《連載コラム》 幸枝の『惑星円盤探査録』Vol.19

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2021.08.12

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「惑星円盤探査録 Vol.19」

Chet Baker
『Chet Baker Sings』




歌を歌っている。家でスタジオでカラオケで、時間を見つけては歌っている。
歌には体づくりがとても大切らしいので定期的に筋トレを行い週2日くらいのペースでランニングをしている。
メンタルの状態が声の調子や歌のクオリティに大きく関わってくると指摘されてからは毎日自分の内側を観察し、気分が下がっていれば「原因は何か」「そのために今日明日をどう過ごすべきか」を考える。
気付けば日々の意識のほとんどを”歌を良くする”ことに注いでいる。
信じられない。歌に向き合う日々をまたこうして過ごせることになるとは。

私が音楽を始めたそもそものキッカケは「歌手になりたかった」から。
10歳で夢見てから自分なりに頑張ってみたのだ。声に関する本を見つけては買って読みボイトレ教材を使って家で一生懸命練習していた。お小遣いを貯めてMyマイクを購入した時はとても嬉しかった。
でも頑張るほど気付いてしまっていた、夢が遥か遥か遠いことに。
こりゃどうにかせんといかん。何か他に武器を持たないと同世代の猛者達には到底敵わないぞと考え、アレコレ挑戦した果てに辿り着いたのがドラムだった。今思えば相当拙いプレイだったのだが、性に合っていたらしく「これはイケるかも。」と淡いきもちを抱き、更にご縁やタイミングが重なって本格的に取り組み始めた。
そして高校3年、みんなが将来に向かって踏み出す一歩をどこにするか思案している時期に私は「歌い手になること諦める」ことにした。「自分にはフロントに立つ素質も才能もない。」「ドラマーとして音楽の道を進もう。」と。

18歳で一度別れを告げた自分の夢。決断に間違いはなかったと思ってる。絶対正しかった。
でも、歌はやっぱり好きだなと歳を重ねるほどに強く感じた。
歌を仕事にすることを諦めてからは歌うことなどほとんど無かったくせにその想いだけが膨らんでいた。
そして去年、「自分のアルバムを作ろう」と決めたことをキッカケにもう一度”歌うこと”に向き合うことにした。
自分の下手さに呆れ返りながら。そしてそれ以上に歌えることの喜びに浸りながら。コツコツと歌い続けている。
自分の中に居るもう一人の自分がたまに「今更?遅くない?」と囁いてきた時には、大先輩からの「頑張りたいと思った時が旬なんだよ。」と言う言葉を思い出して自分を奮い立たせている。



「Chet Baker sings」を見つけたとき、恥ずかしながら当時の私は彼に対して知識がほぼ無く、大した期待もせず再生ボタンを押した。
聴いてビックリたまげた。なんて、なんて美しいのだと。
良く覚えている。その日は6月の梅雨真っ只中で、小雨の降るジメジメとした空気に流され自分も何となく欝屈とした気分で目的地へ向かっていた。そんな心象と情景に彼のメランコリーで品のある歌声はあまりに合い過ぎたのだ。感動と軽い衝撃に包まれがらアルバムを聴いていた。
実はその後に彼がトランペッターであることを知り、映画「ブルーに生まれついて」では彼の人生を垣間見た。勿論映画なので脚色されている部分もあるだろうが、彼の歌声の意味が理解出来た。
音はその人そのものだから。まして声は自分自身が楽器。どの演奏者よりも”自分”が露呈してしまうのだろうな。

自分はどんな露呈をしてしまうのだろうか。
恐ろしくも楽しみである。





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著者プロフィール

楓 幸枝
バンド活動を経て、現在はドラマー、作詞家、文筆業、MCなど活動の幅を広げている。
ミステリーハンターとしてフィンランドを取材するのが密かな夢。

Instagram
楓 幸枝(@yukie_kaede)