・ブランドの最高級機材を投入、また同社のMEXELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を余すところなくディスク化することができました。■エリック・ドルフィーの生涯を通じてのもっとも赤裸々な感情を吐露した演奏「ドルフィーの音楽はすべてが胸を打つものとなっている。〈ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ〉はフルートという楽器による最高の演奏だ。人間的な感情を強く訴えてくる彼のプレイは、その中に悲痛な叫びがこめられているが、それでいて何とも言えない美しさが漂っている。バス・クラリネットによる冒頭曲はドルフィーの特色をよく出した演奏で、ピアノ・トリオも好演を繰り広げる。」(モダン・ジャズ名盤決定版500・音楽之友社ONTOMO MOOK・1993年)「ミドル・テンポの快調なドルフィー節もさることながら、フルートによる絶品のバラード演奏がここにある。後にヨーロッパ・フリー・ジャズのリーダーとなるメンゲルベルクらとのコンビも素晴らしく、ラストに収録された「音楽は空気の中に消え、二度と捕まえることはできない」という名言(生声)とともに、この鬼才の残した永遠のジャズ遺産がここに刻まれている。」 (ゴールド・ディスク事典・スイングジャーナル社・1998年)「死を予言するかのようなフルートの演奏は、まさにドルフィーの悲痛な叫びであり、彼の生涯を通じてのもっとも赤裸々な感情を吐露した演奏となっている。アルバムを通じてジャズが生んだあまりにも純粋な芸術家エリック・ドルフィーの心温まる人間性を感じさせる。」 (ジャズ・レコード百科'79・スイングジャーナル社・1979年)「小手調べ的な雰囲気でスタートした冒頭曲のイントロからドルフィーは大胆なフレーズを吹いて、聴くものを彼の世界へと引きずり込んでしまう。オランダのプレイヤーたちが“神様”のプレイを前にして敬愛の念をこめたサポートを行っているのも印象に残る。」 (完全新版モダン・ジャズ名盤500・音楽之友社ONTOMO MOOK・1999年)■エリック・ドルフィー (b-cl, fl, as)ミシャ・メンゲルベルク (p)ジャック・ショールス (b)ハン・ベニンク (ds)[録音] 1964年6月2日、VARA放送第56スタジオ、ヒルフェルスム、オランダ[初出] Fontana 681 008 ZL (MONO) 1965年 / Limelight LM 82013 (MONO) LS 86013 (STEREO) 1965年[日本盤初出]Mercury SMX-7009 (STEREO) 1968年[オリジナル・レコーディング][プロデューサー] マイケル・デ・ロイター[レコーディング・エンジニア] ヨス・ヴァン・ヒューケロム[Super Audio CDプロデューサー] 吉田 穣(エソテリック・マスタリングセンター)[Super Audio CDエグゼクティブ・プロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスター] 2026年4月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説] 岡崎正通 野澤龍介[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社
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    エソテリック特約店のみの限定販売※ご予約件数が入荷予定数に達した際は、発売前でもご予約受け付けを終了いたします。※WEBからの発送は入荷日以降となります。【収録内容】【DISC 1】ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン交響曲 第3番 変ホ長調 作品55《英雄》[1]第1楽章: Allegro con brio[2]第2楽章: Marcia funebre. Adagio assai[3]第3楽章: Scherzo. Allegro vivace[4]第4楽章: Finale. Allegro molto[5]《レオノーレ》序曲 第3番 作品72a[6]《エグモント》作品84 - 序曲【DISC 2】交響曲 第5番 ハ短調 作品67《運命》[1]第1楽章: Allegro con brio[2]第2楽章: Andante con moto[3]第3楽章: Allegro - attacca:[4]第4楽章: Allegro交響曲 第7番 イ長調 作品92[5]第1楽章: Poco sostenuto - Vivace[6]第2楽章: Allegretto[7]第3楽章: Presto - Assai meno presto[8]第4楽章: Allegro con brio【収録内容 / 演奏者】ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団指揮: フェレンツ・フリッチャイ[録音]1958年9月29-30日(序曲)、1958年10月6-13日(第3番)、1960年10月3-5日(第7番)、1961年9月15-26日(第5番)イエス・キリスト教会、ベルリン[初出] SLPM 138 038 1959年(3番) SLPM 138 002/3(序曲)1958年 SLPM 138 757(7番)1961年 SLPM 138 813(5番)1962年[日本盤初出]SLGM 22 1960年(3番)SLG M2/3(序曲)1959年 SLGM 1073(7番)1962年 SLGM1107(5番)1963年[オリジナル・レコーディング][プロデューサー]オットー・ゲルデス、ハンス・リッター、ハンス・ウェーバー[レコーディング・エンジニア]ワーナー・ウォルフ、ギュンター・ヘルマンス[Super Audio CDプロデューサー]大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDアソシエイト・プロデューサー]吉田 穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア]東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスター] 2026年3月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説]浅里公三 広瀬大介[企画・販売]ティアック株式会社[企画・協力]東京電化株式会社ドイツ・グラモフォンの看板指揮者であったフリッチャイの残した唯一無二のベートーヴェン、その中でも特に内容・人気とも高い奇数番号の交響曲集です。ステレオ初期、レコード技術が急速に進化し、最も輝いていた時代を疾風の如く駆け抜けた夭折の巨匠が残した圧倒的な演奏です。録音技術も熟知していた巨匠の遺産が現代に甦りますESOTERICならではのこだわりのSuper Audio CDハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、世界初のSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はドイツ・グラモフォンの名盤から、アナログ時代を代表する名演・名録音をSuper Audio CDハイブリッドで発売いたします。指揮者王国ハンガリーに生まれた才能豊かな名指揮者フリッチャイフェレンツ・フリッチャイ(1914-62)は48歳という若さで夭折したハンガリーの指揮者です。ハンガリーと言えば指揮者の宝庫。19世紀の後半以降、伝説的な巨匠ニキシュをはじめライナーやセル、オーマンディ、ドラティ、ショルティなどの名指揮者を輩出しています。その中でもフリッチャイはステレオ初期を代表する名指揮者でした。ブダペストに生まれたフリッチャイは幼時から指揮者を目指しました。父の勧めでオーケストラのさまざまな楽器も習得して15歳でデビュー。大戦が終了した1945年からブダペストの国立歌劇場の音楽監督とブダペスト・フィルの指揮者も兼務しました。初めてフリッチャイが国際的に注目されたのは、1947年のウィーン芸術週間に出演後、同年のザルツブルク音楽祭でクレンペラーに代わって指揮したアイネムのオペラ《ダントンの死》の初演で大成功をおさめてからでした。この大成功によりフリッチャイはウィーン国立歌劇場を定期的に客演するようになり、1948年のザルツブルク音楽祭や同年秋には2カ月間にベルリンのRIAS響とベルリン・フィル、市立歌劇場と国立歌劇場のオペラに相次いでデビューしてセンセーショナルな成功をおさめました。そしてアメリカ占領地区に新設されて間もないRIAS響(現ベルリン・ドイツ響)の首席指揮者に就任して、彼らをベルリン・フィルに匹敵するオーケストラに育成します。ステレオ初期にドイツ・グラモフォンとともに歩むも、その看板スター時代に悲劇が襲う翌年から市立歌劇場(現ベルリン・ドイツ・オペラ)の音楽監督も兼ね、ベルリンを拠点に活躍、ドイツ・グラモフォン・レーベルと契約して1948年からレコード界に新時代をもたらしたLPを次々と録音してグラモフォンとともに世界的な名声を高めました。欧米各地で活躍、1954年からヒューストン交響楽団に招かれましたが、音楽上の方針の相違から1シーズンで退任してドイツに戻り、1956年からミュンヘンのバイエルン州立歌劇場音楽総監督に就任します。そうした活躍の最中のことです。フリッチャイは新時代を代表する名指揮者として急速に名声を高めていた1957年に白血病を発症してしまいます。1958年夏には退任を余儀なくされ、同年11月と59年1月の2度に及ぶ大手術のため活動を中断、しかし同年9月には54年に退任後も定期的に指揮し演奏旅行も続けていたベルリン放送響の首席指揮者に復帰します。新ホールのオープニング公演を指揮、翌年からドイツ・オペラの音楽監督にも復帰し、1961年9月に新設された劇場のオープニング公演を『ドン・ジョヴァンニ』で飾ったのです。しかし12月にウィーンとボンへの演奏旅行後に病気が悪化、翌年1月に3度目の手術を行ない、夏には一時回復したと思われましたが、1963年2月20日にスイスのバーゼルで48歳の生涯を閉じてしまいました。難病に直面しフルトヴェングラーの再来と称された時代に残された本作フリッチャイがベルリンを中心に活躍したのは、レコード界がLPの登場とともに急発展した1948年からステレオ録音が普及するまでの15年と短い期間でしたが、2歳上のショルティや同年生まれのクーベリックやジュリーニよりも彼は早く世界的な名声を獲得し、その間にドイツ・グラモフォンを代表する指揮者としてヨッフム、マルケヴィチなどと共に多くの録音を残しました。モーツァルトとバルトークをレパートリーの2本の柱として古典派から東欧やロシア音楽も含む現代までと広く、オペラもモーツァルト、ワーグナー、ヴェルディに代表されるイタリア・オペラも高く評価されていました。また録音技術を特に研究して録音も多かったフリッチャイですが、彼の音楽表現は1957年に白血病を発症した頃から次第に変化して行なったことがレコードからも覗えます。かなりゆっくりしたテンポを微妙に変化させながら緊張感を失わない表現は一段と深くなり、そのスケールの大きな表現は往年の巨匠フルトヴェングラーを彷彿とさせる内容になっていきました。フリッチャイは発病後に友人への手紙に「試練はまさに正しい時にやってきました。(中略)音楽における表現という問いに答えるために」と書いたように、グラモフォンがステレオ録音を開始した1957年からの一連の録音の多くが、遅めのテンポとともにより深くスケールの大きな表現を聴かせるようになったのは、残された時間は多くないと予感した彼がマルチ・トラック録音も使いこなし、驚くべき集中力で演奏に取り組んだ成果といえるでしょう。白血病の闘病中、体調のよい時に録音したベルリン・フィルとのモーツァルトのミサ曲ハ短調と並び讃えられるベートーヴェンの交響曲3曲と序曲2曲を2枚に収録した今回のハイブリッド盤は、フリッチャイを「生命力あふれる力を精神的な魔力へと昇華させる音楽家」と評したドイツの評論家ヴェルナー・エールマンが、ベートーヴェン演奏を評した「経験や知覚を越えた驚くべき啓示とでもいうべきものであった」ことを再認識させるかけがえのない遺産なのです。ステレオ黎明期LP初期のオリジナル・マスターのもつ情報を余すところなく…アナログ円熟期の名盤です。新たにマスターからSuperAudio CDの為にデジタルマスタリングを行いました。これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。
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  • 演奏内容の充実と、録音の優秀性により、あらゆる意味で規範となるベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ集

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    エソテリック特約店のみの限定販売※ご予約件数が入荷予定数に達した際は、発売前でもご予約受け付けを終了いたします。※WEBからの発送は入荷日以降となります。【収録内容】ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 作品24《春》[1]第1楽章: Allegro[2]第2楽章: Adagio molto espressivo[3]第3楽章: Scherzo (Allegro molto)[4]第4楽章: Rondo (Allegro ma non troppo)ヴァイオリン・ソナタ 第4番 イ短調 作品23[5]第1楽章: Presto[6]第2楽章: Andante scherzoso. piu allegretto[7]第3楽章: Allegro moltoヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 作品47《クロイツェル》[8]第1楽章: Adagio sostenuto - Presto[9]第2楽章: Andante con variazioni[10]第3楽章: Finale (Presto)【収録内容 / 演奏者】ヘンリク・シェリング (ヴァイオリン)イングリット・ヘブラー (ピアノ)[録音]1978年1月5-14日(第4番)、同2-10日(第5番)、1979年12月15-19日(第9番)、ラ・ショー・ド・フォン、スイス[初出]6769 011(全集)1980年[日本盤初出]20PC7/11(全集)1980年[オリジナル・レコーディング][プロデューサー、レコーディング・スーパーヴィジョン]フォルカー・シュトラウス[Super Audio CDプロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDアソシエイト・プロデューサー] 吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスター] 2026年3月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説]浅里公三 芳岡正樹[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社オーソドックスな解釈による演奏内容の充実と、完熟期を迎えたアナログ録音の優秀性により、あらゆる意味で規範となるベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ集。初出時にレコード芸術の月評で特選盤となり、録音面では1980年度の第18回レコード・アカデミー賞「録音部門」を受賞した、演奏・録音ともに文句なしの1作ESOTERICならではのこだわりのSuper Audio CDハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、世界初のSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はデッカ(旧フィリップス)の名盤0から、デジタル安定期の名演・名録音をSuper Audio CDハイブリッドで発売いたします。第2次世界大戦に翻弄された天才ヴァイオリニストヘンリク・シェリング(1918-88)は天才的音楽家です。5歳で母からピアノを習い始め、7歳から始めたヴァイオリンに非凡な才能を認められました。ポーランドの地を離れ、10歳にはベルリンに赴き、ヴァイオリンの腕に磨きをかけ、15歳にしてワルシャワ、ベルリン、パリでデビューを果たし、10代後半にはブルーノ・ワルターとベートーヴェンの協奏曲を共演するまでの実力を身に着けていました。そうした本格的な演奏活動を前に多くを学んでいたシェリングの人生が一変したのは、1939年9月にナチスのポーランド侵攻で始まった世界大戦。7か国語が堪能だった彼はポーランド亡命政府のスタッフとして首相と共に避難民の移住先を探して中南米諸国を訪れ、戦後の1946年に難民4,000人を受け入れたメキシコに行き、当地の作曲家カルロス・チャベスとマヌエル・ポンセにメキシコ・シティの大学で教鞭をとるよう依頼され、市民権を取得して教育と演奏活動を続けたのでした。巨匠ルービンシュタインとの出会いにより世界的な演奏家に時はまだ国際的には知名度の低かったシェリングを世界に紹介したのは、ポーランド出身の巨匠アルトゥール・ルービンシュタインでした。1954年にメキシコを訪れた際、シェリングのバッハを聴いて感激したルービンシュタインの勧めもあり、彼は各地で演奏、1955年にパリで録音したバッハの無伴奏ソナタとパルティータ全曲により初めて世界的に注目されたのです。1958年から60年代にかけてルービンシュタインとRCAレーベルにベートーヴェン(第5、8、9番)とブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲を録音後、1960年代からは旧フィリップス(現デッカ)を中心にバロックから現代までの協奏曲と室内楽の広いレパートリーを録音して名声を高め世界的に活躍していきました。絶頂期を迎えたシェリング70年代のベートーヴェン録音とりわけシェリングの数多くの録音の中でも名声を決定づけたのは、1967年録音のバッハの無伴奏ソナタとパルティータ全曲の再録音であり、その後も1970年代にかけて、ヘルムート・ヴァルヒャとバッハのヴァイオリン・ソナタ集、ルービンシュタイン、ピエール・フルニエとのシューベルト、シューマン、ブラームスのピアノ三重奏曲集、イングリット・ヘブラーとのモーツァルトのヴァイオリン・ソナタと変奏曲集、など枚挙に暇がありません。この初めてSA-CDハイブリッド盤でリリースされるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ3曲は、シェリングの絶頂期といえる1970年代に録音した一連の室内楽を締めくくったベートーヴェンのソナタ全集からの選曲です。ピアニスト、ヘブラーとともに歩んだ室内楽の魅惑的な世界共演のヘブラー(1929-2023)はウィーン生まれのポーランド育ち。母にピアノを学び、10歳の1939年に第2次大戦が勃発したためザルツブルクに移住、モーツァルテウム音楽院とウィーン音楽院で学び、その後ジュネーヴ音楽院で学び、1952年と53年のジュネーヴ国際コンクールで第2位、1954年のミュンヘン国際コンクールに優勝してデビューしました。同年から87年までザルツブルク音楽祭にほぼ毎年のように出演し、1960年代以後は代表的なモーツァルト演奏家として名声を高めるとともにバッハとウィーン古典派、シューベルトからブラームスへと続くドイツ・ロマン派とショパンを主なレパートリーにして世界的に活躍。シェリングをはじめグリュミオーやシュヴァルベなどとの室内楽、またピリオド楽器演奏にも取り組んだ先駆者のひとりです。同じオランダ・フィリップスの花形スターであったシェリングとヘブラーは70年のザルツブルク音楽祭での大成功を皮切りに、71年のモーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ集を収録してからの深い付き合いがはじまります。モーツァルト演奏で、レコード・ファンの信頼を勝ち得た2人はその後もいくつかの共演を果たし、アナログ最晩年、このベートーヴェンへと繋がって行きました。非常に高度なテクニックと様式感確かな表現力を兼ね備えたシェリングは、1971年まで埋もれていたパガニーニの協奏曲を138年ぶりに甦演、初録音して大きな話題になりましたが、最円熟期を迎えた1970年代を代表する録音はこのベートーヴェンだとも言えると思います。この全集としては初めてのベートーヴェンは、発売前から話題を集めました。今回はその全集の中からの抜粋3曲です。「室内楽のフィリップス」の面目躍如。見事な録音が現代に蘇る!シェリングとヘブラーによるベートーヴェンのソナタ全集は1980年に発売された名盤であるにもかかわらず、82年からのCDブームの陰になったためか意外に知られていない存在となってしまいました。ベートーヴェンの初期から中期にかけての各曲の性格も余すところなく表現した名演であり、「室内楽のフィリップス」と言われるだけあって、そのナチュラルで流麗な楽器の音色、取り込む情景の空気感、どれもが時代を超えた鮮明さで、ここに蘇りました。1980年度のレコード・アカデミー賞の録音部門を受賞したようにアナログ録音最円熟期を代表する名録音です。演奏と録音のすばらしさを堪能できるのもハイブリッド盤ならではの魅力といえるでしょう。名録音の魅力を隅無く引き出すため……SuperAudio CDハイブリッド化は今回が初めて。新たにマスターからSuperAudio CDの為にデジタルマスタリングを行いました。これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。
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  • ムジークフェラインに響きわたる黄金のウィーン・フィル・サウンド 180g重量盤

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    エソテリック特約店のみの限定販売※ご予約件数が入荷予定数に達した際は、発売前でもご予約受け付けを終了いたします。※WEBからの発送は入荷日以降となります。ブラームス:【収録内容】交響曲 第2番 ニ長調 作品73Side 1Band 1 第1楽章: Allegro non troppoBand 2 第2楽章: Adagio non troppo - L'istesso tempo, ma graziosoSide 2Band 1 第3楽章: Allegretto grazioso (Quasi andantino) - Presto ma non assai - TempoIBand 2 第4楽章: Allegro con spiritoBand 3 大学祝典序曲 作品80【演奏者】ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団指揮: サー・ジョン・バルビローリA式シングル・ジャケット/180g重量盤[オリジナル・レコーディング][録音]1966 年12 月7 日~9日(交響曲第2番)、1967年12月6日~8日(大学祝典序曲)、ムジークフェライン大ホール、ウィーン[プロデューサー]ロナルド・キンロック・アンダーソン[レコーディング・エンジニア]エルンスト・ローテ[LP初出] EMI HMV ASD2421(1&2)、EMI HMV ASD2433(3)(1969年)[日本盤LP初出] EMI ANGEL AA8442(1&2)、EMI ANGEL AA8444(3)(1969年発売)[アナログレコード][リマスター] 2025年12月 エソテリック・マスタリング・センター、「Esoteric Mastering」システム[プロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[アソシエイト・プロデューサー] 吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[リマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[カッティング・エンジニア]北村勝敏(株式会社ミキサーズラボ )[解説]浅里公三[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社■ESOTERICならではのこだわりのアナログレコード・ソフトアナログ時代に高い評価を得ていたLPサウンド、それをエソテリックによるこだわりのアナログ化で実現。今回のLPでは新たなマスタリングでさらなる魅力も再現できるよう心がけました。■バルビローリ晩年の豊潤なブラームス、名演が数多い第2番の中でも最も情緒的陰影の濃い演奏をLPレコードで!サー・ジョン・バルビローリ(1899-1970)は第2次大戦後、イギリスのハレ管弦楽団の常任指揮者として同団の黄金時代を築き上げたイギリスの名指揮者で、その耽美的なまでに情感あふれる演奏でいまだに多くの音楽ファンの心をつかんでいます。祖父と父はミラノ・スカラ座でヴァイオリン奏者として活躍、1890年代にロンドンへ移住したイタリア系イギリス人、1924年から指揮者としての活動を開始しました。SP時代から録音には積極的で、生涯にわたって数多くの録音を残していますが、戦後のステレオ時代では、シベリウス、マーラー、エルガー、ヴォーン・ウィリアムズらの交響曲・管弦楽曲が代表的な名盤として知られている、LP時代の花形指揮者と言えるでしょう。1964年にベルリン・フィルと録音したマーラーの交響曲第9番と並んで、バルビローリのディスコグラフィの中でも別格の輝きを放っているのが、1966年から翌67年にかけて収録され、ウィーン・フィルとの唯一の録音となったブラームスの交響曲全集です。その中でも第2番は他の交響曲と比べ、圧倒的に録音の回数が多い、彼にとっても思い入れの深い作品でした。当アルバムはウィーン・フィルとの共同作業により、その美感を最大限に引き出した交響曲第2番と大学祝典序曲を収めたものです。交響曲冒頭の低弦~ホルン~木管の掛け合いの惚れ惚れするような美しさ、第2主題を導入する情感に濡れたチェロ、展開部の雄渾な立体感、そしてコーダの沈み込んでゆく夕映えの響きなど、第1楽章だけでも聴き所が満載です。ウィーン・フィルとしてもシューリヒト、クーベリック、ケルテス、ベーム、バーンスタイン、ジュリーニと一定期間を置いて第2番の名盤を残していますが、それらの中でも最も情緒的陰影の濃い演奏がこのバルビローリ盤といえます。■「ブラームスの田園」と呼ばれた明るくさわやか、美しい旋律の第2番完成まで数十年の歳月を費やした第1番に比べて、この第2番は1977年、わずか4ヶ月の間に一気に書き上げられました。明るくてさわやか、美しい旋律が淀みなく流れるブラームスのもう一つの姿が現れた作品、それが第2番だと言われています。1877年から79年にかけては最も創作活動を盛んに行なった時期でした。夏をオーストリア南部のヴェルター湖畔の景勝地ペルチャッハで過ごし、そこで書かれた本作はその土地の風景を思わせるようなイメージもあり、作曲中にウィーンの批評家ハンスリックへの手紙に「とても明るく好ましい響きがします」と書いたように、15年を要した劇的で重厚な第1番とは対照的に明るく豊かな情感があふれ、旋律も親しみやすいため「ブラームスの田園」とも呼ばれました。全楽章が長調で書かれながら豊かな陰翳をたたえ、冒頭にチェロとコントラバスが提示する3つの音、D-C♯-D(ニ-嬰ハ-ニ)を基本動機に緊密に構築され、全曲に統一感をもたらせた傑作です。大学祝典序曲は交響曲第2番と第3番(1883年)の間の1880年の夏にザルツカンマーグートの保養地バート・イシュルで作曲されました。この明るい快活な序曲をブラームスは「陽気なスッペ風のポプリ(接続曲)」と呼んだように、自由なソナタ形式にドイツの学生歌「われらは立派な学舎を建てた」、「祖国の父」、「狐の歌」に手を加えて巧みに挿入し、最後を広く親しまれている「ガウデアムス(喜びの歌)」で締めくくっています。■ムジークフェラインに響き渡る豊麗な音楽を見事に描ききった名録音有名なウィーンのムジークフェラインザールは響きが多く、観客を入れないセッション録音には難しいホールとして知られていますが、このバルビローリのブラームスは、EMIの典型的なコンサート・プレゼンス的バランスで、ホールに響き渡る豊麗な音楽を余すところなく、かつ適切に捉えています。艶のある弦楽パート、チャーミングな木管群、コクのあるウィンナ・ホルンや金管が、見事に溶け合いながらも明晰さを失わずに再現される様は、エンジニア(エルンスト・ローセ)の絶妙なミキシングの手腕の賜物と言えるでしょう。なお、レコーディング・プロデューサーは大ヴェテラン、ロナルド・キンロック・アンダーソン(1911-1984)が務めています。EMIの60年代中期を代表する人物でバルビローリの録音の殆どが彼の手によるものです。バルビローリ没後も未亡人とともに音楽救済事業を推進し、ロイヤル・アカデミー・ミュージックにバルビローリ・ルームを創設するなど、バルビローリの偉業を残すことにも尽力した人です。■アナログレコード専用に新たにリマスタリングを行いましたオリジナルマスターより「Esoteric Mastering」にて、新たにアナログレコード専用のマスタリングを行いました。入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clock、MEXCELケーブルを惜しげもなく使用し、徹底して高音質化を目指したマスターを作成しました。アナログ・カッティングは、ミキサーズラボ社にて、アナログ最盛期の名機、ノイマン社製カッティング・レースVMS80を使用しました。同機は西ドイツで製造され、現在日本国内では2台しか稼働していません。ミキサーズラボ社のご協力を得て、カッティングルームに「Esoteric Mastering」の機材を持ち込み、出力をノイマン社製カッティング・コンソールSP79Cにダイレクトに接続。コンソールのイコライザーを使わずに、「Esoteric Mastering」サウンドをそのまま、カッティング工程へ送り込みます。カッティングは、ミキサーズラボ社のカッティング・エンジニア 北村勝敏氏。匠の手腕をマスター盤に注ぎ込んで頂きました。現在では、レコード・プレス用のマスター盤カッティングのみで、試聴のためだけにラッカー盤をカッティングする事は稀ですが、エソテリックでは音質を追及するため、コンソールへの伝送方式を変えながら複数のラッカー盤を作成しました。作成した複数のラッカー盤は、エソテリック・マスタリング・センターへ持ち帰り、ESOTERICのアナログターンテーブルGrandioso T1で試聴・音質確認を行い、最適な伝送方法を決定しています。徹底してアナログの音にこだわりを込めて作成し、オリジナルマスターのもつ情報を伸びやかなサウンドでアナログレコード化することに成功しました。■「情感に身を任せ、陶酔境に浸りながらうたう耽美的なロマンの世界」『この曲の叙情的な性格をバルビローリほど徹底して表現した例はないだろう。ウィーン・フィルの柔らかな音色と豊かな表現力を最大限に活用し、ときにはほとんど止まらんばかりの遅いテンポでたっぷりと歌いながら展開する演奏は、非常にユニークで魅力的である。』 (レコード芸術編・名曲名盤300NEW・1990年)『それぞれの楽章はほとんどみなワン・テイクで録られたというが、流れのいい演奏で小細工したところなど微塵もなく大河小説を読むような気分になる。晩年のバルビローリの特徴として相対的にテンポは遅く、情感に身を任せ、陶酔境に浸りながらうたう耽美的なロマンの世界である。ディテールに耽溺する箇所も少なくないが、これを否定するとサー・ジョンの世界は消沈してしまう。VPOとの貴重な最初で最後の出会いである。』(『レコード芸術別冊・クラシック・レコード・ブックVOL.1交響曲編』1985年)『ブラームスの第2番の最も美しい演奏は、この1枚である。端々しく、しなやかで豊かに「歌う」演奏は素晴らしい。ブラームスがスコアのあらゆる音符の中に込めた情感・感情・情緒を読み取り、それをオーケストラの豊かなカンタービレによって具現してみせる。その流麗で豊かに息づく音楽は、ブラームスの構築性以上に、情緒面での深い味わいを見事に描き出している。真にロマンティックな味わいを湛えたブラームス解釈である。』(『クラシック名盤大全・交響曲編』・1998年)(エソテリック株式会社)
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  • 2枚組180g重量盤 シューベルトの独奏曲が追加 / 至極のモーツァルト協奏曲

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    エソテリック特約店のみの限定販売※ご予約件数が入荷予定数に達した際は、発売前でもご予約受け付けを終了いたします。※WEBからの発送は入荷日以降となります。【収録内容】Disc 1)Side Aモーツァルト:ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466Band 1 第1楽章: AllegroBand 2 第2楽章: RomanceSide BBand 1 第3楽章: Rondo. Allegro assaiピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595Band 2 第1楽章: AllegroDisc 2)Side ABand 1 第2楽章: LarghettoBand 2 第3楽章: AllegroSide Bシューベルト:楽興の時 D. 780 作品94Band 1 第1番 ハ長調No. 1 in C major: ModeratoBand 2 第2番 変イ長調No. 2 in A flat major: AndantinoBand 3 第3番 ヘ短調No. 3 in F minor: Allegro moderatoBand 4 第4番 嬰ハ短調No. 4 in C sharp minor: ModeratoBand 5 第5番 へ短調No. 5 in F minor: Allegro vivaceBand 6 第6番 変イ長調No. 6 in A flat major: Allegretto【演奏者】サー・クリフォード・カーゾン(ピアノ)ベンジャミン・ブリテン(指揮)イギリス室内管弦楽団A式ダブル・ジャケット/180g重量盤[オリジナル・レコーディング][録音]1970 年9月24日(第20番)9月25日(第27番)、1971年2月4-6日(シューベルト)スネイプ・モルティングス・コンサート・ホール、サフォーク、イギリス[プロデューサー]レイ・ミンシャル[レコーディング・エンジニア]ケネス・ウィルキンソン、ピーター・ヴァン・ビーン(シューベルト)[初出]SXL 7007(1982年)モーツァルト DECCA SXL6523 シューベルト(1971年)[日本盤 初出LP]LONDON L28C-1411(1983年)モーツァルト LONDON SLC-2150(1972年)シューベルト[アナログレコード][リマスター] 2025年11月 エソテリック・マスタリング・センター、「Esoteric Mastering」システム[プロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[アソシエイト・プロデューサー] 吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[リマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[カッティング・エンジニア]北村勝敏(株式会社ミキサーズラボ )[解説]浅里公三[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社■ESOTERICならではのこだわりのアナログレコード・ソフトクリフォード・カーゾンとベンジャミン・ブリテンによる知る人ぞ知る至極のモーツァルト協奏曲不滅の名盤に新たにシューベルトの独奏曲も追加し、アナログレコードの物理特性も考慮した2枚組構成としてリリースいたします。魅力は演奏だけではありません。通常のデッカ・サウンドにさらなる奥深さが盛り込まれた最高のサウンドをLPでお楽しみください。「ffss」(full frequency stereo sound(広帯域ステレオサウンドの頭文字)のロゴで知られるデッカならではの優れた録音技術による鮮明かつダイナミック・レンジが広く立体的なサウンドと相俟って、アナログ時代に高い評価を得ていたLPサウンド、それをエソテリックによるこだわりのアナログ化で実現。今回のLPでは新たなマスタリングでさらなる魅力も再現できるよう心がけました。■20世紀を代表する名ピアニストによる至極のモーツァルト協奏曲モーツァルトに対し献身的なまでの愛情を注いでいた2人、クリフォード・カーゾン(1907-82)とベンジャミン・ブリテン(1913-76)による至極の協奏曲です。カーゾンが75歳の生涯を閉じたとき、イギリスやアメリカの追悼記事では「世界最高のピアニストの一人」と評され、ドイツでは「純粋で高貴な美の表現が可能な名ピアニスト」と高く評価されたように、彼は20世紀を代表する名ピアニストであり、1977年にイギリスでは初めて「ナイト」の爵位を贈られたピアニストでした。ただわが国で意外に知られていないようなのは、一度も来日しなかったことや録音の少ないことも関係しているのでしょう。ただしそれには彼の芸術家としての一貫した主張が背景にはあったのです。ロンドン生まれのカーゾンは、16歳で名指揮者ヘンリー・ウッドに認められてデビュー後、すぐれた才能が注目され、1928年から20世紀の古典派やシューベルトの普及に多大な貢献をした巨匠シュナーベルに2年間師事。1930年にベルリンにデビュー後、1932年からロンドンを中心にヨーロッパで活躍して名声を高め世界的に活躍、当時はロマン派の華麗な曲もかなり演奏しましたが、その後はレパートリーを活動の初期から一貫している古典派とシューベルト、シューマン、リスト、ブラームスなどの初期ロマン派に限定して名声を高めました。1970年代にはほとんどモーツァルトとシューベルトを集中的に演奏し、モーツァルトの聖地で開催されるザルツブルク音楽祭にも1955年から78年まで出演するほどのモーツァルト・スペシャリストになりました。本作では彼が最も得意としていたレパートリーをラインアップしています。■録音後12年の歳月を経てやっと世に出たモーツァルト、その背景にあるカーゾンのあくなき探究心、これこそが彼の本質「カーゾンは純粋に音楽的な関心事への熱中を乱すような、スタジオやコントロールルームに予期せぬ人物が現れることは歓迎されず、訪問者は厳しく禁じられていた。」(プロデューサー;レイ・ミンシャル)カーゾンは極端な録音嫌いではなかったものの、レコーディングに際しては万全のケアを必要とし、より完璧な表現を追求したピアニストであり、そのため余暇も研究と研鑽を重ね、録音終了後も発売を許可しなかった曲も多いプロデューサー泣かせの演奏家でした。主要なレパートリーだったモーツァルトのピアノ協奏曲全集の録音を1960年代にデッカに提案したといわれていますが、生前に発売されたのはケルテスとロンドン響による1967年録音の第23、24番の1枚のみ。本作も録音から12年の歳月を経た1982年、彼が亡くなってからのリリースとなりました。そこにカーゾンの音楽・芸術に生涯を捧げたピアニストとしての本質があるのです。妥協を知らぬ探求者である完璧主義カーゾンは常にこれが自身のモーツァルト演奏だ、ということに満足ができません。ことに第27番への思い入れは相当なもので、同胞ブリテンとの共創にも拘らず、後のコンサートで得た新しい感触・解釈を大切にするが故に、本作のリリースに許可を出しません。以前にも1964年のセル指揮ウィーン・フィル、1967年ケルテス指揮ロンドン響の収録にも発売許可は出しませんでした。やっと発売許可を出したのは1978年、それも4度目の新解釈によるレコーディングを行うという条件付きでの本作への承諾でした。しかしもうブリテンはこの世に居ません。カーゾン自身の健康面での問題もあり、新たなレコーディングを行うことはなく、彼の没後に本作は追悼盤としてリリースされたのです。その後にセル盤、ケルテス盤もリリースされますが、カーゾンが唯一認めたブリテンとの本作がカーゾンの求めた第27番、第20番だったと言えるでしょう。現在、カーゾンの最高のモーツァルトとして広く知られている2曲の共演者、ブリテンは、いうまでもなく20世紀を代表する作曲家であり、すぐれた指揮者、ピアニストとして自作以外でも活躍したイギリスの巨匠です。指揮者としては1961年以後、オールドバラ音楽祭の常連となったイギリス室内管弦楽団との自作自演の他、J.S.バッハをはじめ少なからぬ録音を残しましたが、最も敬愛していたモーツァルトは主要な交響曲をほとんど録音していたようにカーゾン同様モーツァルトには深い愛情を注いでいました。■このLPでしか聴くことのできないシューベルトを新たにマスタリングして収録今回のLPではSuper Audio CDではリリースされたことがない、これまたカーゾンが集中して演奏をしていたシューベルトの〈楽興の時〉も含まれています。エソテリック・マスタリング・センターの機材・ケーブルを駆使して新たにマスタリングを施しました。彼のシューベルト演奏もこのLPのもう一つの聴きどころであり、カーゾンの魅力満載のたのしみなトラックになっています。■LPにより再生の楽しみが増した、通常のデッカ・サウンド以上の魅力を持つ音空間録音エンジニアはケネス・ウィルキンソン。有名な『ニーベルングの指環』を手掛けたゴードン・パリーの後を継ぐデッカが誇る名手です。録音場所のモールティングスは、イギリス東部のサフォーク州スネイブにあるコンサートホールで、もともとは19世紀にビールの醸造所として建てられた建造物です。1967年からはオールドバラ音楽祭のメイン会場として使われるようになり、ブリテンは自作自演のみならず、ブランデンブルク協奏曲、ヨハネ受難曲、モーツァルトやシューベルトの交響曲など、晩年のブリテン指揮演奏の殆どがここで行われています。そしてここでの音が本作最大の魅力にもなっているのです。通常の所謂デッカ・サウンドとは一味ちがった趣です。明快で分離が良く、艷やかでダイナミック。アナログ時代に音楽ファンのみならず、オーディオ・ファンまでも魅了したあのサウンド…、それに響きの美しさ、温かさ、各楽器のブレンド感、滑らかな音質が加味された格別のサウンドが、ここにはあるのです。CDではなかなか表現し難かったそのサウンドをエソテリック・マスタリング・センターにてリマスタリングすることで目的を達成することが出来ました。今回は単なる音の良さ以上に、演奏の呼吸感、間のとり方にまで現れているようなホールの空気感をLPで体感していただければと思っています。■アナログレコード専用に新たにリマスタリングを行いましたオリジナルマスターより「Esoteric Mastering」にて、新たにアナログレコード専用のマスタリングを行いました。入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clock、MEXCELケーブルを惜しげもなく使用し、徹底して高音質化を目指したマスターを作成しました。アナログ・カッティングは、ミキサーズラボ社にて、アナログ最盛期の名機、ノイマン社製カッティング・レースVMS80を使用しました。同機は西ドイツで製造され、現在日本国内では2台しか稼働していません。ミキサーズラボ社のご協力を得て、カッティングルームに「Esoteric Mastering」の機材を持ち込み、出力をノイマン社製カッティング・コンソールSP79Cにダイレクトに接続。コンソールのイコライザーを使わずに、「Esoteric Mastering」サウンドをそのまま、カッティング工程へ送り込みます。カッティングは、ミキサーズラボ社のカッティング・エンジニア 北村勝敏氏。匠の手腕をマスター盤に注ぎ込んで頂きました。現在では、レコード・プレス用のマスター盤カッティングのみで、試聴のためだけにラッカー盤をカッティングする事は稀ですが、エソテリックでは音質を追及するため、コンソールへの伝送方式を変えながら複数のラッカー盤を作成しました。作成した複数のラッカー盤は、エソテリック・マスタリング・センターへ持ち帰り、ESOTERICのアナログターンテーブルGrandioso T1で試聴・音質確認を行い、最適な伝送方法を決定しています。徹底してアナログの音にこだわりを込めて作成し、オリジナルマスターのもつ情報を伸びやかなサウンドでアナログレコード化することに成功しました。■「整然とした解釈、控えめな折り目正しさと人間味溢れる感情」『カーゾンの演奏では作品の論理的・様式的な把握とエモーション、研ぎ澄まされた指のタッチとペダリングの設計と瞬間的なインスピレーションが高度に有機的に統合されている。その演奏は感覚的に極めて繊細だが虚弱ではなく温かい。さらにカーゾンの演奏で聴くとき、作品はそのもっとも美しいプロポーションを見せる。モーツァルトはカーゾンのレパートリーの中でも文句なしに評価が高かった。このブリテンとの2曲は高質という言葉こそふさわしい。』 (クラシック名盤大全協奏曲篇・ONTOMO MOOK・音楽之友社1998年)『最強奏でもその端麗な音質をそこなわず完璧にしとげられた数学の回答のごとき整然とした解釈。明瞭なオーケストラのアプローチがこれに肉薄する(第20番)。もっとも愛着を感じる演奏である。カーゾンの表現は、表面的には控えめで折り目正しいが、そこにはふくよかな歌が息づいており、人間味溢れる感情の起伏をも見出すことが出来るのである(第27番)。」 (レコード芸術編・名曲名盤300NEW・音楽之友社1999年7月)『少しもこれ見よがしなところがなく、美しく清澄なタッチでいかにも自然体。こまやかに音楽を奏でているが、そこに得も言われぬ味わいが生まれるのは、演奏家としての格の高さだろう。ブリテンがそうしたカーゾンのピアノに巧く息を合わせて、しなやかにメリハリ良く音楽を運んで、爽やかな生気を添えている(第27番)。』(クラシック不滅の名盤1000・音楽之友社2007年)『カーゾンはピアノ表現のためのすべてを身につけた演奏家であったと言えよう。このモーツァルトでは考えうる限りの流麗さとニュアンス、こまやかなタッチが全曲にわたって繰り広げられる。モーツァルトの音楽の美しさの無限性を改めて感じさせる演奏となっている。ブリテンに関しては作曲家が本腰を入れて棒を振るとやはり凄い。各フレーズすべてがリニューアルされたような新鮮味と感動を覚える(第27番)。』(21世紀の名曲名盤-2・音楽之友社2003年)『一つ一つの音に手応えのある表現の温かさという点ではこれほどの音楽を聽かせてくれるピアニストはほとんどいない。ブリテンの指揮も第1楽章冒頭のシンコペーションからしても密やかなドラマを秘めた豊かな表情があり聴き手を一瞬にしてこの協奏曲のドラマへ引き込む説得力を持っている(第20番)。カーゾンのソロは真摯な態度で自然にこの作品にある一種の崇高さを表現していると言える。ブリテンもカーゾンにぴったり寄り添ってニュアンス豊かに効果的なサポートをしていく(第27番)。(レコード芸術編・名曲名盤300・音楽之友社1993年)『シューベルトにおいてもカーゾンは作品の性格を的確に表現し、強い説得力で曲の魅力を主張している(楽興の時)。』 (ピアニスト名盤500・ONTOMO MOOK・音楽之友社1997年)(エソテリック株式会社)
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  • 円熟期を迎えた巨匠ならではのシベリウス演奏

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    北欧音楽の粋を極めた真の巨匠がアメリカの卓越したオーケストラとのコラボレーションに成功した究極のシベリウス交響曲作品。あのデッカ・サウンドがここに甦る。デッカ・レーベルならではの重厚かつ絢爛なサウンドとシベリウス作品の見事な調和がここに!■50歳のころから世界的な本格派マエストロになった遅咲きの巨匠「自分にとって、演奏とは、神に近づく行為なのです」と語り、誠実で謙虚な人柄が愛されているブロムシュテットは、98歳の2025年10月にも来日、桂冠名誉指揮者を務めるN響とシベリウスの交響曲第5番他の北欧の作品を演奏するなど、いまだ第一線の現役指揮者として活躍する生きるレジェンドです。しかし彼が今のような世界的な名声を勝ち得たのは50歳を過ぎてからのことでした。生まれたのは1927年7月11日、アメリカのマサチューセッツ州スプリングフィールド。2歳で両親の故郷スウェーデンに移住、牧師の父とピアニストの母から大きな影響を受けた厳格なクリスチャンとして育ちます。その後、ストックホルム王立音楽院と北欧最古のウプサラ大学でオルガン、合唱指揮、音楽学などを学び、さらに指揮をザルツブルクでマルケヴィチ、ジュリアード音楽院でジャン・モレルに師事し、1954年にストックホルム・フィルで指揮者デビューします。以降北欧でオーケストラの首席指揮者を務め、ヨーロッパ各地のオーケストラに客演。大きな転機は1975年。ドレスデン・シュターツカペレの首席指揮者に就任、ドイツの名門を見事に復興するとともに、録音も積極的に行ない、そこから世界的に名声を高めていきました。ブロムシュテットはレパートリーの広さでも定評があり、以前からのバッハと古典派、ドイツ・ロマン派、現代と北欧というレパートリーに加え、ドレスデン時代にはブルックナーとマーラーの交響曲、R.シュトラウスの交響詩なども加えていきました。■円熟期を迎えた巨匠ならではのシベリウス演奏1985年にはドレスデンを退任し、大きく個性を異にしたアメリカ西海岸サンフランシスコ交響楽団の音楽監督に就任します。ここでも彼は“オーケストラ・ビルダー”としての力量を発揮し、ドレスデン同様オーケストラの実力向上に大きく寄与することになりました。音楽監督を最長の11年務め、録音もベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、ブルックナーとマーラーの主要な交響曲、R.シュトラウスとヒンデミットの管弦楽曲集、ブラームスの合唱曲集とオルフの《カルミナ・ブラーナ》、現代のハービソンとセッションズ、そして北欧の音楽もニールセンの交響曲全集の再録音、ベルワルドの交響曲、グリーグの《ペール・ギュント》オリジナル版などもありますが、とりわけ重要なのがシベリウスの交響曲全集です。デビュー以来、ブロムシュテットの主要なレパートリーだったシベリウスの交響曲全集の唯一の録音は、満を持していたかのように1989年から95年にかけて行われました。いずれも彫りの深い響きと緻密で豊かな表現はすばらしく、シベリウス特有の北欧的な要素と交響曲としての性格も絶妙なバランスで表現している、まさに円熟期を迎えていた巨匠ならではの名演です。ここでは全集から特に親しまれている第2番と第5番、《悲しきワルツ》の3曲を1枚に収録、より音が明晰になり作品と演奏の魅力を満喫できるディスクが完成しました。■巨匠の意に十二分に応えるアメリカのオーケストラ、その卓越した技量アメリカのビッグ5と言われているニューヨーク・フィル、シカゴ交響楽団、ボストン交響楽団、クリーヴランド管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団と同格とされている実力派オーケストラがサンフランシスコ交響楽団です。1911年発足と歴史は古く、首席指揮者をみてもモントゥー(1935年就任)、小澤征爾(1970年就任)、デ・ワールト(1977年就任)、そしてブロムシュテット(1985年就任・桂冠)、ブロムシュテットの後任にはティルソン=トーマス(就任1995年・桂冠)と、実力者揃い。常に多くのレコーディングをさまざまなレーベルで行ってきました。そうした中でもブロムシュテットがこのオーケストラに植え付けた正確なリズムフィギュアと構築性はその実績の現れです。世界でも屈指の実力者集団に変貌を遂げたオーケストラは、シベリウスの調性感の希薄な、時には無調に近い響きになるところや、リズムの複雑な絡み合いなど難解な部分においても、盤石の安定感を示します。ブロムシュテットはそのオーケストラをリードし、そのうえでシベリウスのデリケートな色彩のうつろい、リズムの変化を緻密に表現することに成功しています。まさに巨匠の腕の見せどころと言っていいでしょう。■シベリウス交響曲の中でもとりわけ重要な2作品ここに収められたシベリウスの交響曲は彼の作品の中でも特に人気の高い2作品です。1902年に完成し、同年に初演、イタリア滞在の印象が強かったためか、シベリウスの作品としては明るさが特徴的な第2番ですが、その反面でアンサンブルの難しさは筆舌に尽くしがたい部分もあり、「わかりやすさ」の箇所だけに頼りすぎた演奏は通用しない“隠れた難曲”とも言われる、指揮者泣かせの作品でもあります。1915年に完成した第5番は数回の改訂を経て1919年に現在の版になり、第4番同様、技法的な難解さが牙を剥き出している、まさに難曲です。それにも拘らずブロムシュテットの演奏は、そうした難しさを平常心でクリアし、北欧の雄大な情景を我々に、まさに自然体で示してくれる、懐の広い演奏に終始しています。シベリウス愛好家、一般愛好家、どちらの方々にも受け入れて頂ける演奏がここでは展開されています。■最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現アナログ時代のデッカ・サウンドと言えば大伽藍、重厚な低音、輝くような高域が魅力でしたが、1990年代も後半になると、そのサウンドの個性は薄れていきました。デジタル録音全盛となり、各レーベル一定のサウンドが求められるようになったこともあるでしょうが、最大の出来事はデッカとフィリップスの合併でした。どちらもレーベル名は残すとのことでしたが、その違いはレパートリーなどを含む音楽内容のことに重きが置かれ、デッカとフィリップスという大レーベルの個性豊かなオーケストラ表現のサウンドに対しての注目度は低かったのも事実でした。21世紀になると、もうデッカ・サウンドは存在しなくなりました。本作が残された時代はまだ、最後のデッカが味わえる貴重なサウンドが残されているのです。ショルティの『ニーベルングの指環』でも知られる名プロデューサー、ジョン・カルショウの下で活躍していたスタッフの意志を受け継ぐエンジニアがここでも入念な収録を行っています。1989年録音の第5番を担当したエンジニア、ジェイムズ・ロック。彼はCD初期にその高音質でオーディオ・ファンに大きな注目を浴びたショルティ指揮マーラー:交響曲第3番(1982年)の録音を担当、輝く金管、重厚な床が唸るような低域を再現、CD特有の弱音時の微かに聴こえるティンパニの重低音をも再現した人で、彼は後に『ニーベルングの指環』のデジタル用リマスタリングも手掛けました。その後いくつかリリースされたディスクはすべて“ジェイムズ・ロック・マスタリング”が使われているように、デッカ・サウンドの隅々までを体得している人なのです。そうした彼らが受け継ぎ生み出したサウンドを、今回も忠実に再現するようにマスタリングを行いました。これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。【収録内容】ジャン・シベリウス(1865-1957)交響曲 第2番 ニ長調 作品431. 第1楽章:Allegretto2. 第2楽章:Tempo andante, ma rubato3. 第3楽章:Vivacissimo – Lento e suave4. 第4楽章:Finale. Allegro moderato交響曲 第5番 変ホ長調 作品825. 第1楽章:Tempo molto moderato – Allegro moderato6. 第2楽章:Andante mosso, quasi allegretto7. 第3楽章:Allegro molto8. 悲しきワルツ 作品44の1【演奏者】サンフランシスコ交響楽団指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット[録音]1991年5月27~28日[1-4, 8]、1989年5月30日~6月3日[5-7]サンフランシスコ、デービス・シンフォニーホール、[初出]DECCA 433 810-2[1-4, 8]、DECCA 425 858-2[5-7][日本盤初出]LONDON POCL5168[1-4, 8]、LONDON POCL5286[5-7][オリジナル・レコーディング][プロデュサー]アンドリュー・コーナル[レコーディング・エンジニア]ジョン・ペロウ[1-4, 8]、ジェイムズ・ロック[5-7][Super Audio CDリマスタリング][Super Audio CDリマスター]2025年11月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[Super Audio CDプロデューサー]大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDアソシエイト・プロデューサー]吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア]東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[解説]浅里公三、増田良介[企画・販売]ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社レーベル:DECCA音源提供:ユニバーサルミュージック合同会社仕様:Super Audio CDハイブリッドDSD MASTERING / Super Audio CD層 2チャンネル・ステレオ美麗豪華・紙製デジパック・パッケージ
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  • 豪華なソリストが一同に介したアナログ時代の掉尾を飾るブランデンブルク協奏曲

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超豪華ソリストを配した現代楽器による極めつけのブランデンブルク協奏曲。アナログ録音最後期の収録。これぞフィリップス・サウンドと言わんばかりの、派手さを抑えた、静謐かつ包容力のある室内楽の録音・演奏。指揮者マリナーが長年培ってきた仲間と豪華ゲストにより、バッハの本質を深く掘り下げる。■豪華なソリストが一同に介したアナログ時代の掉尾を飾るブランデンブルク協奏曲マリナーの二度目の録音となるブランデンブルク協奏曲です。一流ソリスト達を器楽奏者に迎え入れたとても豪華なラインナップ、それを支えるのは自身と大変深い関係にあったオーケストラ。マリナーは両者を巧みにまとめあげ、自身がとことん納得の行く内容を究めた、現代楽器によるバッハを展開しています。加えて1980年と言えばヨーロッパのメジャー・レーベルがアナログからデジタルに録音方式を切り替える重要な時期。本作は全盛を極めたアナログ録音の最後期に相応しい、LPレコード時代の掉尾を飾るレコーディングだったのです。■ヴァイオリニスト、マリナーを指揮者にしたアカデミー室内管弦楽団ネヴィル・マリナーは、91歳の2016年4月に最後の日本公演を行なった後、10月2日に92歳で急死したイギリスの名指揮者です。イングランド中東部のリンカンに生まれ、ヴァイオリンをロンドンの王立音楽院とパリ音楽院で学び、1949年から王立音楽院で教えながら親しい音楽学者、チェンバロ奏者サーストン・ダートが結成したジャコビアン・アンサンブルに加わりバロック音楽を演奏、同じく指揮をピエール・モントゥーから学び始めます。1952年からフィルハーモニア管弦楽団のヴァイオリン奏者、1956年からロンドン交響楽団の首席第2ヴァイオリン奏者を務めながら指揮活動をはじめます。きっかけとなったのは、1958年にロンドンの名所トラファルガー広場に面したセント・マーティン・イン・ザ・フィールド教会が主催する6回のコンサートでした。マリナーと選りすぐった名手たちとの演奏は大好評だったため、チェンバロを含む12人の室内合奏団を結成、後援してくれた教会の名称を付けたアカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールド(日本での呼称:アカデミー室内管弦楽団)の指揮者として活動を開始したのです。当初はイタリア・バロックやヘンデルとバッハを主要なレパートリーにして活躍、1960年代の中頃から多くの録音によって世界的に注目されると随時メンバーを増員してレパートリーもハイドンとモーツァルト、ロマン派におよび、従来の室内管弦楽団の概念をくつがえすような活動を続けます。マリナー自身も1968年にロンドン交響楽団のヴァイオリニストを退団して指揮に専念、1969年録音のヴィヴァルディの《四季》が世界的に大ヒットするなど3年連続で国際的なエディソン賞を受賞するまでになりました。1978年にアカデミー室内管弦楽団のディレクターをアイオナ・ブラウンに譲り、1979年からはミネソタ管弦楽団、1983年からはシュトゥットガルト放送交響楽団の音楽監督を務めるとともに世界各地のオーケストラに客演して活躍しましたが、その後もアカデミー室内管弦楽団の指揮と録音は最後まで続けていきました。■当時盛んにレコーディングされ始めたオリジナル楽器演奏へのマリナーの見解がここに本作は最初の「ブランデンブルク協奏曲」から9年後の録音です。1回目に行った「初稿復元」に次いでマリナーは、通常演奏される献呈譜、つまり最終稿による録音をここで行いました。演奏スタイルも少なからず変化しています。第1回の録音に聞かれた、肩ひじ張ったとも言えそうな力感溢れるアプローチに対し、こちらは程よくリラックスした演奏で、謂わば「円熟」の境地というのでしょうか、初稿と最終稿の性格の違いを演奏で描き分けた内容になっています。加えて当時は古楽器によるリリースが多く増えた時期でもありました。「古くて新しい」演奏はマリナーのようにモダン楽器でバロック演奏を行ってきた意識の高い音楽家にとって、これは少なからぬ衝撃だったのでしょう。ここには彼らに対するマリナーのモダン楽器室内管弦楽団の培ってきた、一つの姿勢、音楽的回答が秘められている、とも言えるのです。■ソリストは豪華絢爛、各楽器のスーパースターが集結マリナーとアカデミー室内管弦楽団による一連のレコーディングの中でも、この2度目のブランデンブルク協奏曲全集は、デジタル録音が本格化する前の1980年に行われたアナログ時代の最後を飾る録音で彼らの代表的な作品と言えるでしょう。それぞれソロ楽器が異なる全6曲の多様性に合わせ世界的な名手を集めてソリストに起用、バッハ音楽の魅力、素晴らしさを鮮明に表現している名演として40年以上聴き継がれているディスク、その初Super Audio CD化なのです。多くの高名なソリストの数人をご紹介いたします。ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)1918年にポーランドで生まれ、ヨーロッパの伝統的な音楽を完璧にマスターし名声を得た後、1946年メキシコにわたり国籍を取得。同じくポーランド出身のピアニスト、ルービンシュタインとともに国際的な知名度で活躍をした20世紀を代表するヴァイオリニスト。ハインツ・ホリガー(オーボエ)1939年スイス生まれ。64年ミュンヘン国際コンクールで優勝。オーボエというリード楽器の表現領域を無限に広げた、と言われる人で、引き締まった明るい美音、多彩な音色を自在に使いこなしながら披露する見事なフレージングにより、「スーパー・オーボイスト」と称され、オーボエ史上最高の天才奏者。ジャン=ピエール・ランパル(フルート)1922年フランス、パリ生まれ。フルート革命、フルート新発見とも言われる20世紀後半をリードした人で、完全無欠のテクニック、太陽の輝きにも似たと称された豊麗な音色、包容力ある音楽性を駆使した、フルート界の第一人者。ミカラ・ペトリ(リコーダー)1958年デンマーク、コペンハーゲン生まれ。レコーディング当時20代であり、上記大御所に対峙し見事な演奏を繰り広げたリコーダー界当時の超新星。5歳からリコーダーを学び8歳でプロ・デビュー。10代半ばからヨーロッパのオーケストラに客演、本レコーディング後も多くのリーダー作をPHILIPSなどに録音。上記のアーティスト以外にも多くの高名な弦楽奏者、鍵盤楽器奏者が参加しています。■最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現1980年と言えば多くのメジャー・レーベルがアナログからデジタルへと録音方式を転換していく過渡期に当たっています。本作もアナログとしては最後の収録の一つと言えるでしょう。20数年の間に試行錯誤を繰り返しながら、研鑽・努力の末に掴んだレコーディング・テクニックの一部を変換し、新たな試みとまたもやの試行錯誤の時代へと突入する時、その最後の栄光のアナログ・サウンドがここに残されているのです。アナログ時代はレーベルそれぞれに独特なサウンドが築かれていました。大伽藍のデッカ、みやびやかなグラモフォン、そしてフィリップスは中庸をなす、極めて自然体でデフォルメの少ない音楽を包み込むようなサウンドが魅力でした。その傾向はデジタル時代になってもひっそりと受け継がれてはいましたが、アナログ機器消滅とともに特徴は次第になくなっていきました。バランスがよく穏やかでソフト、しかし物理的なレンジはしっかり確保されたサウンドは、まさにマリナーとアカデミー室内管弦楽団の意図する音楽とピッタリ。その録音・演奏の真髄をこの作品でしみじみ味わって頂けると思っています。これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。【収録内容 / 演奏者】ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)ブランデンブルク協奏曲全集[DISC 1]協奏曲 第1番 ヘ長調 BWV10461. 第1楽章:–2. 第2楽章:Adagio3. 第3楽章:Allegro4. 第4楽章:Menuetto – Trio – Polonaiseカール・ピーニ(ヴィオリーノ・ピッコロ)セリア・ニックリン、バリー・デイヴィス、アンジェラ・テニック(オーボエ)グレアム・シーン(ファゴット)ティモシー・ブラウン、ジュリアン・ベイカー(ホルン)ジョン・トール(チェンバロ)デニス・ヴィゲイ(チェロ)協奏曲 第2番 ヘ長調 BWV10475. 第1楽章:–6. 第2楽章:Andante7. 第3楽章:Allegro assaiヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)ミカラ・ペトリ(リコーダー)ハインツ・ホリガー(オーボエ)アンドレ・ベルナール(トランペット)ジョン・トール(チェンバロ)デニス・ヴィゲイ(チェロ)協奏曲 第3番 ト長調 BWV10488. 第1楽章:–9. 第2楽章:Adagio (from BWV 1019a)10. 第3楽章:Allegroケネス・シリトー(ヴァイオリン)ジョン・バーチ(チェンバロ)デニス・ヴィゲイ(チェロ)ジョン・トール(チェンバロ)デニス・ヴィゲイ(チェロ)[DISC2]協奏曲 第4番 ト長調 BWV10491. 第1楽章:Allegro2. 第2楽章:Andante – 第3楽章:Prestoヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)ミカラ・ペトリ、エリザベス・セーリン(リコーダー)ジョン・トール(チェンバロ)デニス・ヴィゲイ(チェロ)協奏曲 第5番 二長調 BWV10503. 第1楽章:Allegro4. 第2楽章:Affettuoso5. 第3楽章:Allegroヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)ジャン=ピエール・ランパル(フルート)ジョージ・マルコム(チェンバロ)ジョン・トール(チェンバロ)デニス・ヴィゲイ(チェロ)協奏曲 第6番 変ロ長調 BWV10516. 第1楽章:–7. 第2楽章:Adagio, ma non tanto8. 第3楽章:Allegroスティーヴン・シングルズ、ロジャー・ベスト(ヴィオラ)デニス・ネスビット、マリリン・サンソム(ヴィオラ・ダ・ガンバ)ジョン・トール(チェンバロ)デニス・ヴィゲイ(チェロ)アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ指揮:サー・ネヴィル・マリナー[録音]1980年5月23~30日、ロンドン、セント・ジョンズ・スミス・スクエア[初出]PHILIPS R215127[日本盤初出]PHILIPS 27PC19/20(CD:33CD114)[Super Audio CDリマスタリング][Super Audio CDリマスター]2025年11月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[Super Audio CDプロデューサー]大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDアソシエイト・プロデューサー]吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア]東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[解説]浅里公三 増田良介[企画・販売]ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社レーベル:DECCA音源提供:ユニバーサルミュージック合同会社仕様:Super Audio CDハイブリッドDSD MASTERING / Super Audio CD層 2チャンネル・ステレオ美麗豪華・紙製デジパック・パッケージ付録:4つ折り縮小版ジャケット品番:ESSD-90319/20 (2枚組)
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  • ESOTERIC「名盤復刻」ジャズ再始動 ― 当時未発表だった同日のセッションも網羅した完璧な記録

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    ※HYBRID SACD「名盤復刻」ジャズ再始動 — ESOTERIC、5年の沈黙を破り新作リリース1960年代後期、ピアノ・トリオの名作が最新DSDマスタリングで蘇る。オリジナルLPと同じ曲順に加えて、当時未発表だった同日のセッションも網羅し、初Super Audio CD Hybrid化された完璧な記録。■ESOTERICならではのこだわりのSuper Audio CDハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、世界初のSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はユナイテッド・アーティスツのジャズ・レーベル、ソリッド・ステート(後にブルーノート傘下)の名盤から、アナログ時を代表する名演・名録音をSuper Audio CDハイブリッドで発売いたします。■熱かった60年代のジャズ・シーンに大きな風穴を開けたチック・コリア不朽の記録チック・コリアのリーダー・アルバム第2弾、ピアノ・トリオとしては初めてのレコーディングにして最高傑作と言われている名作をお届けします。エソテリックとしては久々、数年ぶり、待望久しいジャズ企画です。従来のジャズはセット販売でしたが、今回は初めての単独リリース、初Super Audio CDハイブリッド化。ジャズ激動の1960年代を代表する、いや20世紀を、いやいや現在においても未だなお新鮮なピアノ・トリオの大傑作であり、不朽の輝きを放つ名演奏が収められています。それまで主流だったビバップを基調としたモダン・ジャズ、それを発展させた、より情動的なハードバップというスタイルが定着し始めた1950年代中期以降、ジャズは一層進化の度合いを早めていきました。複雑化したコード進行からの開放、より自由さを求めた、モード手法による演奏が試みられ、更には調性からの脱却によるフリー・ジャズも出現、60年代になると、それとは対極のリー・モーガン『サイドワインダー』、ハービー・ハンコック『ウォーターメロン・マン』、ラムゼイ・ルイス『ジ・イン・クラウド』、ハービー・マン『メンフィス・アンダーグラウンド』など、ロック・ビートを基調としたポップなヒット作も誕生、ウェス・モンゴメリーの『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』のようにストリングスをバックにポピュラー作品を演奏するイージーリスニング・ジャズなども流行し始めます。一方ハードバップも健在、マイルス・デイヴィスなどはモード手法を、ジョン・コルトレーンはより一層急進的なフリー・ジャズへと向かっていき、ジャズは多極化していきました。そんな60年代後半にレコーディングされた『Now He Sings, Now He Sobs』は、熱かった60年代の最も進歩的な解釈によるストレートアヘッドなピアノ・トリオとして注目されました。日本でも発売されるや否や当時全国に多く存在していたジャズ喫茶でもリクエストが集中、ジャズ専門誌月刊「スイングジャーナル」でも大きく取り上げられ、評者・植草甚一氏はタイトルを『歌っているかと思ったら、啜り泣いている』と訳され、演奏を絶賛、ビル・エヴァンス、オスカー・ピーターソンによる演奏とは一味違う新しいコンセプトは日本でも多くの支持を得るようになりました。■新鋭ベーシスト、ヴィトウスと百戦錬磨のヴェテラン、ロイ・ヘインズによって生み出された最もモダンでストレートな演奏チック・コリア(1941年6月12日-2021年2月9日)は録音当時27歳、メキメキと実力をつけていた時期で、翌年にはマイルス・デイヴィスのグループにも参加、大傑作『ビッチェズ・ブリュー』のレコーディングにも加わりました。その後、70年代には本作品とは趣を異にするフュージョン系のサウンドによる『リターン・トゥ・フォーエヴァー』を結成、ジャズの範疇を超えた大ヒット作を生み出しました。ベースのミロスラフ・ヴィトウス(1947年12月6日- )はチェコ出身。10代の頃からチェコ・フィルの奏者にベースの習い、フリードリヒ・グルダ主催、国際ジャズ・コンクールのベース部門において優勝、そしてニューヨークへ赴き、本セッションに抜擢された当時20歳の新進気鋭。70年にはマイルス・デイヴィスのグループとともに注目されたバンド『ウェザー・リポート』の結成メンバーに加わりました。ロイ・ヘインズ(1925年3月13日 - 2024年11月12日)は40年代から活動している人で、当時43歳。ミュージシャンとして一番充実していた時期でのセッションです。レスター・ヤング、チャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィス、セロニアス・モンクといった大御所との演奏経験も多く、やや旧態依然とした演奏スタイルを想像した方も多かったようですが、ここでは年齢ギャップを全く感じさせない物凄く斬新なドラミングでグループを牽引しています。■オリジナルLPに準拠し、その後に未発表テイクを加えた完璧な録音セッションの記録第1曲目「ステップス」のスピード感、ドラム・ソロを挟んで始まる「ホワット・ワズ」のチック・コリアならではの切なく美しいメロディ・ライン、そしてブルース・フォームによる「マトリックス」。この流れこそ新しいピアノ・トリオの誕生を告げる演奏だった、といっても過言ではないでしょう。オリジナル・アルバムではトラック5までの5曲のみでのリリースでしたが、その後、未発表だったテイクも発見され、30年以上前のCDリリースではそれらも含めてはいたものの、第1曲目は「マトリックス」次に「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ」という人気曲主導の配列になっていました。しかしリリース当初のイメージからは離れていってしまい、何となく違和感を持ってしまった人も少なくなかったようです。やはりオリジナル通りの曲順にしてほしいという要望も多く、最近はまたオリジナルの曲順に戻り5曲のみのリリースなども行われています。本作も初回LPと同じ曲順に収め、次に未発表曲が続くという曲の流れに戻してのリリースにいたしました。■エソテリック・マスタリング・センターならではの音質CDではピアノ、ベース、ドラムスが中央付近に定位するステレオ・バランスでしたが、エソテリック盤はオリジナルマスターに近いとされる中央にピアノ、左方向にドラムス、右にベースという配置を再現しています。ただし、60年代前半のような俗に言う「ピンポン・ステレオ」的な左チャンネル、右チャンネル独立したような配置ではなく、あくまでも自然な広がりになっています。チック・コリアはやや硬質なピアノのタッチで記録されていますが、その硬質な中にある、きれいな余韻、澄んだ倍音成分も余す所なく収めることを心がけました。タッチにしなやかさ、柔らかさ、ふくよかさを味わうことができましたら幸いです。ドラムス、ベースとのバランスも含め、半世紀前のセッションがいまここにワープしてきたようなリアリティを追求しました。■多様性を極めてきたジャズの生々しい姿を的確に再現することを目指したマスタリングジャズでもステレオ録音が定着した60年代後期の名盤ですが、Super Audio CD ハイブリッド化は今回が初めて。これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。■タッチの美しさ、正確なリズム感、切れ味鋭いソロ、アイデアの豊富さなど、どれをとっても文句なしの素晴らしさだ「珠玉のごとき音色とめくるめくフレージング、絶妙なタイミングとさわやかなコンセプト、加えてソリッドな躍動を持つ彼のピアノ…(中略)。素晴らしいピアノ・トリオ盤だ。」 (『ジャズ・レコード百科 '79』1979年・スイングジャーナル社)「いままで体験したことがない、研ぎ澄まされたフレーズ、正確なタイムを刻むバッキング。スピード感があってもごまかしのない音符の連続、鋭利の刃物のような鋭いソロ…(中略)、まったく新しいタイプのピアニストの登場を実感した。」 (『ジャズ・ジャイアンツ これが決定盤』1986年・スイングジャーナル社)「多面多才タイプのチック・コリアによるストレートアヘッドな、しかも稀に見る傑作である。名手たちの協力を得て録音したこの年、チックはマイルス・グループに参加した。絶妙なタイム・センス、身の引き締まるようなリリシズムが、ここではより一層輝きをみせている。未発表の中にはスタンダード曲やセロニアス・モンクの曲も含まれていて、アルバムそのものにヴァラエティさが増したのもよい。」 (『新説ジャズ名盤・ウラ名盤』1988年・スイングジャーナル社)「チック・コリアの持っているロマンティックな一面とともに、意欲的な実験精神までが充分盛り込まれたこのアルバムは、それまでのピアノ・トリオの枠を越えた、極めてフレッシュな作品として、いまなお決定的な評価を得ている。トリオというオーソドックスなフォーマットの中に、彼の挑戦的なスピリッツがいっぱいに込められているのだ。」(『モダン・ジャズ名盤500』1993年・音楽之友社 ONTOMO MOOK)「演奏にも作曲にも全精力をそそぎ込み、チック・コリアならではの語法やスタイルが表れ出た。ハイライトはやはり自作ブルースの“マトリックス”、さらに未発表曲では“マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ”が出色。ピアノ・トリオの系譜としても欠かすことのできない重要作品である。」 (『ゴールドディスク事典』1998年・スイングジャーナル社)「スピード感満点。チック・コリアはほとばしるアイデアを何のためらいもなく一気に吐き出している。タッチの美しさ、正確なリズム感、切れ味鋭いソロ、アイデアの豊富さなど、どれをとっても文句なしの素晴らしさだ。チック・コリアの創造性が一番いい形で結実した作品。」(『完全新版モダン・ジャズ名盤500』1999年・音楽之友社 ONTOMO MOOK)■チック・コリア(ピアノ)ミロスラフ・ヴィトウス(ベース)ロイ・ヘインズ(ドラムス)[録音] 1968年3月14,19,27日、A&Rスタジオ、ニューヨーク[初出] Solid State SS1809 (1968)[日本盤初出] キング・レコード SR3029 (1968)[オリジナル・レコーディング][プロデューサー] ソニー・レスター[レコーディング・エンジニア] ドン・ハーン[Super Audio CDプロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDアソシエイト・プロデューサー] 吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[[Super Audio CDリマスター] 2025年2月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説] 岡崎正通 野澤龍介[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社
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  • ESOTERIC「名盤復刻」ジャズ第2弾、デュオ・アルバムの頂点に君臨する至高の1枚

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    ※HYBRID SACD長い年月を経て、今なお聴き褪せることのない、初Super Audio CDハイブリッド化された不滅のデュオ。蘇った音質のなか、十二分に音楽的な対話を楽しみながら、静謐な演奏の中に秘められている、燃えるようなメランコリーに注目!■ジャズにおけるデュオ・アルバムの頂点に君臨する至高の1枚リリースされてから60年以上、いまだに聴き褪せることのない不滅のデュオ作品『アンダーカレント』の初Super Audio CDハイブリッド化です。50年代半ばからその語り口、コード進行、ハーモニーで独自の表現をしていたビル・エヴァンス、ジャズ・ギターのスタンダードな道を常に歩みながら、少しずつ着実に変化をしながら音楽的ダイナミズムと繊細な感性を磨いていったジム・ホール、両者の協調とちょっとした刺激、凌ぎ合いが理想的なデュオとして、ここに展開されている一大傑作です。ビル・エヴァンス(1929年8月〜1980年9月)とジム・ホール(1930年12月〜2013年12月)によって62年4月から5月にかけて吹き込まれた『アンダーカレント』は、ふたりのミュージシャンのもっている繊細な歌心、ロマンがこぼれるような抒情性、知的に洗練された即興が見事なインタープレイに昇華された“特別な”デュオ作品です。ジャズ・コンボの最小フォーマットでもあるデュオ演奏。プレイヤーの個性が赤裸々に出るデュオという形式を借りて、2人はそれぞれの持ち味を発揮しながらも十二分に音楽的な対話を楽しんでいるようにも見えます。静謐な演奏の中に秘められている、燃えるようなメランコリー。これまでジャズの世界で多くのデュオの名品が生まれてきているものの、本作は60数年の時の流れを超えてなお、デュオ・アルバムの頂点に君臨する至高の1枚になっています。■最盛期に突然訪れた不幸に直面し、その後の活動を模索し始めたビル・エヴァンスと円熟期に入ったジム・ホールとの音楽性が合致した邂逅クラシック音楽の印象派にも通じる斬新なハーモニー感覚とともに、この頃ビル・エヴァンスはピアノ・トリオというフォーマットに革新をもたらす新しい表現スタイルを確立していきました。ベーシストのスコット・ラファロ、ドラマーのポール・モチアンと一緒に生み出された新しいピアノ・トリオの響き。とくにラファロのベースは従来のリズム・キープという役割だけでなく、まるでホーン・プレイヤーのようにベースを歌わせながらエヴァンスのピアノに絡みついて、スリリングな感情の交感を聴かせていきます。そして不朽の名盤『ワルツ・フォー・デビー』と『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』というライヴ・アルバムが生まれました。しかしその収録の直後、ラファロは61年7月に交通事故のために25歳の若さで突然に世を去ってしまいます。かけがえのない相棒を失ったエヴァンスは、しばらくはピアノをさわる気になれないほど失意の日々を送りました。半年ほどが過ぎた頃、活動を再開したエヴァンスは、トリオだけでなくソロ・ピアノやコンボ演奏を含めて、さまざまなフォーマットへのチャレンジも行うようになります。本作が吹き込まれた62年春は、まさにエヴァンスが未知の冒険に向けて意欲をもち始めた時期だったのです。ジム・ホールもビル・エヴァンス同様50 年代半ばから活動し、61年末からはソニー・ロリンズのクァルテットに加わって演奏していました。ピアノのいないクァルテットで伴奏を含めいろいろな役割をこなしながら彼は大きな成長を遂げたように思われ、これを契機に音楽的にも一段階スケールの大きなミュージシャンになっていきました。そうした円熟期に入ろうとする時期にこの作品は録音されています。音楽的にもスケールアップしたホールのギターは、以前から持ち合わせていたナイーブな感性、しなやかにメロディを歌わせてゆくプレイにより一層の奥深いニュアンスを感じさせるようになり、外面的な明るさよりも内省的なハーモニーの響きを探求してゆく彼独自のスタイルは、エヴァンスの音楽性とも見事に一致したのです。■制作者の目指す音楽を遥かに超えた奇跡的演奏アルバムのプロデューサーはアラン・ダグラス。のちに自身のアラン・ダグラス・プロダクションをもってジミ・ヘンドリックスやジョン・マクラフリンなどの作品も手掛けるダグラスですが、このときはジャズ・プロデュースをはじめて間もない頃。映画会社のユナイテッド・アーティスツが新たに設立したジャズ部門を任されて彼はまずジム・ホールに声をかけてデュオ・アルバムを作りたいとオファーしました。「ビル・エヴァンスとなら一緒にやってみたい」というホールの返事を受けて、このセッションが生まれることになりました。ダグラスは「バラード中心のアルバムにしたい」というアイデアも出していて、作品を耳にすればプロデューサーの狙いは十二分に汲みとられていることが分かります。しかし演奏の内容はダグラスの意図を大きく上回って、凡百のバラード作品の域をはるかに超えた“極上のデュオ・セッション”が繰りひろげられていったのです。その象徴とも言えるのが冒頭の快速調「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」です。ここでのエヴァンスとホールによる演奏は、どの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」とも異なるもの。“えっ、こんなテンポで?”と言えるようなアップテンポで演じられており、原曲のもつラインやハーモニーの美しさを生かしながらも、あくまでスリリングなインタープレイの素材としてメロディを奏で、自在な即興プレイが繰りひろげられてゆきます。それぞれに個性を十二分に押し出しながら、たがいを触発し合うところから生まれる張りつめた緊迫感の持続! “バラード”というイメージの対極にあるような演奏!! ジャズとは常に人の期待通りには行かないもの、それを大きく超えるものなのです。■この音質! そこにはある決断が…Super Audio CDハイブリッド化されもっといい音でこの作品を聴きたい、という声は数多くありました。それは長年の願いであったのですが、なかなか現実化することは出来なかったのです。何回もリリースされたCDでもその都度、われわれが直面した問題は解決されていないようでした。それぞれマスターの壁にぶち当たっていたのでしょう。その主な原因はマスターテープ由来のヒスノイズだと思います。ノイズ対策もいくつか試みましたが、今回私ども出した答えは、原点ともいえる「マスターの音そのままを忠実にディスクに刻む」という行為でした。ノイズカットを試みるよりは、やはり音の力感、鮮度、こまかな表現を極力損なわない、ありのままのサウンドを求めることにしました。上記の事由からSuper Audio CDハイブリッド化は今回が初めて。これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSD マスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。テープ由来のヒスノイズを除去することで失われる、当時の管球ギターアンプの音色、強いピッキング時に若干生じる音のひずみ、そしてビル・エヴァンスの繊細なニュアンスを含んだピアノのタッチ…。どうしても表現したかった、それらのニュアンス、今までにはなかったピアノとギターの音をこのディスクで味わってください。■「冒頭の“マイ・ファニー・ヴァレンタイン”の凄まじさ! デュオの醍醐味をこれほど深く味あわせてくれる例は他にない」「デュエット・プレイの可能性が追求された演奏といえよう。良く知られた曲もまったく新たな装いで登場する。資質的にも合うビル・エヴァンスとジム・ホールのインタープレイは、お互いを刺激し合いながら一人では世界へと突入する。とくに原曲のバラードというイメージがほとんどない冒頭の“マイ・ファニー・ヴァレンタイン”が凄まじい。」『ジャズ・レコード百科 '79』1979年 スイングジャーナル社「この世にある数多くのデュオ・アルバムの中でもこの作品は最高の地位に置かれる名品である。内省的なタイプである2人が交わす対話の素晴らしさはとても表現しようがない。デュオの醍醐味をこれほど深く味あわせてくれる例は他にない。」『モダン・ジャズ名盤500』1993年 音楽之友社MOOK 「アップテンポで演奏する冒頭の“マイ・ファニー・ヴァレンタイン”が圧巻。度肝を抜かれてしまう。きわめて創造的であり音楽的な白人ジャズメン2人、両者の音楽性の高さ、相性の良さに感心させられる作品だ。」『完全新版モダン・ジャズ名盤500』1999年 音楽之友社MOOK 「ピアノとギターのサウンドが、これほど美しく調和したジャズは他に例がない。ビル・エヴァンス自身もギター向きにスタイルを変えることなくひたすら入念な演奏。両者の即興によるパフォーマンスはまさに神業。」『ジャズ・ジャイアンツ これが決定盤』1986年 スイングジャーナル社■ビル・エヴァンス (p)ジム・ホール (g)[録音]1962 年4 月24 日 (2.4.8)、同年5 月14 日(1,3,5,6,7,9,10)サウンド・メーカー、ニューヨーク[初出]米United Artists Jazz UAJS15003(1962 年8 月)[日本盤初出]「暗流」 日本コロムビア・レコード UAS-1029J(1963 年)[オリジナル・レコーディング][プロデューサー]アラン・ダグラス[レコーディング・エンジニア]ビル・シュワーター[Super Audio CD プロデューサー] 吉田穰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CD エグゼクティブ・プロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CD リマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CD リマスター]2025 年8 月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説] 岡崎正通 野澤龍介[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社*上記新譜SACDの参考動画は下記になります
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  • カラヤン初登場のニューイヤー・コンサート / 帝王が生涯親しんだシュトラウス・ファミリーの名曲の数々

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    エソテリック特約店のみの限定販売※入荷数には限りがあります。※発売直前のご予約お申込みの場合、商品確保が大幅に遅れる場合がございます。また、限定生産品は確保できない場合もございます。※ご予約件数が入荷予定数に達した際は、発売前でもご予約受け付けを終了いたします。※発売元の都合で納品が分納となった場合は、ご予約受け付け順に発送させていただきますため、ご予約のタイミングによっては発売日より大幅に遅れてのお届けとなりますので、予めご了承ください。※制作上の都合により、発売時期、ジャケットデザイン、収録曲が変更となる場合がございます。※WEBからの発送は入荷日以降となります。※制作元完売の際は何卒ご容赦ください。【収録内容】ヨハン・シュトラウスII 世 [1] 喜歌劇《こうもり》序曲ヨーゼフ・シュトラウス [2] ワルツ《天体の音楽》作品235ヨハン・シュトラウスII 世 [3] アンネン・ポルカ 作品117ヨーゼフ・シュトラウス [4] ワルツ《うわごと》作品212ヨハン・シュトラウスII 世 [5] ポルカ《観光列車》作品281ヨハンII 世 & ヨーゼフ・シュトラウス [6] ピチカート・ポルカヨハン・シュトラウスI 世 [7] アンネン・ポルカ 作品137ヨハン・シュトラウスII 世 [8] ポルカ《,雷鳴と電光》作品324[9] ワルツ《春の声》作品410ヨハン・シュトラウスII 世 [3] アンネン・ポルカ 作品117ヨーゼフ・シュトラウス [4] ワルツ《うわごと》作品212ヨハン・シュトラウスII 世 [5] ポルカ《観光列車》作品281ヨハンII 世 & ヨーゼフ・シュトラウス [6] ピチカート・ポルカヨハン・シュトラウスI 世 [7] アンネン・ポルカ 作品137ヨハン・シュトラウスII 世 [8] ポルカ《,雷鳴と電光》作品324[9] ワルツ《春の声》作品410【演奏者】キャスリーン・バトル(ソプラノ)[9]ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団指揮: ヘルベルト・フォン・カラヤン[録音] 1987 年1 月1 日、ムジークフェライン・ザール、ウィーン[初出] Deutsche Grammophon 419 616-1(LP)、419 616-2(CD)[日本盤初出] ポリドール-グラモフォン F35G20123 (1987 年12月)[オリジナル・レコーディング][プロデューサー]ギュンター・ブレースト、ミシェル・グロッツ[レコーディング・エンジニア]ギュンター・ヘルマンス[Super Audio CD プロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CD アソシエイト・プロデューサー] 吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CD リマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[[Super Audio CD リマスター] 2025 年8 月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説] 浅里公三 小宮正安[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社ESOTERIC ならではのこだわりのSuper Audio CD ハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CD ハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERIC による名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSD マスタリングし、世界初のSuper Audio CD ハイブリッド化を実現してきました。今回はドイツ・グラモフォンの名盤から、デジタル時代を代表する名演・名録音をSuper Audio CD ハイブリッドで発売いたします。ウィーン音楽の申し子、カラヤンが生涯で唯一指揮台に立った1987 年のニューイヤー・コンサート録音当時ベルリン・フィルの音楽監督でウィーン・フィルとも多くの演奏と録音を行なっていた最高の巨匠ヘルベルト・フォン・カラヤンが生涯で唯一指揮台に立った1987 年1 月1 日のニューイヤー・コンサート、その時の演奏が記録されたライヴ録音です。新年に行われるこのコンサート、1987 年以前は長い間常任ともいえる同じ指揮者が努めていましたが、この年、初めてカラヤンが登場、それ以降毎年、世界中のいろいろな指揮者が担当するという、シュトラウス・ファミリーの音楽を楽しむことと同等に「今年の指揮者は?」という新たな興味も加わり、コンサートはより一層世界的に注目されるイヴェントとなっていきました。その先駆けともなったカラヤンの登場ですが、ここで彼は歌手キャスリーン・バトルを抜擢、コンサートのクライマックスを見事に作り上げました。この2 年後、カラヤンは81 歳で世を去り、ニューイヤー・コンサートの再登場は果たされませんでした。この演奏会はカラヤンにとっても「ただ一度きり」のものとなってしまい、そうした伝説の演奏会を収録した一枚こそがこのディスクに他ならないのです。カラヤンならではの演出によるウィーンの調べ、それをここで堪能ください。新しいニューイヤーの時代を作ったカラヤンのコンサートウィーン・フィルが毎年1 月1 日に本拠のムジークフェライン・ザールで開催するニューイヤー・コンサートは、すでに80 年以上の伝統を誇ります。世界中にテレビ中継されるだけでなく、ライヴ収録のCD や映像もすぐにリリースされるなど、世界最大の音楽イヴェントになっていることはいうまでもないでしょう。シュトラウス・ファミリーに代表されるワルツやポルカは19 世紀にウィーンで大流行、本場であるウィーン・フィルも歴代の名指揮者たちと散発的に演奏していましたが、初めてオール・シュトラウス・プログラムによるコンサートの開催を決めたのは意外に遅く、ヨハンII世の生誕100 年を祝う1925 年でした。そして指揮者クレメンス・クラウス (1893-1954)が1939 年12 月31 日にウィーンで第1回ニューイヤー・コンサートを開催、第2回の1941 年から1月1日に行われるようになりました。初期のニューイヤー・コンサートに最も貢献したクラウスは、大戦直後の1946、47 年をヨーゼフ・クリップス(1902-1974) に任せた以外、1948 年から54 年まで指揮しまたが、1954 年5月にメキシコ旅行中に急死、1955 年からはコンサートマスターのウィリー・ボスコフスキー (1909-1991) に受け継がれ、彼はワルツ王ヨハンII世のようにヴァイオリンを弾きながら指揮し、1979 年に病気で退くまで25 年間に渡りシュトラウス・ファミリーの作品を数多く録音するとともに、ラジオやテレビ中継によりコンサートの人気を世界的に高めました。そして1980 年からはウィーン国立歌劇場の音楽監督も務めたロリン・マゼール (1930-2014) が初の外国出身の指揮者として登場、86 年まで時に本業とも言えたヴァイオリンを自身で弾きながら指揮を担当しました。そして1987 年、帝王カラヤンが指揮台に立ちます。これは一大センセーションとなり、ニューイヤー・コンサートは新しい時代を迎えることになります。88年はクラウディオ・アバド、89年はカルロス・クライバー、90年はズービン・メータと、毎年指揮者を代えて、世界的な新年の行事となっていったのです。深い繋がりのあるカラヤンとシュトラウス・ファミリーザルツブルクに生まれウィーン音楽アカデミーで学んだカラヤンは、早くからシュトラウス・ファミリーの作品をレパートリーにしていて、SP 時代の1940~42 年にベルリン・フィルと《芸術家の生活》、皇帝円舞曲、《ジプシー男爵》と《こうもり》序曲の4曲を録音(グラモフォン)したのに続き、大戦後の1946 年から49 年にかけてはウィーン・フィルとベルリン・フィルと《美しく青きドナウ》、《浮気心》《トリッチ・トラッチ・ポルカ》など全15 曲を、さらに1950 年代のモノLP にもフィルハーモニア管弦楽団と『シャンペン・コンサート』と題したシュトラウス・ファミリーの作品集 (6 曲)、喜歌劇《こうもり》全曲を吹き込んでいるほど、シュトラウス音楽には大いなる関わりを持って来ました。ベルリン・フィルとウィーン国立歌劇場の音楽監督などを兼ね、「帝王」と呼ばれだした1950 年代後半からステレオ録音時代を迎えると、ウィーン・フィルと『シュトラウス・コンサート』(6 曲)と喜歌劇《こうもり》全曲の再録音(以上英デッカ)、さらに1960 年代の後半以降はベルリン・フィルとシュトラウス・ファミリーの作品集を2 枚(17 曲)、デジタル録音時代を迎えた1980 年にもグラモフォンとEMI にレコーディングを行っているように、レコーディングの技術革新とともにシュトラウス・ファミリーの作品をベートーヴェンの交響曲と同様に録音しているのです。ウィーン音楽と深く関わりのあったカラヤンですが、本作はカラヤンが指揮した唯一のニューイヤー・コンサートのライヴであり、シュトラウス・ファミリーの最後の録音でもあるのです。その後一度も登場していない歌手による《春の声》このコンサート、宴もたけなわな後半、満を持して登場するのが歌手キャスリーン・バトルです。全12 曲の中で《観光列車》、《アンネン・ポルカ》、《憂いもなく》はカラヤンとしては初めてのレコーディング曲ですが、もう1曲《春の声》も初めての曲であり、そのソリストとして出演したのが歌手キャスリーン・バトルでした。1948 年アメリカ、ニューハンプシャー州ポーツマスに生まれた彼女はシンシナティ大学音楽院で学んだ後、同年に歌手デビュー、78 年にはメトロポリタン歌劇場のメンバーとなります。多くのオペラに登場し、80 年代にはヨーロッパへ進出、オペラの他にコンサート歌手としても活動、このコンサートの前の年には、ニッカウヰスキーのテレビ・コマーシャルに抜擢され、日本でも非常に親しまれ、彼女の歌った〈オンブラ・マイ・フ〉は日本で大ヒット、人気の絶頂期にいたソプラノです。カラヤンのグラモフォン録音の特徴と今回のライヴ録音録音エンジニアは「カラヤンの耳を持つ男」と言われた名手ギュンター・ヘルマンスです。グラモフォンのカラヤン録音には欠かせない人物ですが、彼の特徴は単なる音質の優秀さだけではありませんでした。70年代以降、カラヤンはコンサートとレコーディングとは全く違うシステムを構築していました。レコーディングでは全曲を通して演奏することがない時もあったのです。マルチ録音が盛んに行われていた時代、ある楽章の一部分、楽器別のパートだけ…、を収録してトラックダウンでそれをミックスさせる、そうした方式を録音時にカラヤンは要求していたようです。部分部分の収録をミックスさせカラヤンの意図に準じた音作りをする、ヘルマンスはその作業には欠かすことが出来ない貴重な人物でありました。さて、そこで気になるのはこのレコーディングです。1回限りの実況録音です。ちょっとした問題箇所はリハーサル時のテイクで補うことがあったかも知れませんが、俗に言う一発録りです。日頃のカラヤン・サウンドと、ここには違いがあるのか? ヘルマンスの音に変化は…。ここも聴きどころの一つと思われます。シュトラウス・ファミリーの音楽ならではの愉悦感、肌理こまやかな引き締まった響きと格調の高い表現「カラヤンの初登場ということもあって、会場のムジークフェライン・ザールは例年になく熱気に包まれていたと伝えられているが、ウィーン・フィルによるシュトラウス・ファミリーの音楽ならではの愉悦感をいつにも増して肌理細やかなひきしまった響きと格調高い表現もすばらしい。そしてまた演奏の特徴と会場の雰囲気もより明瞭に味わうことができるのもハイブリッド盤ならではの魅力といえよう。」 (本ディスク・ライナーノーツより抜粋・浅里公三氏)「《春の声》ではバトルの歌唱を起用、その澄み切った歌声とウィーン・フィルの音色が新年を祝うかのように響き渡る。」 (旧盤PROC1787 より)「1987 年の年明、クラシック音楽界…ひいては音楽界全体を席巻したビッグイベント。それこそが、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤー・コンサートに、ヘルベルト・フォン・カラヤンが初登場を果たした出来事だった。テレビやラジオを通じ、世界各地で放映されてきた名物演奏会と、20 世紀後半における「クラシック音楽」の代名詞として話題を呼び続けたカラヤンの取り合わせ、しかもゲストとして当時話題沸騰中だった気鋭のソプラノ歌手キャスリーン・バトルまでが加わる…。となれば、話題にならないはずがない。」(本ディスク・ライナーノーツより抜粋・小宮正安氏)(エソテリック株式会社)
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  • 2枚組 滋味あふれるサウンドのシュターツカペレ・ドレスデンがヨッフムの求めたブルックナーを魅力的に表現

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月)[オリジナル・レコーディング][プロデューサー]デイヴィット・モットレー、ライマー・ブルート(No.9)[レコーディング・エンジニア]クラウス・シュトリューベン[Super Audio CD プロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CD アソシエイト・プロデューサー] 吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CD リマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[[Super Audio CD リマスター] 2025 年9 月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説] 浅里公三 増田良介[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社ブルックナー演奏の第一人者ヨッフムの人生における集大成とも言われた交響曲全集からの極上な2曲■ ESOTERIC ならではのこだわりのSuper Audio CD ハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CD ハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERIC による名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSD マスタリングし、世界初のSuper Audio CD ハイブリッド化を実現してきました。今回は旧EMI の名盤から、アナログ時代を代表する名演・名録音をSuper Audio CD ハイブリッドで発売いたします。■ ヨッフムのブルックナー演奏のうちでも頂点を極めた2つの名曲・名演ドイツ音楽の伝統を正統的に継承する巨匠として多くの録音を残し、ブルックナー演奏の第一人者として尊敬されていたオイゲン・ヨッフム、彼の集大成とも言われる2回目のブルックナー交響曲全集の録音の中から、特に注目された交響曲2作品をSuper Audio CD ハイブリッド化しました。ブルックナー録音も数多く残しているヨッフムですが、本作はベルリン・フィル(5 曲)とバイエルン放送響(4 曲)を指揮した最初の交響曲全集(1958-67 年、ドイツ・グラモフォン)に続く第2弾として発表された全集で、ブルックナー指揮者ともいわれたヨッフムのまさに最終完成形とも言えるシュターツカペレ・ドレスデンとの極めつきのパフォーマンス。ヨッフムのブルックナー演奏のうちでも頂点と評すべき演奏と言えるでしょう。東ドイツ時代のシュターツカペレ・ドレスデンの音色は暖かく美しく、ヨッフムの指揮は、豪快で力強い。力感あふれるクライマックスの強奏も緩徐楽章の深みのある演奏には何時もながら聴き惚れてしまいます。この響きが聴けるだけでもこの録音にはかけがえのない価値があると言えるのです。■ ステレオ時代、LP 絶頂期に加速度的に急増したブルックナー演奏生誕200 年を迎えたブルックナーは、ロマン派を代表するオーストリアの作曲家ですが、広く知られるようになったのは20 世紀の後半になってからでした。ステレオLPが登場した1958 年版の国内盤レコード・カタログにはまだ1曲もなく、1959 年になって第4番(ヨッフム)と第8番(カラヤン)、第9番(カイルベルト、ヨッフム)がリリースされるという状況だったのです。1960 年代、ステレオ・ブームに入り、長い曲も受け入れられるようになってきた状況も加わり、ブルックナーの録音も多くなります。前述のヨッフムによるベルリン・フィルとバイエルン放送響を指揮した最初の交響曲全集(グラモフォン)も一つの契機となり、ブルックナーのレコードは加速度的に急増して行きました。■ ヨッフムとブルックナー、特別で密接な関係性前述のように、まだブルックナーが国際的にはあまり知られていなかった20 世紀の前半から、オイゲン・ヨッフム(1902-87)はその普及に最も貢献した巨匠でした。ドイツ南部バイエルン州のバーベンハウゼンに生まれ、音楽院でオルガン、ピアノ、作曲を学んだ後、ミュンヘン・フィルの指揮者ジークムント・フォン・ハウスエッガーに認められて指揮を学び、ブルックナーの原典版演奏の先駆者だった師から大きな影響を受けます。そして1926 年にミュンヘン・フィルを指揮してブルックナーの交響曲第7番でデビュー、1934 年から49 年まではハンブルク国立フィルと歌劇場の音楽監督を務めてオペラでも活躍しましたが、とくにブルックナーは高く評価され、1932 年から毎シーズン客演したベルリン・フィルでも第2,3番を除く7曲を指揮します。当時、ブルックナーの交響曲は、シャルクやレーヴェなどの改訂版による演奏が一般的でしたが、ヨッフムは発表されて間もない原典版による演奏を率先して行いました。第2次大戦後、ヨッフムは1949 年に創設されたバイエルン放送響の初代首席指揮者に就任してベルリン・フィルに匹敵するオーケストラに育成するとともに、世界各地でバッハの宗教曲から20 世紀のオルフまでのドイツとオーストリアの作品を主要なレパートリーにして名声を高め、1961~64年に首席指揮者を務めたアムステルダム・コンセルトヘボウ管を最晩年まで指揮、1960 年代から関係を深めたバンベルク響、ロンドン響やロンドン・フィルの首席指揮者や首席客演指揮者も務め、1977 年にはロンドン響から桂冠指揮者の称号を贈られるなど、世界的な巨匠として活躍しました。その間に多くの録音も残したヨッフムですが、とりわけ重要なのはブルックナーの交響曲でした。LP 初期からブルックナーの交響曲を手掛け、ステレオ録音時代を迎えた1958 年から67 年にかけて前述の世界初となる交響曲全集(以上グラモフォン)を完成させます。円熟期を迎えていたヨッフムは1970 年代に入っても多くの名演を刻み、そしてドレスデン(シュターツカペレ)とのブルックナー交響曲全集録音に着手したのです。2度目のブルックナーの全集の中で、今回の第4番、第9番の2曲を収録した本作は作品の本質を表現するヨッフムの真骨頂が最高度に発揮された名演といえるでしょう。そしてまたシュターツカペレ・ドレスデンの豊潤な響きとルカ教会の音響を知り尽くした名エンジニア、クラウス・シュトリューベンによる録音もすばらしく、すべてを満喫できるハイブリッド盤に仕上がりました。■ 老舗中の老舗、シュターツカペレ・ドレスデン1548 年ザクセン州の選帝侯によって創設された宮廷聖歌隊・宮廷楽団を起源とするシュターツカペレ・ドレスデンは圧倒的な老舗中の老舗です。その歩みはドイツの音楽史そのものといっても過言ではありません。その後、繁榮を謳歌した時代もありましたが、1948 年第2 次世界大戦により劇場は破壊されてしまいます。しかし当時の東ドイツ政府が復興に着手し、60 年代後半にはドレスデンにて再興、この録音が行われた70 年代はまさに冷戦真只中の時代、オーケストラ・メンバーの実力とは不相応なやや品質の劣る楽器を駆使しながら音楽を奏でるそのサウンドは華やかな音色というよりは、滋味深い、静謐な、しかり力強い音の傾向になり、これがまたヨッフムが意図する音楽と合致し、見事な効果をあげ、作品の魅力を高めている要素の一つとなっています。加えて録音会場であったザクセン州ドレスデン南郊地区にある福音主義教会、ルカ教会の音響もオーケストラ・サウンドの独特な響きを最適な状況で収録する一役を担っていると思われます。■ LP 全盛期のオリジナル・マスターのもつ情報を余すところなく…2 曲ともアナログ円熟期の名盤ですが、Super Audio CD ハイブリッド化は2017 年の全集BOX セットに続き、今回が2 度目となります。これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSD マスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSD マスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERIC の最高級機材Master Sound Discrete DAC とMaster Sound Discrete Clock を投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。■ 『音楽的なぬくもりを感じさせる演奏。シュターツカペレ・ドレスデンの深く渋い響きがこの曲にさらなる潤いを与えている』「ヨッフム最円熟期の収録。オーケストラの持ち味を尊重し、その響きの魅力を最大限に活かしながら作品の個性を描き分ける手腕は巨匠ならではのもの。格調の高さは比類がなく、過度に自我を主張することなく大きな感動で聴き手を包みこんでいく。細部への配慮も旧全集以上に行き届いており、その積み重ねが壮大な音楽の流れを形成していく。」 (『クラシック不滅の名盤1000』2007年・ONTOMOMOOK 音楽之友社)「ここで聴くシュターツカペレのひびきは形容を絶する美しさであるが、名指揮者ヨッフムもこのひびきに惚れ込んでしまったに違いない。とくにブルックナーにはよい。いぶし銀のようなまろやかな音彩の魅力があの柔らかなドレスデンの初夏の日を思い出させる。」 (『不朽の名盤1000』1984 年・音楽之友社)「ブルックナーへの情熱が見事に結実した第2 回目全集。第1 回目に比べ、よりスケールは大きく、ロマン的な抒情性や宗教性にも富んだ演奏である。ノーヴァク版使用。(『演奏家別クラシック・レコード・ブックVol.1 指揮者篇』1987 年・音楽之友社)「第4 番はブルックナーの巨大な音楽構造の中に、音楽的なぬくもりを感じさせる演奏となっている。かなりなテンポの変化を設けて情熱的なうねりも聴かせブルックナーがロマン派の作曲家であったことを強く意識させている。ドレスデン国立管の深く渋い響きがこの曲にさらなる潤いを与えていることは言うまでもなく、ダムのホルンも一際ここで活躍している。」 (『クラシック名盤大全 交響曲篇』1998 年・ONTOMOMOOK 音楽之友社)「第9番は意志的なブルックナーである。切迫したスピードのスケルツォ、テンポのロマン的な動きの多い第1楽章など、疑問がないではないが、指揮者がブルックナーの本質を捉え切っているので、その音のドラマが音楽を決して損なわないのが立派である。」 (『レコード芸術篇 名曲名盤300』1999 年・ONTOMOMOOK 音楽之友社)(エソテリック株式会社)
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  • ウィーン・フィルを駆り立てて、先鋭・緻密に描き出すシベリウスの熱いドラマ 180g重量盤

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    エソテリック特約店のみの限定販売※入荷数には限りがあります。※発売直前のご予約お申込みの場合、商品確保が大幅に遅れる場合がございます。また、限定生産品は確保できない場合もございます。※ご予約件数が入荷予定数に達した際は、発売前でもご予約受け付けを終了いたします。※発売元の都合で納品が分納となった場合は、ご予約受け付け順に発送させていただきますため、ご予約のタイミングによっては発売日より大幅に遅れてのお届けとなりますので、予めご了承ください。※制作上の都合により、発売時期、ジャケットデザイン、収録曲が変更となる場合がございます。※WEBからの発送は入荷日以降となります。※制作元完売の際は何卒ご容赦ください。【収録内容】ジャン・シベリウス:交響曲 第1番 ホ短調 作品39Side A1.第1楽章: Andante-Allegro energico2.第2楽章: Andante3.第3楽章: ScherzoSide B1.第4楽章: Finale (Quasi una fantasia)「カレリア」組曲 作品112.I.間奏曲(モデラート) Intermezzo (Moderato)3.II.バラード Ballade4.III.行進曲風に Alla marcia【演奏者】ロリン・マゼール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団[オリジナル・レコーディング][録音] 1963年9月(Symphony)、1963年3月(Suite)、ウィーン、ゾフィエンザール[オリジナル/プロデューサー] ジョン・カルショウ[オリジナル/レコーディング・エンジニア] ゴードン・パリー[LP初出] DECCA SXL-6084 (1964年)[日本盤LP初出] LONDON SLC-1316 (1964年)[アナログレコード][リマスター]2025年6月 エソテリック・マスタリング・センター「Esoteric Mastering」システム[プロデューサー]大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[アソシエイト・プロデューサー]吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[リマスタリング・エンジニア]東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[カッティング・エンジニア]北村勝敏(株式会社ミキサーズラボ)[解説]浅里公三[企画・販売]ティアック株式会社[企画・協力]東京電化株式会社■レコードの発売当時から録音の評価の大変高かったマゼール盤のLP化「ffss」(full frequency stereo sound広帯域ステレオサウンドの頭文字)のロゴで知られるデッカならではの優れた録音技術による鮮明かつダイナミック・レンジが広く立体的なサウンドと相俟って、アナログ時代に高い評価を得ていたLPサウンド、それをエソテリックによるこだわりのアナログ化で実現。今回のLPではリマスタリングによる鮮やかで目の覚めるような音はそのままにアナログならではの、さらなる魅力も再現できるよう心がけました。■ヴァイオリニストとしても輝いていた10代のマゼール2014年に亡くなった巨匠ロリン・マゼール(1930-2014)は、1950年代からヨーロッパを中心に活躍した最初のアメリカ人指揮者でした。生まれたのはフランスのパリ近郊、幼時に帰国してロス・アンジェルスとピッツバーグで5歳からヴァイオリン、7歳からピアノと指揮を学び、1939年にニューヨークの世界博でインターロッケン・アーツ・センター管弦楽団を指揮して神童と評判になり、NBC交響楽団やクリーヴランド管弦楽団など各地のオーケストラに招かれた後はヴァイオリンに専念します。彼のヴァイオリンの腕前は指揮&ヴァイオリン奏者として長年行なってきたボスコフスキーの後任として1980-1986年までを、その後も4回、計11回もウィーンの新年を彩るニューイヤー・コンサートを担当したことからもうかがえるというものです。■切れ味鋭い30代初頭のマゼールの圧倒的な輝かしさ18歳からピッツバーグ交響楽団にヴァイオリン奏者として入団して副指揮者も務め、1953年の年末、シチリア島のカタニアで急病の指揮者の代役でデビュー、そこで成功をおさめたマゼールは。1954年からイタリア各地で活躍、1955年からはスカラ座のコンサートとウィーンにもデビュー、1960年にはロンドン、また《ローエングリン》でバイロイト音楽祭に史上最年少の指揮者としてデビューを飾ります。1964年にベルリン放送交響楽団の音楽監督に就任、翌年からベルリン・ドイツ・オペラの音楽監督も兼任、まさに順風満帆、飛ぶ鳥を落とすかの勢いがあった時代に本作は収録されました。1963年、33歳の時にウィーン・フィルと録音した当アルバムは、マゼールの鋭敏な感性と刺激に満ちた解釈を刻印した名盤として知られています。またこれは、マゼールとウィーン・フィルとの初録音で、1962年にイスラエル・フィルとの録音で開始されたマゼールのデッカ録音の最初期の記録です。若きマゼール、その華麗なキャリアをスタートさせた時期の溌剌たる記録がここに記されています。■ウィーン・フィルの特徴的な響きを生々しく捉えたアナログ録音デッカの常駐ホールだったウィーンのゾフィエンザールで行われたセッションは、プロデューサーのジョン・カルショウと録音エンジニアのゴードン・パリーが担当し、ウィーン・フィルの特徴的な響きを生々しく捉えています。ちなみにこのシベリウスの交響曲第1番はジョン・カルショウが担当した唯一の交響曲第1番であり、この作品の後にも彼はこの曲の制作は一切行なっていません。ケルテス指揮のドヴォルザーク《新世界より》と同様に、血気盛んな若手指揮者が老舗のオーケストラにエネルギーを注入し、リヴァイヴさせてゆくさまが見事に記録されています。中でも第3楽章スケルツォの大胆なティンパニの打ち込みや、第2楽章のじっくりとしたクライマックスの築き方などは、若き日のマゼールの面目躍如たる鮮やかさ。ちょうど並行して録音されたチャイコフスキーの交響曲全集とともに、1960年代のマゼールの颯爽たる指揮ぶりを今に蘇えらせてくれます。この2曲の録音は、マゼールが初来日する1963年に《フィガロの結婚》でデビューを飾ったザルツブルク音楽祭の前後に行われましたが、とりわけ第1番はやや遅めのテンポながらウィーン・フィルならではの洗練された豊潤な響きと多様な表現力を充分に生かした緊張感みなぎる演奏がすばらしく、若かりしシベリウスとマゼールの覇気と情熱が結晶したかのような迫力が伝わってくる名演です。今回は、国内盤としては1979年以来約46年ぶりのアナログレコードでのリリースとなります。オリジナルマスターより「Esoteric Mastering」にて、新たにアナログレコード専用のマスタリングを行いました。入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DAC と Master Sound Discrete Clock、MEXCELケーブルを惜しげもなく使用し、徹底して高音質化を目指したマスターを作成しました。アナログ・カッティングは、ミキサーズラボ社にて、アナログ最盛期の名機、ノイマン社製カッティング・レースVMS80を使用しました。同機は西ドイツで製造され、現在日本国内では2台しか稼働していません。ミキサーズラボ社のご協力を得て、カッティングルームに「Esoteric Mastering」の機材を持ち込み、出力をノイマン社製カッティング・コンソールSP79Cにダイレクトに接続。コンソールのイコライザーを使わずに、「Esoteric Mastering」サウンドをそのまま、カッティング工程へ送り込みます。カッティングは、ミキサーズラボ社のカッティング・エンジニア 北村勝敏氏。匠の手腕をマスター盤に注ぎ込んで頂きました。現在では、レコード・プレス用のマスター盤カッティングのみで、試聴のためだけにラッカー盤をカッティングする事は稀ですが、エソテリックでは音質を追及するため、コンソールへの伝送方式を変えながら複数のラッカー盤を作成しました。作成した複数のラッカー盤は、エソテリック・マスタリング・センターへ持ち帰り、ESOTERICのアナログターンテーブルGrandioso T1で試聴・音質確認を行い、最適な伝送方法を決定しています。徹底してアナログの音にこだわりを込めて作成し、オリジナルマスターのもつ情報を伸びやかなサウンドでアナログレコード化することに成功しました。■「マゼールの数多くのレコード中でも最良のもののひとつ」『マゼールがまだ充分に若々しかった1960年代に、名門ウィーン・フィルを指揮して録音したシベリウス交響曲全集は、彼の数多くのレコード中でも最良のもののひとつだ。この「第1番」でも、彼はギラギラとするほどの意欲をみなぎらせながら、きわめて熱っぽく音楽づくりと取り組んでいる。彼の意欲のほどがなんともすさまじいので、ときにはオケとの間で鋭いきしみのようなものさえ生まれているのだが、それさえもがとても音楽的で、充分にスリリングだ。』 (吉井亜彦、『レコード芸術別冊・クラシック・レコード・ブックVOL.1交響曲編』1985年)『マゼールはウィーン・フィルを指揮してクールで骨っぽいシベリウスを聴かせる。この名門オーケストラから、パワーにみちた若々しいサウンドを引き出した手腕は立派で、ユニークな魅力を持った1枚といえる。(出谷啓、『レコード芸術別冊・名曲名盤500 ベスト・レコードはこれだ!!』1984年)『長いレコーディング・キャリアを持つマゼールはフィリップス、ドイツ・グラモフォン、ソニー、RCAなど、レーベルも多岐にわたるが、野心満々の若きマゼールの名を特にレコード・ファンに印象付けたのは1960年代にウィーン・フィルと行われたステレオの名盤の数々ということになろう。ことにシベリウスとチャイコフスキーの交響曲全集は30歳代のマゼールによって打ち立てられた金字塔としてあまりにも有名なものである。(諸石幸生、『弊社SACDライナーノーツ』より)(エソテリック株式会社)
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  • 音楽を極め尽くした超ヴェテランによる至高のブラームス 180g重量盤

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frequency stereo sound広帯域ステレオサウンドの頭文字)のロゴで知られるデッカならではの優れた録音技術による鮮明かつダイナミック・レンジが広く立体的なサウンドと相俟って、アナログ時代に高い評価を得ていたLPサウンド、それをエソテリックによるこだわりのアナログ化で実現。今回のLPではリマスタリングによる鮮やかさで目の覚めるような音はそのままにアナログならではの、さらなる魅力も再現できるよう心がけました。■不滅のブラームスの名演がリフレッシュされたLPとしていまここに蘇る録音が行われてからすでに半世紀が過ぎているというのに、この作品のあるべき姿がここに示されている、とも言える演奏が目の前で繰り広げられる、唯一無二の演奏です。ヴィルヘルム・バックハウス(1884~1969)は、20世紀ドイツを代表する巨匠ピアニストで、いわばドイツの精神主義を体現化した音楽家。青年時代には「鍵盤の獅子王」と呼ばれた絢爛たる技巧を誇示したヴィルトゥオーゾでしたが、年を経るに従って外面的な美しさを捨て去り、晩年には男性的な極みともいうべき武骨さを身上とする演奏家へと変貌を遂げました。無類のスケールの大きさと崇高な人間味を併せ持つその演奏は、ドイツ音楽の精髄ともいうべきで、バッハ、モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、ブラームスなどのレパートリーにおいて、他に並ぶもののない奥義を極めた演奏を聴かせてくれました。バックハウスが、巨匠カール・ベーム(1894~1981)指揮するウィーン・フィルと、1967年にデッカに録音したブラームスのピアノ協奏曲第2番は、発売以来一度たりともカタログから消えたことのない、まさにエヴァーグリーン的な名盤と称せましょう。■生涯三度目のブラームスにして決定的な名演奏バックハウスは、少年時代に大ピアニストだったダルベールに師事し、ドイツ音楽の伝統(特にベートーヴェン解釈)を伝授されました。録音にも早くから積極的で、すでに旧吹込み時代の1908年には録音を開始し、電気録音時代にはEMIにかなりの録音を行っています。バックハウスの世界的な名声を決定づけたのは、1948年にLPレコードが実現するとともにデッカと契約して行なった一連の録音でした。1969年6月28日にオーストリアのオシアッハで開催したリサイタルを最後に7月5日に85歳の生涯を閉じるまで、ベートーヴェンのピアノ・ソナタと協奏曲の2度の全集をはじめ、バッハからブラームスに至る主要なレパートリーを主にジュネーヴとウィーンで録音、第2次大戦後はデッカに移籍し、モノラル~ステレオを通じてその晩年の至芸をデッカならではの鮮明で立体的なサウンドで録音し続けました。ブラームスの第2番は、バックハウスが最も得意とした協奏曲の一つで、SP時代の1939年にベーム/シュターツカペレ・ドレスデンと、モノラル時代の1952年にシューリヒト/ウィーン・フィルとセッション録音を行なっており、1967年のベーム/ウィーン・フィルとのステレオ録音は3度目の録音となったものです。録音から半世紀以上になる現在も多くの人から最高の名演として愛聴されているように、ブラームスの傑作の初演以来の伝統を継承してきた2人の巨匠が共演した最後の録音でもあり、まさに歴史的名盤というにふさわしい録音なのです。■理想的なオーケストラを操るベームとのコラボレーションバックハウスはこの録音時すでに83歳、指揮者ベームは彼より10歳年下。1917年にグラーツ歌劇場でデビュー、1934年からドレスデン・シュターツカペレ(国立歌劇場)の音楽監督を務め、1943~45年と1954~56年にはウィーン国立歌劇場の音楽監督を務めました。その後、ベームはウィーンを中心にザルツブルク音楽祭とバイロイト音楽祭、メトロポリタン歌劇場をはじめ世界の主要な歌劇場とオーケストラで活躍、1981年に亡くなる前年までウィーン・フィルとしばしば来日して多くのファンに愛された巨匠でした。この2人による共演はまさに最高のコンビネーション。響き、テンポ、呼吸感、全てにおいてこの曲の理想とされる演奏が展開されています。■デッカが重用した録音場所ウィーンのゾフィエンザール、ここにアナログ時代のデッカ・サウンドの秘密が…プロデュースは、デッカでブリテンやケルテスの録音を担当したレイ・ミンシャルで、エンジニアのマイク・マイルズとのコンビで収録に当たりました。1956年以来1980年代にいたるまで、デッカのウィーンにおけるステレオ・セッションのホームグラウンドとなったゾフィエンザールは、19世紀前半に浴場として建てられ、その後舞踏会場として使われていた建物で、ヨハン・シュトラウスも頻繁に舞台に立ちました。このホールは、細部の音まで明晰に収録・再現しようとするデッカのレコーディング・ポリシーに最適で、伝説的なショルティの《ニーベルングの指環》をはじめとする、デッカ・サウンドの代名詞となった名録音が次々と生み出されました。このブラームスもその1枚で、渋みを持った美しいソロ・ピアノ(ベーゼンドルファー)を中心に、その背景に、シルキーでしかも厚みのある弦楽パート、香ばしい輝きを放つ金管、ウィンナ・オーボエやクラリネットなど個性的な響きを披露する木管などをくっきりと立体的に再現し、録音後、ほぼ半世紀を経た現在も、その鮮明なサウンドの魅力は色あせていません。今回は、国内盤としては1993年以来約32年ぶりのアナログレコードでのリリースとなります。オリジナルマスターより「Esoteric Mastering」にて、新たにアナログレコード専用のマスタリングを行いました。入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DAC と Master Sound Discrete Clock、MEXCELケーブルを惜しげもなく使用し、徹底して高音質化を目指したマスターを作成しました。アナログ・カッティングは、ミキサーズラボ社にて、アナログ最盛期の名機、ノイマン社製カッティング・レースVMS80を使用しました。同機は西ドイツで製造され、現在日本国内では2台しか稼働していません。ミキサーズラボ社のご協力を得て、カッティングルームに「Esoteric Mastering」の機材を持ち込み、出力をノイマン社製カッティング・コンソールSP79Cにダイレクトに接続。コンソールのイコライザーを使わずに、「Esoteric Mastering」サウンドをそのまま、カッティング工程へ送り込みます。カッティングは、ミキサーズラボ社のカッティング・エンジニア 北村勝敏氏。匠の手腕をマスター盤に注ぎ込んで頂きました。現在では、レコード・プレス用のマスター盤カッティングのみで、試聴のためだけにラッカー盤をカッティングする事は稀ですが、エソテリックでは音質を追及するため、コンソールへの伝送方式を変えながら複数のラッカー盤を作成しました。作成した複数のラッカー盤は、エソテリック・マスタリング・センターへ持ち帰り、ESOTERICのアナログターンテーブルGrandioso T1で試聴・音質確認を行い、最適な伝送方法を決定しています。徹底してアナログの音にこだわりを込めて作成し、オリジナルマスターのもつ情報を伸びやかなサウンドでアナログレコード化することに成功しました。■「協奏曲ディスク史上に輝く、人類の持つ至宝」『ドイツ音楽がそのまま音になったような演奏で、この作品を語る上でまず第一にあげられなければならない名演である。80歳を超えた大家が、ベーム/ウィーン・フィルによる極上のバックを得て、堅固に構築された様式感をもって堂々たるピアノをきかせている。しかしここには峻厳さとともに、音楽自体を語りかけてくるものがある。真の円熟からあふれ出る風格に圧倒される思いである。』(長谷川勝英、『レコード芸術別冊・クラシック・レコード・ブックVOL.3 協奏曲編』、1985年)『出来上がった演奏は豊かな風格を持ち、細部に至るまですべての要素がよく手の内に入っている。押し出しよく、伝統的な要素にも配慮が行き届き、間然とするところがない。まさに当協奏曲の大作の『金看板(盤)』と称してもおかしくないような存在感を持っている。ことトータルな側面で言うなら、この20世紀中ごろを中心に活躍した両大家の演奏は、新しい世紀を迎えた現代になっても、まだその価値を失っていない。』(吉井亜彦、『クラシック不滅の名盤1000』、2007年)『この曲をフィジカルに熟知しているウィーン・フィル、その構成感に徹底的に通じたベーム、そしてその両者を身に付けたバックハウスのあいだには一部の隙もなく、しかも融通無碍に呼吸しあい、黄金の三位一体を実現している。五十年もののブランデーの芳醇な味わいそのもの。そのような自然でまろやかな成熟感に富む演奏は、このところとんと聴かれなくなってしまった。』 (喜多尾道冬、『レコード芸術別冊・名曲大全 協奏曲編』、1998年)『これは、ピアニスト、指揮者、オーケストラと三拍子そろい、そのいずれもが超弩級という、協奏曲ディスク史上に輝く、人類の持つ至宝といえよう。ここにはもはや演奏者の存在も作曲者の存在もなく、最高に精神的な一つの音楽だけが圧倒的な感動を伴って迫ってくるのだ。』(宇野功芳、『レコード芸術別冊・演奏家別クラシック・レコード・ブックVOL.2 器楽奏者編』)『晩年のバックハウスの円熟境を如実にうかがわせる素晴らしい名演だ。ゆたかな抒情がしんみりと聴き手の心に迫り、少しもわざとらしさや、聴かせようという山っ気がない。老巨匠のブラームスへの挽歌であろうか。』(出谷啓、『レコード芸術別冊・名曲名盤500 ベスト・レコードはこれだ!!』)『スケールが大きい雄渾な演奏といえば、これが代表的なものであろう。バックハウスも、ベームも、ともに全く気負いを感じさせない演奏なのだが、巨匠同士の顔合わせとあって、ここにはそこはかとなく滲み出てくる風格があり、それが魅力だ。』 (岩井宏之、『名曲名盤300 20世紀のベスト・レコードはこれだ!』)(エソテリック株式会社)
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  • クラシック音楽の録音が隆盛を極めていた時期のEMIを代表する演奏 / クレンペラーならではの独自の世界

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    エソテリック特約店のみの限定販売※入荷数には限りがあります。※発売直前のご予約お申込みの場合、商品確保が大幅に遅れる場合がございます。また、限定生産品は確保できない場合もございます。※ご予約件数が入荷予定数に達した際は、発売前でもご予約受け付けを終了いたします。※発売元の都合で納品が分納となった場合は、ご予約受け付け順に発送させていただきますため、ご予約のタイミングによっては発売日より大幅に遅れてのお届けとなりますので、予めご了承ください。※制作上の都合により、発売時期、ジャケットデザイン、収録曲が変更となる場合がございます。※WEBからの発送は入荷日以降となります。※制作元完売の際は何卒ご容赦ください。【収録内容】アントニン・ドヴォルザーク: 交響曲 第9番 ホ短調 作品95《新世界より》1.第1楽章:Adagio – Allegro molto2.第2楽章:Largo3.第3楽章:Scherzo (Molto vivace)4.第4楽章:Allegro con fuocoフランツ・シューベルト:交響曲 第8番 ロ短調 D.759《未完成》5.第1楽章:Allegro moderato6.第2楽章:Andante con moto【演奏者】フィルハーモニア管弦楽団指揮:オットー・クレンペラー[録音]1963年10月30~11月2日(新世界より)、1963年2月4&6日(未完成)、キングズウェイ・ホール、ロンドン[海外盤初出]SAX2554(新世界より、1964年)、SAX2514(未完成、1964年)[日本盤初出]AA7203(新世界より、1965年3月)、AA7051(未完成、1964年5月)[オリジナル・レコーディング][プロデューサー]ウォルター・レッグ[レコーディング・エンジニア]ダグラス・ラーター[録音]1966年5月9日~13日、イエス・キリスト教会、ベルリン[1-6]、1066年5月31日~6月2日、UFAスタジオ、ドイツ・グラモフォン[7-29][海外盤初出]139 166(協奏曲、1967年3月)139 167(リサイタル、1967年4月)[日本盤初出]SLGM-1373(協奏曲、1967年3月)SLGM-1378(リサイタル、1967年4月)[オリジナル・レコーディング][レコーディング・プロデューサー]ハンス・ウェーバー[レコーディング・エンジニア]クラウス・シャイベ[テープ・エディター]ウォルフガング・ワーナー[1-6]、フォルカー・マルタン[7-29][Super Audio CDリマスタリング][Super Audio CDプロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDアソシエイト・プロデューサー] 吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[[Super Audio CDリマスター] 2025年5月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説] 浅里公三 川瀬 昇[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社? ESOTERICならではのこだわりのSuper Audio CDハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、世界初のSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はワーナー・クラシックス(旧EMI)の名盤から、代表する名演・名録音をSuper Audio CDハイブリッドで発売いたします。? 波乱万丈の生涯を送った真の巨匠、クレンペラー19世紀生まれの最後の巨匠、オットー・クレンペラー(1885-1973)ほど波乱に富んだ生涯を送った指揮者は居ないでしょう。ドイツ北部のブレスラウ(現ポーランドのヴロツラフ)に生まれ、4歳からハンブルクでピアノを学び、1905年にベルリンでオスカー・フリート指揮のマーラーの交響曲第2番《復活》で副指揮者を務めます。さらに同曲のピアノ版編曲をマーラーに評価され、1906年に代役でラインハルト演出によるオッフェンバックの喜歌劇《天国と地獄》を指揮して大成功をおさめた後、マーラーの推薦で1907年からプラハのドイツ歌劇場の指揮者に採用され、指揮者として本格的な活動を開始しました。その後は1910年以後、ハンブルク、ストラスブール、ケルン、ヴィースバーデンなどドイツ各地の歌劇場の首席指揮者、音楽監督を歴任するとともにヨーロッパ各地やソ連に客演、1924年からベルリン・フィルと国立歌劇場も指揮して名声を高めます。当時のベルリンは芸術的に最も繁栄していた時期といわれ、フルトヴェングラー、E.クライバー、ワルターなども活躍していたましたが、クレンペラーは斬新な演出によるモーツァルト、ワーグナー、イタリア・オペラの他、ストラヴィンスキー、シェーンベルク、ヒンデミット、ヤナーチェク、ヴァイル他の新作オペラを上演。コンサートでも現代音楽を積極的に演奏するなど、広いレパートリーを披露していましたが、ナチスが政権を握った1933年にアメリカに亡命します。? 何度も起こる不慮の事故この間、クレンペラーは電気録音が実現した1925年頃からベルリン国立歌劇場管弦楽団とベートーヴェンの交響曲第1・8番、シューベルトの《未完成》、ブラームスの第1番、R.シュトラウスの交響詩などを録音して注目され、渡米後は1933年からロスアンジェルス・フィルの音楽監督に就任後は全米各地に客演します。ところが第2次大戦が勃発した1939年9月に脳腫瘍を発症、大手術から回復後も右半身に麻痺が残り、手術の影響で再発した多幸症による不適切発言などでロスアンジェルス・フィルを解任され、一時は再起不能説も流れました。クレンペラーは病気や怪我に悩まされながら自費でコンサートを開催、1944年にはシェーンベルク生誕70年記念公演、大戦が終了した1945年にストラヴィンスキーと共同開催したロシア音楽祭を指揮、1946年に13年ぶりにヨーロッパに戻り、1947年にザルツブルク音楽祭に14年ぶりに出演、1951年に初めてフィルハーモニア管弦楽団に招かれ大成功をおさめた後、南北アメリカに客演中、モントリオール空港でタラップから転落して骨折、またもや長期入院を強いられます。さらに追い打ちをかけられるかのようにアメリカで共産主義者に疑われて活動を中断されます。1954年に西ドイツ国籍を取得してからスイスのチューリヒを拠点に再開、EMIと契約して10月からフィルハーモニア管弦楽団との録音を開始し、ここにきてやっと世界的に名声を獲得しはじめたのです。? ついに獲得した名声晩年のクレンペラーを語るうえでEMIの大プロデューサー、ウォルター・レッグの存在を無視することはできないでしょう。クラシック部門の重鎮であった彼はフルトヴェングラー、カラヤン、夫人となった名花シュヴァルツコップ、そしてマリア・カラスなど多くのスターを登用します。それと同時に彼は1945年、第2次対戦で職を失っていた実力のある演奏家を集めて「フィルハーモニア管弦楽団」を結成します。EMIのクラシック部門のために演奏するオーケストラです。縦横無尽の活動をしていたレッグですが、カラヤンが50年代半ばにベルリン・フィル専属となり、フィルハーモニア管弦楽団としては新しい指揮者を求めることになります。そこで白羽の矢が立ったのがクレンペラーでした。実力に比して評価が低かった彼はこれを機に再び甦ったのです。1955年からフィルハーモニア管弦楽団を中心に活躍して名声を高めたのが70歳の時。1959年から終身首席指揮者に就任。本作は、そのまさにやっと迎えた全盛期に録音されたクレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団の名演なのです。? 名演を数多くリリースしたEMI時代と演奏スタイルの変化こうした安定期のなかでも事件は起こっていました。63年ウォルター・レッグはEMI経営者との見解の相違もあったのでしょう、退職してしまいます。その後フィルハーモニア管弦楽団も解散、途方に暮れたのはメンバーです。クレンペラーも協力してニュー・フィルハーモニア管弦楽団が再結成され、その後も活動することになります。そうした騒動の少し前、クレンペラーとレッグの蜜月と言ってもいいような安定した関係、名演を数多くリリースしていた黄金時代の記録がここに残されているのです。ところでクレンペラーの演奏、とくにテンポ設定に関して、彼のスタイルはこの晩年になり一変しています。これはレッグのアドヴァイスによるものなのか、はたまた長年の闘病による体の問題なのか、以前とは違って、じっくりゆったりした方向に転換します。ただし曲の細部までの深い彫琢に変わりはありませんでした。このあたりも聴き取って頂きたいところです。ともあれ、1972年に引退するまでにも多幸症の再発や怪我、大火傷などで活動をたびたび中断しても不死鳥のように再起した、音楽家としてだけでなく、人生全般を通しての「不屈の巨匠」、それがクレンペラーなのです。? 最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現レコーディングはロンドンのキングズウェイ・ホールで行われました。1912年に設立され1983年まで数多くの名録音を残しています。EMIではアビーロード・スタジオと同じく当ホールもレコーディング場所としてフル活用していましたが、同様にデッカもロンドンではこのホールを使うなど、音響的にも非常に優れたアコースティックを持っていました。地下にあるホールでその下には地下鉄が通っていたとも言われ、制作スタッフとしては苦労が絶えなかったようですが、それ以上に音響の素晴らしさがあった名ホールでした。座席数2000、漆喰を塗った壁面や木製の床に響きに秘密があるとも言われた繊細な残響が美しいホールで、その音響ゆえ、時に中高域にアクセントを持つクレンペラーの録音でしたが、それを包み込むような芳醇さが記録されています。本作もこれまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。? これがクレンペラーの比類ない芸術性なのだ《新世界より》と《未完成》は、初出時は遅いテンポも話題になったが、低弦を土台に緊密に彫琢された明晰な響きと細やかな表現もすばらしく、交響曲の様式に民俗的な要素を見事に融合したドヴォルザーク、瑞々しいロマン的な情感をたたえたシューベルトは、まさにクレンペラーならではの名演であり、それらをより明確に聴けるのもハイブリッド盤ならではの魅力であろう。(本ディスク・ライナーノーツより・浅里公三氏)やぼったいほどドイツくさい《新世界より》だが、そのやぼったさに胸がわくわくしてしまうのだから、クレンペラーの芸格の高さは無類と言えよう。ティンパニのおどろくほどの弱さに象徴されるように民俗色などクスリにしたくもなく、蒼古雄大な音楽が展開される。(レコード芸術・編『ONTOMO MOOK 名曲名盤300より・宇野功芳氏コメント)クレンペラー節まるだしのドヴォルザークであって、私たちがドヴォルザークの音楽に期待しがちなローカルな匂いはほとんどどこにもない。それどころか、これはクレンペラー節に彩られたドイツ音楽にすっかり変身している。しかしながらクレンペラーの剛殻な音楽が私たち聴き手の胸にガツンと響く。これがクレンペラーの比類ない芸術性なのだ(旧ディスクTOCE12101ライナーノーツより・松沢氏)(エソテリック株式会社)
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Defune【演奏者】ジークフリート・ベーレント(ギター)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団[1-6]指揮:ラインハルト・ペータース[1-6][録音]1966年5月9日~13日、イエス・キリスト教会、ベルリン[1-6]、1066年5月31日~6月2日、UFAスタジオ、ドイツ・グラモフォン[7-29][海外盤初出]139 166(協奏曲、1967年3月)139 167(リサイタル、1967年4月)[日本盤初出]SLGM-1373(協奏曲、1967年3月)SLGM-1378(リサイタル、1967年4月)[オリジナル・レコーディング][レコーディング・プロデューサー]ハンス・ウェーバー[レコーディング・エンジニア]クラウス・シャイベ[テープ・エディター]ウォルフガング・ワーナー[1-6]、フォルカー・マルタン[7-29][Super Audio CDリマスタリング][Super Audio CDプロデューサー] 大間知基彰(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDアソシエイト・プロデューサー] 吉田穣(エソテリック・マスタリング・センター)[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック・マスタリング・センター)[[Super Audio CDリマスター] 2025年6月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム[解説] 浅里公三 朝倉信章[企画・販売] ティアック株式会社[企画・協力] 東京電化株式会社? ESOTERICならではのこだわりのSuper Audio CDハイブリッド・ソフトオリジナル・マスター・サウンドへの飽くことなきこだわりと、Super Audio CDハイブリッド化による圧倒的な音質向上で継続して高い評価をいただいているESOTERICによる名盤復刻シリーズ。発売以来決定的名盤と評価され、現代にいたるまでカタログから消えたことのない名盤をオリジナル・マスターから進化したテクノロジーと感性とによってDSDマスタリングし、世界初のSuper Audio CDハイブリッド化を実現してきました。今回はドイツ・グラモフォンの名盤から、代表する名演・名録音をSuper Audio CDハイブリッドで発売いたします。? 幅広く音楽を探求していた現代の音楽家の側面を持つギタリスト、ベーレントドイツのジークフリート・ベーレント(1933-1990)は、スペインのナルシソ・イエペス、イギリスのジュリアン・ブリームやオーストラリアのジョン・ウィリアムズとともに1950年代から活躍した名手のひとりです。ベルリン生まれのベーレントは、16歳からクリントヴォルト=シャルヴェンカ音楽院でピアノ、作曲、指揮を学びますが、すぐれたギタリストだったといわれる父の勧めもあり、次第にギターに関心を抱くようになり、バルトークの《ミクロコスモス》などギター以外の器楽曲から独学で楽曲を学び約1年で習得したといいます。1952年にライプツィヒでリサイタル・デビュー後、ベルリンをはじめドイツ各地でリサイタルを開き、56年にスペイン、58年にはソ連へ巡演し、58年から59年にかけて最初の世界旅行を行ない、ミュンヘン近郊のローゼンブルク城では毎年マスタークラスの講習会を開催しました。1950年代の後半にはドイツを代表するギタリストとして名声を高めたベーレントは、1958年に第20回国際ギタリスト会議を主催、1962年には第21回を初来日して日本で開催するなど、その活動は演奏だけにとどまらず企画・運営にまで及び、またブソッティ、ハウベンシュトック=ラマティ、ペンデレツキ、イサン・ユンなど、20世紀を代表する前衛作曲家たちに積極的に新作を委嘱、初演しているように、単なる古典ギター曲を演奏するギタリストではなく、現代音楽家でもありました。録音も1950年代の後半以後、バロックから現代までの自作を含む「ギターの歴史」、自身の編曲によるモーツァルト、シューベルトの歌曲と世界の民謡による「ギターのロマンス」などをドイツEMIに行なっています。? 不完全な楽器、ギター。その魅力は切なく深い魅力とは1959年、アンドレス・セゴビアが二度目の来日をし、翌年「禁じられた遊び」でその名を轟かしたナルシソ・イエペスが初来日、日本はギター・ブームになりました。数年後、ビートルズ、べンチャーズが台頭、しかし家庭では「エレキは不良になる」と言われ、しょうがなくクラシック・ギターを抱えていた若者が多く、ギター・ケースを持ち歩いていた人が街にあふれ、数多くのギター教室も生まれていました。ピアノほど高価ではなく、手頃なのも人気になった要因でしょう。ただしギターという楽器はクラシック音楽の仲間入りをするには、何ともハードルの高い楽器でした。ピアノと比べて1オクターブ内で最大4つの和音しか出せない構造になっていること。俗に言うクローズドヴォイシングが限られるため、弾ける楽曲が限られてしまうのです。それに加えてヴァイオリンのような擦弦楽器ではなく撥弦楽器のため、大きな音量を出すのが困難、この2つの大問題があるのです。ただしそれを凌駕するような魅力があります、それは音色です。武満徹氏などはギターの音色に魅せられていた一人で、いくつもの編曲作品を発表していますし、掛け替えのない不完全な魅力、それをギターは秘めているのです。? 60年代、日本のクラシック・ギター・ファンに愛されたベーレント日本のギター・ファンが切望していたのは世界的なギタリストの来日公演です。しかし、1963年に22歳でジョン・ウィリアムアズが来日はしたものの、イエペス以外なかなか頻繁には来日公演は行われませんでした。そうした中、ベーレントは65年以降も5回来日し、当時の日本では非常に親しまれたギタリストでありました。前古典から現代曲、民俗的なギター曲にも挑戦。作曲、編曲、合奏指揮まで独自の道を歩む彼の姿勢は日本でも受け入れられました。バッハに傾倒し、圧倒的なテクニックで弾きこなし、ドイツ人らしい精神性を奏でる。「そのヴィルトゥオーゾ性、豊かな音色の美しさは、チェロのカザルス、ピアノのアラウにも匹敵する」とドイツ(ケルン) では称賛されていましたし、マンドリン・オーケストラの指揮者としても活躍し、若いころの越智敬(マンドリン)や佐々木忠(ギター/リュート) も、合奏団で活躍しました。日本では、アンドレス・セゴビア(1893-1987) の影響が強く、セゴビア・トーンといわれる豊かで芳醇なスペイン的な響きに心酔している傾向が多くみられましたが、自らの音楽を追求するベーレントの生き方は、愛好家に多くの支持得ていたのも事実でした。残念ながら57歳という円熟期に早世。? ベルリン・フィルの名手とともに展開される協奏曲今回、ハイブリッド盤でリリースされるロドリーゴの《アランフエス協奏曲》とカステルヌオーヴォ=テデスコのギター協奏曲は、同じ1966年録音のソロ・アルバム『ギター・リサイタル』からの選択。それに他のアルバムに収録されていたヴィゼーとバッハの組曲や20世紀ドイツのアンブロジウスの組曲第1番、ベーレント自作の《日本民謡によるソナチネ》などを加えた独自の選曲、いわばベーレントというギタリストの多方面にわたる音楽家としての姿が網羅されています。いずれも定評あるベーレントの卓越した技巧と表現力を再認識していただくには絶好の一枚と言えるでしょう。なお協奏曲で共演している指揮者ラインハルト・ペータース(1926-2008) は、マグデブルクに生まれ、ベルリンで亡くなったドイツの指揮者。ヴァイオリンとピアノをベルリン音楽大学、パリでマルグリット・ロンとジャック・ティボーに学び、1951年にブザンソン国際指揮者コンクールに優勝後、翌年からベルリン市立歌劇場などを指揮、1957年からライン・ドイツ・オペラ、1961年からミュンスター市立歌劇場、1970年からベルリン・ドイツ・オペラ、1975 ~79年までフィルハーモニア・フンガリカの首席指揮者を歴任して世界的に活躍、1959年に初来日して東京交響楽団を指揮後、1971年にNHK交響楽団に客演、80年代には新星日本交響楽団の客演常任指揮者を務めています。? 最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現協奏曲の収録はベルリン郊外ダーレムにあるイエス・キリスト教会で行われました。1970年代前半までベルリン・フィルの録音拠点とされていた場所で、高い天井を持ち、素晴らしい音響が得られることで定評のあった教会でした。上空が飛行機の空路になった、などの理由があったと言われていますが、70年代以降はベルリン・フィルの本拠地フィルハーモニー・ホールでの収録がメインになってしまいました。フィルハーモニー・ホールは後部にも座席があるため、豊かな低域が得られないのでは、という意見も当初は多く、イエス・キリスト教会の復活を望む声も多かったのが今でも印象的です。本作はそのベルリン・フィルの素晴らしい音が響き渡るイエス・キリスト教会での収録で、繊細なギターの音色も一際映えています。ギター協奏曲という音量バランスの難しい作品ですが、そこはグラモフォンの録音エンジニアの腕の見せどころ。鮮度の高いマスターテープに残されたサウンドが現代に甦りました。本作もこれまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました? 引き締まった速めの店舗で鮮やかに表現されたアランフエス。共演のベルリン・フィルの名手たちの妙技も素晴らしいかつて《アランフエス協奏曲》の第1楽章のテンポが一部から速すぎると批判されたようだが、作曲家の指示は「アレグロ・コン・スピリート(生気をこめて、または元気よく)」であり、ベーレントはそれを引き締まった速めのテンポで鮮やかに表現しており、また共演しているベルリン・フィルの名手たちの妙技も大変すばらしい。そしてソロ曲におけるベーレントの様式感の確かな名演に加え、このハイブリッド盤ではグラモフォンの録音スタッフのすぐれた手腕を再認識するひとも多いのではないかと思う。(本ディスク・ライナーノーツより・浅里公三氏)日本では、1960~70年代はアンドレス・セゴビアの影響が強く、セゴビア・トーンといわれる豊かで芳醇なスペイン的な響きに心酔している傾向が多かったが、自らの音楽を追求するベーレントの生き方は、愛好家には支持された。57歳という円熟期に早世したことが、今更ながら惜しまれてならない。(本ディスク・ライナーノーツより・朝倉信章氏)(エソテリック株式会社)
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