《連載コラム》 幸枝の『惑星円盤探査録』Vol.17

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2021.06.10

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「惑星円盤探査録 Vol.17」

スピッツ
『ハヤブサ』




「私の絵描きの最後を飾る立派な絵を描きたい」
ことばの主である画家田中一村氏はその圧倒的才能から8歳で神童と呼ばれたにも関わらず、人生で一度も展覧会を開かず、50歳から亡くなる69歳までは奄美大島に住み、紬工場で働いて資金を稼ぎ、貯まるとひたすら画を描くという生涯を送った。
彼が脚光を浴びたのは死後のこと。現在は奄美大島に記念館もあるのだそう。
ご存知ない方は是非検索して見ていただきのだが、何故生前に評価を受けなかったのだろうと疑問に思う、全てがとても美しい作品。
勿論、田中氏が望んで外界に表現をしなかった可能性もある。氏の真意は分からないけれど、絵画に限らず、どの芸術も昔は情報が限られていたし、誰かに自分の表現に触れてもらうハードルはとても高かっただろうから、芸術を続けるのは大変だったろう。SNSなどでアウトプットが出来て、情熱があれば平等にチャンスが与えられる現在は、とても有難いことだよなぁ。
ただ、時間がかかったとしても、その人の信念に従った良い作品というのは必ず評価を受ける時がやって来るし、時代に振り回されてない分、結果長く愛してもらえるように思う。その人が傾けた情熱は劣化しないのだ。

スピッツのALBUMはどれも好きで思い入れがあるのだけど、特にこの「ハヤブサ」は一番コンスタントに聴き続けてる。
もしもスピッツ初心者の方が聴いたらちょっと驚くかもしれない。スピッツのアングラロック精神が見事に表現されていて、シングル曲の時に感じる爽快で初々しい雰囲気とは少し違った趣があるからだ。
演奏の荒々しさや武骨さがいつもより剥き出しだったり、インスト曲があったり、プロデューサーである石田ショーキチ氏が作曲に参加したりと、元々パンク精神溢れるメンバー皆さんのスピリットが濃厚にパッケージされている。一方、歌詞は内省的な印象で、曲が進むほどに哀しみが増していく。一人夕暮れ時に散歩しながらこのALBUMを聴いたりすると胸がギュッとなる。

去年の夏からひとりで活動するようになって、今までとは全く違う日々を過ごし、新しい事に沢山トライさせてもらっている。そのタイミングでまたこのALBUMを良く聴くようになった。ALBUMタイトルにもなっている「8823」の歌詞を改めて読んで、この歌詞に込めた草野さんの願いに、ようやく気付けたような気がした。力強くてカッコいい上にお茶目、そしてその中からチラリチラリと顔を覗かせる主人公の胸の痛みの表現がとても素敵。
草野さんの歌詞は唯一無二だ。
今のわたしには、この曲の歌詞は最初から最後まで思い当たる気持ちばかりで、条件反射で喉が熱くなる。
「君を自由に出来るのは宇宙でただひとり」というサビ締めくくりのひと言に、草野さんはどんな自分を込めたのだろう。
またいつかご一緒出来たら、その時にお伺いしたいな。




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著者プロフィール

楓 幸枝
バンド活動を経て、現在はドラマー、作詞家、文筆業、MCなど活動の幅を広げている。
ミステリーハンターとしてフィンランドを取材するのが密かな夢。

Instagram
楓 幸枝(@yukie_kaede)