《連載コラム》 幸枝の『惑星円盤探査録』Vol.16

  • 日本のロック
  • 惑星円盤探査録

2021.05.13

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「惑星円盤探査録 Vol.16」

Miles Davis
『My Funny Valentine:In Concert』




「絵を描くことは生きることに値すると云ふ人は多いが
生きることは絵を描くことに値するか?」

日本画家、長谷川利行の残した言葉。とても好きな言葉だ。
“日本のゴッホ“と言われている彼だけど、わたし的には“日本のマイルス”(彼は音楽家じゃないからこの比喩は多分正しくないのだけれど。)もしっくりくる。どちらも才能を棒に振ってしまいそうな自堕落な危うさがあり、その危うさを持ち合わせながら芸術を全うしていった偉人。

わたしがこのALBUMに初めて出逢ったのは19歳くらいの時。当時のドラムの師匠が大のトニーウィリアムス(ジャズドラマー)好きで、その影響でトニーの演奏を聴いてみたくなり、CDショップを物色した結果辿り着いたのがこの作品だった。JAZZの知識は皆無に等しかったが、そんなわたしでもマイルスは知っていたし、タイトルの「My Funny Valentine」がなんだか素敵だなぁと思ったのが決め手だった。(超有名曲だと知るのにはあと数年かかる。)
初めて聞いた時、「何この気持ち」と思った。音楽で興奮したり感動したりすることはそれまでに何度もあったけど、そのどれとも噛み合わない類の感覚だった。瞬発的で即効性のある快楽の時には反応しない、奥の奥にある静かな場所がなめらかに波打って震えていた。自分の中の新しい扉を開けてもらった瞬間だった。
はぼ同じ時期に、以前コラムに書いたキースの「The Melody at Night,With You」に出逢い、わたしはこの時期この2枚をよく聴いていた。この2枚がどれだけ名盤で奏者全員どれだけ一流なのかもよく知らぬまま、ただただ味わったことのない感覚に身を投じたい一心で聴き続けていた。

前回のコラムで“寝る前読書“が新しい習慣になったことを綴らせてもらった。あの習慣は相変わらず続いており、再ブーム真っ只中のハリーポッターは昨日時点で5巻「不死鳥の騎士団」に突入した。読書のBGMは必ずJAZZ。色んなアーティストをトライしたが、夜の静寂にはマイルスが1番心地良い。特に、今の自分には。
マイルスは適度にほっといてくれるのだ。余計な詮索をしてこない、「オレはオレ、お前はお前。」的な態度。でもだからと言って無神経なわけじゃなくて、繊細で人懐こい一面もある。ぶっきらぼうに、片目の端っこでこちらを気にかけてくれてる。妙な気遣いの要らない友人のような、そんな居心地の良さ。まぁこれは全くもってわたしが勝手に感じているもので、当然の当然ながらマイルスとのつながりも無いので実際の人間性は分からない。「何を言っているのやら」と読んでくださっている皆さんにも呆れられてしまいそうだが、述べた気持ちが本心であるのは間違いない。

酒に溺れドラックに溺れ、時に音楽から離れたりしながら、彼は死ぬまで命を鳴らし続けてくれた。その命の音に世界中の人々が心震わせている、これまでもこれからも。

彼らの様な偉人の演奏を聴いていると自分を恥ずかしく思うことが時折ある。音楽そのものが素晴らしく価値あるものだということも忘れ、自分の可能性や技術などで音楽の価値を引っ張り上げていこうとタカをくくっている自分が垣間見えて。
音楽が呼び起こしてくれる。それに精一杯応えられる様に、やるべき事をやればいいのだ。




≪前回までの"惑星円盤探査録"はこちら≫
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著者プロフィール

楓 幸枝
バンド活動を経て、現在はドラマー、作詞家、文筆業、MCなど活動の幅を広げている。
ミステリーハンターとしてフィンランドを取材するのが密かな夢。

Instagram
楓 幸枝(@yukie_kaede)