原田和典のJAZZ徒然草 第81回

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2012.11.30

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ドルフィーとライムベリー好き。マルチに活躍するライター、土佐有明さんに思う存分語ってもらったぜ

ぜひ一度お話をうかがいたいと思っていたのだ。
僕は長く彼のことを「ジャズ評論家」だと思っていた。それにしては、活動範囲が半端ない。音楽評、演劇評、書評等を、あらゆるところに書きまくり、しかもその知識が豊か。「きっと自分よりもずっと年長の大先輩なのだろう」と思っていたら、なんと4つも年下ではないか! しかもツイッターでは、やたらアイドルについてつぶやいている。いったい、このひとは何者なのだ?
彼の名は土佐有明(とさありあけ)。90年代末に音楽誌やカルチャー誌で活動を開始し、現在は『ミュージック・マガジン』、『レコード・コレクターズ』、『MARQUEE』、『クイック・ジャパン』、『東京新聞』、『ラティーナ』、『イントキシケイト』、『CDジャーナル』、CINRA.NET、@ぴあ等に執筆中。演劇のパンフレット、CDのライナーノーツなども手掛けている。「売れっ子ライター」にとってのジャズ、そして音楽とは?


---- ジャズは昔からお好きだったのですか?


土佐 両親がジャズ好きだったので、うちに結構レコードがあったんですよ。ジョン・コルトレーンが大体揃ってた。でも中高生の時は別に興味がなくて、大学入ってから音楽サークルの先輩に教えられてソニー・クラークやリー・モーガンアート・ブレイキーを聴くようになりました。もうなくなったけど、下北沢のジャズ喫茶「マサコ」によく通ってましたよ。でも、その頃は体系立ててジャズを聴いてたわけじゃなかった。「お勉強」し出したのはライターになって、ジャム・バンドを追っかけるようになってからなんです。フィッシュやメデスキ、マーティン&ウッドのルーツに、グレイトフル・デッドフランク・ザッパと並んで、エレクトリック期のマイルス・デイヴィスサン・ラーがあることが分かって、じゃあ本格的に聴いてみようと。あと、ロックからジャズに入っていったので、ソニック・ユースのサーストン・ムーアやジム・オルークが雑誌などで言及していたフリー・ジャズをさらってみたり。

---- とくによく聴いた作品はありますか?

土佐 マイルスはあえて1枚選ぶなら『ネフェルティティ』。エリック・ドルフィーも大好きだけど、1枚と言うと『アウト・トゥ・ランチ』です。共に若かりし日のトニー・ウィリアムスが参加しているのがポイントですね。どちらも彼が叩くことでアンサンブルが格段に立体的に見えてくる。どうもドラマーを中心に聴く習慣があるみたいで、最近だとジム・ブラックポール・ニルセン・ラヴ、スージー・イバーラ、芳垣(安洋)さんとか。ECMもいち時期ハマったんですが数枚に絞ると……、ポール・ブレイ『バラッズ』、アネット・ピーコック『アン・アクロバッツ・ハート』、ニック・ベルチュ『ストア』、デヴィット・トーン『プレゼンス』かなあ。あと、広義の即興演奏という意味では、阿部薫 + 高柳昌行『解体的交感』、ノエル・アクショテ『リエン』、ジョセフ・ホルブルック『THE MOAT RECORDINGS』。それから、THE NECKS、ネルス・クラインティム・バーン藤井郷子さんあたりはもう全部……、多作だしどれか1枚は選べないですね。


---- ライターを志したきっかけは?

土佐 なんとなくの流れですね。大学を卒業したけど就職もせず、当時組んでいたバンドを抜けてふらふらしていた22歳の頃に、父親に編集プロダクションの仕事を紹介してもらって。それは半年ももたなかったんですけど、その時に書き溜めたものを当時愛読していた『クイック・ジャパン』とか『バァフアウト!』に持ち込んだのがきっかけで、原稿を書くようになりました。で、その原稿が呼び水になって音楽専門誌で書き出した。

---- すごいなあ。

土佐 たぶん、父親が出版の仕事をしていたことも、職業として「フリーライター」という選択肢があるんだ、と意識する要因だったと思います。父はマガジンハウスの元編集者で、リアルタイムでレゲエやパンクの海外取材に行ったりしてました。村上龍と一緒にボブ・マーリーの来日を観に行ったり、寺山修司や赤塚不二夫や中上健次、吉本隆明などと親交が深い人でした。

---- 「最初サブカルチャー全般を書いていて、だいぶ経ってからジャズについて書き出した」とうかがっていますが、土佐さん=ジャズというイメージを、僕は長い間持っていました。

土佐 多分、休刊してしまった『スタジオボイス』の原稿を読んでくれていた人は、ジャズ・ライター的なイメージを持っているのかなと。ジャズについて書き出したのは、DCPRG東京ザヴィヌルバッハONJQが00年代の初め頃にやっていたことを記事にしたくて、そこからですね。それで、新宿ピットインに通うようになった。それまではまったく無縁の場所だと思ってましたからね、最初は怖かった(笑)。眼つぶって足でリズム刻んでる人がいるし。で、さっき名前を挙げたような東京のジャズ・シーンについて『ミュージック・マガジン』で長い原稿を書かせてもらって、それでインタビューやライナーの依頼も多く来るようになったんです。

---- 最近はアイドルや歌謡曲についても積極的に書かれていますね。

土佐 ただ、アイドルについては専門家じゃないし、未だに外様気分が抜けないですね。実際に好きで書いているのもごく一部です。多分、「アイドルが好き」というよりも、「好きなアイドルがいくつかいる」ってことなんですよ。シーン全体を俯瞰してるわけじゃないし、できない。ただ、現場で体感した尋常じゃない熱量はカルチャー・ショックでしたね。現場全体が躁病的で混沌としていて、ノイズとかハードコア・パンクのライヴみたいにギラギラしてる。TIF(TOKYO IDOL FESTIVAL)なんてフジロックの何倍もハードコアだったじゃないですか? ロックやジャズのライヴしか見てない人には、一度アイドル現場を体験してほしいですね。あと、ジャズからアイドルへっていう流れは違和感ある人もいるかもしれないけど、僕の尊敬する相倉久人さんや平岡正明さんだってジャズも歌謡曲も同様に論じていたわけだし、原田さんも『ジャズ批評』にいらした頃にアイドルソングの本作られてましたから・・・・。

---- あの本は僕が雇われる前に、ほぼ完成していたんです。僕がやったのは校正と配本だけ。

土佐 あ、そうなんですか。でも、ネットであの本を引き合いに出して「原田さん、一貫してる」って言ってる人いましたよ(笑)。裏を返すと、ライターとか評論家って、趣味嗜好が一貫してないと信用ならないみたいな風潮があるような気もします。例えばさっき、エビ中(私立恵比寿中学)のあとに普通にビル・エヴァンス聴いてたんですけど、原田さんもそんな感じじゃないですか?

---- 今は仕事以外でCDを聴く時間はあまりないですね。誰の何を聴くかは原稿の締め切りによります。Aというジャズ・ミュージシャンとBという演歌歌手と「ちくわぶ」に関する締め切りが同じ日だったら、AとBを交互に聴きながら「ちくわぶ」を食べる場合もあるでしょう。

土佐 そもそもアイドルにハマるきっかけはなんだったんですか?

---- 親が芸能関係者だったからかもしれませんが、よくわからないですね。自分では特に「アイドル好き」だとは、ちっとも思っていないんです。「できる限り実演に駆けつけたい、ぜひ会いたい」と僕が敬愛してやまない存在が世界に何人かいて、その中にたまたま、アイドルに分類されているひとたちもいる、という感じですね。だからエルヴィン・ジョーンズやB.B.キングと握手するのも、アイドルと握手するのも意識は一緒です。リスペクトしてもいないミュージシャンに、わざわざこちらから近づいても申しわけないし、ただ単に若い女の子が歌って踊るだけでは、もう僕みたいなオッサンは燃え上がらないんですよ。

土佐 分かります。さっき僕が言った「アイドルが好きというよりも、好きなアイドルがいくつかいる」というのに近いのかも。アイドルもジャズ・ミュージシャンも、同様に自分にとっての“スター”なんでしょうね。

---- 演劇についても執筆されていますが、演劇とジャズとの共通点はありますか?

土佐 東京デスロックっていう劇団が、デレク・ベイリーのフリー・インプロヴィゼーションに影響を受けたような作品を作ってるんですよ。彼らの舞台の音楽を大谷能生さんが手掛けてるんですけど、それを少し他の人と別の角度で面白がれてるくらいですかね。現代演劇は、ジャズよりヒップホップとの切り結びが強いんです。岸田戯曲賞を受賞した『わが星』っていう舞台が、□□□(クチロロ)が音楽を担当したブレイクビーツ・ミュージカルだったり。
でも、「観る時のスタンス」という点では、即興演奏と演劇に多少共通点があるかもしれないですね。雑駁に言うと、どちらも、蓋を開けてみないと何が起こるか分からない。演劇って事前に音源聴いて予習するとかってできないですからね。せいぜい、過去の公演のDVDを観るか、チラシや口コミに頼るしかない。だから、結構当たりハズレが大きいんです。同じ劇団でも公演ごとの作風の振幅は大きいし、同じ日のマチネ(昼の回)とソワレ(夜の回)でも役者のコンディションによって演技の質感が変わっていたりする。しかも、劇場という現場に特定の時間に足を運ばなきゃ楽しめない。自分の中では究極の「生もの」というか「消えもの」なんですよ。即興演奏もそういうところがあるじゃないですか。エリック・ドルフィーが「音楽は終わってしまうと共に消え去ってしまい、二度とそれを取り戻すことはできない」って言ってますよね。演劇もそうで、オーディションやって役者を集めて、稽古場や劇場をおさえて、何ヶ月もかけて稽古して、音響や照明や舞台美術や制作が結集して、ようやく本番を迎える。でも、実際の舞台は下手したらたった数日で消えて、あとは観た人の記憶に残るだけの、ある意味儚いもので。でも、だからこそ目撃しておかなきゃっていう気になる。
あと、「書く時のスタンス」として共通するのは、そのジャンルの外側にも届く言葉を紡ごう、ということですね。演劇もジャズも門外漢から見たら閉じられた世界で、参入のハードルってまだまだ高いと思うんですよ。そこにきて、そのジャンル内でしか通用しない言葉を駆使して何かを論じるというのは、個人的な営為としてあまり興味が持てない。僕自身が、どこに行っても外様意識が強いから、尚更そう思うんでしょうね。専門家じゃないのにえらそうに!っていう人もいるだろうけど、じゃあ専門家が専門外のことを知らないまま書き続けることは問題ないの?とも思いますし。

---- ジャズに限定せずに、注目しているミュージシャンをいくつか挙げていただけますか。

土佐 僕はひきこもり体質の在宅派リスナーなんですけど、それでも定期的にライヴに行こうと心がけてるのは、シンガー・ソングライターの大森靖子さんと、ライムベリーっていうアイドル・ラップ・ユニットですね。

---- ライムベリーのどこに惹かれたのですか?

土佐 まず、ラップに変なクセや力みがないこと。ライムベリーって、元々ラップが好きなメンバーで結成されたわけじゃないし、今もヒップホップにどっぷり浸っているわけじゃないんですが、それが逆に瑞々しさや初々しさの源泉になっていると思います。一方で、プロデューサーのE TICKET PRODUCTIONさんが書く曲は、90年代日本語ラップへのオマージュが端々に忍ばせてあるんです。例えば、「まず太鼓」っていう曲があるんですけど、このタイトル、ECDの「MASS対CORE」のもじりなんですね。リリックには<雨の日比谷から数えて何年>なんて一節があるんですけど、これは、日比谷野音で行われた「さんぴんCAMP」(伝説的な日本語ラップのイヴェント)のことなんです。他にも、ヒップホップ特有の俗語や隠語がリリックに散りばめられていたり、サンプリングのセンスもツウ受けするものだったり、コアなリスナーを唸らせるフックが沢山仕掛けてある。でも、パーティー感覚の強い曲はそういう知識を知らずとも充分に楽しめるし、そもそもメンバーがそういう文脈を分かってない。でも、そこがいいんです。ライムベリーはあくまでもアイドルだから。ラップは相当スキルが高いですけど、変にアーティストぶって本格派を目指すことなく、アイドル的な可愛らしさを維持しているところがいいですね。それも、いたずら好きな親戚の子供みたいな可愛さなのがいい(笑)。今出てる音源はシングル1枚だけですが、そこに入っていない曲もすごくクオリティが高いです。






---- ほかには?

土佐 アイドルだと他にアップアップガールズ(仮)、東京女子流バニラビーンズ、私立恵比寿中学、Tomato n' Pineとか。

---- アプガは新井さん、女子流は庄司さんの進境が著しいと思います。努力が実を結んでいる感じです。

土佐 散開が決まりましたけど、トマパイは原田さんも高く評価されてますよね。僕は遅れてきたファンですが、トマパイはとにかく曲がいいし、サウンド・プロダクションも磐石で、アレンジも気が利いている。

---- トマパイは僕にとって「クラウド9の存在」です。不思議に思われるかもしれませんが、個人的には「アイドル」という気が全然しない。






土佐
最近思うんですけど、アイドルって曲がいいと自然に見た目も可愛く見えてくるんですよ。逆に元々ルックスが好みでも、曲が良くないと絶対にハマれない。その意味では、「アッパーカット」以降のアプガが今眩しいですね。あと、LinQの伊藤麻希さんっていう子はツイッターやブログがとてつもなくエモーショナルで(笑)、ちょっと目が離せないですね。それから、モーニング娘。も気になって仕方ないです。原田さんはライヴを見られたんですよね? みんな「今の娘。は見とけ」っていいますが、やっぱりすごかったですか?

---- 唸りましたね。8月に「アイドル乱舞」というイベントがあって、その仙台と大阪と福岡の公演に行ったんですよ。完全に自分の意志で、どうしても見たくて貯金はたいて。それにモーニング娘。は参加していないんですが、福岡公演の日、佐賀に住んでいるというアイドル・ファンのひとにいきなり話しかけられて、「アイドルブームとかなんだかんだいっても、今、一番すごいのはモーニングだから、見なきゃダメです。それを見てから他のアイドルについても語ってください」と(笑)。それで11月にようやく中野サンプラザで見ることができましたが、確かにすごく良かった。「一糸乱れぬコンビネーション」という感じです。道重さゆみさんと田中れいなさんの2トップには、ウィッシュボーン・アッシュのツイン・ギターに通じる迫力を感じました。来春に行なわれる田中さんの卒業公演に向けて、サウンドがさらに磨きこまれていくことでしょう。
ほかに、新譜で良かったのはなんですか?

土佐 邦楽に限って言うと、レキシ、神聖かまってちゃん、cero、うみのて、シャムキャッツぱすぽ☆空間現代、A.K.I.PRODUCTIONS、木村カエラ、アルフレッド・ビーチ・サンダル、東京ザヴィヌルバッハとか。

---- 勉強しなきゃ・・・。最後に今後の予定を教えていただけますか?

土佐 さっき名前の出た大森靖子さんというシンガーが2月にアルバムを出すんですが、そのプロモーションを少し手伝う予定になっているので、是非注目して欲しいです。音楽的には…、本人は「ブルースとパンクと演歌をロリ声やりたい」って言ってるんですけど、とにかくライヴが凄いんですよ。YouTubeにも結構動画が上がってるので、とりあえず見てもらえると。大森さんは道重さゆみ推しのアイドルヲタでもあって、本人もアイドル性があるし、アイドルの気持ちが分かるところが魅力的なパフォーマンスに繋がっていると思いますね。BiSのファン・イヴェントで彼女たちの「Primal.」をカヴァーしたりもしてます。






ライター仕事に関して言うと、ユニオンさんでも扱ってもらっている『土佐有明WORKS1999~2008』という本や、監修を手掛けたアルゼンチン音楽のコンピレーションなどが出ているので、ブログ(http://d.hatena.ne.jp/ariaketosa/)を見て興味があったら直接通販で購入して頂けると嬉しいです。あと、90年代に『オリーブ』という雑誌を愛読していて、すごく影響を受けているんですが、あの雑誌の果たした役割を再検証する本を書けないかと思ってます。春には金沢までオリーブ展を観に行ってきたんですが、そこで『オリーブ』への想いが再燃して。今は雑誌の仕事が忙しくて手が回らないんですが、少しづつ企画を詰めている段階です。興味を持ってくださる編集者の方がいたら是非ご連絡頂きたいです。

---- 本日は刺激的なお話をありがとうございました。僕もがんばるぞ!

※土佐さんの過去のお仕事についてはhttp://d.hatena.ne.jp/ariaketosaをどうぞ。
ツイッターアカウントは@ariaketosa



土佐有明 /WORKS 1999~2008
JPN / BOOK / 1,000円(税込) 

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